ミニレポ第114回  城下小高線

所在地 福島県相馬郡小高町 
探索日 2006.12.10
公開日 2007.01.01

存在感の無さ過ぎる県道

 福島県は面積も広いが、県道の本数も多い。
小中規模の市町村が多いという政治的な事情にもよるのだろう。
それは、本州最大の面積を持つ岩手県に較べても、格段に多い。
そのなかには、かつてこのミニレポでも紹介した岩手県一関市の「山目停車場線」の全長49.5mに匹敵する激短路線もある。

 今回紹介する福島県一般県道259号「城下小高線」は、全長が343mあり、驚くほどの短さとは言えない。
しかし、地図上における描かれ方や、現地での佇まいは、山目停車場線に劣らず不可思議である。

 まずは小高町…昨年から南相馬市小高区となった、その中心部の地図をご覧頂こう。


 上の地図を見ても、何がどう珍しいのか分からない人が殆どだと思う。
かく言う私も、自分で書き足した上地図を見て、なんだか自信が無くなってきたというのが本音だ…。

 地図上でこの道が “変わっている” と思える点、すなわち、わざわざ現地調査に私を赴かせた理由は、以下の2点だった。
まあ、そもそもこのような説明が無いと何だか分からない辺り、あくまでもミニレポなのだが…。

  1. 地図上に路線名も路線番号も書かれておらず、ただ短く県道色に塗られていただけだった。
  2. なぜこの道が県道なの?

 「2」について少し詳しく説明すると…。
県道は、指定されるための要件が法令によって定められている。
例えば、市や人口5000人以上の町であるとかの「主要地」と、それと関連の深い「主要駅」・「主要港」・「主要観光地」・「国道や他の県道」などを結ぶ。
他にも、「主要駅」と「主要観光地」を結ぶとか、数種類の要件がある。
ともかく、県道の起終点に関わってくるのは、その地域の主要な場所と言うことだろう。

 だが、このごく短い県道は(現地に行くまで本当にこの短い直線が一本の独立した県道であることを疑っていたのだが)、旧小高町内の近接する地名を結んでいるだけにしか見えない。
なにか、県道に指定されるだけの、特別な事情があったのか?
それを現地で確かめたかったのである。




 この探索が行われたのは、昨年の12月10日である。
他の探索の起点としてこの南相馬市小高にチャリを降ろした私は、本来の探索に先駆け、前から気になっていた県道を確かめる事にしたのだ。
時刻は午前7時をまわっていたが、この日は日曜日であり、冷たい雨が朝方まで残ったせいか人通りも少なく、町はまだ眠っているかのようだった。

 県道「城下小高線」の起点は、県の資料によると小高区大町2丁目1000番地とある。
いま私がいる道は、JR常磐線の小高駅から伸びる通りで、街区のメーンストリートでもある。
これは県道120号浪江鹿島線にも指定されており、昭和40年代以降に現在の国道6号が出来るまで国道だった。

 私は、町中の大縮尺の地図をコピーして持ってきていた。
胸ポケットから取り出した地図を見ながら、交差点を一つ、二つと数えて進む。
そして、小高駅前から数えて2つめの信号が、目指す県道城下小高線の起点のようだった。
頼りなさそうに描かれた黄色いラインの一端である。
写真奧に見える信号が、そこだ。



 起点の十字路には、ちゃんと信号があるにもかかわらず、城下小高線の存在を示すような物は、青看を含め何もなかった。
余りにも何の変哲もない交差点であり、本当にここが起点なのか怪しい。
だが、どうせ全長343mに過ぎない極短の県道であるから、仮に間違ったとしても痛くはない。
地図の読みを信じて、曲がってみた。

 この角には江戸時代から続いているような蔵作りの立派な建物があって、よい目印になる。
小高は、慶長16年(1611)まで城下町だったところで、その後も奥州浜街道の宿場として賑わっていたという。



 角を曲がると、行く手にはこの景色が広がる。
ここから先、地図を見ると終点まで殆ど一直線だ。
途中にはもう一箇所信号のある交差点が、地図に描かれていた。

 道には歩道もあり、よく整備された街路であるが、なんとなく寂れた印象を受けるのは何故だろう。
まあ、日の出後とは思えないようなこの光加減と、人通りの少なさが最大の理由だろうが、それだけではないような。
例えば鋪装に轍の凹みが殆ど感じられないことや、にもかかわらず白線がやや消えかかっているなど……本当に微妙だが、同じ2車線の街路でもメーンストリートとは何か違う。


 県道である証しを見つけられないまま、250mほど進むと交差点に行き当たった。
ここで県道を横切って東西に走る道は市道だが、市街の骨格を造るもう一本のメーンストリートと言えるものだ。
郊外を縦断する国道6号から市街地への導入路となっていることもあって、駅前の県道以上に通行量は多い。
信号待ちの間にも数台の車が通り抜けていった。

 我らが城下小高線はこれを突っ切って、その先は一回り狭い道になる。
左前方に見える神社は、城下町時代からあるという貴船神社だ。




 なんと、これ以上ない県道の証しが出現。
“ヘキサ”が、補助標識込みの福島県標準(フルスペック)で立っていた。
これは、予想外だった。
この県道は、もう残り100mを切っており、しかも終わりに向け道幅も狭まったと見られたところだった。
道が狭まった時点で、このまま県道の証しは見つけられぬまま終わるものと覚悟しただけに、嬉しい誤算だった。

 フルスペック。
路線番号、路線名、現在地名の全てが揃っている。
ちなみに、対向側にも立っていた。


 小高の中心市街地と周辺とを物理的に隔てる小高川に、県道は最後に橋を架けている。
貴船神社の脇だからか、あるいは県指定史跡の小高城趾の近くだからなのか(写真奧の丘が城跡)、擬宝珠をあしらった古風な欄干を設けている。
また、銘板も大変に達筆な草書体で「妙見橋」としたためられている。
竣功年も銘板から読み取れたが、失念してしまった。確か昭和48年辺りだったと思う。



 水彩画のように清らかな橋上の景。
この辺りは海も近くてく、海鳥のカモメが遊ぶ景色も珍しくない。
橋を渡る車はとても少なく、のんびりと川面を眺めるのに適している。
県道がこの橋を最後にして、いささか唐突な終点を迎える為だ。



 終点である。
橋を渡って突き当たりのT字路は、右も左も1車線の狭い市道だが、それよりは幅の広い妙見橋が突き刺さるようにして終わる。
なにか、もう少し含みが有っても良さそうなものだが、非常に呆気ない。
そして、ここにも何ら県道を語る物はなかった。

 起点の冴えない交差点から、たったの343m。
途中に交差点は一箇所だけで、とくだんに大きくもない橋を渡ると、それで終わってしまった。
この上流にも下流にも、もっと便利にアクセスできる橋が沢山あるので、欄干は目を引くとはいえ、あえてこの橋を使うドライバーは少ない。



 この終点は「小高区中町2丁目50番地」である。
起点とは、番地しか違わないのではないかと言うくらい、違わない。
なぜ、ここが県道に指定されているのかという根本的な疑問は、現地へ来てみても解決されなかった。
余計なお世話だろうが、県道としての整備が地元で渇望されている道は、県内、いや同じ市内であっても他にありそうな気がする。

 ヘキサが立っている事からも、ここが現役の県道であることは疑えないが、そのどこを取っても、車通りの少ないただの街路以上ではなかった。



 終点の近くには、この小高城趾がある。
地図には景勝地の記号が付いており、実際に福島県指定史跡になっているから、本県道は先の要件に当てはめるなら、「主要地」と「主要観光地」を結ぶ路線として県道指定されたものだという推論も出来る。
路線番号からは、県道指定が昭和40年代ころではないかと想像されるが、あるいは全県的な観光地として大いに整備する構想が、当時あったのかも知れない。
少なくとも現状では、近くに殆ど案内看板もなく、歴史好きが探して訪れるような静かな場所だ。

 最後になったが、この道は福島県の全県道中において、“ある条件下”で最短になる。
その条件とは、路線名に“停車場”が入らない。 というもの。
2つの地名を普通に併記した路線名の中では、最短なのである。
確かに、この「城下小高線」という名前から、たった343mの路線を想像することは、難しい。
県内有数のマイナー県道であることは、間違いない。









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