http://yamaiga.com/mini/220/ の公開中コメント一覧

(平均点 9.17点 / 投票回数 475人)

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コメント
22,6182016-05-05 00:20:43/mini/220/main.html10
味わい深いレポート、ごちそうさまでした!
22,6192016-05-05 00:49:31/mini/220/main.html10
しっとりいい感じです。
22,6202016-05-05 00:55:45/mini/220/main.html10
この隧道の名前はさぞ少なからぬ人たちにネタを提供してきたことでしょう…
22,6222016-05-05 04:32:56/mini/220/main.html10
昇降所って、北海道に結構あった仮乗降場のような簡易設備の駅(正式には駅ではない)に使われた戦前の軌道法上の呼び名らしいです。
国鉄になった時には、正式な駅のみが引き継がれたといった感じだったんでしょうね。
22,6342016-05-05 17:27:21/mini/220/main.html10
白いタンポポのバックにホーム跡と走る飯田線列車。
そんな風景を見てみたいなぁ。
いつか飯田線縦断旅行を計画して訪ねたいと思います。
288号線の走破は無理だと思いますが。
てんぱっぱ
22,6352016-05-05 18:37:42/mini/220/main.html10
埋もれた廃駅だ・・・三信電鉄時代は、国鉄払下げの木造or鋼製ボディ改造の16mクラス電車1〜2両編成で運転していたようなので、ホーム長もそれに見合ったものでしょうか(3両だとはみ出しそう)。いっさいがっさいが最小限の無人駅っぽさがありますね。
22,6482016-05-07 02:38:39/mini/220/main.html10
ま、まんご隧道。。。
26,3552017-08-21 04:28:34/mini/220/main.html10
ふらっと行ってみたくなるような長閑な景色で、読んでて穏やかな気持ちになれました。
隣の為栗駅は以前テレビでたまたま見た「秘境駅を生活に利用している人を探せ」的な番組で、自給自足のような生活をされている1人のおばあさんにとって欠かせない駅だと紹介されていました。
この集落に住んでいる方々にとってはここに駅が残っていたらより便利だったかもしれないけど、いろいろな事情があったんだなと複雑な気持ちになりました。
27,6922018-01-18 19:51:11/mini/220/main.html10
国有化以前は変電所に常駐の職員が詰めていた可能性もあり、通勤の要があったのかもしれません。
もしかするとその変電所の常駐職員が切符の販売と改札も兼ねていた可能性もあります。
現在でもJR貨物の職員が片手間で駅務の委託業務をしている場合があり、
ポイント扱いが本来の業務である職員が駅務を兼務している場合もあります。
変電所が無人化されるに当たり、職員が配置されなくなり、丁度国有化とも重なり、
通勤の要が消滅して駅自体の重要性が失われた可能性もあります。
元々地元民の利用者が壊滅的に少なく、存続させる必要もそれほど無かった可能性もあり、
地元民は牛馬や水運、または徒歩で近隣の停車場を利用していた可能性もあります。
元々、我科駅は停車列車が少なかった場合はそういった選択肢もありますので。
42,7392019-11-18 00:27:59/mini/220/main.html10
泰阜村、やすおかむら、読めぬ。「阜」の漢字が「岐阜」以外で使われている珍しい例だ。さぞかし長生きしたであろう姫バラモミが枯れてしまったのは蒸気機関車の煙害でしょうか。
22,6172016-05-04 23:41:50/mini/220/main.html9
白いタンポポについては、加納朋子のミステリー「ななつのこ」に謎解きがなされています(九州のですけど)。旅のお供にどうぞ。
22,6242016-05-05 07:08:33/mini/220/main.html9
いつも楽しいレポートありがとうございます。
我科駅が昭和18年の国有化に伴って伴って廃止された理由は「国鉄規格」の他に、戦時中のため、不要不急の設備は撤去するというものがあったと思います。戦後相次いで復活している駅がることがこれを裏付けると思います。

我科駅が復活しなかった理由ですが、ひとえに距離が短くかつ水平移動ということで、山に暮らす人々にとっては屁でもない距離です。          F生
22,6262016-05-05 09:37:20/mini/220/main.html9
×懸命→○賢明
22,6282016-05-05 11:30:01/mini/220/main.html9
ホームの遺構と思われる石垣ですが、この上にオーバハングするように木造のプラットホームが組み上げられていたのではないかと推測しています。鉄道には「建築限界」というものが定められていて、線路に隣接する建造物は線路上の車両から一定以上の距離があるように建築しないといけません。一方、駅のホームだけはギリギリまで車両に隣接できる物として例外的に認められているのです(そうしないと乗降客がホームと車両の間に転落しちゃいますので)。で、廃駅となると、その例外が適用されなくなるので本来の建築限界に戻さなければならないのですね。このため多くの廃駅の遺構では、路線が営業を続けている場合はホームが破つられた状態となっています。おそらくこの石垣は、恒久的な建造物となることを配慮して当初から車両限界を満たす状態で組み上げられていたため、廃駅後も木造部分が撤去されただけでそのまま残存できたのではないかと思います。
22,6372016-05-05 19:55:46/mini/220/main.html9
我が家の近所にも同じような駅があったのを思い出し、合併前に発行された「町史」を久しぶりに読んだ。
22,6392016-05-05 21:51:15/mini/220/main.html9
請願駅だったから?そのとき、お金を渋ったから?あっさり廃止駅、復活せず・・ってところですが、(飯田線の他の区間に比べれば)直線に近い状態の場所なので、(実質の)駅間が長い所だから、そのまま駅があれば発展しただろうに・・・・
22,6422016-05-06 13:10:22/mini/220/main.html9
便所が無いと駅員が困るだろうし
駅舎が無ければ雨や風の日にやはり駅員が困るだろうから無人駅だったのでは
無人駅なら改札が存在しなくても不思議ではない
改札が無い駅なら線路からホームに攀じ登る以外好き勝手なアクセスがあっても不思議ではない
22,6502016-05-07 10:11:46/mini/220/main.html9
ローカルかつ長閑でいいですね
22,8012016-05-18 06:28:01/mini/220/main.html9
止まれみよ

村娘みよちゃんですか?(笑)
思わずふきだしてしまいました。
22,8022016-05-18 06:28:33/mini/220/main.html9
止まれみよ

村娘みよちゃんですか?(笑)
思わずふきだしてしまいました。
53,4532024-02-02 23:00:59/mini/220/main.html9
今更なのですが、我科駅の為栗側に「駅から見て上へ登る徒歩道」がありますよ。
また、探索後で申し訳ないですが、というか気付いているかもしれませんが、金野駅手前の道路橋、現在のは付け替えられています。葉っぱも落ちた冬、列車から橋台の跡が見えます。石を積み上げた橋台で、対岸にも道の跡が分かります。
22,6362016-05-05 19:21:06/mini/220/main.html8
「昇降所」という表現は恐らく旧国鉄で言うところの「仮乗降場」のようなものであったのではないでしょうか。設備が停留場よりもさらに簡素なものであったと考えられます。その後ホームを停留場への昇格の際にホームが石造に改築されたと考えると辻褄が合います。
23,0862016-07-09 19:25:17/mini/220/main.html8
最近のレポートは机上調査が充実していて読み応えがありますね。

写真からは判然としませんが、踏切の辺りは線路に勾配がありませんでしょうか。
特段の事情がない限り、駅は水平部分に造ると聞いたことがあります。
27,6752018-01-17 06:42:12/mini/220/main.html8
懐かしい。私が溺れたところだ。木下久男さん、どうしているかな!
53,5202024-02-15 01:15:18/mini/220/main.html8
はじめまして。
こういった分野には興味があり、実査はほぼしませんが、レポートを読むのを楽しみにしています。
さて、本筋からはどうでもいいことですが、「六角堂」で如意輪観音菩薩とくれば、京都の頂法寺(通称六角堂)です。ここは西国三十三か所や洛陽観音霊場の札所として有名な寺院です。住職は華道で有名な池坊宗家が代々世襲しています。村史の記載は字が違いますが、読みは同じのようですので、もしかすると頂法寺からのご縁かもしれません。かつて観音巡礼が盛んだった頃に、西国三十三か所の写し霊場が全国的に作られています。
どうでもいいことですが、お知らせまで!
41,5792019-07-08 03:17:23/mini/220/main.html7
飯田線の廃駅レポ、楽しく読ませていただきました。イキナリ「万古隧道」(!)から始まるので「あ〜よっき氏もオトコだな…」とアホバカなこと思いましたけど、ソッチとコッチは別!な話であって…んなこたぁないわけで安心しました。何故か廃駅が旧三信鉄道に多いのは何かの因果でしょうかねぇ…。さて…よっきれん氏にとってはとるに足らぬつまらない事かも知れませんが…鉄道ファンとしてちょっと見落とせないことがあったので。停留場と停車場については明確な定義があるんです。JRにおける定義として…JRの新幹線及び在来線の運転取扱実施基準規程の総則内、用語の定義より抜粋です。1.新幹線においては<「停車場」とは、駅・車両所(列車保安方式を施行する場合の境界とする車両所に限る)及び信号場をいう。>2.在来線においては<「停車場」とは、駅、信号場及び操車場をいう(鉄道に関する技術上の基準を定める省令第2条第10号)。>さらに<「停留所」とは、停車場のうちで、場内信号機・出発信号機(これを絶対信号機という)を設けていないものをいう(閉塞区間内に存在する駅のこと)。>在来線でいう停留所は「その駅の規模・ポイントがあろうが無かろうが有人駅だろうが無人駅だろうが関係ない!絶対信号機が無いなら全部停留所だ!」ということです。昔の地方鉄道建設規程では、転轍機(分岐器・ポイント)のある駅を停車場、無い駅を停留場と呼んでいました。その後の普通鉄道構造規則や、鉄道に関する技術上の基準を定める省令ではどちらもまとめて停車場といいますが、事業者によっては独自の実施基準を定めて停留場の呼称が使われ続けているところもあるんです。停留場と停留所の違いとは?軌道法による軌道(多くの路面電車と旧大阪市営地下鉄→現大阪メトロのほぼ全路線が該当)ではみな停留場の扱いです。とはいえ大阪メトロの場合絶対信号機はキチンとあったり、絶対信号機無い路線でも保安装置は車内信号式(いわゆるATC)で、結局は信号が線路端にあるか無いかだけのことで、保安方式の違いでしかないから全路線に信号機はあるということですね。停留場と停留所の違いについて前述の軌道法に当てはまるかどうかでの違いです。一般的にいうバス停は正式にはバス停留所といいますが、軌道法にバスは当てはまらないので「停留所」なんでしょう。以上つまんないことだけどちょっと気になったことの概説でした、オソマツさまでした…
22,6252016-05-05 08:25:42/mini/220/main.html6
現役の県道1号ってこの区間「右岸」じゃね?と、突っ込んでみる

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