橋梁レポート  国道254号旧々道 旧落合橋 後編

所在地 群馬県下仁田町
探索日 2014.4.2
公開日 2014.5.8

奇跡の巨大木造トラスを眺め尽くす 



2014/4/2 15:23 《現在地》

さて、「世紀のもの」といっても差し支えがないであろう、巨大木造トラスの詳細を見ていこうと思うが、その前に、これまでの探索で分かっている情報を簡単にまとめておこう。

・構造は木造トラスで、形式は上路橋。
・橋は1スパンで、全長は目測30m程度、高さは20m以上。
・親柱など、橋の正式な名称を知る手掛かりは無し。
・竣工年も不明。ただ、隣にある落合橋の竣功が昭和39年であり、廃止年は昭和39年と判断出来る。

次の目的は、橋が跨ぐ西高畠沢の谷底まで降りて、そこから橋の全体像を眺める事だ。多くの場合、橋が橋として最も美しさを発揮するのは、真下ではなく、少し離れた場所から見上げたときであると思うので、その“特等席の視座”を探しに行こう。



さて、この辺から、谷底を目指してみよう。
ここは新旧の落合橋の間である。

迂回すれば、もっと楽に降りられる場所もあるかも知れないが、出来るだけ観察対象の旧落合橋が見える場所を通って行きたい。
そうすれば、例えこのルートでは目的を達成出来なかったとしても、無駄にはならないと思う。

そして事実、行動開始直後から、アツイ眺めが私の目を喜ばせ始めた。




もう、早速にして興奮すべき眺めであった。

木造トラスは現代において極めて現存例が少ない、貴重な存在である。
このことは本編中でも既述しているし、当サイトでこれまで数百の廃道を取り上げてきた中でも初めての遭遇であることからも、十分にお分かりいただけると思う。

そしてそんな希少な橋梁であるだけに、橋そのもののダイナミックなシルエットは当然だが、この写真に写っている橋台の構造や、橋台に載せられた橋の部材の細かな配置、端部の意匠など些細な部位についても、興奮すべき大きな価値があった。
通常、木造トラスは白黒写真の中だけの風景であり、これらははじめて“触れる”ものだった。




この橋台横の斜面は、本橋を味わう上での最初の“黄金の視座”となった。


いま、混じりっけなしの全貌が、遂に明かされる!



至宝である。

これが、土木学会選奨土木遺産に認定されていないのは、不可解だ。



ぶ、分析だ!

木造トラスなんて今まで評価したことが無いので、間違いも書くかもしれないが、ご指摘いただければ修正したい。
とにかく、私の知識で分かる範囲での分析である。

本橋の形式は、上路ダブルワーレントラスである。
この形式の外見的な特徴は、上弦材と下弦材を結ぶ斜材という部材が格子に交差する配置にある。
また、より細かく見ると、格子の1スパンごとに鉄製の垂直材(吊材)が添加されているので、垂直材入り上路ダブルワーレントラスともいえる(ダブルワーレントラスはラティストラスともいう)。

また、本橋の外見的な印象としては、とにかくゴツイということが挙げられる。
同じ長さのトラス橋を考えたとき、鋼製トラスよりも遙かに部材の密度が多い。
このことは言うまでもなく、鉄と木材の素材としての強度の違いに因る。
単位長さ辺りの部材量が全てのトラス形式の中でも最大級となる(不経済な)ダブルワーレントラスを選択しているのも、木造トラスでありながらも必要な強度を担保するためであろう。

そして、この経済性よりも強度に特化した選択が、廃橋後に半世紀を存続する原因になったと思われる。
無論、ここが廃橋の存在が特に邪魔にならない場所であったことも、理由としては大きいだろうが。



興奮に任せて、拙い模式図を作ってみた。

この図の通り、橋は全部で9つの格子(スパン)で出来ているのであるが、よく見ると、斜材の太さに変化がある。
上の写真を改めて見て頂きたいが、斜材同士が交差する部分は、2本の斜材が1本の斜材を挟み込むようになっていて、接続部分は回転できる自由度を持っている(トラス構造の特徴である)。

そして、東岸(今いる側)から4つ目のスパンまでと、東岸側の5つのスパンとでは、斜材の挟み込みの向きが入れ替わっているのである。
このことを左の模式図では、太い斜材と細い斜材として描き分けた。

橋のバランスを考えたとき、理想的には左右対称とすべきだろうが、本橋では9というスパン数の関係から妥協している(ちなみに、上流、下流は両側とも同じ作りである)。
少なくとも鉄のトラス橋では、こういう左右非対称を私は知らない。
木造トラスでは珍しい事ではなかったのだろうか?

また、より根本的な事として、なぜ太い部材と細い部材が混在しているかと言う事だが、これは橋に架かる荷重に対して各部材が負担する力の大きさに応じて、より負担が大きな部分が太いということになる。
詳細は煩雑になるので省くが、木材という脆弱な(特に圧縮よりも引っ張られる力に対しては弱い)素材を利用して巨大な橋を完成させるために、部材の配置は十分工夫されていたのであり、引っ張りに強い鉄の棒を垂直材として添加しているのも、同じ目的である。



また、橋は全長が30m程度ある(ワンスパンの高さと長さを3mと目測して、橋長27mとも計算出来る)が、上弦材と下弦材については、それほどの長尺の木材が得難いためか、右図の赤い記号のところで添加材(これも木材)とボルトによって連結されている。

これは何も木造橋だけの問題というわけではないが、自然物である木材だけに、構造上の弱点としても工事の手間としても、余計に頭の痛い問題であったろう。

だが、本橋がこの問題もこれまで上手く克服していることは、現状が物語っている。



本橋の保存状況は、床版のジャングル化に目をつぶれば、素晴らしいものがある。


無敵なのだろうか?



残念ながら、無敵の土木構造物などあり得ない。

本橋が奇跡的な強度で現存し続けているとしても、肉眼でもはっきり分かるほどに橋の中央部付近が下へ撓み始めているのは、正常とは思われない。
老朽化のため、トラスの構造が吸収できる歪みの限度を超え、一部の(死荷重を沢山負担する中央付近の)部材に、負担が集中し始めている状況が想像される。

もっとも、私の経験値が少ないため、この状況がどれほど危機的、末期的であるかの判断は付かないが、架かった状況のままで見て分かるほど撓んでいるトラス橋は、はじめて見た。

なお、橋脚を持たない構造上、落橋するときは一瞬で全ての形を失うはずである。
また、一定の歪みを越えた辺りからは、加速度的に崩壊が進むものと思われる。
その“閾値”がどの辺にあるかは分からないが…。




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谷底へ安全に下りうるルートを模索しながら、トラバース気味に移動しているうちに、自然と落合橋の下へ入った。

ここからの新旧落合橋を一目に捉えるアングルも、土木の技術、特に架橋技術の進歩を実感させるものがあり、面白い。

ところで、探索後に行った机上調査では、この新しい方の落合橋の記録を見つける事を出来た。
土木学会のサイトに公開されている「JSCE橋梁史年表」に、次のデータが収録されていたのである。

落合橋
開通年月日:1965年  橋長:40m  幅員:6m  形式:鋼単純曲線箱桁橋 l=38.7m 上部工 宮地鉄工所  ※これはあくまで新しい落合橋のデータ

そして特筆すべきは、同項の「特記事項」として、次の短い既述があることだ。

旧橋は上路ラチストラス橋

これは言うまでもなく、木橋である旧落合橋のことであろう。
木造であることも現存するものであることも、全く触れていないが、これが現時点で発見されている旧落合橋に関する唯一の文書である。



これは、結構危ない斜面だ。

どうにか降りられないほどではないが、植物という手掛かりが少ない土と石の斜面で、
うっかり滑り始めれば下まで一気に落ちてしまいそう。おそらく、先ほどの渡橋よりも危険度が高い。
だが、真下に見える谷底から早く橋を見上げてみたいという欲求は大きく、結局ここを慎重に降りた。
実はもっと楽に谷底へ下りて橋を見上げるルートがあるので、本編を最後までご覧下さい。


そして、第二の“黄金の視座”を獲得。



苦労の甲斐アリ!

木造トラスの精緻な工芸品を思わせる姿は、朽ちかけてなお美しいと思う。

だが、友人ミリンダ細田氏による私とは違う次の講評も、言い得て妙だと思う。

ミリンダ談 「白髪を伸び放題にして、骨と皮だけに痩せて、ボロを纏った狂老人が、
精神力だけで背筋を正して正座しつづけているみたい…。

ミイラ(即身仏)が大好きな彼らしい独特の世界観で、本橋の鬼気迫る迫力を表現してくれた。




ほとんど水の流れていない西高畠沢の谷底を歩いて、旧落合橋の直下までやって来た。
見上げているのは右岸(西側)で、橋上は猛烈なジャングルが、下から見る限りそうは見えない。

また、隣り合う落合橋(全長40m)と較べて、旧橋は橋台をかなり崖に突出させることで、ギリギリまで橋を短くしていたことが分かる。
こうして並ぶと、鉄と木材の間には埋めがたい強度上の優劣があるのが、よく分かる。
もっとも、この木橋が架設された時期にだって鉄橋を架ける技術はあったはずで、それでも木橋を選んだのは、当時はそれなり程度の需要しか予想されていなかったと言うことだろう。




なお、これが西高畠沢の谷底の様子。

ほぼ木橋の真下から上流側を撮影しているが、この上流15mほどの地点に、谷がここよりも狭くなっている部分がある。(また30mほど先に砂防ダムがあり、これは地形図にも描かれている)
あそこまで道を迂回させれば、さらに橋は短いもので足りただろうが、そこに架橋の痕跡は見られない。

両岸の絶壁を切り開くアプローチの難しさや、その事から来る工費工期の上昇分と、木橋の橋の長さから来る工費工期の減少分を天秤にかけ、現在の架橋地点が選ばれたのだろう。

ちなみに、今ある旧落合橋よりも短い架橋で済んだならば、木造トラスを選ぶこともなかっただろうから、“奇跡”は、この架橋地点を選んだ時に始まった。




木橋を下側の構造も、じっとりと観察。

部材の配置などは、鉄のトラス橋と一緒だと思うが、
ここから眺めて気づいたことは、構造の心臓部である上弦材と下弦材が、
横から見た時の印象よりも遙かに太いということだった。



下弦材の拡大図。

2本の太い角材を横に連結した構造なのだが(上弦材も同じ)、
その連結部の組木細工のような精緻な加工は、“木の匠”の妙技を遺憾なく発揮している。

この橋を架けた男たちは、今どこにいるのだろう。
木造の構造物が、土木の世界から一掃されて久しい現代、彼ら“木の匠”の仕事場は、
木造建造物が引き続き多く作られている、建築の世界へと移ったのだろうか。
今でもこの国のどこかに技術が継承されていることを、願わずにはいられない。




これが谷底から見上げて撮った最後の写真。

橋を架けることの意義、橋があることの有り難み。

本橋の神々しい効用を、象徴する眺めであると思う。


…それにしても、すごい場所に橋台を作ったな…。




期待を裏切らない至福の眺めを提供してくれた谷底から、そろそろ脱出する。
降りてきたところを登るのは難しいし、何より面白みが薄いので、今度は右岸にルートを取った。
そして、その最中にも何度も振り返り、奇跡との別れを惜しんだ。

この写真は、敢えて隣にある落合橋をフレームアウト(少し見えているが)させて、
旧橋が現役だった時代を彷彿とさせるようなアングルを狙ってみた。
さすがに、この風合いで現役橋には見えないが…。




谷の中で撮影した最後の写真。

今度は先ほどとは逆に、落合橋を主役に据えたアングルだ。

この落合橋にしても、昭和39年の竣功と、決して新しい橋ではない。
だが、ビビッドな曲線の箱桁橋で、ごく最近の建造と言われても違和感がない。
おそらく、この塗装は比較的最近に手直しされているであろうが。

また、旧落合橋が土木遺産や観光名所として古くから評価の対象であったならば、落合橋の形や塗色には、景観の整合性を持たせるような何らかの工夫が施されたかもしれない。
しかし、ここにはそうした“配慮”の介在が一切感じられない。
そして、個人的にこれは残念なことではなく、むしろ廃道のリアルとしては好ましいと思える。

もはや、完全なる用済みであって、いつ瓦解しても屍を拾う用意はないことが、明確に示されている。




15:39 《現在地》

そのまま旧国道脇の斜面をよじ登り、旧国道へ復帰した。

もしも、皆さまが西高畠沢の谷底へ安全に降りようとするならば、私が出てきたこのルートを逆に辿ることをオススメしたい。
杉の植林地などがあり、起伏も緩やかで、危険は無い。


最後になったが、改めて本橋の情報を寄せて下さったみち氏へ、改めて感謝の言葉を述べたい。
群馬県にまたひとつ、廃の秘宝が確認出来た。素晴らしいものだった。




現状の確認を終えた今、最大の謎として残っているのは、本橋がいつ、どのような事業によって、架設されたかということだ。
私はこの“奇跡”の正体を、まだ解き明かせないでいるのである。

本橋の歴史が、内山峠の道路改良史と密接に関わる事は想像出来るが、改良が数次にわたって行われていることもあり、一筋縄ではいかなさそうである。

引き続き調べを続け、ある程度情報がまとまったら「考察編」を追記しようと思うが(まず橋の現存を急いで報告したかったので、机上調査を十分にする前に、現地調査のレポートを公開した)、皆さまからの情報にも頼りたい。
何かこの木橋について情報をお持ちの方がいましたら、ご一報下さい。





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