http://yamaiga.com/bridge/sibazaki/ の公開中コメント一覧

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コメント
31,5782019-04-24 16:47:46/bridge/sibazaki/main3.html10
写真まだかなー
この世のどこかにないはずないと思うんですが出ないもんですねえ
28,1972018-03-11 15:42:01/bridge/sibazaki/main3.html10
大きな廃橋って最高!ヨッキれんさんも何度も探索されてお気に入りなんですね。
往年の写真はなかなか見つからないですかね。
ところでまだ現存してるんでしょうか?
下の方のコメントにある、2015年に撤去されたって情報はガセネタだったようですが。。
27,3892017-12-17 18:55:31/bridge/sibazaki/main.html10
渡りたくありません。大量の材木を用意して、敷きながらなら、渡る。
27,0332017-10-26 20:24:41/bridge/sibazaki/main.html10
このレポートを見ていたら、宮脇俊三ファンならほぼ暗記しているであろう"名問答"を思い出しました。

 「なにか意味があるのかなあ」
  と私は言った。しかし藍君は、
 「意味がなくてはいけませんでしょうか」
  と平然としている。
(『旅の終りは個室寝台車』より)

この橋を渡ることになにか意味があるのかなぁ、と思ってから、それを言い出したらどのレポートだって同じだろ、と一人ツッコミを入れてしまって(笑)。
結果的に天候が味方しましたね。どの写真も全体が適正露出になって美しいです。再訪時のような晴天だったら点数が辛くなったかも。
26,1122017-07-20 02:23:21/bridge/sibazaki/main3.html10
新旧模式図の現在の方にあの松がちょこんと可愛らしく描かれてあるのを見て、なんだか心があったかくなりました。。
25,9192017-06-26 00:10:13/bridge/sibazaki/main3.html10
古写真まだかな〜?。('-'。)(。'-')。ワクワク それにしても迫力のある廃橋だ!(だった?)
25,6052017-05-06 18:45:51/bridge/sibazaki/main3.html10
昭和21年の航空写真、谷底に長ーく伸びている橋の影が谷の深さを感じさせますね。。
24,2972016-11-25 03:46:39/bridge/sibazaki/main.html10
本編および補完編から再訪編へのリンクが貼られていませんので付け足していただけると幸いです。
24,2962016-11-25 03:45:01/bridge/sibazaki/main3.html10
つい先日この橋を実際に見てきましたが、やはり巨大橋脚も傾いていると思います。となるとやはり沈下が原因ではないかと考えたいところですが…どうなんでしょうね…
22,5552016-04-26 17:42:43/bridge/sibazaki/main.html10
旧柴崎橋、おばぁちゃんw
20,8332015-12-01 20:48:13/bridge/sibazaki/main3.html10
つい最近この橋が撤去されたと云う情報の、ツイートを見ました。
やはり本当かな?実は今年の9/30に、西会津に釣りへの帰りに立ち寄りました。ダムを渡り左岸側の道路から橋の落橋場所付近へ、何やら草が刈られていました。もしかしたら撤去の為の造成かもしれません。勘違いかも知れませんが?
20,8232015-12-01 10:24:28/bridge/sibazaki/main3.html10
レポートとても興味深く面白かったです。
ただ残念ながら旧柴崎橋はいつの間にか撤去されてしまいました。
ヨッキ氏の再探が撤去前にかなってとても良かったと思います。
20,8112015-11-30 23:05:09/bridge/sibazaki/main3.html10
http://library.jsce.or.jp/jscelib/h_bridge/16340.htm
上記特記事項欄に「福島県−柴崎橋」とあるのはこの橋のことではないでしょうか?
20,6832015-11-18 13:59:51/bridge/sibazaki/main3.html10
地元の古老に聞くのが手っ取り早く無いですか?
20,2082015-09-28 23:30:47/bridge/sibazaki/main3.html8
「信濃路・橋の秘め事/青木潤」の写真
http://apap.tv/d_add/data_s/bsmg_207.jpg(大望橋、1973年頃)の追記。

本書の本文では、大望橋は1964年左岸から着工したが『左岸から六番目の橋脚が未完のため(中略、スパン二つ分が)架かる予定部分が木橋で連結されている』(P.197)とあります。

このようにトラス橋を木橋で連結する実例がありました。
20,2072015-09-28 23:21:01/bridge/sibazaki/main3.html8
本レポートを見て真っ先に思い出したのが、長野県で1999年に出版された「信濃路・橋の秘め事/青木潤」に掲載されたこの写真です→
http://apap.tv/d_add/data_s/bsmg_207.jpg(大望橋、1973年頃)

長野県では予算不足だったのか、同書では似たような継ぎ接ぎの橋がいくつか取り上げられています。
光橋http://apap.tv/d_add/data_s/bsmg_209.jpg
既にコメントで言及されている、かつての冠着橋http://apap.tv/d_add/data_s/bsmg_210.jpg

携帯の写真で画質が悪くてすみません。
20,1682015-09-26 11:29:40/bridge/sibazaki/main3.html9
このレポートを読んで、以前、長野県の坂城町に、途中まで黄色いトラス橋があり、傾斜した木橋で中州に降りて千曲川対岸にわたっていたのを思い出しました。今は無いかも知れませんが
20,1272015-09-23 04:57:31/bridge/sibazaki/main3.html10
俯瞰の画像いいね! 対岸探索おめでとうございます!
 
画の美しさ考えると変に理屈こねる必要はないと思うのですが、やはり気になってしまう物件なので、今回は自分なりの想像をコメントさせてもらいますね。 
 素人目で見ると、傾斜橋と思われる部分の欄干が、橋隅部以外路面に対して直角に設計されているのと、途中の橋脚の沈み込み具合が下流のほうが大きいこと、角度が異常。新しい流木の突き刺さり具合、ダム建設前後の川の流水面の変化から見て、水面上がった分土台部分の土が自然にか?人為的にか無くなっているのではないかとも思われるのですがどうでしょうかね? 設計時に傾斜部は存在しなかったのだけれど、戦時中の財政難や、あるいは水害で、結果傾斜橋になってしまったのではないかと想像してみたり… 鉄橋部分の道幅を考えれば、自動車の通れない設計にはなっていないでしょうから(笑)  一部木橋のまま、傾斜部もできいの農道レベル使用状況のまま、役目を終えたような気がしないでもない。 ちと考えすぎ? ゴメンナサイ。
20,0792015-09-15 22:28:53/bridge/sibazaki/main3.html9
私はコンクリート橋を掛けたときから斜めかなと思います。

ただ、柴崎橋が最初から現在の形ではなく、竣工した時は3連トラス橋ではないかと思います。
歴史編で
>様式は鋼構橋(プラット・トラス)で、延長は144.4m
となっていて、1つのトラス橋は48.1m トラス橋の1ブロックは5.3mで
写真と合っているように見えます。
左岸のトラス橋は増水などで橋脚が移動して落下したのではないでしょうか。
トラス橋とコンクリート橋の橋脚は、1ブロック全部載っていて左岸側に継ぎ足したように見えます。
それと、
>、戦時中を(鉄材として供出もされず)生き抜いた訳であるから、
>引用文中にもあるとおり、地域の交通事情を激変させる重要な県道橋であったのだろう。
と有るのに木橋はおかしいと思います。

トラス橋が無くなった頃に、もうダムの計画があったら
架け替えないでダムに道路を追加すれば安上がりだし、
完成までは応急的に傾斜コンクリート橋と木橋でしのぐって事はないですかね?
19,9182015-09-05 17:34:19/bridge/sibazaki/main3.html10
ここはSLの写真を撮りに時々行っています。廃橋のあるのは知っていましたが、こんなへんてこな作りだったとは。
確かに川面はもっと下にあったのでしょうね。
19,8072015-08-29 00:34:10/bridge/sibazaki/main3.html10
橋脚が2本傾斜していることを考えると、左岸側で地滑りが発生しているのではないでしょうか。
ダム湖の周囲では、湛水位の変動に地下水が追随できずに地盤の安定性が失われ、地滑りが発生することがあります。
鋼トラス端部の橋脚では、脚の中心よりかなり左岸寄りにトラス端部がある点も、バランスが悪くて何だか奇妙だと思いませんか?
地滑りとして考えれば、橋脚の基礎が河心へ向かって沈下・側方流動しながらその頭部を桁に押されて傾斜したと推察することができ、もしかしたら鋼トラス端部が乗っている位置も、本来の場所ではない可能性がありますね。祭畤大橋の例を思い出してください。
また、RC桁端部の特異な形状は、木造桁を端部に載せるゲルバー形式の様に見受けられますが、あの傾斜で切り欠き部に木造桁を載せると不安定になりますので、このことからもRC桁は水平だったのではないかと思います。
橋脚に接近できれば、支承の破損状況を詳しく観察したいところです・・・
でも、空中写真を見ると、確かにRC桁が傾いているようにも見えますね〜。
是非、往時の資料を見つけ出して、謎を解明してください。
19,7792015-08-27 08:40:24/bridge/sibazaki/main3.html10
長野県千曲市、坂城町には似たようなのがいっぱいありましたね。
本流だけ立派な永久橋を架けて河川敷や中洲には仮桁みたいなのでお茶を濁す。
経費節減の産物ですかね。
19,7612015-08-26 00:58:01/bridge/sibazaki/main3.html10
1946年の写真は、国土交通省の地図・空中写真閲覧サービスで見ることができる1947年の米軍撮影の物とまた違うようですね。
こちらは、閲覧は400dpiですが1200dpiのものが購入できるそうなので、もう少し高解像度の写真が見られるかもしれません。
いずれにしても、現状よりはるかに川面からの高さがあったことが影の様子からわかります。
19,7602015-08-25 22:04:39/bridge/sibazaki/main3.html10
トラス二つでほぼ予算無くなった!後は適当に…みたいな橋ですね(笑)
19,7492015-08-24 19:14:14/bridge/sibazaki/main3.html8
解決していないので今回は辛めの8点です!
是非ともスッキリさせてください。
19,7482015-08-23 23:00:20/bridge/sibazaki/main3.html6
欄干の支柱は通常鉛直方向に立てるので、それで元々の傾きがわかるのでは?
19,7452015-08-23 18:27:00/bridge/sibazaki/main3.html10
柴崎乞う
19,7422015-08-23 16:05:58/bridge/sibazaki/main3.html9
斜めの部分は左に傾いていて、奥は右に傾いている。
(目の錯覚で水平なのかもしれないけど)斜めの部分を
支えている橋脚は手前に倒れだしている??
捻る力が加わっているんですかねぇ?崩壊時期が
近い気がします
19,7412015-08-23 15:32:45/bridge/sibazaki/main3.html10
>>これにより、従来のトラス橋とコンクリート橋に連なって、木橋が存在したことがほぼ確定した。
ダウトー
木橋部分が存在したとすると、重い貨物列車が爆走できそうなトラス部分の強度が無駄過ぎるのでは
木橋とコンクリ桁が接する部分の橋脚=木造と推定=にコンクリの重みを持たせて平気なのか
木造橋脚が持たされたコンクリの重みに耐えかねて壊れないのか

>>両者の間に片持ち梁の奇妙なコンクリート傾斜橋を
え?そういう構造が有りなのか?長い年月の経過か大地震で支えが無い側に倒れそう
>>でも、県会で本橋の計画が承認されたのは昭和8(1933)年、全国的な不況の真っ直中である。
>>これはもうどんな変態設計でも驚いてはいけない時節ではないだろうか。

>>滅茶苦茶じゃないか?
分析が正解だとしたらあまりにもその通りだ
19,7402015-08-23 12:53:52/bridge/sibazaki/main3.html8
ナイス考察!
よし、塩那の続き書こう!

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