http://yamaiga.com/road/suyama/ の公開中コメント一覧

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コメント
32,1772019-07-16 03:23:32/road/suyama/main5.html10
貴サイトは縁のない土地のレポでも非常に楽しいですが、新城は年に数回は訪問する場所なのでより楽しく読ませていただきました。
この辺りはまだ行ったことがないですが、近くへ行って覗くくらいできたらと思いました。(笑)
三遠南信というと秘境のイメージが強いですが、かつては旅人で賑わったと思うとワクワクするとともに現状への寂しさも感じます。

6号橋のところが地図で隧道になっているのは(ご存知と思いますが)遠州廃ものねだりさんもそれについて考察・指摘していたようですね。
あと、最近気がついたのですが愛知県(三河地方だけかも?)て道路情報板がけっこう険道なところでも電光掲示板タイプな気がしました。
32,1002019-07-07 13:21:15/road/suyama/main5.html5
昔みたいに自転車で行けるところまで行って、無理なら乗り捨て回収するスタイルは捨ててしまったのですね。効率重視の流れになって残念です…
32,0852019-07-03 03:17:32/road/suyama/main5.html10
時代の変化による土地の栄枯盛衰と、それに伴う道の移り変わりを、文章と写真で疑似体験できたかのようでした。一本の短編映画を観たような、そんな余韻。
32,0772019-07-01 16:52:10/road/suyama/main5.html10
ゼンリン地図を副教材に読み進めたとコメントしたものですが、巣山の集落あたりにハマイバという小字っぽい表記があり、ハマイバ丸という山(1752m)と同じ語源の破魔射場だとすると信仰に関係がある土地と推理できましたね。気づけていたら机上調査編での答え合わせがもっと楽しめたのに不覚でした(笑)
32,0662019-06-27 23:11:01/road/suyama/main5.html8
渋川の六郎沢線沿いの住人の子ですが、江戸の昔は旅の一座も通ったそうで、相当に繁栄していたみたいですね。
往時の様子を垣間見れて楽しかったです
32,0642019-06-27 19:54:59/road/suyama/main5.html10
尾根を4つも使った贅沢な山岳道路です。なるべく一定な勾配に整えるとこうなるのかな(わからない)。バリエーション登山なら取りついた尾根を425.5Pを目指して直登し、集落までトラバースで検討すると思います。これと車道の折衷ルートが地形図の表記のようですが、等高線が密な場所をまっすぐ行っていたりして部分的に無理だと感じました。これが第一印象です。

記事がちょうどゼンリンの市街図区域だったので久しぶりにZiを副教材として活用しました。3月以前だったらGoogle Mapにも妥当な道型が表示されていたんだろうなと実感できるレポートでした。Google Earth Proは現在もゼンリンのオーバレイが表示できますが、開発が遅れているだけかもしれません。ゼンリン地図を教材にしたせいで例のトンネル疑惑も生じましたが、等高線の描画や空撮から沢の下をくぐるのは無理があると思っていました。フィールドワークは尊いです。

空撮で道型がはっきりわかるので、大規模な土工がなされているかしっかり維持されているかどちらかだろうと想像して読み進めました。オブローディングの記事ですから当然前者でしたね(笑)。肝心の財源などは机上調査編を読むまでわかりませんでした。秋葉詣での宿場とは……。ネタを与えられたときにある程度の推理はしますが、フィールドワークと机上調査、それに読者情報にはかないません。

馬頭尊は結構古いかもしれません。根拠は示せませんが識字率の向上とともに形から文字へと表現が変わってきます。偉いさんの墓石などはこの限りではありませんが道祖神的な人目に触れるものにはおおむね当てはまると思います。ずいぶん彫り込んであるように見え、オリジナリティも高いので力作でしょう。

欄干はある時期道を折り返すために大きな工作をした場所でしょうか。転落防止よりもこういうところは壊れやすいからなにかしておこうみたいな意思が働いたようにも見えます。昭和30年代の橋によく見られる形状ですが穴をふさいであるように見えるのが気になりました。鉄管を渡す気がなかったか、施工してみたら位置が合わなかったか、予算が厳しくてあきらめたか……。

平歯車はなんでしょうね。厚みやシャフトの形状から相当力のかかる部品なのは間違いないですが(減速用だと思います)、捜索しても関連部品が出なかったわけですし。索道跡ならたいていもっとづがい(大きい)遺留品がありそうです。

阿寺七滝はミステリ(サスペンス……)小説の舞台になったことがあり、このへんの地図を開いたのはそれ以来です。また、レポートを読むときにジカヨーを隠した場所も推理しますが、まさかこことは……。周到な計画がうかがえます。

今回の件から得られた教訓(笑)は、「無感動主義では損」ということでしょうか。さすが平沼先生、いい言葉を残します。体が動くうちは先生なんて呼ばれたくないのだろうと察しますが、やっぱりカリスマですよ。
32,0602019-06-26 22:51:33/road/suyama/main5.html10
古地図からの発見、現地調査、机上調査による文献的な掘り下げまで、見事としかいいようがありません。やまいがならではの真骨頂です。楽しく読ませていたきました。できれば古道も調査してほしかったと思いますがそれは机上探検隊(?)の勝手ないいぶんですね!
32,0402019-06-24 22:31:33/road/suyama/main5.html10
エラく複雑な経緯で、訳が分かりにくい。道の変遷を年を追って精密に作成するのは資料不足や矛盾した記述(に見えて、記録の抜けがあったら実は矛盾していない可能性が。)の為もはや不可能では。
32,0392019-06-24 21:26:32/road/suyama/main5.html9
秋葉信仰街道網を代表とした遠江,信濃,三河の旧道は魔境だと思う…
旧遠江の内でも山住権現〜秋葉山秋葉寺〜春埜山大光寺〜大日山金剛院〜大尾山顕光寺と山岳信仰の拠点を結ぶネットワークには浪漫がある
32,0372019-06-24 14:14:39/road/suyama/main5.html10
秋葉道の複数記載が良かったです。秋葉道というと秋葉詣でのための道というだけで、実際は名称ですらないからです。三河にも秋葉神社たくさんあります。秋葉神社の前が秋葉道であることが多いです。
32,0352019-06-23 14:01:36/road/suyama/main5.html8
バスの件ですが、家にある宮脇俊三著の「国鉄全線各駅停車ヅ豎て360駅」の三河大野駅の記述には、
駅舎に隣接した建物は飯田線の前身鳳来寺鉄道の経営した旅館で、当時三河大野と浜松を結ぶ国鉄バスがあり、夜遅く下車したバス沿線の人々が利用した。
と書いてあり。買収後は国鉄の官舎として活用された。となっています。
が、国鉄買収は昭和18年。その頃に国鉄バスがあったか疑わしいですが、他のバス事業者がいたのかもしれません。
ちなみに隣の湯谷温泉駅も同様の駅舎ホテルがあり、国有化後に国鉄の独身寮にしたと書いてあるので、作者か地元の人が両駅を混同している可能性もあります。この建物は来月解体予定らしいので一度見に行きたいです。
32,0322019-06-22 07:35:52/road/suyama/main5.html10
お調べされてるか、既にご投稿があるかもしれませんが、ご一報を。
旧道の国鉄バスの件です。
他者の個人サイトですが、こちらをご確認ください。
http://www.magame.jp/fumo/jnr500.html#506

抜粋ですが、下記の様に記載があります。
・1957(S32)年2月20日に遠三線三河小野〜細川が開業した。
・1966(S41)年1月15日に遠三線巣山〜細川が開業した。

旧道を国鉄バスが通らなかった。とは書かれてないです。
しかし、旧道がネックで新道開通後に路線開設できた。と読み取れなくもないです。

推測できる情報として、ご提供いたします。
32,0312019-06-21 15:45:19/road/suyama/main5.html10
濃ゆっ!!
並々ならぬ労作であり大作であり名作ですね〜、特に机上調査編の濃厚さにはなんていうか、胃もたれしそう…。(←褒め言葉ですよ・笑)。
探索を堪能した後の机上調査を、いつもたのしみにしています。
…でもね、しつこいようですが、千頭もお待ちしておりますですよ(笑)。 (お)
32,0302019-06-21 12:41:10/road/suyama/main5.html10
オチも小気味よし!
32,0292019-06-21 12:32:12/road/suyama/main5.html10
現行のゼンリン住宅地図でも隧道になってる。等高線にほぼ沿うような線形でどう考えても隧道があるとは思えない位置なのに。
32,0282019-06-21 11:15:13/road/suyama/main5.html10
退役中の市道おじいさんは、実は輝かしい履歴の持ち主なのであった。。見た目ではわからんですよね。
32,0272019-06-21 10:00:43/road/suyama/main5.html10
いつも楽しく拝見させていただいております。
国鉄バスの遠三線ですが、こちらのサイトによると細川〜巣山間は昭和41年の開業のようですね。
さすがにこの道を通らずに、迂回して阿寺を回っていたようです。http://www.magame.jp/fumo/jnr500.html#506
路線図http://www.magame.jp/fumo/jrb5703.html
32,0262019-06-21 09:14:36/road/suyama/main5.html10
毎度の事ではありますが、貴君の追求には驚嘆する。スバラシイ!!
32,0252019-06-21 08:45:23/road/suyama/main5.html9
八昇峠は政治家の匂いプンプンですね。調べたところ、穂積七郎という政治家が戦後すぐから1970年ごろまで通算7期衆議院議員をやっています。七郷村出身で、親も衆議院議員、子は新城市長だそうで。
32,0232019-06-21 01:43:45/road/suyama/main5.html10
この手の廃道の落ち着いた記事をもっともっと読みたいですね :-)
32,0222019-06-21 00:59:37/road/suyama/main5.html10
地味だけど何ともいい感じの廃道が、机上調査によって、かつてはメジャーな街道で歴史を背負っているのが分かっていくというのが良いですね。

ちなみに群馬に十六曲峠というのがあります(最早あったというべきかも)
32,0212019-06-20 23:01:20/road/suyama/main5.html10
さすがよっきれん。机上調査の奥深さよ!
32,0202019-06-20 20:16:09/road/suyama/main5.html10
こちらの方のブログのコメントを見ると現在の県道の竣工記念碑みたいのがあるようですね。

https://yaplog.jp/haimononedari/archive/252
32,0192019-06-20 17:02:40/road/suyama/main5.html10
人々が信仰の為に自然と向き合い抗ってきた足跡ですね
ありがとうございました
32,0182019-06-20 16:43:37/road/suyama/main5.html10
なんというか雰囲気のいい廃道でした
あとちょっとしたことですが、岡山県の新庄村の峠は四十四ではなく四十ですね
32,0152019-06-19 21:27:01/road/suyama/main4.html10
さわやかなレポートでした。
32,0132019-06-19 08:28:34/road/suyama/main4.html8
こんだけの道があって人里から近いのに
橋を直して森の手入れに使おうという気配が無いって
どんだけ林業って廃れてしまっているのでしょう
こういう道が廃道状態になっている事を喜んじゃいけない気がする
32,0112019-06-18 23:14:09/road/suyama/main4.html9
木が引っかかっているのが送電線だったら、漏電検知して送電が止まっています。
32,0092019-06-18 18:04:33/road/suyama/main4.html1
久々に、見たけど…日光の手前。

商業的に取り上げられて多忙と思いますが、本業を疎かにしないで下さい。

日本のその場だけ取り上げて、あとは捨てるマスゴミに乗らずに…
バクシンガーして欲しい。
32,0082019-06-18 14:18:51/road/suyama/main4.html10
おつかれ様です。楽しい割には、さわやかな道でしたね。

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