http://yamaiga.com/bridge/akimoku/ の公開中コメント一覧

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コメント
29,0702018-06-05 08:40:33/bridge/akimoku/main.html10
とても興味深かったです
40,4972019-02-19 04:15:07/bridge/akimoku/main.html10
Lecoq社ですが、もしかするとベルギーの会社かもしれませんね。スペインのMionoにあるDicido鉱山の鉱石搬出用の施設が、1896年くらいにベルギーのAuguste Lecoq社とJ.L.Lecoq社によって作られた……と読める記述がありました。HISPANIANOSTRAhttps://docplayer.es/39310652-Patrimonio-del-agua-septiembre-no-8.htmlhttps://docplayer.es/storage/56/39310652/1550516887/Ftce5cY-NWZVxza4u-6D2g/39310652.pdf#page=16>Diversos problemas surgidos durante la construccion hicieron que finalmente decidiesen encargar un nuevo proyecto al industrial belga Auguste Lecoq, >Aunque el proyecto lo firmo el ingeniero Guillermo de Goitia, el cargadero fue proyectado en Paris por el reputado ingeniero belga Teophile Seyrig -que fue socio de Eiffel- y construido de nuevo en Halle, por la empresa J.L.Lecoq & Cie. Ruta hasta el cargadero de Dicidohttps://ivanaexcursiones.blogspot.com/2013/02/de-miono-al-cargadero-de-dicido-ruta.html>Construccion del cargadero de Dicido, a cargo de la compania belga J.L.Lecocq y del taller de montaje Auguste Lecocq, en 1895.(「J.L.Lecocq」と表記される場合もあるみたいですね)Auguste Lecoq社の方は、こんな冊子も見つかりました。Aug. Lecoq & Cie. Constructeurs Hal (Belgique)https://www.mot.be/webhdfs/v1/resource/RCB/26601/rcb026601.pdf時期的にも符合しますし、明治期の海外レール調達先にはベルギー企業も結構あったかと思いますので、鉄橋も調達していてもおかしくはないと思うのですが……何故か銘版が見つからないので確信が持てず……(汗)るくす
41,8842019-08-12 22:24:16/bridge/akimoku/main.html10
私の父が結婚する以前にあきもくに勤めていた昭和24年頃、労働闘争があり、それに嫌気をさした父が辞職したことを聞いていてあきもくと聞くとなにか昔の社会や時代を思い浮かべる。
41,8962019-08-13 21:21:54/bridge/akimoku/main.html10
考察の素晴らしさに感心して拝読しております。Wikipedia「東能代駅」の項目に「そのほか、駅北側にある秋木工業(現 アキモクボード)を通って米代川に向かう専用線も存在した。専用線敷設当時は米代川の砂利輸送を行っていたが、後に秋木工業の木材輸送として使われるようになった。この秋木工業専用線は1993年に廃止されたが、専用線の跡地は大半が道路や駐車場に転用されているものの、踏切跡や鉄橋跡など一部の跡地は線路が撤去されずに残っている。 」つまり鉄橋は一つで砂利取線、木材運搬線兼用であったのではないでしょうか?間違っていたらすみません。
42,7442019-11-18 20:11:30/bridge/akimoku/main.html10
るくすさんのコメントにあるように、確かにJ.L.Lecoq社はベルギー(おそらくハレ)にあった鉄鋼会社のようですね。ただ、ロンドンにも事務所(?)があったようで、レスター大学のロンドン郵便局関連のデジタルアーカイブの中に、Laurence Pountney lane(中略)SECOND FLOOR. (中略)110 (中略)J. L. Lecoq & Co. Ateliers de Construction, .Aug. Lecoq, Hal, Belgium という記載があります。イギリスで発注したものが、ベルギーから届いていたのかもしれないですね。ロマンです。
43,1112019-12-25 01:34:37/bridge/akimoku/main.html10
邪魔かわいい細田さんに10点!銘板のデザインがとても素敵ですね
44,7122020-06-30 13:24:46/bridge/akimoku/main.html9
檜山川橋梁のとなりにかかっていた轌ノ目橋(秋木橋)が老朽化のため2018年に撤去されたので、まさか檜山川橋梁もろとも・・と思ったのですが・・無事でした。2020年6月30日現在も残っています。
46,2632020-11-30 12:04:35/bridge/akimoku/main.html10
明治の初期の頃輸入に頼っていた日本に残る非常に貴重な産物です、大事に博物館に残す価値が有ります、ただし日本人は世界でもアフリカ人に次ぐ程古い物を大切にしない残念な人種で有り一度潰したら2度と復活不可能である貴重さを理解しない所です。
48,6142021-11-07 12:01:26/bridge/akimoku/main.html10
レールは30kg/m、桁はスティフナーの上下が90度曲がっている「イギリス式」ですね。
50,5502022-08-22 23:11:58/bridge/akimoku/7
何かと物好きな人間のいるイギリスなら同好の士が居るような気がするのですが、探せませんかね。
51,3202023-01-17 19:38:31/bridge/akimoku/main.html10
久しぶりに色々と探してみたら、以前は見つけられなかった資料がHITしたので書きに来ました。

LECOQについては、ベルギーのHalleという都市にあった「J.L. Lecoq」という、鉄道資材の製造販売を世界的にやっていた企業ではないかと。

奇しくも岩倉使節団のベルギー滞在と同年の設立のようで、当時のベルギー新聞に「鉄道資材の市場として有望」的なことが書かれているので、日本向けの製品もあったかもしれませんね……

1898年にコンゴで建設された鉄道の鉄橋に「J.L. Lecoq」の文字が確認できる写真が存在しているようなのですが、現物にはたどり着けませんでした。

見つけた資料の所在と、DeepLでざっと翻訳して抜き出した関連表記を下に置きます。

19世紀から20世紀初頭のベルギーにおける鉄鋼事業者(IRON AND STEEL CONSTRUCTION WORKSHOPS)
https://www.scipedia.com/wd/images/2/25/Draft_Content_759896223p690.pdf
1873年、ハレの実業家Auguste-Joseph Lecoqは、アントワープのEmile Ehlersと協力して、鉄と銅のボイラーや鉄道資材を製造販売する「Auguste Lecoq et Compagnie, a Hal」を設立しました。
1894年6月、Auguste Lecoqの死後、レコックの未亡人とその家族は、J.L. Lecoq et Cie社を設立したが、1895年末に倒産してしまった。
1898年には、鉄道や路面電車の固定車両や車両、蒸気機関車、橋、トラスなどの製造は、ソシエテ・デ・アトリエ・ド・コンストラクション・ド・ハル社によって継続されました。
1895年から98年までの活動に関する情報はありませんが、1898年にコンゴで金属製の橋を架ける際に撮影された写真には、Ch. De Fer.Matadi Congo.のペイント文字が一部確認できます。
Ateliers de construction.Aug. Lecoq. J.L. Lecoq Hal. Belgique "の文字があり、橋の建設が続けられていることがわかる。

植民地経済とハレ(Halle)
https://sites.google.com/view/dekoloniseerhalle/dekoloniseren-is-werkwoord/herontdekking-van-onze-congo/koloniale-economie-halle
コンゴでの鉄道建設は、ベルギー企業に利益をもたらした。
鉄橋はベルギーで製造され、ハレの事業者「Lecoq」が担当した。
1898年に「Les Ateliers J.L.Lecoq」から買収した「Les Ateliers de Construction de Hal」は、現在のハレのネデルヘムの場所にあった、
オーガスト・ルコック(August Lecoq)が設立した建築工房である。
鉄道車両、橋梁、金属構造物、鉄道機器、などが製造され、全大陸に納品していた

ベルギーにおける岩倉使節団
https://hosei.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=20989&file_id=22&file_no=1
「ガゼット・ド・モンス紙」1873.2.18付
いまや日本の港は、世界と交易するために広く開かれているので、わが国(ベルギー)は直ちに日本において蒸気機関や鉄道に関するものの重要な販路を見出した。
というのは、日本はアジアの強国のなかで最初に鉄道を敷設した国だからである。

るくす
51,3362023-01-23 14:46:14/bridge/akimoku/main.html10
先日の「鉄鋼建設ワークショップ」に記載されていたLecoq社の貿易カタログを見つけましたので追記します。

19 世紀から 20 世紀初頭にかけてのベルギーの鉄鋼建設ワークショップ: 貿易カタログによる作品の検索
Iron and Steel Construction Workshops in 19th and early 20th century Belgium: Retrieving their Oeuvre via Trade Catalogues
https://www.scipedia.com/public/Wouters_Wibaut_2021a

貿易カタログ
Aug. Lecoq & Cie. Constructeurs Hal (Belgique)
https://www.mot.be/webhdfs/v1/resource/RCB/26601/rcb026601.pdf

5ページ目みたいな橋も輸出してたみたいですね……

るくす
53,9462024-04-01 00:26:42/bridge/akimoku/main.html10
いつもお疲れ様です。決して太い道路ばかりではない時代に、それなりの大規模構造物を何百キロも運ぶのは大変だったでしょうね。それでも、輸入するよりは安上がりだったということなんでしょうね。この橋梁も、立派な近代産業遺産ですよね。

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