http://yamaiga.com/mini/259/ の公開中コメント一覧

(平均点 9.65点 / 投票回数 583人)

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コメント
53,5872024-03-02 15:26:08/mini/259/main3.html10
四世代の比較映像つい保存してしまった。むふーですな。
北海道がこんなに海沿いの険崖箇所が多いとは知らず。
それも今は昔なんだろうが。
53,4302024-01-27 23:14:35/mini/259/main3.html10
いつもお疲れ様です。トンネル4世代がきれいに並ぶと壮観ですね。他にこんなところはあるのでしょうかね?
53,3492024-01-15 22:17:18/mini/259/main3.html1
よかった
52,9642023-11-29 23:08:29/mini/259/main3.html10
いつも熱いリポートありがとうございます。余別2号隧道の情報がありますのでご報告させて頂きます。レポートにある竣工1945年の余別隧道は、余別2号隧道(延長65m/竣工1923年)を改良したものです。またレポートで言及されている旧旧旧隧道は、道路用トンネルではなく、岬の先にある袋澗(ニシン漁)に行き来する為の人道用です。余別から来岸にかけて、陸軍特攻艇の秘匿壕建設候補地を調査した陸軍の資料にハッキリと余別2号隧道(65m)と記載されていたので、やはり余別2号は余別隧道の前身だと思われます。
52,6112023-09-29 18:21:27/mini/259/main3.html9
よかった
52,2402023-08-02 22:27:21/mini/259/main3.html2
懐かしい
51,6382023-04-11 23:57:14/mini/259/main3.html10
記事はとても面白かった!しかしストリートビューは「ここにはストリートビュー画像はありません」となって見られなくなってるのが残念。現道から漁港へ向かう道に入り最初の交差点から先はストリートビューが存在してないようです。
50,5072022-08-18 13:38:18/mini/259/main3.html10
素敵です!
49,5592022-04-10 10:09:28/mini/259/main3.html10
こんな素晴らしい眺め、珍しくて驚いた。
49,5542022-04-07 13:43:43/mini/259/main3.html9
余別2号トンネル、位置を変えずに拡幅されて、余別隧道として1945年に竣工された可能性はないでしょうか…? 「旧旧旧道」として参照されている1917年の地形図は、1923年の余別第2トンネル竣工前のものであり、余別第2トンネルにより、「旧旧道」の経路に切り替えられたとする説です。『道路トンネル大鑑』の記述で、全長も覆工にも齟齬があるのはあまりにも不自然に思えます。それよりもトンネル改良工事の事実が見落とされた(幅員・限界高に誤り)とする方が自然な気もします。
49,2692022-02-19 13:04:51/mini/259/main3.html10
旧旧旧トンネルですが、1号と2号は逆ではないでしょうか? 長さ、幅、高さともに旧旧旧トンネルが1号であると考えるほうが自然なように思えます。また2号トンネルは一部覆工ありと書かれていますが、開削されたほうのトンネルに覆工があったと考えれば、これも納得がいきます。また、トンネルの名称は起点側から1号、2号と付けられていることが多いので、やはり旧旧旧トンネルが1号であれば、それも自然なように思えます。
49,2372022-02-11 09:02:35/mini/259/main3.html10
調査資料に納得できる正確さでコダワリカタが面白い!
48,6442021-11-12 21:31:37/mini/259/main3.html10
3個のトンネル入り口が写っている写真ですがもう一つありますね。オレンジの線のすぐそばにあります。トンネルか?と言われると微妙ですが、このデザイン・・・
48,6272021-11-09 16:44:36/mini/259/main3.html10
39,387様 そもそも大正6年図にトンネルは書かれていませんよ。
48,6062021-11-05 10:59:21/mini/259/main3.html10
しょげんのしょは糸偏でなく言偏(諸元)ですよぅ
48,6052021-11-05 02:13:29/mini/259/main3.html10
活イカとニシン漬けを食べたくなってきた。サッポロクラシックを浴びるように飲んで。
48,6022021-11-04 22:48:11/mini/259/main3.html10
100年ほどの歴史がたった15分で!?
48,6012021-11-04 20:42:49/mini/259/main3.html9
これ反対側から周ったら一発でネタバレでしょそれじゃなんだから分かっててこの側からだよね
48,6002021-11-04 17:44:11/mini/259/main3.html10
トンネルや旧道とは直接関係ないですが、岬の先の岩場を一部掘りこんで船溜まりを作っているように見えますね。イワシ漁用でしょうか。
48,5992021-11-04 17:27:49/mini/259/main3.html9
出先で慌てて投稿したので、私の勘違いもありました。一つだけ、大正6年の地形図に旧旧旧道が存在しているなら、旧旧旧隧道は既に存在したのではないかと思います。話変わりますが、旧トンネルのストリートビューですが、西口からだとトンネル内に入れます。
48,5982021-11-04 10:39:58/mini/259/main3.html10
今回もアツいレポートありがとうございました!疑問点や不明な歴史をとことん追い求めるヨッキさんの姿勢を私は支持しますよ!これからもどうかお身体を大切に。睡眠はしっかりとお取り下さいね。
48,5972021-11-04 09:55:24/mini/259/main3.html5
トンネルの竣工年に異論あり!大正6年(1917年)の地形図に大正12年(1923年)竣工のトンネルが反映されている訳がない!また、全長…断面サイズから考えると、旧旧トンネルが1923年竣工の余別第二トンネルではないでしょうか?そうなると、旧トンネルは、昭和20年に新規に開削されたと見る方が自然だと思います。実際R127号の大島隧道も、新規に昭和18年竣工しています。結果的に、旧旧旧隧道は、明治隧道の可能性が高いのではないでしょうか。
48,5962021-11-04 09:36:01/mini/259/main3.html10
最後の最後で合点が行きました。
48,5952021-11-04 05:17:12/mini/259/main3.html10
神威岬から泊原発までの間もかなり廃道がありますが、崩壊が酷かったり桁が無かったりして人間辞めないと辿れそうにないですね
48,5942021-11-04 01:12:41/mini/259/main3.html10
堂々たるミニレポ詐欺ですがな。これがミニレポなら他はどうなるという。しかし技術の革新は凄いなあと認めるしかない並びでもあります。もっときちんと工業記念物として保管するべきだと思いますけどね。
48,5932021-11-04 01:12:41/mini/259/main3.html10
旧トンネル東口坑門の銘板や化粧タイルが廃止前に剥がされていた件、その前の新聞記事にある「出入り口前後で落石や土砂崩れが発生しやすい」と関係している可能性ありませんか。土砂崩れの影響で化粧タイルが損傷剥離し危険なため除去したとか。
48,5922021-11-04 01:00:28/mini/259/main3.html10
ん?北海道なんで、県道じゃなくて道道ですよね?
48,5912021-11-04 00:01:16/mini/259/main3.html10
一枚の写真の中で一堂に会した4世代道路!しかもこんな短い距離に肩を寄せ合って。これはもう家族写真なのでは?
48,5902021-11-03 23:55:10/mini/259/main3.html10
旧トンネルはコンクリートで塞いであるのに旧旧トンネルはベニヤ板で塞いであるという対処の違いが面白い
48,5892021-11-03 23:01:19/mini/259/main3.html10
最後の1枚は本当にいい写真ですね道の歴史が1枚に収められていてとても素敵です

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