自身の山チャリ発祥の山中に、未だ見ぬ隧道がねむるという。
これまで幾つものアツイ隧道を発見せしめてきた太平山地に、いままたひとつ新しい冒険が口を開けたというのか!
雨降り止まぬ小又沢源流部。
戦いは、いよいよ佳境に。
諸車通行止めとなっている小又林道は、大粒の雨が落ちる危険な天候。
背後の平野部の空はかすかに明るさを取り戻しつつあったが、目指す山中は未だ黒い雲の下にあった。
カッパの下の体もじっとりと濡れ始め、嫌なムード。
一旦道は下りに転ずる。
急なくだりで瞬く間に小又沢の谷底に近付く。
そこには砂防ダムとしてはかなり大規模な小又沢砂防ダムがある。
ダム上部は流れ込む小又沢と雨垂沢の落合で、盆地状の地形になっている。
以前はここにも集落があったのでは無いかと、そう感じさせる地形である。
ダムを越えると、再び林道は登りとなる。
そして、いくらも行かないうちに道は二手に分かれる。
どちらも既に攻略済みの道だが、久々に来たので新鮮な感じもする。
左が、雨垂沢林道。
右が本線、小又林道だ。
ちなみに、写真にも写る小さな立て札には手書き文字で「秋田小又林道」と記されていた。
これは、河辺町にある「和田小又林道」と区別する為かもしれない。
右に曲がり本線を進むと、間も無く2本の橋で雨垂沢と小又沢を渡る。
そして、ここから九十九折の登りが始まる。
昔はかなりきついと思ったものだが、今にしてみると、むしろ心地よいくらいの登りである。
それに、所々新しい砂利が敷き詰められ、道幅も広めにとられていて走りやすい。
普段余り美しいとは感じない植林された杉林も、十分に生長したこの森では存在感がある。
それに、雨をフィルターにした朝日が淡い光を落す森は、幻想的で美しい。
心底、来て良かったと思える景色だ。
やや小ぶりだが、赤みを増しつつある…。
そう。
これが、今週のマムシ草である。
以前当サイトの掲示板で一度話題になって以来、何となく気になる存在となったマムシ草だが。
思えば、それ以来、一旅に一本の割合で規則的に発見されている。
なぜか二本以上という事は無く、一本ずつの発見である。
それに、出会うたびに徐々に赤みを増しつつあるが、これは単純に季節が進んでいるということか。
…群生している場所って、あるのだろうか?
分岐点からは約2km、車10台ほどが停められそうな広場の向こうに、なつかしい看板が見えてきた。
昔はこの広場は無かったような気がするが、ここが小又大滝の入り口である。
雨は依然降り続いているが、順調にここまで来ることができた。
それにしても、駐車場など必要なのだろうか。
一般車通行止めだし。
チャリを看板の脇に停め、これより先は徒歩にて滝を目指す。
林道の左手の小又沢からはひっきりなしに低い轟音が響いてくる。
そこに滝があるのだ。
滝へと歩道を下りる前に、林道からも望める滝の姿を。
そう思って崖下に身を乗り出したものの、 確かに肉眼では草木の向こうに白い瀑布が見えているのであるが、写真ではうまく捉えられなかった。
ただ、樹海のような谷底がかなりの断崖の底である事は、写真から感じていただけると思う。
そう。
すぐそこにある滝だが、近付くのは意外に難儀である。
案内板のすぐ傍から歩道が延びているのであるが、この道は…。
ハイキング気分など吹き飛ぶこと請け合いの、本格的な山歩きなのだ。
短いけどね。
さあ、いってみっか。
薄暗い!
第一印象は、まず間違いなくそれだ。
そして、少し進むと、思わずシャウト!!
ぎゃー! 急だー!!
平均斜度60%を越えるような森を、乱暴に描いたような九十九で無理やりに下っていく。
辛うじて木の階段が用意されているが、生憎の天気のせいだけではなく、湿った土の道はたいへんに滑りやすく、滑落に細心の注意を払う必要がある。
余りに急なため、距離は短くて済む。
100mも行かぬうちに谷底を流れる清流が見えてくると、そこから先は道なき道を適当に降りて底に着く。
訪れる人も相当に稀なのだろうが、以前に比べてもさらに歩道の状況は悪化しており、危険な状況になっている。
特に、足元の悪い雨天時には細心の注意を要すると感じた。
谷底に着く間際から、正面に大きな滝が見え始める。
自分が深い谷底に降りてきたという状況と、実際擂鉢上になった谷底に立ったことによる、二重の圧迫感を感じつつ見る滝は、スペック以上に巨大に見える。
谷底から見上げる崖。
この上には愛車の待つ入り口があるのだが、いかに切り立った谷であるかお分かりいただけるだろう。
なんか、息苦しくなるほどの圧迫感である。
谷底も決して広くは無く、足元に水没していないスペースが少ないことも落ち着けない理由だ。
さっさと隧道を発見して広いところに帰りたい…早くも、弱気になる。
今回、長靴は装備しておらず、やや増水した沢を遡上するには役不足である。
変に濡れまいと飛び石をしたりすると、むしろ事故の危険性が増すので、観念して水中を歩く方が良いと思ったが、なかなか捨てきれぬ「渇きの心地よさ」であって、結局足掻いてしまう。
ただ、恐れていたほどの増水でない事は幸いだった。
上流の流域が狭いこともあるだろうが、丸一日続いた雨の後でもこの程度の流量だというのは、それだけ自然が健在であるということかもしれない。
遮る植物をかき分けて進むと、いよいよ大滝が眼前に現れる。
小又大滝は、バランスの取れたプロポーションの二段滝である。
高さがあって細めの上段と、低いが幅広の下段。
このバランスと、微妙に方向を変えつつ落ちる様は、これぞ滝というような説得力のある美しさだ。
高さは二段あわせて20mほどといわれているが、隠れた名瀑といって差し支えのなかろう。
滝の美しさに見とれつつも、今回の目的は過去数度ここに訪れた何時とも異なる。
まだ見ぬ隧道があるというのだ。
具体的な位置は提供されていないが、私にも思い当たる場所があった。
それは、今いる左岸ではなく、右岸である。
飛び石を伝い、慎重に対岸へ渡る。
そして、さらに滝壺へと迫る。
近付けば、そこには水しぶきが舞い飛び耳を貫く轟音に支配された領域だ。
迫力ある滝の姿に一礼し、踵を返す。
これ以上前進は不可能。
隧道があるとすれば…
滝の左に、つまり右岸に迫り出した巨岩の裏が怪しい。
それは、かつてこの滝を、隧道など知らずに眺めた時に持った素朴な疑問から来ている“勘”だった。
私は、10年前確かに見たのだ。
右岸の崖にポツンと存在する立て札と、そことは少し離れた位置に設置された青いフェンスを。
その時は、それほど気に留めなかったのだが。
いったいあそこにはどうしたらいけるのか… 確かに、不思議だった。
小又沢が滝となって落ちる巨大な岩盤は、長き眠りに苔生した巨人の如く屹立している。
決して小さな滝ではないが、この岩盤を前にすると小さく見えもする。
写真に写っている部分で全てではないが、これだけでも高さ50m以上はあるだろう。
まさに、圧巻。
そして、ただお口をあんぐり開けて終わりでは困る。
この断崖のどこかに、かつて立て札を見たはずだ。
だが。
どうやってここに挑めというのか?!
悪いが、山チャリ以外の技術は一切持ち合わせていないぞ。
岩肌を見渡してみても答えは出ない。
そういう時は、とりあえず立ち向かえそうな場所に取り付いてみる。
何とか登れそうなのは、断崖本体はとても無理なので、断崖の左にあって、急な土の斜面と断崖が接している箇所だ。
ここは見ての通り、断崖から落ちてきただろう瓦礫が積み重なったガレ山になっていて、迫り出した岩肌が日光や雨を遮るので草木も少なく、また渇き気味である。
こことて決して容易では無いが、怪我になるような大きな滑落の危険は少ないと判断した。
真横から見る滝。
滝を背にして、薄暗い崖の隙間を登った。
道など全く無く、先人のたどった足跡すら見当たらない。
一体こんな場所に本当に人工物があるのだろうかと、流石に不安になる。
もしこんなことをして何も見つからなかったら…。
それだけならいいが、発見を焦って無茶をすれば、きっと取り返しのつかない事態になる。
ここは、訪れる人も稀な奥沢の更に底。
その上、歩道を外れた崖地となれば…待っているのは無残な結末だけだろう。
正確に測っているわけではないが、大体20m(滝と同じくらいの高さだ)ほど登った地点で、思いがけない人工物に遭遇した。
余りに急な斜面と不安定な足元の為、頭上を見上げる余裕もなくて俯いて登っていた為に、こんなに接近するまで気がつかなかった。
それは、下からは見えなかった“桟橋”であった。
土砂に覆われつつあるようだが、“橋桁”として利用されているのは工事用の鉄パイプであり、そんなに古い物ではないはずだ。
こんな場所に道があるというのか!?
信じがたい光景というのは、こういうものを言う。
興奮に任せるように瓦礫をよじ登り、その橋に立った。
あ。
あった。
これが、以前から気になっていた立て札の正体だ。
30cm×60cmくらいの金属製の札には大きく『落石注意』の文字。
それ以外には一切何も記されておらず、誰が誰に向けたものなのか不明だ。
いや、この通路自体誰の為にあるのだろう…?
はやる気持を抑え、まずは滝とは反対側の方向を見る。
そこには、深い草むらに覆われた急な斜面がずっと続いており、道など無い。
どう見ても、この桟橋の先に道は無く、ここで行き止まりのように思える。
今回は時期的に地面の細かい起伏を調べるには不適であって調査不足と言えなくは無いが、それでもここに道があったとは考えにくい上に、もし道があったとしても、どこに続いていると言うのだろうか?
小又沢の左岸には先ほどまで走ってきた小又林道があるが、この右岸には沿う道など何もない。
森も自然林のようであって、造林用の作業路があるとも考えにくい。
今回は気がつかなかった道が存在して、右岸を形成する高さ100mほどの稜線を越えるとしたら、その反対側には、以外に近い位置(直線距離では1km未満だ)に雨垂沢林道が通っている。
もしかしたらそこに通ずる可能性もあるが…。
とてもこの斜面の急さでは、現実的とは思えないし、そもそも何のために…。
さあ、期待に胸膨らむ桟橋の先に進もう。
この桟橋は鉄パイプ&木製であり、幅30cm、高さ2mほど。
明らかに作業用・工事用の足場であって、とても遊歩道ではない。
手摺なども一切ないし。
落石注意の立て札も伊達ではないようで、狭い足場は頭上から降り注いだらしい瓦礫で覆われており、長居した居場所では、確かにない。
橋をを越えると、いや。
橋の中ほどからすでに、その先に続く道は無く、
代りに…
岩盤に穿たれた穴が続いていたのを認めた。
これを坑門と呼んでよいのか、岩盤に掘られた穴はまさに素掘りそのまま。
しかし、天然の洞穴とは明らかに異なり、直線の通路となって地中を貫き、すぐ20mほど向こうに緑の光を覗かせる出口が見えている。
これは、あきらかに、隧道である。
ついに、発見だ!!
崖に生える植物に半ば覆い隠された坑門。
写真では分かりにくいが、すぐ向こうには小さな出口も見えている。
そのせいで、恐怖感は少ない。
しかし、本隧道について、この南側坑門の遠景を収めた写真は一枚もない。
それは、付近の地形が余りにも峻険かつ複雑である為、一定の距離を置く事ができなかったのだ。
遂にたどり着いた隧道の姿。
私のように対岸の林道から崖を上り下りしてこの南側坑門に来るのが正規のルートだとは到底思えない。
それほどに、危険に満ちた困難な道程であった。
だとすれば、この先、隧道はどこぞに続いているのであろうか?
果たしてあの坑門の先にある景色は!?
いよいよ次回、解明……か?
多くのクエスチョンマークと共に、最終回へ続く。