橋梁レポート 西目屋村道の川原平橋 後編

所在地 青森県西目屋村
探索日 2012.08.24
公開日 2012.09.01

水没予定橋の真なる美点が明らかに


2012/8/24 10:11 《現在地》

この写真の風景は、半世紀前に完成した目屋ダムと、今から数年後の完成を目指して工事が進んでいる津軽ダムとを、色々な部分で対比しているように思われる。

ひとつは、工事の規模の違いである。
目屋ダムの工事では、湖を渡るのにこんな「軽トラサイズ」の橋でもヨシとしたが、今回はダンプトラックが悠々と通れる橋が作られている。
しかも、この隣にある橋は工事用の仮設橋に過ぎず、これからこの少し上流に建設される“本番”の橋は、さらに大きな規模になっているのである。(参考:津軽ダム計画図はこのPDFの21p)

もう一つの対比は、時間の経過である。
その事は橋の上よりもむしろ、向こうの岸辺の植生に感じられる。
川原平橋へのアプローチ道路は緑の樹木に覆われていて少しも見る事が出来ないが、工事用道路については路面は当然、周囲の土地まで盛大に伐採されて丸裸である。
おそらく川原平橋が開通した当初は、その道の周囲も一度は伐採されていると思われるのだ。

半世紀という歳月が、この眺めには含まれていた。




川原平橋を渡り切って、岩木川左岸の橋頭へ辿りついた。

こちら側の親柱も欠損していたが、それでもなんとか銘板は無事で、1枚は右岸と重複する竣工年を表示、もう1枚は読み仮名の「かわらたいはし」を表示していた。

隣にある工事用道路のせいで、風景的に“添え橋”のような存在になってしまっているのが不憫でならない。
添え橋というのは、車道の橋の隣に後から添加した歩道橋のようなものである。

特にこれだけの長さと高さがあって、湖面という絶縁性の高い場所を横断している橋なのだから、工事用道路さえ隣になかったら見違えたかも知れない。
こんなに細くても、それなりに凛々しく見えたと思うのだ。

…まあ、工事が始まってから現地へ来た私が悪いのだし、それどころか、この直後には工事用道路のおかげで“いい目”を見ることになるのだが…。



さらに橋頭からこれだけ離れて、ようやく工事用道路の橋も終わりを迎えた。

両者の右岸橋端はほぼ並列していたが、右岸は2〜30mもずれている。
2つの橋は隣接しているのに、なぜこんな事が起きるのか。
単純に地形のせいだとは考えにくい。

答えは、川原平橋のほうが岸辺に長い盛り土をして、いわば上げ底をするような形で、川幅を狭める(涙ぐましい)努力をしていたのである。
仮設橋の方は、そんな手間は馬鹿らしいとばかり、全長に鋼鉄の城塞を組み上げた。

ヨシ! 散水車が通り過ぎた今がチャンスだな。
俺も容赦なく工事用道路に進入して、今だけしか見れない「川原平橋の横の姿」を…


見てやるぜ!





川原平橋の正体は、

三弦トラス!!!


凄い橋を見つけたかも知れない!

これが普通のトラス橋でないことは、一目でお分かりいただけると思う。
これぞ、一部に熱狂的なファンを有する、トラス界のスマホ!(スマートフォルム)
三弦トラス橋!
しかも、昭和34年12月竣工だから、歴とした年代物



三弦トラスについて、少し解説する。(知ってる人はスルー推奨)

道路用の三弦トラス橋は、かなり珍しい存在である。私が探索中に出会うのは、これが2度目に過ぎない。
当サイトで三弦トラス橋を紹介するのも、今回が初めてだろう。(水路用だと珍しくはないが→長坂水路橋

三弦トラスというのは、「弦材」が3本のトラスという意味である。
弦材とは、トラスを構成する部材の中で上下の「主構」を構成するもので、上弦材と下弦材からなる。
通常のトラス橋(画像)は、上弦材と下弦材がそれぞれ2本ある(四弦)のだが、この橋は下弦材が1本しかないので、三弦橋なのである。
三弦トラス橋の断面は三角形(二等辺三角形)になることから、「三角トラス」という別名もある。

また、床版とトラスの位置関係に着目すると、この橋は床版がトラスの上にあるので、「上路橋」である。
三弦トラスにおいても上路橋と下路橋が存在するが、上路橋の場合は必ず断面は逆三角形となる。
このことから、上路三弦トラスは「上路逆三弦トラス」と呼ばれるのである。

各部材の名称も右図に示したが、基本的に四弦のトラスと変わるところはない(と思う)。
ただ、三弦トラスにおける垂直材は、鉛直方向にあるものではない。




知識武装も終ったところで、改めて過去最大級の画像サイズで三弦トラス「川原平橋」を見てもらおう。

三弦橋としては当たり前の事柄も、三弦橋自体を見慣れていない私には、全て奇異で面白く見える。

例えばだ、

ごくごく単純に物事を考えれば、下の方にある部分が上の方を支えているというのが、世の普通である。
しかし、逆三弦トラスはこういう普通の感覚に、鋭くメスを入れる。
あんなに華奢でしかも1本しかない下弦材が、どうしてその上に沢山の部材載せて、安定していられるのだろうか  …とか。

本橋は三弦トラスありきで、三弦トラスでなければ実現不可能なバランスで成り立っている。
この橋はとにかく、あらゆる部分が華奢だ。
その最たる部分は中央に1本だけある橋脚だが、地震や強風で折れはしまいかと不安になる。
そして床版、これも怖いくらいに薄い。荷重をオーバーしたら、たちまち割れてしまいそうだ。

三弦トラスは、部材が少ない分だけ四弦のトラスに強度で劣ることは間違いないだろうが、しかし自重を確実に3/4以下に出来る。
そして、この華奢な三弦トラスが支えているのは、やはり華奢な床版と(狭い幅員から必然的に軽量となる)荷重である。
さらに、華奢な三弦トラスと、華奢な床版と、軽量な荷重を支えているのが、橋台と華奢な橋脚なのである。
華奢華奢華奢(言いにくい)の三重華奢の組合せは、三弦トラスを採用したことによって実現している。




見よ!
この軽やかな1径間を!

こんなに薄い床版は、トラスの賜物。
大して太くもない鉄の棒を、トラスの構造に則って組み立てるだけで、50年以上も保つ橋が出来ちゃうのだから、トラスは凄い。

三弦トラスは部材が極限まで省かれているだけに、なおさらトラスの凄みが出ている気がする。
そういう所も、三弦トラスに熱狂的なファンがいる理由のひとつだろうか。
機能美の極致といった印象だ。

ちなみに、前述した形式名「上路逆三弦トラス」だが、さらにゴテゴテと付け加えるならば、この部材の組み方は「ワーレントラス」と同じなので、「上路逆三弦ワーレントラス橋」と呼んでもいいだろう。(ワーレン形式以外の三弦トラスを見た憶えはないが…)



普通のトラス橋だったら、私はこんな所まで見ないが(苦笑)、気付いたことは記録しておこう。

トラスの部材が接合されている点を「格点」と呼び、部材の接合に用いる板状の部材を「ガセットプレート」(或いは単に「ガセット」)という。
逆三弦トラスの下弦材(正三弦トラスならば上弦材)の格点には多数の部材が集まるので、ガセットプレートも特徴的な形をしている、と思う。

また、トラスの部材というと「H鋼」(断面がHをしている鋼鉄材)が一般的だと思うが、本橋では「L鋼」を組み合わせて断面を“十字”にして使っているのが面白い。
これも軽量化の一環なのか、単に部材費の節約なのか。
(下弦材おそらく「山形鋼」かと思われるが、下側から覗き込んでいないので、確定ではない。上弦材は床版に埋め込まれているので、これも不明である。)




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この宙ぶらりんな感じが、とっても面白い。

普通の上路トラス橋(画像)というのは、橋脚や橋台の上にトラスがあり、トラスの上に床版が乗っているものだが(言い換えれば、「垂直材」が「端材」になっている)、本橋の場合は、橋脚や橋台の上に床版が乗っかっていて、その床版からトラスが“ぶら下がって”いる。(「斜材」が「端材」になっている。なお、逆三弦トラスでも、橋脚の上にトラスが乗る場合もある。長坂橋はそうであった。)

橋脚や橋台が受け持つ重量が、トラスと床版の和である点で両者に違いはないが、外見的な印象は凄く異なっている。

(これは普通の「下路トラス」をひっくり返しただけだから、安定していて然るべきと思うかも知れないが、三弦橋の場合は四弦橋と違って上下が非対称なので、力学的な計算は単純でないかもしれない。例えば、トラスには上弦材に圧縮力が、下弦材には引張力が掛かる(上路下路で変化無し)のだが、上路三弦橋では1本の上弦材が圧縮力を負担し、下路三弦橋では1本の下弦材が引張力を負担する。上路と下路では1本しかない弦材が負担する力が逆転するのである。)

なお、トラスのどこかに「銘板」が無いかを探してみたが、残念ながら見つけられなかった。




散水車が戻ってきたので、ダッシュで仮設橋から離脱した。

はっきり言って極めてマイナーで地味な立地にある川原平橋が、実は珍しい三弦トラス橋であった。
だが、既に橋梁史の世界では一定の認識を得ていた事が判明した。
なんとこの橋、一村道でありながら、『JSCE橋梁史年表』に記載されていたのである。
その部分をまるごと引用しよう。

橋名: 川原平橋 開通年月日: 1959− 橋長(m): 65.2 幅員(m): 2 形式: 上路単純三角トラス橋 l=32 上部工 川田工業 下部工: 直接基礎 特記事項:場所: 青森県 西目屋村 河川名: 藤木川(←岩木川の間違いか) 出典:  土木学会 関西支部 「橋梁工学の最近の諸問題」 大阪 昭和34年  小沢 久太郎 「道路橋計画論」 昭和36年  目屋ダム工事事務所『目屋ダム工事報告書』1961年3月

この記述により、川原平橋の緒元が概ね判明した。全長65.2mで、長さ32mの桁を2本使っていたのだった。
そして、完成した当時の土木学会誌をはじめ、橋梁工学書にも取り上げられたのである。
つまり、その道のプロが認める先例的な橋だったということになる。

いまは水没、ないしは取り壊されて水没しようとしているが、特に保存運動が盛り上がっている様な話も聞かない。
誰もが役目を終えたと認めた上での措置ならば仕方がないが、うっかり忘れられていたのではという気も……。



最後に私からも、本橋が間違いなく貴重橋である補足の話をしたい。

三弦トラス橋と言えば、最も有名なのは北海道にある大夕張森林鉄道夕張岳線「第一号橋梁」だ。
あの夕張の三弦橋(下路三弦トラス、全長381m、高さ68m)は、昭和33年の完成で、川原平橋の1年先輩にあたる。
この時期の符合をどう見るか。
夕張の三弦橋は林鉄用だが、これが鉄道に用いられた日本最初の三弦橋とされている。
道路橋については先例があったと言うことだが、それでも三弦橋自体の初期の事例である事は間違いないと思われる。(だからこそ、橋梁工学の本にも記載されたのであろう)

夕張の三弦橋と川原平橋は、偶然だとは思うが、とても似た運命を辿っている。
夕張の三弦橋が生まれた経緯は、大夕張ダムの建設に伴う林鉄の付け替えによるもので、昭和33年の完成。
川原平橋は、目屋ダムの建設にともなう村道の付け替えによるもので、昭和34年の完成であった。
そして、夕張の三弦橋は今、大夕張ダム共々、夕張シューパロダムという新たなダムに沈もうとしている。
川原平橋は今、目屋ダム共々、津軽ダムという新たなダムに沈もうとしているのである。

夕張ダムと目屋ダムは建設者が異なっており、2本の三弦橋に直接的な関わりはないと思うが、この時期のダムの付け替え橋に三弦橋が好まれたというのは、あったのかもしれない。
三弦橋の最大のメリットは、華奢のフルコースからくる経費の節減にある。
さほどの交通量が望まれないものの、それなりに長い橋を架けなければならない湖面橋の場合、三弦トラスが有用と判断されたのではないだろうか。
私はこのほかにも、ダム湖にある三弦トラスをいくつか知っている。

この川原平橋は、あくまでもイメージの話であるが、夕張三弦橋の“弟分”のようだ。
上路と下路の違い、林鉄用と道路用の違いなどはあるが、互いにダムに生み出され、ダムに眠ろうとしている、人に翻弄された三弦橋である。

夕張の“兄貴”とは違って、おそらく今後も保存活動などが企てられることなく、ひっそりと最期を迎えそうな川原平橋は、実は現状でも立入禁止を破らないと近付けない存在になってしまっている。
まあ最後に(無理矢理ながら)体験と記録が出来たのは良かったが、一期一会はやはり残念。






なお、目屋ダム(美山湖)にはもう1本湖面橋がある。
それが、川原平橋の下流約2kmにある写真の砂子瀬橋である。

昭和49年生まれと幾分新しい本橋は、至って普通の(四弦の)トラスだが、
湖面橋としてのシンボルを託されたカラフルな塗装も哀れ、宿命は川原平橋と同じである。

二度の水没を味わった集落や、水没予定地に佇む水没移転の碑など、
この地には他にも語りたい事柄が少なくないが、それはまた別の機会としよう。




追記

JSCE橋梁史年表』を検索したところ、「三弦トラス」で1件ヒットした。
また、「三角トラス」で4件ヒットした。しかし、そのうち1件は海外(ドイツ1930年架設:三弦橋の元祖?)で、1件は吊橋の補剛に三角トラスを用いている橋で、1件は水路橋であった。したがって残りは川原平橋だけであった。
このことからも、三弦(三角)トラス橋がどれほど希少であるかが分かる。

なお、道路用の三弦トラス橋として有名なのは、昭和46年に北海道で建設された日高大橋である。
これ以前の例をいま探しているが、まだ見つかっていない。このまま見つからなければ、川原平橋は国内で最初の道路用三弦トラスだという可能性もある。

皆様からの情報を、お待ちしています。

2012/9/2 追記


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