真室川林鉄 (安楽城線・小又線共通) 一号隧道 
二重坑門のなぞ
山形県真室川町 釜渕

 今回の探索は、時系列的には「道路レポ 真室川森林鉄道」→「隧道レポ 真室川林鉄安楽城線 2号隧道」→
「本レポ」 という順序になっている。
過去の二本のレポをご覧頂ければお分かりの通り、探索は困難を極め、すでに日が落ちている。
輪行して秋田へと帰る直前、もう一本だけ頑張ったのが、この「一号隧道」である。
この攻略に成功すれば、安楽城線の三本の隧道を確認したことになるのだ。

長い一日の戦いの、最終幕をご覧頂こう。



 
 まずは周辺地図から、今回の探索対象の位置を確認しておこう。

図中の赤と青の線が真室川林鉄であり、それぞれ安楽城線と小又線である。
この二線については、同時に存在していたものなのかどうかは、はっきりしていない。
ただ、安楽城線は非常に危うい路線だったという印象がある。
一方、小又線については、それなりの保守が行われていたのではないかという印象だ。

今回は、図の三滝分岐とJR釜淵駅との間にあった隧道をねらい打つ。
なんせ、既に日が落ちているもので、隧道以外をチェックしている余裕など無かった。
なお、この隧道については、既に『山形の廃道』さんによる詳細なレポがあり、私もこれを事前に拝読していたので、埋められているという三滝側の坑門の捜索は行わず、釜淵側のみ探索したことを予めお断りしておく。


 

 16時12分、2号隧道からチャリをとばし、20分足らずでJR奥羽本線釜淵駅へとたどり着いた。
あとは、この駅から秋田行きの列車に乗れば、今日の旅は終わることが出来る。
辛い旅だったので、ほっと一息といったところだ。

だが、もう一がんばりしよう。
すぐ近くに、隧道が眠っているはずなのだ。


 目指す隧道は釜淵駅から1kmほど北西の山中へと林道を進んだ先にある。
林道自体は軌道に沿って敷設されていた、もしくは軌道を廃止した後に建設されたのかも知れないが、丁度軌道敷きを左に見ながら、緩やかに杉林の中を登っていく砂利道だ。
軌道敷きの大半が林道の横に残っていたのは意外だった。



 そして、事前に情報を得ていたとおり、「森林理水試験地」の標柱が左に現れた。
軌道は、ここからは林道から分かれて、左の低湿地に堤を築いて進んでいた。
ここまで、駅から5分足らず。
実は少し迷った末だったが、あっという間だった。

チャリを置き、それらしい築堤に分け入る。



 特に施設などがある訳でもなく、ただススキと葦が茂る小さな湿地が沢底に広がっている。
築堤はまっすぐと、そこを突っ切って、沢の対岸の森の中へと進んでいく。
微かに踏み跡らしきものはあるが、背丈ほども成長した雑草をかき分けながら進むことになった。
季節によっては、さらに困難だろう。



 さらに進むと、一面の笹原となり踏み跡も消えた。
左右には鬱蒼とした杉の植林地が広がり、陰鬱な雰囲気を醸し出している。
夕暮れだけに、より一層恐ろしげだ。
幅5mほどの、杉の生えていない直線が続く。
足元はややぬかるんでいて、軌道跡らしいものは何もない。



 前面の杉林がせり上がるように低い稜線を形成してくると、その麓に隧道はあった。
直前で、軌道はほぼ直角に進路を変えている。
昼間でも薄暗いに違いない杉林の底、僅かに露出した岩肌の下、3分の一ほどを土砂に埋もれさせた坑門がひっそりと口を開けているのだ。

さらに接近。

ふ、震えが来たぞ。

…武者震いと言うことにしておこう。



 きたきたーーー!!

こえーっ。

怖い。
怖くない? この坑門。
なんか、慣れたつもりの私も久々に、恐怖にたじろいだ。

入るのかよ…。
いや…入るよ、もちろん。
そのために来たんだから。


でも、怖い。
怖い気持ちに正直に、ビクビクしながら、入洞することにしよう。

なお、本隧道は全長80mと言われている。
たいしたこと無いのだ。
うんうん、たいしたこと無いぞ。



 本隧道は、昭和39年頃に廃止された。
真室川林鉄の起点に近く、この先で分岐する二本の路線が共通して利用していた隧道だ。

もう少し、高規格なものを想像していたのだが…。見事に期待は裏切られた。

だが、実はそう断言するのはまだ早かった。

いざ、入洞。



 坑門前の景色。

写真はかなり明度を上げている。
そうしないと、殆ど杉の木のシルエットしか写っていなかったので。



 入ると、坑門の様相からの印象通り、内部も相当にている。

意外に広い印象の内部は、内壁の度重なる崩落によって幅や天井が拡張されただけなのだろう。
その証拠に、足元は瓦礫や支保工の残骸が散乱し、壁面は崩れっぱなしの地層がさらなる崩落を前に風化の度を強めている。

地質的に、この隧道はかなり脆いような印象を受けた。
いずれは、ズドンと天井が坑門ごと押しつぶしにかかるだろう。
それが今でないことを祈る以外に、私には出来ることはないのだが。
…立ち入らないという選択肢は、私の辞書には、
あるけど。
あるけど、その文字は薄くて小さい。




 『山形の廃道』さんでこの隧道を拝見した時に、一番衝撃的だったのが、この坑門の姿だった。

あれ、さっき入洞したんじゃなかった? もう出口?
というツッコミがありそうだから補足しておくと、この隧道は世にも奇妙な、二重の坑門を有するのだ。
まずは、さっき私が恐怖を感じた素堀の入り口、そして、そこから15mほど進んだ位置にある、このコンクリの坑門である。
さっきのは、坑門と言うほど人の手が掛かってないので、むしろただの「坑口」なのかもしれない。
そして、今度のが正式な坑門なのか。
…やっぱり、不自然だ。
お陰で、坑口は埋没しそうな勢いである。
本来構造的に一番ウィークポイントである坑口部を補強しない坑門というのは、どういう了見なのか。

この様な構造の隧道は、私の知る限りは、ここと、以前に紹介した「安楽城線 2号隧道」だけで、いずれもこの真室川林鉄である。



 コンクリに覆われた隧道部は、気持ち悪いほどの正常を保っている。

なぜ、もう少しだけ坑口部までコンクリの補強を伸ばさなかったのだろう?
あるいは、元々は素堀だった隧道を一部だけコンクリ巻きにした結果として、たまたまその境界部が坑門のように見えるだけなのかも知れないが。

いや、見れば見るほどこの接合部は、坑門然としているではないか。
扁額の一つでも付けたくなる。





 コンクリ部に侵入。
嘘のようにまともな隧道が現れた。
振り返ると、そこは瓦礫が左右から押し寄せ、今にも閉じてしまいそうな空間が。

この景色を見ながら、私は嫌なことを想像してしまった。

なんか、さっきまでの瓦礫の空間は「前室」であり、その先のこの整然とした通路は「墓室への路」…。
実際に見たことはないが、王家の墓なんかは、こんな雰囲気なのではないか?
じゃあ、この先にあるものは死者の部屋?

洞内は、そんな馬鹿げた冗談も笑い飛ばせないムードだった。



 路面には信じられないことだが、二本の轍が残されている。
タイヤ痕まではないが、以前はここを自動車が通行していたのだろうか?
まさか、軌道はこのような轍を付けまい。
この轍の凹凸は深く、車高の低い車ならば擦りそうだ。
轍は地下水の水路にもなっており、そのことがさらに凹凸を際だたせているのだろう。
しかし、脇に積み上げられたような土砂は自然に発生したものではないだろうから、やはり、ある時期までは道として管理されていたのだ。




 幅の狭さ故に、天井だけが妙に高く感じられる洞内。

コンクリには目立った損傷もなく、状況は悪くない。
路面は一部ぬかるんでいるが、長靴が必要なほどでもない。
吹く風はない。
コウモリの姿もなく、静かだ。
振り返っても、小さな薄暗い紺色の部分が外だと分かる程度で、もう闇の世界の住人になった気分だ。



 内壁には地下水の染みが全面に広がり、一種異様な模様を描いている。
この一滴一滴が、いずれは隧道を崩壊せしめるのだ。



 まっすぐの洞内は、閉塞点まで思っていたよりも長い。
まるでレールのように穿たれた二条の轍が、隧道の使命と、それがもはや過去のものであるという無念さを、より鮮明に浮き立たせる。
冥界に続く隧道なるものがこの世にあるなら、この景色は、それっぽいかも。

行き止まりを求める私の気持ちが、いつしか深い靄の中にあった。




 深い靄がかかり、フラッシュを焚くと洞内は一瞬ホワイトアウトする。
ひんやりとした空気に、微かなかび臭さを感じた。




 入り口から約80m、閉塞点だ。

ここはもう、元来は出口だった場所だと思われている。
三滝側の坑口跡も後日発見しているが、そこは埋め立てられ痕跡も無かった。
しかし、この閉塞の様子を見ると、内壁には損傷が無く、反対側から無理矢理土砂を詰め込んだようにしか見えない。
この壁さえ取り除ければ再貫通も可能なはずだが、冗談の筈の冥界が広がっていたら、どうしようか。

こうして、真室川林鉄安楽城線の三本の隧道は、いずれも閉塞という結末を迎えるのであった。
そして、一号と三号についてはいずれも、人工的に埋められた形跡がある。
二号については、いまだ一方の坑門を発見していないが、埋められているのかも知れない。
真室川町…

林鉄には冷たい町である…。
(というのは間違いで、真室川町では2003年になって林鉄を観光用に新規開設したのだ!スゲー!)




 外に戻ると、澄明な月があたりをぼうっと照らしていた。


生還。



2004.4.19

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