このレポートは、「道路レポート」として紹介した「真室川林鉄 最終回」の続きとなる物だ。
だが、本レポートのタイトルについてなど、いくつか説明しないと分かりにくいだだろう。
前回のレポート執筆後、自身の探索した軌道が何という路線だったのかという根本的な部分を含め、いくつかの見直しがあった。
今後紹介できるだろう「真室川林鉄 小又線」と、前回紹介した「真室川林道 (安楽城線)」とを結ぶ、重要な「見直し」である。
ただ隧道の姿が見たいんじゃ! という方には申し訳ないが、少しおつきあい願いたい。
まずは、右の地図をご覧いただきたい。
なお図上にカーソルを合わせると、拡大する。
また、未解明の区間もあり、実際には一部経路が異なる可能性もある。
描いた軌道は二本あるが、当初『JTBキャンブックス刊 全国森林鉄道』の巻末資料や、真室川歴史民族資料館に展示されている地図などより、わたしは図中の赤線で描かれている軌道のみしか知らなかった。
しかし、現地調査で感じた矛盾を頼りに、より詳細な机上・実地調査を行った結果、青線で描かれた路線の存在を、確認したのである。
『全国森林鉄道』巻末の「真室川林鉄 小又線」とは、図中の青線の軌道と思われ、すなわち前「道路レポート」の認識は誤りであった。
わたしが必死で探した「三号隧道」は、「真室川林鉄 安楽城線」という、詳細は後ほど記すが、小又線よりも以前に利用されていた路線上の隧道だったのだ。
つまりは、『山形の廃道』サイトに紹介されている“もっとも釜淵側の隧道(当サイトでは「一号隧道」と表記)”やその前後の区間と、私が前回紹介し、そして今回紹介する軌道跡とは、別の路線だったとも言える。
表現の正確を期せば、同一路線上でも早い時期に廃止された部分を、私は探索していたのだ。
この安楽城線については、『秋田営林局刊 八十年の回顧』に、簡単にだが示されている。
ここまでの情報をまとめると、以下のようになる。
路線名 | 竣工 | 廃止 | 全長 | 幅員 | 区間 | 左記データーの原典 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
安楽城林道 | S14 | 30.081m | 2,0m | 釜淵−安楽城 | 八十年の回顧 | 真室川歴史民族資料館に地図がある | |
小又林道 | S6 | S39 | 12.400m | 全国森林鉄道 | 真室川営林署管内図(S41)に描かれている |
と、このようになる。
概要が、お分かり頂けただろう。
で、改めて今回紹介するのが、「真室川林鉄 安楽城線」の、釜淵側から数えて二本目の隧道、推定名称「二号隧道」である。
前回のレポートをご覧頂ければお分かりのように、既に私に残された時間は些少であり、残念ながら詳細な調査は出来ていない。
もう、とにかく隧道さえ確認できればよいという体制で臨んだので、いつも以上に、探索が雑である。
申し訳ない。
三号隧道の調査から、命からがら戻ってみたら、チャリに備え付けの食料が食い荒らされていた。
しかし、近くに店など無く、補給は不可能だ。
仕方がないので諦めて、時間の許す限り探索を続行することにした。
この判断は、一般的には誤りなので、真似しないようにして欲しい。
山にはいるときは、多めに食料を持っていきましょうね。(←説得力なし)
それと、夕方直前から山にはいるのも、やめましょうね。(←説得力なし)
万助川が本流である小又川に合流するのが、この下小又集落である。
ここからは、小又川沿いに下流へ向かい町の中心部へ下っていく道と、上流に進み上小又へ至る道、今来た、万助川沿いの道。
それに、一山挟んだ三滝川沿いの集落へ山越えで抜ける道がある。
その中で、下流へ向かう道と山越えの道は県道に指定されており、山間の集落をつなぐ重要なライフラインとなっている。
私は、三滝に向かって小さな峠に挑む。
この峠にも、軌道時代の隧道が残されているはずだ。
夕日色の日差しが、長い影を私に伸ばした。
現在時刻は、15時19分。
一般県道322号「砂小沢小又釜淵線」は、1.5車線の幅でグネグネと蛇行しつつ、杉の森を登っていく。
高度差にして僅か50mほどの峠はすぐに極まり、やや長めの山上平坦地を経て、下りが始まる。
軌道は、現在の峠道とは大分異なる位置を通行していたようだ。
この峠を越える隧道(2号隧道)の小又側坑口は、現県道とは尾根一つ隔てた沢にあるようで、ここから伺い知ることは出来ない。
時間の限られた探索のため、地図上にて車道からのアプローチが比較的容易そうに見えた三滝側坑口へのアタックに、焦点を絞ったのだ。
峠から急な下りに転じてすぐに、一本の林道が左に分かれる。
これは、この日の探索では別区間を走行したこともある緑資源幹線林道の入り口だ。
万助川付近からここまでは県道と重用していたのだが、再び分かれ、ここからは林道の本領発揮とばかりに険しい山を辿ることになる。
全線舗装なので、そういう道が好きな人は行ってみるといい。
結構楽しい道だ。
この日の私は、一瞥しただけで通過したが。
分岐の後は、さらに急な下りで一気に三滝川の源流部に落ち込んでいくが、そこに私はめざとく軌道跡らしき地形を発見した。
写真では、非常にわかりにくいのだが、県道下の谷底に、笹藪と化した築堤が見えている。
どう見ても現在何かに利用されている形跡はなく、ここの探索を始めてしまえば、もし見当違いだった場合は取り返しが付かないタイムロスになると感じたが、見逃す訳にもいかず、チャリを路傍に停め、単身笹藪へ突き進んだ。
これより、二号隧道の調査を開始する。
現在時刻15時34分。
深い藪に苦労しながらも、チャリがないので強引に突き進む。
やはり、谷底に降りてみると、そこには微かだが平坦な場所が続いている。
軌道跡なのか、ただの廃道なのか。
まだ、分からない。
地図上で予想される隧道坑口までの距離は僅かであるが、徒歩の場合、その僅かな距離に狂いがあった場合でも、要する時間は大きく変わってしまう。
予想が外れないことを祈るばかりだ。
杉の森の中に入ると、日陰のため下草は大人しくなったが、代わりに現れた粗大ゴミの数々。
たしかに、ここは県道の直下だが「こんな山奥に…」と思った。
でも、考えてみると、ここは新庄都市圏にすむ人たちにとっては、山奥というよりは、近郊の山域なのかもしれない。
遠く150kmも離れた地に住む私にとっては、世界の果てか秘境の山のように感じられるが。
いよいよ日の光も力を失いつつあり、心細くなってきた。
うおう! 激しい手ぶれ!!
ごめんなさい。
時間がないので小走りで、探索したんです。
ごめんなさい。
車道から分け入って歩くこと約7分。
距離にして、僅か200mほどで、早くも「怪しい」雰囲気になってきた。
正面には、一部岩盤が露出した急な斜面がそそり立ち、これ以上進むことは出来なそう。
右手は急斜面、左手は沢の向こうにやはり斜面。
あそこに隧道がなければ、探索は振り出しに戻ってしまいそうだ。
頼む、あってくれ!
辺りは杉の比較的若い植林地。
殆ど手入れされていないのか、下枝も育ち放題枯れ放題。
散乱した枯れ枝達が、ただですら歩きにくい軌道跡をさらに困難な物にしている。
怪しい岩盤が近づいてきたが、まだ坑口は発見できない。
どう見ても、ここ以外には無さそうなのだが…。
まさか、また埋没なのか。
湿った崖の一角に、僅かに開いた地底の門を発見。
見つけちゃいました。
うふふ。
嬉しい。
一体、内部はどんな様子なのだろうか?
期待と不安の内部探索編は、次回!
どう見ても、内部もまともそうではない。
そん思ったあなた、スルドイ!
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