http://yamaiga.com/road/ypr60/ の公開中コメント一覧

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コメント
35,7292020-09-10 17:47:43/road/ypr60/main6.html10
・三輪運搬車のナンバープレートについて
小型特殊自動車のナンバーは「課税標識」と呼ばれる市町村の税務関連の表示で、
公道走行の可否とは無関係です。
山口県の条例で表示義務はありません。(原付のみ)
税の徴収有無は周防大島町次第なので、
脱税なのか非課税なのか、税金払ってるけど表示してないだけなのか判断しかねます。

・軍用トラックみたいな姿をした見慣れぬ車
クロカン四駆車をなんでも「ジープ」と呼ぶ人が多い中、
長年の四駆愛用者なのに本物のジープをジープと気付かずw
35,6832020-09-02 22:47:46/road/ypr60/main6.html10
歯が抜け腰が曲がり杖をつき、それでも「わしゃあまだまだ現役じゃ!」!と笑顔で胸を張る老爺のような道だなと感じました。
山を割るかのごとき切り通しと蜜柑色に沈む瀬戸内の街並みが強く印象に残ったレポートです。
35,6412020-08-29 23:49:00/road/ypr60/main6.html10
道の歴史から、人々の生活の移り変わりが見えてきて、さらには地方の置かれた現状も見えてくる。それを良い悪いと断ずるのではなく、道を作り、そこを歩いた先人たちの視点から伝えてくれるのが、他になかなか見られない、すばらしい点だと思います。
このリポートは極上のエンターテインメントであることはもちろん、民俗学であり、ジャーナリズムでもあるのではないでしょうか。
そんな道の通行を、ストリートビューで疑似体験できたのも楽しかったです。
古い町並みの向こうに輝く夕焼けの海を見に、いつか訪れてみたいと思いました。
35,5302020-08-20 23:54:09/road/ypr60/main6.html8
いよいよ山口県もネタに上がる時がきましたね (笑)。

この道の2020年8月20日現在の状況ですが、
このレポの第2回の最後にあった舗装が補修されてたあたりで梅雨の大雨による路盤崩壊が起きたらしく
遂に行政による通行止め措置が取られてました。

和佐側入口の路面も流れてきた泥で路面が殆ど見えない悲惨な状態になってます。
35,5252020-08-19 16:51:36/road/ypr60/main6.html10
時々見ています。あまり無理をしないよう、ご自愛のほどよろしくお願いします。
さすがにこの道は通ったことがありません、というか通れませんね。調査お疲れさまでした。
自分が通ったところで死にそうだったのは、県道103号大島橘線の笛吹峠〜源明峠〜源明です。今から30年くらい前に「運転に自信がある方は・・・」という看板につられて、つい通ってしまいましたが、今はどうなっているでしょうか。ちなみに、当時でも落ちたら見つけてもらえない感満載で、通っていたのは道路パトだけだと思います。
なお、戦前戦後ハワイなどへの移民が多かった周防大島も、ミカンのおかげで潤っていた時代がありました。柳井からミカン専用貨物列車が出ていたくらいです。以上、情報提供でした。
35,5162020-08-17 10:16:24/road/ypr60/main6.html10
Googleマップの航空写真で地図にない明治以前の往還らしき道の影のようなものが見えたのですが、もしかしたらまだ現存しているのかも。(おそらく廃道でしょうが)
35,5132020-08-17 00:46:25/road/ypr60/main6.html10
狭いながらも歴史あるいい道でした。部外者の自分から見れば、古き良き時代に思いを馳せるのだが、暮らしている人たちから見れば今の方がいいというのは当事者にしか分からない重みがある言葉だ。
35,4742020-08-11 18:26:58/road/ypr60/main6.html10
あまり凝り過ぎていると、かえって気付き難いものです。
今回の机上調査編を読ませていただいて、改めてヨッキれんさんの調査能力の非常な高さを感じました。

それにしても、宮本常一さんと言う方はたいしたものです。
というか、その時代にはあまりにも当たり前すぎて、誰もが消え行くままに見向きもしなかった大切な風景を記録している人たちは
みんな大したものだと思います。
35,4582020-08-09 20:13:04/road/ypr60/main6.html10
周防山口に行かれたのですね!!廃隧道の情報がありますよ!!http://www.tunnelweb.jp/yamaguchi/ob-road/miyama.htm
35,4532020-08-08 23:08:33/road/ypr60/main6.html10
ついに山口県進出!それも私の実家の近くの島!この日を待ち望んでいました。
60号の支線ですが、片添ヶ浜に行くときに通ったことがあります。まさか本線ではなく、後付けの支線だとは思っていませんでした。そればかりか、あの道路に、こんな険道区間があったなんて…!

島内には他にも、未執筆の廃道があるとのことなので、それも楽しみにしています。
そしていつか、私が住む四国へ、廃道探索にぜひ来てください。お待ちしています。
35,4362020-08-07 00:22:24/road/ypr60/main6.html10
宮本常一がでてきてびっくりしました。
最後の結びが素晴らしい。10点です。
35,4332020-08-06 14:29:24/road/ypr60/main6.html9
毎度興味深く各記事を拝見しております。特に机上調査は町や道の歴史を辿る貴重なものとして、大変有意義な情報を有り難く拝見している次第です。

お願いなのですが、可能なら埋め込みプラグインは使用せずスクリーンショットの貼り付けでお願いしたいです。
数年後に記事を読み直した時、状況が調査時と変わって良く分からないという事に成りかねず、現に過去の記事で、そのようになっているものを散見します。
ご一考いただけると幸いです。今後の更なるご活躍に期待致します。
35,4312020-08-06 12:39:40/road/ypr60/main6.html9
周防大島へ行ってきたのでちょっと見に行ってきました。
現在の状況は、もっと大変ですよ。

まず、入口の手書き看板は有りませんでした。いや、それらしい物は路上で土に半ば埋もれてたんですが、何も書かれてません。
車を置いてるので三輪車があったあたりで引き返すつもりで歩いて登りましたが、路面が土で覆われてます。木の板があったあたりのような感じです。
最初の小屋より少し手前の山側の石垣の石が路上に落ちてました。小屋の中を覗いてみましたが、水を溜めておくためのようです。
さらに進みますと、補修してある所で道幅の三分の一程を残して崩れてました。(撮影したんですがここには載せられないんですね)
通行止めにはなってないし、行こうと思えば行けるんでしょうけど、測量してたので何か言われたくもないし邪魔したくもないのでここで引き返しました。
ちなみに町道も通行止めになってます。
35,4282020-08-06 11:52:09/road/ypr60/main6.html10
各入口には幅員1m標識
そこに突っ込んでいったGoogleカーのスーパーアシストが強烈であり、爆笑
35,4242020-08-06 02:43:11/road/ypr60/main6.html10
濃密な調査。このまま人口が減って誰も住まなくなったら船着き場への通過点の島になってしまうのでしょうか。
35,4232020-08-06 01:16:07/road/ypr60/main6.html10
道の探索にとどまらず、地域を含めた道の歴史を文献をあたりながら紐解き、読んで興味深い文章にまとめあげていて、たいへん素晴らしかったです。机上調査編はGoogleマップも参照しながらじっくり読みました。
35,4222020-08-05 22:06:22/road/ypr60/main6.html10
以前に別のレポートへのコメントで書きましたが、現地での取材=フィールドワーク+資料を探し出しての考察という机上調査は、まさに学術研究そのものです。
大学の研究室で行われていてもおかしくないハイレベルなレポートには、本当に頭が下がります。
35,4212020-08-05 19:37:51/road/ypr60/main6.html10
市町村史は旅行会社が編集してたんですか?大きい市は専門の職員が、町村なら小学校の校長先生が片手間に作ってたものだと思ってたんですが
35,4202020-08-05 19:27:54/road/ypr60/main6.html10
西日本は歴史が深いので、太古からの軌跡が息づいています。公的史料以外でも掘り出し物みたいな記述が民俗資料館にあったりします
 地方にとっては、車道が出来て買い出しに遠方まで徒歩で出かける必要がなくなり、主婦も炊飯器や自動洗濯機を使えるようになって、家事が楽になり、隣家に自慢するような大型車を買うことが目下の幸せだったりします
 有線電話は早くから発達していましたが、電電公社の電話を誰が早く引くかなんてことがステータスになってたりします。山口県に親戚が多い自分の経験からでした
 「和佐峠」の旧道は徒歩道ですが、水準点があるくらいなので極めて見たい気がしますが、よっきさんの大好物車道でないところがちょっと残念ですね

ところで書斎の写真をツイッターで公開していましたが、不足するものは…アシスタントでしょう

技巧を駆使して熱意をもってサイトを構築していくさまには情熱が走ることと思いますが、漫画家が売れっ子になったらアシスタントに下絵を描かせるように、良く理解するアシスタントを雇って、厳しくチェックするようにすれば、記事が進み、より現地調査や机上調査に励めると思います
 ご検討よろしくお願い致します。 F生
35,4192020-08-05 12:55:43/road/ypr60/main6.html10
1つの小さな道の歴史について、毎回詳細な机上調査をしておられ、当時に探索もされておられるのかと思うと頭が上がりません。
これからも頑張って下さい。
35,4182020-08-05 12:30:56/road/ypr60/main6.html8
しあわせしている 影絵を見ても
みれんの捨て場は ないのです
さようなら さようなら 逢わずに帰ります
雨の弓削島 あとにして
うしろ髪ひく 燧灘
作詞:屋代島出身 星野哲郎
35,4172020-08-05 11:15:00/road/ypr60/main6.html10
幅1mの県道から色々考えさせられるレポートでした。秀逸な考察にAAA!
35,4162020-08-05 09:58:46/road/ypr60/main6.html10
周防大島は釣りで良く行きますが、道にそんな歴史があったとはと、興味深く読ませていただきました。
35,4152020-08-05 09:39:52/road/ypr60/main6.html7
大島。懐かしい。
35,4142020-08-05 09:38:31/road/ypr60/main6.html7
あれれ 県道の代替になっている町道についてはノータッチですか
(広域農道よりも先に西側の原型は工事が始まっていたようですが)
平野を離れて再度南岸へ戻る県道についてもフォロー無しで
(昭和20年代以前から経路は変わらず道の規格がどんどん向上した顛末など)
対照的に沿道の利用度が極度に低下してしまっている区間の将来も見通せない
(県道の指定を外せない・外しづらい事情なども込みで)
それに今回レポの目玉であろう幅1m規制の根拠・経緯についても特に情報は無し
これらは資料なり証言なりが見つからない限りはどうにもならない部分ではありますが
「調べてみました! わかりませんでした! いかがでしたでしょうか。」的に
わからない事に言及さえせずスルっと流しちゃっていい物なのでしょうか
まあそれはよしとして
今回の執筆者が読者に何を伝える意図を持って書かれたレポなのか
ちょっとばかり取っ散らかった印象を受けたのは
グーグルストリートビューを積極的に取り入れたりと 見慣れぬ要素があるせいなのか
とはいえ グーグルカーの果敢な突撃が無かったら 
この道がレポになっていたかどうかと考えると 
なにげにエポックメイキングなレポだったりするのでしょうか
35,4132020-08-05 04:25:06/road/ypr60/main6.html10
泣いた
35,4122020-08-05 00:59:21/road/ypr60/main6.html9
大発見や大冒険は無かったですが、瀬戸内の島の閑道をヨッキさんと一緒に抜けたような、臨場感のあるレポでした。こういうの好きです。
35,4112020-08-04 22:32:40/road/ypr60/main6.html10
ここが宮本常一氏縁の地であったことが、机上調査では幸便だったと思います。必要な情報が一通り揃ったおかげで、不明点をほぼ残さず明らかになったのは興味深いです。
35,4092020-08-04 22:23:47/road/ypr60/main6.html10
初の山口県でも容赦ない攻め(現地&机上)のヨッキれん。きっとお宝満載の四国も、いつかぜひ・・・
35,4082020-08-04 21:33:47/road/ypr60/main6.html7
最後がなかなか味わい深い

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