http://yamaiga.com/road/r148_simodera/ の公開中コメント一覧

(平均点 9.47点 / 投票回数 1907人)

4ページ中 1ページ目を表示(合計106件)    1 | 2 | 3 | 4    [次のページ]  
▼番号書き込み日時書き込みURL点数
コメント
32,4032019-08-13 18:55:55/road/r148_simodera/main4.html10
自然の脅威とそれと戦う人間の進歩の凄まじさを見せつけられた感じです。
築堤上を走る現道によって、廃道の洞門を水害から守っているかのような不思議な光景になってますね。
31,4452019-04-01 03:10:59/road/r148_simodera/main4.html10
災害当時の写真が珍しく大きめサイズだったので衝撃的でした。震えた。。
30,2462018-10-23 04:46:27/road/r148_simodera/main4.html10
小谷村はのどかできれいなところですね
29,3522018-07-05 22:35:03/road/r148_simodera/main4.html9
711水害直前のGW、まさにこの下寺洞門を抜け母と私は糸魚川へ行きました。まさかあの数ヵ月後、こんな悲惨なことになろうとは。確か姫川温泉の狭いアップダウンをを避ける新しい道が出来たばかりで「走りやすくなったね」と二人で喜んだばかり。ショックでした。 水害で山は削り落とされ、JR 小谷線は土と草木がはみ出てあれをどうやって復旧させるのか心配になった程です。今も糸魚川へ行く時、旧道を通ります。あのグランドキャニオンの様な災害で削られた風景は忘れません。
28,8672018-05-12 03:29:24/road/r148_simodera/main4.html10
1週間前、浜松から草木トンネル越えてここ(R148)を通り日本海まで自転車で抜けた際に見かけ、気にはなっていましたが単なる廃隧道ではなくこんな歴史を刻んでいた事に息をのみました
27,7252018-01-21 17:41:40/road/r148_simodera/main4.html10
中土駅周辺も地形そのものが変わり果てたようですね。昭和50年代に松本と金沢の行き来によく通行しましたが災害の爪痕がどのようなものか、肌寒くなりそうで見ることもできませんでした。
27,3042017-12-08 15:46:39/road/r148_simodera/main4.html10
レポート拝見させていただきました。
自分の祖母の家が平岩駅の方にあり、大糸線の橋桁が流され線路が空中に浮いて居たのが衝撃的ですごく思い出されます。
何気なく通っていた道路やトンネルがこんなに凄かったとは感動です。細かく調べて頂けてありがとうございました
26,8482017-10-10 02:12:56/road/r148_simodera/main4.html10
平成7年の「7・11水害」懐かしいです。長野市内でも長野県庁脇の裾花川が堤防の直ぐ下に水位を上げた程。新潟県堺の橋は崩れ妙高ルート、小谷ルートも不通に。海へ行った釣り客は岐阜県等から迂回し帰宅したそうです。妙高の苗名の滝も崩れJR小谷線は1年間不通となりました。被害の数か月前に迂回路が出来た姫川温泉が一番被害を受けた様に記憶しています。長野県民でも概要を知らない人が多いので解説文と写真による説明は有り難いです。
26,5282017-09-02 08:07:24/road/r148_simodera/main4.html10
ニュース記事として読めるレベルのレポートの完成度…感服いたしました。ありがとうございました。
22,3182016-03-28 11:16:27/road/r148_simodera/main4.html10
小谷村・小寺傾斜廃洞門、
自然の前には人は無力。

つか、結果的に『最初から川を埋めてれば』
言っちゃダメですね(;´Д`A
22,3172016-03-28 00:27:36/road/r148_simodera/main4.html9
こんな姿になる前に私は、少なくとも3回、ここを通っています。現場の記憶が定かにあるわけではありませんが、タイミングが悪ければ、こういう状況に巻き込まれるのですね・・・・。めずらしく戦慄を覚えたヨッキさんのレポートでした。
20,5802015-11-05 22:46:16/road/r148_simodera/main4.html10
10点ではなく15点差し上げたい気分です! 今回の記事から教えられる事のなんと多い事か。文中で自らの好奇心を嘆いておられましたが、地元の方の忍耐と犠牲の上で日本の責任ある技術力が発揮されて今日の便利なインフラを享受出来ている事を踏まえれば、この記事を読んでいる者も全く同じ立場であると云えます。この記事に辿り着かなかった人の為にも、南三陸防災庁舎や旧祭畤大橋の様に災害遺構として活用出来ないものかと思います(小谷村内で亡くなった方がいないのであれば尚更)。今回でこのブログに何故惹き付けられるのかが判りました。ライターさん自ら現場を踏査し見付けた物にイチイチ素直に一喜一憂しつつ、もう一人の自分で冷静に軌道修正・進行の繰り返し。帰宅後別図面や過去の資料等あらゆる情報を整理して様々な仮説の積重ねにより結論を導き出す作業は本来のジャーナリズム其の物ではないでしょうか?正に草の根情報機関の様相を呈しています。 使い回しのネタを垂れ流し、小遣い稼ぎのプロパガンダに便乗する大多数の新聞記者やTV取材班に爪の垢を煎じて飲ませてほしいくらいです。これからも多くの点を見習うべく注目させて戴きます。
19,7502015-08-25 03:01:56/road/r148_simodera/main4.html8
yamaigaは事の経緯を調べてくれるのが本当に良いですね
事情が分かると面白さが何倍にも膨れます

8点にしたのは不満があったからではありません、何でもかんでも10点(最高点)を付けてしまうノリが嫌いなだけです
16,3832014-07-30 11:47:29/road/r148_simodera/main4.html10
前半何度か爆笑したwww 最後の最後でめっちゃ恐ろしくなった
15,3072014-03-26 21:52:06/road/r148_simodera/main4.html10
災害から数年後に同所を通り、どの地点かはわかりませんが片側通行になって復旧中だったのですが、これほど激しい災害だったとは想像もできませんでした。延々続く洞門に「これはとてつもない工事だ」とは思いましたが、想像をはるかに超えていました。
14,6472013-12-08 08:04:49/road/r148_simodera/main4.html10
200年に一度がまた来ないとも限らない。傾斜ユニットを見ていると、作業用車を守るシェルターが、逆にそれらを閉じ込めるような事態にならぬよう祈るばかりだ。
14,1992013-10-16 15:28:02/road/r148_simodera/main4.html10
六厩の後に読んだので、始めはホッとしていましたが、驚愕の結末でした!
11,7262013-01-16 17:35:24/road/r148_simodera/main4.html10
「スノーセット」について。
昔の人が「シェ」の発音ができなくてやむをえず「セ」で代用して表記した例はいくつかあるようですね。道路界隈だと「ゼームス坂」なんてのが典型例(本来「ジェームス坂」と表記されるべきところが・・・とかいう感じ)。
11,4612012-12-22 15:06:26/road/r148_simodera/main4.html10
現地の訪れるにとどまらず、後に考察されるあたりはさすがです。
それにしても災害時の写真は鳥肌ものですね。
訪れた地にはあのような過去が・・・

今後のレポ期待しております。
10,1802012-07-17 22:05:45/road/r148_simodera/main4.html10
平成4年と平成8年に東京多摩地区から富山県に行くのに2度通過したことがあります。その間に災害があったのですね。2回目の平成8年に通過したときにこの場所かどうかは判りませんでしたが「道が新しくなっている」と思った場所が有ることを覚えています。今は上信越道が全線開通しているので、この道を利用することはなくなりました。仕事でなければ上信越道よりこちらの道が楽しそうです。
9,6442012-04-29 13:02:14/road/r148_simodera/main4.html10
廃道・廃隧道に訪れるだけではなく、なぜ使われなくなってしまったか?までを探るヨッキれんさんの姿勢には、感服します。
9,1952012-02-12 22:50:55/road/r148_simodera/main4.html10
今までの見た中で一番印象的に残ったレポートでした!
「7,11豪雨災害」について調べようと思います。
8,2602011-09-28 00:40:09/road/r148_simodera/main4.html10
当時、鉄道雑誌で鉄橋や線路の流出など大災害であった記憶はありました。その後五輪対策で早期に復旧したようです。
道路も当然大被害とはいえ、洞門が倒れるとはすさまじい。
先日の紀伊半島の豪雨は1000ミリ超えてましたから恐怖。
8,1102011-09-14 23:22:34/road/r148_simodera/main4.html10
ヨッキさんすばらしいレポありがとうがとうOrz
私の祖父は稗田山崩れと7.11水害の被災者なんです。
7.11水害の翌年祖父母を訪ねて糸魚川に行ったついでに、復旧工事に携わっていた叔父と現場の近くまで行きました。
本当に半端なくコテンパにやっつけられたっていうのが偽らざる感想でした。
そんな私も東日本大震災で家を津波で浸水されてしまいましたがw
本当に自然災害の猛威って言うのは人間ではどうしようもないって事を思い知らされました。助かるには逃げるだけしかないですね。
私の祖父が7.11水害の時に私にこんな事を言ってたのを覚えてます「80年前にも同じ事があったから慣れっこだよ」と、恐らく空元気出して私を心配させまいと心遣いだったのでしょう。
さて旧道の新潟県よりでは今復旧工事の真っ只中です。
何年掛かるかわかりませんが、旧道の国境橋や葛場峠開通するのもそう遠くはないです。旧道は県道としてしていされていますし、予算も糸魚川市からおりてますから。
ヨッキさんは気づいてると思いますが姫川の川原の石滅茶苦茶でかい石が多いですよね。あの辺は岩山が多くまた姫川の支流では川による侵食が多いのであんなでかい石(岩)がゴロゴロしてるのだと思います。
例えばヒスイ峡では今の道の反対側に道がありましたが、侵食で削られてしまうので反対側に道をつけかえました。
私が知る限り関東や東北で下流域であんなにごつい石がゴロゴロする川ありませんよね。
姫川だけでなくその支流も暴れ川が多いのもこの地域の特徴なんだと思います。
ヨッキサんこれからも命を大切にしてすばらしいレポ待ってますm( _ _)m
7,4252011-06-28 11:50:38/road/r148_simodera/main4.html10
先週末通りましたが、感慨深いものがあります
7,3012011-06-11 16:12:06/road/r148_simodera/main4.html10
興味深く拝見いたしました。
まさか、あの空き地が川だったことには驚きです。
今後とも怪我などなさらぬよう、気をつけてください。
6,3592011-02-22 11:34:33/road/r148_simodera/main4.html10
これはすごい!
6,2412011-02-10 17:39:24/road/r148_simodera/main4.html6
けして忘れては、ならぬ水害!恐ろしかった。
5,1422010-10-04 02:14:24/road/r148_simodera/main4.html5
この災害を知らずにこの地を訪れている時点でどうかと思う。
5,0352010-09-25 23:48:59/road/r148_simodera/main4.html10
国道158号のリポートが出てきたとき、もしかしたらもしかしたらと思っていましたが
とうとう国道148号もリポートが組まれたのですね!
在住したのはわずか数年ばかりでしたが、元沿道住民として感無量です。

さて、95年の水害時の話は、既に退職されたと伺いましたが、当時の職場の古株の方より伺っております。
まさに7月11日の晩、大町市より…確か小滝駅だったと思いますが…まで送迎に向かい、
列車が運行を取りやめていたため更に大町市まで引き返したとのことです。
その時の雨は大変凄まじく、148号の路面が山肌より流れ落ちて来る水で川の様になっていたと仰っておりました。
通過して数時間も経たぬ内に、本レポートの洞門は崩壊し
新国境橋は土砂崩落で落橋…当時を知らぬ自分には、想像もつき難い話です。
実際、洞門の道の駅側にあるコンクリート壁が洞門の残骸であることや
一帯が丸っと埋立地であった事には心底驚きました。

久しぶりに、現地を訪れて見ようかと思います。
このようなレポートに出会えて大変嬉しいです。本当にありがとうございます。

4ページ中 1ページ目を表示(合計106件)    1 | 2 | 3 | 4    [次のページ]  

この画面の説明