http://yamaiga.com/mini/220/ の公開中コメント一覧

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コメント
42,7392019-11-18 00:27:59/mini/220/main.html10
泰阜村、やすおかむら、読めぬ。「阜」の漢字が「岐阜」以外で使われている珍しい例だ。さぞかし長生きしたであろう姫バラモミが枯れてしまったのは蒸気機関車の煙害でしょうか。
27,6922018-01-18 19:51:11/mini/220/main.html10
国有化以前は変電所に常駐の職員が詰めていた可能性もあり、通勤の要があったのかもしれません。
もしかするとその変電所の常駐職員が切符の販売と改札も兼ねていた可能性もあります。
現在でもJR貨物の職員が片手間で駅務の委託業務をしている場合があり、
ポイント扱いが本来の業務である職員が駅務を兼務している場合もあります。
変電所が無人化されるに当たり、職員が配置されなくなり、丁度国有化とも重なり、
通勤の要が消滅して駅自体の重要性が失われた可能性もあります。
元々地元民の利用者が壊滅的に少なく、存続させる必要もそれほど無かった可能性もあり、
地元民は牛馬や水運、または徒歩で近隣の停車場を利用していた可能性もあります。
元々、我科駅は停車列車が少なかった場合はそういった選択肢もありますので。
27,6752018-01-17 06:42:12/mini/220/main.html8
懐かしい。私が溺れたところだ。木下久男さん、どうしているかな!
26,3552017-08-21 04:28:34/mini/220/main.html10
ふらっと行ってみたくなるような長閑な景色で、読んでて穏やかな気持ちになれました。
隣の為栗駅は以前テレビでたまたま見た「秘境駅を生活に利用している人を探せ」的な番組で、自給自足のような生活をされている1人のおばあさんにとって欠かせない駅だと紹介されていました。
この集落に住んでいる方々にとってはここに駅が残っていたらより便利だったかもしれないけど、いろいろな事情があったんだなと複雑な気持ちになりました。
23,0862016-07-09 19:25:17/mini/220/main.html8
最近のレポートは机上調査が充実していて読み応えがありますね。

写真からは判然としませんが、踏切の辺りは線路に勾配がありませんでしょうか。
特段の事情がない限り、駅は水平部分に造ると聞いたことがあります。
22,8022016-05-18 06:28:33/mini/220/main.html9
止まれみよ

村娘みよちゃんですか?(笑)
思わずふきだしてしまいました。
22,8012016-05-18 06:28:01/mini/220/main.html9
止まれみよ

村娘みよちゃんですか?(笑)
思わずふきだしてしまいました。
22,6502016-05-07 10:11:46/mini/220/main.html9
ローカルかつ長閑でいいですね
22,6482016-05-07 02:38:39/mini/220/main.html10
ま、まんご隧道。。。
22,6422016-05-06 13:10:22/mini/220/main.html9
便所が無いと駅員が困るだろうし
駅舎が無ければ雨や風の日にやはり駅員が困るだろうから無人駅だったのでは
無人駅なら改札が存在しなくても不思議ではない
改札が無い駅なら線路からホームに攀じ登る以外好き勝手なアクセスがあっても不思議ではない
22,6392016-05-05 21:51:15/mini/220/main.html9
請願駅だったから?そのとき、お金を渋ったから?あっさり廃止駅、復活せず・・ってところですが、(飯田線の他の区間に比べれば)直線に近い状態の場所なので、(実質の)駅間が長い所だから、そのまま駅があれば発展しただろうに・・・・
22,6372016-05-05 19:55:46/mini/220/main.html9
我が家の近所にも同じような駅があったのを思い出し、合併前に発行された「町史」を久しぶりに読んだ。
22,6362016-05-05 19:21:06/mini/220/main.html8
「昇降所」という表現は恐らく旧国鉄で言うところの「仮乗降場」のようなものであったのではないでしょうか。設備が停留場よりもさらに簡素なものであったと考えられます。その後ホームを停留場への昇格の際にホームが石造に改築されたと考えると辻褄が合います。
22,6352016-05-05 18:37:42/mini/220/main.html10
埋もれた廃駅だ・・・三信電鉄時代は、国鉄払下げの木造or鋼製ボディ改造の16mクラス電車1〜2両編成で運転していたようなので、ホーム長もそれに見合ったものでしょうか(3両だとはみ出しそう)。いっさいがっさいが最小限の無人駅っぽさがありますね。
22,6342016-05-05 17:27:21/mini/220/main.html10
白いタンポポのバックにホーム跡と走る飯田線列車。
そんな風景を見てみたいなぁ。
いつか飯田線縦断旅行を計画して訪ねたいと思います。
288号線の走破は無理だと思いますが。
てんぱっぱ
22,6282016-05-05 11:30:01/mini/220/main.html9
ホームの遺構と思われる石垣ですが、この上にオーバハングするように木造のプラットホームが組み上げられていたのではないかと推測しています。鉄道には「建築限界」というものが定められていて、線路に隣接する建造物は線路上の車両から一定以上の距離があるように建築しないといけません。一方、駅のホームだけはギリギリまで車両に隣接できる物として例外的に認められているのです(そうしないと乗降客がホームと車両の間に転落しちゃいますので)。で、廃駅となると、その例外が適用されなくなるので本来の建築限界に戻さなければならないのですね。このため多くの廃駅の遺構では、路線が営業を続けている場合はホームが破つられた状態となっています。おそらくこの石垣は、恒久的な建造物となることを配慮して当初から車両限界を満たす状態で組み上げられていたため、廃駅後も木造部分が撤去されただけでそのまま残存できたのではないかと思います。
22,6262016-05-05 09:37:20/mini/220/main.html9
×懸命→○賢明
22,6252016-05-05 08:25:42/mini/220/main.html6
現役の県道1号ってこの区間「右岸」じゃね?と、突っ込んでみる
22,6242016-05-05 07:08:33/mini/220/main.html9
いつも楽しいレポートありがとうございます。
我科駅が昭和18年の国有化に伴って伴って廃止された理由は「国鉄規格」の他に、戦時中のため、不要不急の設備は撤去するというものがあったと思います。戦後相次いで復活している駅がることがこれを裏付けると思います。

我科駅が復活しなかった理由ですが、ひとえに距離が短くかつ水平移動ということで、山に暮らす人々にとっては屁でもない距離です。          F生
22,6222016-05-05 04:32:56/mini/220/main.html10
昇降所って、北海道に結構あった仮乗降場のような簡易設備の駅(正式には駅ではない)に使われた戦前の軌道法上の呼び名らしいです。
国鉄になった時には、正式な駅のみが引き継がれたといった感じだったんでしょうね。
22,6202016-05-05 00:55:45/mini/220/main.html10
この隧道の名前はさぞ少なからぬ人たちにネタを提供してきたことでしょう…
22,6192016-05-05 00:49:31/mini/220/main.html10
しっとりいい感じです。
22,6182016-05-05 00:20:43/mini/220/main.html10
味わい深いレポート、ごちそうさまでした!
22,6172016-05-04 23:41:50/mini/220/main.html9
白いタンポポについては、加納朋子のミステリー「ななつのこ」に謎解きがなされています(九州のですけど)。旅のお供にどうぞ。

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