国道128号旧道 向台隧道

探索日 2009.3.19
公開日 2009.8.23

“隧道レポ”という割にちょっとした廃道探索もあった前回の更新分「浜隧道(仮)」とは違い、今度のレポートはより端的に廃隧道である。

時系列順では、「おせんころがし」の後で、「浜隧道(仮)」の前になっている。

→【周辺図】




向台隧道」(むこうだい-)は、勝浦市鵜原の国道128号上にある。
右図参照の通り昭和27年以前からあって、定番『道路トンネル大鑑』には昭和34年竣功として記録されている。

だが実は明治36年版にも描かれているので、明治隧道である。
そしてそれを裏付ける資料として、大正12年に夷隅郡役所が出した『千葉県夷隅郡誌』がある。





2009/3/19 11:28 《現在地》

向台隧道まであと200m地点。

見えてます!

峠の隧道というわけではないので“道中”は皆無で、あけすけな大口は市街地にひらけて少しも隠れようとするところがない。
それでもまだ、隣の線路に較べれば慎み深いと言うべきかも知れない。

接近。




向台隧道
 全長19.5m 幅5.4m 高4.0m
 昭和34年竣功

千葉県内の現役国道トンネルとしては3番目に短い、全長19.5mの小隧道。
2車線のものとしては最短で、もし今から作るなら間違いなく切り通しになっていたと思う。
無灯だが、往来する車もライトを点灯させる間もなく通りすぎていく。

これで終わりなら、いくら明治由来の隧道とはいえ敢えて項を設けて紹介するまでないような感じもある。
房総に限って言えば、改修された明治隧道などさほど珍しいものではない。




…では、なぜ紹介するのか?



それは、旧隧道を発見したからだ。







何の変哲もない坑口前…

しかし、なぜかフェンスに囲まれた一角がある。


オブローダーならば、これを見逃しはすまい。




こっ、
これは!




水たまり…?

なぜか奥行きがありそうだが、隧道では無さそうだ。
わざわざ地面を下に掘って山を穿ちはしないだろう。

正体不明に違いはないが、フェイクだ…。




しかし、そのフェイクは徒花ではなかった。

フェイクを確かめるためにフェンスの周囲を移動している最中、私は巧妙にカモフラージュされた隧道を発見した。



おわかりいただけただろうか? →



【教えて…】




この位置に隧道があるが、

驚くほど目立ってない…。




だが、間違いなく…









それはあった。


入口ではなく、なぜか中ほどで塞がれかけた、

現道のそれよりは小振りながらも十分車も通れるサイズの、廃隧道。




上の写真にも小さく写っている、洞口右側の壁に寄せられた婦人用自転車。

盗難車の末路とも思われるが、堅牢であるはずのフレームが腐食して自然に折れていたり、車輪の半分までは土砂に埋もれているなど、思いがけずに長い月日をここで過ごしてしまったようだ。

しかし、国道端に口を開けた廃隧道にありがちな汚れ…例えば粗大ゴミの放置や落書きなどはほとんど無い。
それは、いかに高度なカモフラージュが施されているかを物語っている。




ここで今一度現トンネルとの位置関係を整理しよう。

右の写真は、旧隧道坑口から現トンネル方向を見たものである。
両坑口は10mに満たない間隙をもって近接しているが、合間には謎の地下層部分を含む貯水池が存在している。

また旧坑口前には、ソテツやツバキなどの庭木を思わせる樹木に加え電柱も立っており、前述の通り特別に封鎖されてはいないものの、現道からはよほど目をこらさないと坑口は見えない。
さらに20mほど離れた新旧道の分岐地点には既に家屋が建っているなど、旧道の痕跡は皆無である。





そして、明るく乾いた洞内へ。

致命的な崩壊は起きていないが、人手が加わっているように見えない凸凹の内壁は、長期間の風化に曝されていることを思わせる。
それでも全体として雑然とした印象を受けないのは、水平に積もった地層の模様が、人為が及ばぬ外の世界の秩序を感じさせるからだろう。

…などと言いつつ、実はサックリ食感がウリのパイ菓子を想像してしまった私は、空腹だった。

そして、洞内中間部分に設置されたコンクリート製の壁へと近づく。
洞内でコンクリートは、この壁だけである。




予想外の景色に、“乗り越え”は中止。

東(勝浦側)の坑口は、なんと直に民家へと繋がっていた。
こんな事は、初めてかも知れない。
民家の“庭先”に出たことはあっても、これは直に民家の外壁だ。

しかも、民家にはここから見えない裏口があるのだろう。
壁によって画された洞内の東側半分は、私的な倉庫か作業場として現在も使われていた。

そして最大の驚きは、その“転用部分”の洞床の一部が、民家と同じ高さまで掘り下げられていたことだ。




壁を乗り越えたい衝動に駆られたが、この状況で家人に発見された場合、とてもじゃないが「廃道探索中にたまたま入ってしまいました」なんて言い訳できないので、「裏口取材」は断念した。

というわけでこの先のレポートは無いのだが、隧道の正体について考え得るところを述べておきたい。

素堀の廃止隧道と現役のコンクリートトンネルとが、5万分の1地形図では区別が出来ない僅かな間隔をもって並行している。
よって地形図での判別は付かないが、本隧道が大正12年の『夷隅郡誌』に記載されている“旧”であり、『道路トンネル大鑑』の通り、昭和34年に現在の「向台隧道」に切り替えられたのだと考えるのが自然だ。

次に『夷隅郡誌』の記述を少し掘り下げると、当時の勝浦と北条(現館山市)を結んでいた県道として「県道94号勝浦北条線」を挙げており、「部落毎に墜道あり」と記述している。
そして個々の隧道緒元を名称と共に箇条書きにしているのだが、本隧道の名称は「鵜原墜道」とされている。
つまり、当時は「向台隧道」とは呼ばれていなかったか、郡誌の調査が不十分であって名称を間違えている可能性がある。



少し話がわき道に逸れるが、『道路トンネル大鑑』と『夷隅郡誌』とでは、鵜原とその周辺にある4本の隧道に限ってみても、これだけ名称が不一致である。

一本も一致していないばかりか、現在の「鵜原隧道」の位置にあった隧道には、「鵜原守谷間」などという固有名詞とは呼べない称をあてている。
このことからも郡誌の命名には疑わしいところがあると思う。

なおこの4本の明治隧道のうち、ここで紹介した「向台隧道」を除く3本は、それぞれ戦後に拡幅改良を受け現在まで使われ続けている。




ということで「鵜原隧道」という名称についてはいささかの疑念もあるが、『夷隅郡誌』における隧道緒元を紹介しよう。

鵜原隧道
 全長63尺6寸 幅14尺5寸 高(東口)14尺 (西口)11尺
 (全長19.3m) (幅4.4m) 高(東口4.2m)(西口3.3m)

全長は現隧道とほぼ一緒だが、東西両坑口で90cmも高さが違うというのは、いったいどういう事なのだろう。

まさかそれは、民家によって私的に掘り下げられたように見える現状が、実は現役当時からだというような話なのか。
確かに現状の洞内には、天井に目立った凹凸がない。
よって、凹凸があるなら洞床ではないかという理論も不可能ではない。



しかし歴史的に見れば、明治43年に勝浦〜鴨川間に乗り合い馬車が開通しており、この時点で隧道は車両交通に供されていたのだから、洞床に90cmもの段差(現状の段差)があったとは考えられないだろう。
当初は天井に凹凸があっても、昭和34年の廃止までにはそれなりの改良を受けて、今の滑らかな天井になったのだと考えるのが健康的だ。

掘り下げ工事の途中で何らかの事情によって中止されたのが、現在の不自然な状況なのだ。
そう想像するのは凄く楽しいが、多分そこまでエキセントリックではないと思う。

ノーヒントな場面で奇抜な形状だけが提示されたため、自然と想像力がたくましくなるが…。


―転進脱出。






11:32 《現在地》

思いっきり他人様のお宅なので敢えて矢印を表示したりはしないが、賢明な読者諸兄であればどこに旧隧道の東口が隠されているのか、想像できるだろう。
壁の色が表と裏とで全く異なっているのも、忍者屋敷みたいでカッコイイ。

ちなみにこの直後、私にしては一番の勇気を出して玄関のチャイムを鳴らしてみたのだが、ご不在であってそれ以上の詮索は出来なかった。

もし許されるなら、隧道の掘り下げや、その活用方法についてお話しをお伺いしたかった。




隧道と“お宅”を貫通してきた旧道は、一旦鋭角に現道と交差するも、

そのまま横断し…




「マルフク」へと突入していた… はずである。

少なくとも昭和27年の地形図では、そのような道が描かれている。

そして、この建物の裏側には川があって…



《現在地》

そこにいかにも古びた、房州石を布積みにした橋台が一対残っていた。

写真は現道の「吉田橋」から下流を撮影したものであり、左岸側は墓石置き場を隔てて旧道の続きである現在の勝浦市道に通じているが、右岸橋台は民家の塀によって完全に孤立し、仮に橋が残っていても上陸出来なかった。


裏庭で人知れず風化を待つ隧道と、堅い塀にとりつく島もない橋台。
それはルートの変遷と市街化によって消え去った旧い国道の、陽炎だった。









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