ミニレポ第249回 東日本炭礦広野炭礦専用軌道の隧道 前編

所在地 福島県双葉郡広野町
探索日 2016.4.19
公開日 2020.1.08

未開業?未貫通? 謎の軌道用隧道


この表題の軌道……東日本炭礦広野炭礦専用軌道……は、恐ろしくマイナーだ。
“ある本”を読むまでは全く知らなかった。

福島県南部から茨城県北部にかけての広い地域に分布した常磐炭田
これはそこにあった無数の鉱山鉄道・鉱山軌道の一つで、炭田の最北部にあたる福島県双葉郡広野町内にあった。
東日本炭礦株式会社という鉱山会社が、自社が所有する広野炭礦と、最寄りの常磐線広野駅の間に敷設した、小規模な鉱山鉄道である。

しかし、“ある本”によれば、これは未開業線に終わったらしい。
また、運用者であった東日本炭礦という会社も、名前は大きいが、あまり盛業ではなかったようで、そのこともマイナーさに拍車をかけている。

こんなマイナーな軌道を私に教えてくれた“ある本”とは、『常磐鉄道の鉱山鉄道』のことで、常磐地方鉄道研究の大家である おやけこういち氏が、平成18(2006)年に公表した、常磐地区の炭鉱鉄道を網羅した大著である。

今回は、このマイナーな軌道のものと思われる隧道を捜索したので、その報告である。



右図は、『常磐鉄道の鉱山鉄道』に掲載されていた地図の一部である。
下の方に「未開通線」の注記と共に描かれているのがこの路線で、ベースとなった昭和8(1933)年の5万分の1地形図に、おやけ氏がラインを書き加えている。

広野駅付近にあった別の炭鉱軌道とび分岐地点から、南下して折木地区へと伸びているが、途中にトンネルが1本描かれている。
これが今回捜索した隧道だ。

なお、比較は最新の地理院地図で、隧道も前後の軌道跡も既に見当たらない。

前出書の解説によると、大正8(1919)年に軌道敷設の特許出願が行わているらしいが、地元民の証言を根拠に、最終的には未開業に終わったと結論づけている。

これらの内容は現地レポート後に転載紹介するとして、この大正時代に建設された(されようとした?)鉱山軌道の隧道については同書に現状の報告がなく、気になったので、探してみた。





2016/4/19 14:09 《現在地》

ここは福島県広野町折木の国道6号の道路上だ。
交通量の多い道だけに、見覚えがある人も少なくないと思う。

前に見える巨大な切り通しは、大字折木と大字上浅見川の境で、遠く離れた阿武隈山地の主稜線から連綿と続く長い尾根だ。
そして、ここからこの尾根を西へ数百メートル入った場所が、隧道擬定地だった。
切り通しの向こう側にある広野駅付近をスタートした軌道は、隧道によって、こちらの折木川の谷へ通じていたらしい。

ちなみに、直進して400mほど進むと、未だ私のレポートが辿り着けていない“迷走県道”広野小高線の起点がある。

チェンジ後の画像は、切り通しの直前にある小さな交差点で、折木交差点という。
ここを左折する道は、県道246号折木筒木原久ノ浜線の旧道で、現道へは少し手前で左折する必要があった。
隧道擬定地へは、旧道と現道のどちらで行っても良かったが、せっかくなので旧道から近づくことにした。



この道がいつ旧道になったのかは知らないが、まだデリニエータの文字は「福島県」のままで変えられていなかった。
沿道には多くの家屋があるので、生活道路として頑張っている。

奥に凄く高い高架橋が見えているが、あれは700mほど先にある常磐自動車道だ。
探している隧道の擬定地は、ここから400mほど先なので、もうすぐだ。

チェンジ後の画像は、この旧県道の路傍で見つけた古碑群。
この一番右にある碑は、題字に「県道移管記念碑」と書かれていて、いまは旧道となったこの道が県道に昇格したことの慶びを伝える、昭和3(1928)年に建立された記念碑だった。




14:12 《現在地》

折木交差点から500m進むと、隧道擬定地が近づいてきた。
道がいきなり立派になっているが、200mほど手前で現道と合流済みで、ここはもう旧道ではない。

隧道擬定地附近の地形を観察すると、地形図の等高線の通り、尾根が前後より少し低くなっていて、いわゆる鞍部のようだった。
隧道を掘るには適した地形のように思われた。

しかし、隧道はどこにあるのだろう。
というか、そもそも実在したのだろうか。未開業線といわれると、そこからして覚束ない。

『常磐鉄道の鉱山鉄道』の地図だと、県道があるのとほぼ同じ高さに坑口は描かれていたが、小縮尺の地図だから、位置の正確性はなんともいえない。
また、個人的な考えとしても、小さな鉱山会社であればこそ、コストのかかる隧道を短くするために、ある程度は高い位置に掘った可能性が高い気がした。

とりあえず、中腹に見える一軒家へ通じていそうな道があるので、それを使って中腹まで行ってみることにした。



車1台の幅しかない舗装路。
私道なのかは分からないが、行く手には1軒しか見えない。
そして、かなりの急坂である…。どう考えても、これがそのまま軌道跡ということはなさそうだ。

はずれ…… かな。

でも、ここまで来ちゃったから、行き止まりまでは行こう。



ん?




まさか、切り通し?

いや、人工物かどうか、まだ判断は難しいな。

ただの谷のようにも見えるが……

ここに突然谷があるのも、不自然な気はする………。


入ってみよう!



最初は半信半疑…… いや、三信七疑くらいの薄い気持ちで、道路脇に偶々見つけた谷地形の奥を確かめることにした私だが、いざ向き直ってみると、なんか怪しい感じが強くなってきた。 良い意味で!

なんか、妙に緩やかなのである。この谷地の進路は。
この直前までの、絶対に鉄道じゃないと思う急坂とは全く別だ。
なんか、鉄道の工事跡がここから始まったんだと言われたら、信じたくなるような変化だった。

加えて、足元が妙に水っぽいのも気になった。
この尾根のささやかな標高を考えれば、目の前の谷の集水域なんてたかが知れているのに、谷底には水が溜っていた。意図的に貯めている様子もないのにだ。
隧道から漏出する地下水が、隧道前に水流を作ることは多いが……。

チェンジ後の画像は、振り返った入口。平らなのが分かると思う。自転車は置いていく。

そんなわけで谷へ向かうと、すぐに背が低い照葉樹のジャングルに行く手を阻まれ、両手で掻き分けて進む感じだった。

それからわずか1分、いや、35秒後!




穴だ!




14:15 《現在地》

障害物で分かりづらいが、このすぐ先に、開口している穴がある!

未開業線ということで、隧道は建設に至らなかった可能性もあると思っていただけに、
こうして実体を持った隧道に巡り会えたのは、とても嬉しい!
とはいえ、真っ当な状況ではなさそうだ。開口部、かなり小さそう。

しかし、今回の発見は最速手順というか、最初に突入した場所で首尾良く見つけることができたが、
客観的にこの場所の状況を見ると、発見に手こずったとしても全く不思議のない立地と外見だった。
普通に見て分かる廃線跡の先に、隧道が口を開けていたのとは訳が違う。
今回のスピード解決は、ラッキーに恵まれた部分が大きいと思った。

さあ、ご開帳だ!




うぐーーっ!!

水没していやがる!

それも……、この水位は、駄目だ……。

天井に触れそうな深さになっている。とても、これは……



うぐぅ……

これでは、さすがに……入れない!

谷の入口まで流れ出していた水の出所は、やはり隧道だった。
それは期待を裏切らなかったが、大量の水がある廃隧道の状況は、当然こうなっていることも、予期されねばならなかった……。

そもそも、この開口部の小ささは、なんだろう。
土砂崩れか何かで埋められて、こうなったのか?
あるいは意図的に埋め戻した? なんかそんな気がする状況だ。ここは民家の庭先といってもいい場所である。

……いや、そもそも、これは本当に、軌道跡の隧道なのか?
その根本のトコロさえ、外から見えるこの景色だけでは、断定できない気がする。
水路とか、防火用の地下水槽とか……、まあ、川よりだいぶ高い場所だけに前者はなさそうだとしても、軌道用隧道だと判断するには、見えるものが少なすぎる。

やはり、内部の状況が知りたい……。


そうだ!

身体を入れることはできなくても、

カメラだけならば、水面と天井の20cmくらいの隙間から、洞内を撮影することが出来そうだぞ!

行け! 俺のカメラ!!





俺の右手を介して、画像が来た!

やっぱり隧道だと思う。

思ったよりも、内部は広い。

と書いても、この写真だと比較対象がないので分からないと思うが……。
一般的な道路トンネルなんかに較べれば、相当に小さい隧道である。
しかし、昔の鉱山の坑道のサイズ感だといえば、違和感はないと思う。
高さは水没のためまるで分からないが、幅は1.8mくらいだろう。

そして、貫通はしていないようだった。
おそらく15mくらい先に、何らかの壁状の障害物がある。
問題は、その壁がどういう壁なのか。単なる落盤なのか、
それとも、未成で貫通していない隧道の先端の壁「切羽(きりは)」なのか。


画像中央部分の拡大&明度上げ!




どうも、落盤っぽい。

ぽいが、ちょっと分からない。意図的な埋め戻しかもしれない。

ただ、あそこが最奥の切羽ということはなさそうだった。



内部に入っての調査ができない以上、おそらく閉塞している隧道の奥を知るには、
この山の向こう側にあるはずの反対側坑口を見つけ出すのが、手っ取り早いだろう。

しかし、意外に山肌が険しい。というか、切り通しの奥に隧道が掘られているために
この周囲だけが崖になってしまっていた。ともかく、GPSに記録したこの地点をベースに、反対側へ!



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