http://yamaiga.com/mini/246/ の公開中コメント一覧

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コメント
33,4452019-12-13 20:01:29/mini/246/main2.html10
あの切通しは自然地形じゃなくて人工物だったんですね。納得させられました
33,2622019-11-24 19:18:18/mini/246/main2.html10
ものすごいミニレポ。ミニって何だっけ?
33,2372019-11-21 13:26:16/mini/246/main2.html10
すごい……写真もさることながら執念の机上調査が素晴らしくて思わずコメントしに来ました。
アラフォーで何事にも意欲が落ちていた自分が恥ずかしくなりますね。
33,1862019-11-15 15:53:52/mini/246/main2.html10
まさかの顛末でした。こんな悲しいトンネルが秋田にあったなんて衝撃。
33,1782019-11-14 23:02:37/mini/246/main2.html10
村にしてみれば、陳情合戦を制しておらほの村に立派な道路を勝ち取った象徴がこのトンネルなわけで、そりゃ盛大に祝うでしょうねえ
そしてまさか1年かそこらで崩れ始めるとは思ってなかったことでしょう
33,1662019-11-11 21:09:13/mini/246/main2.html10
ナイスガッツ!
33,1252019-11-05 16:24:04/mini/246/main2.html10
遂に県議会の会議録迄手を染め出しましたか〜!

其処迄行けばもう予算支出を伴う事例の研究には最強w

そろそろ公文書とかに詳しい史学科の大学院生を秘書に雇う必要がでてきてますねww
33,1142019-11-05 05:40:12/mini/246/main2.html10
明治初〜中期の隧道と言って真っ先に思い出したのは「清水国道の本谷隧道」ですね(お疲れ様です)。
この当時の隧道は本当に建設と維持の技術が乏しいようで、直ぐに崩壊が始まったのも似てますね。
山道を素直に上り下りしたり、
海沿いの自然形成された海喰洞を利用する方がよほど安定感が高いと多くの人が思ってたのも頷けます。
しかし、それから数年も経たず、大規模運送の為の鉄道が国内各地に張り巡らされ、大量の隧道が一気に誕生する後期へと変貌するのですね。
(元号も変わったので)そろそろ(国内における)隧道の(技術寄り)歴史みたいなまとめ記事をいただければと思います。
33,0852019-11-03 11:53:13/mini/246/main2.html10
調査お疲れ様ですw
33,0822019-11-02 18:43:06/mini/246/main2.html10
ここまで調べてもらえ、短命で終わった隧道もきっと慰められたことと思います。
それはそれとして…お疲れさまでしたw
33,0812019-11-02 15:23:07/mini/246/main2.html9
ただでさえ頭の痛くなる議事録を読まれるとは・・お疲れ様でございました。
33,0802019-11-02 12:15:55/mini/246/main2.html10
これだけ短命かつ古い隧道だったとなると、地元の店主氏が隧道の存在をご存知だったことの方がむしろ奇跡ですね。
33,0792019-11-02 12:06:40/mini/246/main2.html10
結局、「名前はなかった」ってことじゃないでしょうか。議事録に
「荷上場の隧道」と記されているのは、徯后阪隧道もこの時点では
名前がなかったんじゃないですか?正式名称が決まっていたのなら、
その名前で議事録に記すはず。

名前というのは他と区別するために付けるものですから、
県内に隧道が2つしかなかった時代には、名前をつけて隧道を区別する
必要もなかったって事じゃないですかねぇ。県内に隧道が増えて、
ちゃんと決めとかないと役所の事務処理上面倒くさいってなった段階で、
徯后坂隧道と名前を付けたんじゃないかと。

現代人はトンネルに名前があるのは当たり前だと思っているけど、
その手の法律が整備される前の時代ですからね。
名前があるかどうかすら疑ったほうがいいでしょう。
33,0782019-11-02 11:33:00/mini/246/main2.html10
内容は文句無しです。しかしトンネルの名前はどうなったのでしょう?結論としては「不明」ですか?
33,0772019-11-02 10:40:07/mini/246/main2.html10
面白かったです!
自己紹介欄を見ましたが、「よっきれん」っていうのがわかりません。過去記事見てもわからない。
よっきれんって何? なんかの連合会?
33,0752019-11-01 18:08:03/mini/246/main2.html10
そう言えば、同じミニレポの第93回が「洞門の橋の洞門」で、これも秋田県内ですね。
秋田では、ごく短いトンネルを「洞門」、そのすぐ近くの橋を「洞門(の)橋」と呼ぶ慣習がある……なんてことはないと思いますが、奇妙な共通性を感じます。
33,0742019-11-01 16:11:45/mini/246/main2.html10
隧道→切り通しになる顛末をここまで調べ上げていて感動致しました。
33,0722019-11-01 15:24:59/mini/246/main2.html10
ヨッキ様、お疲れ様です。当時の資料が残っている、現代人も、ちょっと頑張れば読み解くことが出来るというのは素晴らしいことですね。これでミニレポのれベルが一気に上がりましたが。。。
33,0712019-11-01 12:39:21/mini/246/main2.html10
https://goo.gl/maps/sUARgtaR2MJyRUJ2A

2012年9月撮影のストリートビューではまだ水路橋が架かっていますね

たった2枚の写真から調べ上げるその執念はさすがです!
33,0702019-11-01 07:09:29/mini/246/main2.html10
もはや道路に関する学芸員の領域ですね(*^^)v
お疲れ様でした。
33,0692019-11-01 02:08:05/mini/246/main2.html10
公文書を後世に残すことの意義を証明するすばらしいレポートです!
山行がのすばらしいレポートの数々も、何らかの形で末永く後世に残してほしいです。
33,0662019-10-31 20:44:29/mini/246/main2.html10
明治の議事録まで漁るとは恐れ入ります。
しかし土被りが浅くて大断面で支保工のみ
って山行が読者的には死亡フラグとしか
言いようがない・・隧道の知見があまりない時代ならではのエピソードですね。
33,0652019-10-31 20:38:19/mini/246/main2.html10
水路今日はなぜ撤去されてしまったんでしょうねー(泥沼)
33,0642019-10-31 20:11:37/mini/246/main2.html9
たいへんだなぁ・・・
33,0632019-10-31 18:51:48/mini/246/main2.html10
よっきサンの面目躍如
33,0622019-10-31 16:06:12/mini/246/main2.html10
お疲れさまでした。明治の記録を探すだけでも大変だと思うし深いなぁ(笑)
33,0612019-10-31 15:53:10/mini/246/main2.html10
フィールドワーク+緻密な資料調査とは、もはや学術研究の域になってますね。
そのうち交通史学とかいう学問が成立し、どこかの大学に「歴史学部交通史学科」が置かれ、ヨッキれん氏が教授として招かれそう。
33,0602019-10-31 14:58:10/mini/246/main2.html10
古道の神様の傑作です。感動しました。ぐぅの音もでないくらい圧倒されました。
33,0592019-10-31 11:38:32/mini/246/main2.html9
>もう当分、会議録は見たくない!!

いやいや、ご冗談を。
これからは議事録という迷宮の廃坑めぐりに没頭するのが、目に浮かびますぜ。
33,0582019-10-31 09:58:08/mini/246/main2.html10
・・・お疲れ様でした(笑)
大変興味深く拝読させて頂きました。

ミニレポと言えども調査の手を抜かない姿勢に敬意を表します。

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