これまで、複数の山行が読者の方から目撃証言が上がっていた物件が、この地にある。
そこは、青森県と秋田県が北の動脈国道7号と奥羽本線で結ばれている矢立峠の、すぐ北側。
弘前平野を潤す平川の源流の一端である、湯ノ沢の沢筋である。
目撃者は口をそろえて、林道と沢を挟んだ対岸に使われていない隧道が口を開けているのだという。
私が秋田を離れる少し前に、細田氏と行ってみた。
現地には未踏査の森林鉄道「碇ヶ関林道」が記録(明治39年竣工、延長3.9km)されており、その関連性が疑われた。
果たして、それは何だったのか。
06/12/14 14:19
この日は、私にとって秋田から行く最後の探索だった。
幾多の苦難と笑いを共にした細田氏との二人旅。
余り時間のない中での日帰り探索だったが、細田氏の運転で巡る旅はいつも最高に楽しかった。
この日探索したのは2カ所。ここと、夕暮れ過ぎまで粘った石川城址の謎の穴。
この年は初っぱなから雪の少ない冬だったが、流石に豪雪地の県境地帯。濡れ雪が10cmほど降り積もっている中での探索となった。
これでは地上にある遺構の発見は難しいかも知れない。
私は助手席で躍起になって「坑口」を探していた。
湯ノ沢沿いの舗装された林道を、国道7号から分かれ2kmほど進んだところで、対岸にそれを見つけた。
確かに藪の中、坑口らしきものが口を開けている。
ここには、明治39年という古い時期に碇ヶ関林道という森林鉄道が開通した記録がある。
その軌道跡は林道とも重なっている場所もあるようで余り判然としないのだが、隧道は林鉄のものなのだろうか。
ともかく、近くに車を止めて探索を開始した。
林道と坑口とを隔てる湯ノ沢川はたいした水量の川ではないが、この真冬に徒渉する気にはなれない。
しかし幸いにして、坑口前には枯れ草に覆われはしているものの、頑丈そうな橋が残っている。
坑口は橋の真っ直ぐ先に口を開けており、橋は林道に対し直交している。
すなわち、坑口は林道から見て横向きに口を開けているのだ。
この時点で、林鉄の隧道ではないだろうと思った。
では何だというのか?
一気に面白くなった気がしたが、一帯は古い鉱山地帯でもあるので、その関連かも知れない。
川がくの字に蛇行している部分の頂点に坑口へ繋がる橋が架かっている。
だが、その両脇にも橋が架かっていた形跡がある。残っているのは橋台のみだが、いずれもコンクリート製だ。
林鉄は昭和34年に廃止されたそうだが、おそらくはその関連であろう。
これらの位置関係については、此方の図を参照していただきたい。
おそらく夏場には林道から殆ど見えなくなるに違いない、藪の中の坑口。
細田氏が覗くその穴は、やはり林鉄のサイズではない。
しかも、コンクリート製の見るからに頑丈そうな姿。
やはり鉱山関係なのか…。火薬庫?
まさか、秘密の核シェルター??
これは隧道なのか、或いは何らかの地下施設の入り口なのか。
扁額もなく手掛かりは乏しいが、唯一の文字情報はタイル6枚分。
何やら数字が書かれていたようだが、読み取ることは困難だ。
しかし、私はこれと同じものを何処かでも見たような気がした…だが、まだこの時には思い出せなかった。
この時に思い出していれば、これが何であるかも予想がついたかも知れない。
この不自然な塞がれ方は…。
鉄パイプを何とも形容しがたい幾何学模様で組み上げたものが柵の代わりになっている。
だが、人が容易に通り抜けられる隙間が随所にある上、付近には特段に立ち入り禁止を示す表示も見られない。
…実は、何でもないモノに過ぎないのか?
隙間から覗き込んでみて驚く。
なんと、斜坑である。
かなりの角度で地の底へと下っていくのである。
二人は柵の隙間から内部へと進入した。
しんと静まりかえった洞内には、微かだが風の流れがある。
地の底へ続いているように見えるが、何所か別の出口に通じているのだろうか…。
…これは……
もしかしたら、想像していたよりも大変な物件かも知れない…。
斜坑… やはり廃坑なのだろうか。
断面はかなり大きい。大型車でも通れるサイズだ。
斜坑であることがはっきりと分かるショット。
坑口は普通の出入り口というよりは、何か大きな機械が備え付けられていたような形跡がある。
また、レールとは微妙に違うが、何かを斜坑に沿って移動させていたような鋼鉄製のガイドが残っている。
全くの無人となってからかなり経っている気配を感じはしたが、具体的な古さは見当がつかない。
斜坑という事で精神的な圧迫は普段以上だが、その正体を知るためには進むより無いだろう…。
二人は洞内へ。
丁寧にコンクリートで巻き立てられた姿は普通の隧道の様だが、立っていると体が傾いていることを強く意識するほどの勾配がある。
この隧道が何か特異な存在であることを意識させずにはおかない。
時々振り返って距離を確かめながら下っていく。
まだ大して下ってもいないが外の光は殆ど届かなくなっている。
天気が悪い上に西向きの斜坑だから無理もない。
そんな、余り気分の良くない洞内を、さらに不快にするものが現れた。
“黄金様”である。
キャタピラの形に窪んだ路面を充填するようにして、黄金色の泥が溜まっている。
側壁に一部、崩れたのとも違う欠損が見られた。
覗いてみると、そこにはかつて小さな横穴があったようだ。
土砂が充填され塞がれていた。
振り返ればまだ出口は間近に見えていた。
しかし、下っていくというのは気分が悪い。
隧道ではないのだ、きっと…。
しかし、穴がそこにある以上、何かを見つけなければ引き返せないという気持ちもあった。
私と細田氏はそんな気持ちから、今は封印されてしまった某鉱山を丸一日彷徨い歩いたことがある。
穴に関しては、二人ともとことんまで汚い男だ。
くじ氏を加えて三穴トリオと言っても良いかも知れない。
進むにつれ下るにつれ、足下の状況は看過できぬまで悪化した。
しかも、一様な下り斜面であるから、転倒する危険性が大いにあった。
実際、二人とも危険なバランスだった。
ここで転んだらもう死ぬしかない。おわりだ。
細田氏がなぜ仕事着であるかは、まあ彼なりの隠すべき事情があるので問わないが、それ、絶対汚れると思うぞ。
怒られると思うぞ、絶対に。
げっ!
水没してる!
まいったなー。
えー! これは嫌だぞー。
泥沼じゃないのか??
しかも、斜坑だったらこの先深いんじゃ?
外気温0度だぞー。 死んじゃうよ。
死んじゃうよー。
カメラの“高感度モード”をON!
!! なんだ??
何かが、まるでこっちを見ているかのように水の上に顔を出している…。
気持ち悪いが、どうやらそんなに深くはないのか?
深くないと言っても腰くらいまではありそうだが……。
いやー。 しかしー…
うーーん……
やっぱり嫌だな〜。 夏場ならばいざ知らず…。
これが、ここまでの我々の成果。
長さはここまで100mほど。深さは20mくらいだろうか。
細田氏の足下を見れば分かるとおり、沁み出した泥がかなり堆積している。
やがては黄金様の大洪水だ。
それにしても、この先を見るためにはどうしても入水しなければならないようだ。
細田氏は完全に私に預けたようだが…
まあそりゃあ、その服装で入れとは言えないしな〜
はい。もうこの写真を見ればお分かりですね。
入りましたとも!!
入りましたよ。真冬の地底湖へ。
下半身が駄目になるという、生涯のリスクを冒しながらね。
後半戦へ続く。