ミニレポ第256回 八森沖の雄島

所在地 秋田県八峰町
探索日 2018.06.03
公開日 2021.09.06

エクスプローラーK2 × ミリンダ細田特務少尉


あれは今から10年前だから、私は30代になってから“WFT”なんてことをやっていたのかと、唖然とする。

もう40代になった私なら、さすがにもう一段階くらい進歩して良いと思うんだ。

みんなも、そう思うだろ?

思う人だけ、この先を読み進めて欲しい。



2018/6/3 15:50 《周辺図(マピオン)》

この景色に見覚えがある人は、熱心すぎる山行がの読者だろう。
これは、2018年6月6日に公開したミニレポ238「滝の間海岸の謎の穴群」のワンシーンであり、
場所は秋田県の北部、山本郡八峰町の八森海岸の一角だ。


で、今回皆様に披露したいものは、この景色ではなく……




新装備投入!!!

空気で膨らませるタイプの2人乗りカヤックである。

これさえあれば、もう泳いで水域を移動する必要がなくり、WFTを卒業できる!

実は、この年の春のある探索中に、海へ落ちるという体験をしまして(未執筆)、
それは濡れただけで済んだんですが、このままでは大事になるかもしれないと反省し、
ついに手頃な価格であったコレを投入したという次第。アマゾンの商品リンクはこちら

これを書いている2021年現在は、同じ艇の2代目の使用を継続しており、
これまで当サイトで全く登場させてこなかったが、既にかなりの回数探索にも使っていたりする。
(今後の登場をお楽しみに……)

で、今回は、実戦投入3回目くらいであったこの日のカヤック探索を見て頂こうと思う。
目的地などについては、おいおい船に乗って頂いてから、説明しますね。




それでは、準備が出来た方から、私の後ろにご乗船下さい。
もちろんライフジャケットはしっかり付けてくだされ!

エクスプローラーK2号、私とミリンダ細田を乗せ、

幻の青函トンネル試掘遺構が眠る八森海岸を、いざ出航!



おお〜〜〜!!

カヤックは2人の息の合ったパドルワークで、スイスイと沖合30mくらいまで進み、
ついさっきまで我々を永遠の鎖のように縛り付けていた陸地を客観で眺めることになった。
もう初めてではないのに、この開放感は何度味わっても興奮してしまう。
見慣れたはずの秋田の風景が、全く新しい天地となって展開してくる快感もある。

カヤックを取り囲むのは、透き通っていると表現しても誇大ではない綺麗な海だが、
しかしこの海底に眠っているはずの青函トンネル試掘坑を埋め戻した跡らしいものは、
全く見当らなかった。長い年月の経過により、海底の土砂に覆われてしまったのだろう。



さて、皆様には目的地を告げず海上へ出た我々だが、ちゃんと決めてある。

雄島おじまへGO!

地形図の表現を見ても、顕微鏡のゾウリムシに大差ない小島である。
見るからに無人島と分かるし、オブローダー的な意味での価値は見出しがたいのではないか。
よもやこいつはミニレポであることをいいことに、ただ中年オヤジがカヤックで遊ぶシーンを見せようというのか。
我々読者はそれほど暇ではないぞと言うお叱りの声が聞こえてきそうだが、グッと堪えて私の話を聞いて欲しい。

この雄島という小島に、私はちょっとだけ縁があるのだ。




右の写真は、今から24年前の平成9(1997)年8月17日に、私が使い捨てカメラで撮影した写真のスキャンである。
(チェンジ後の画像は写真の裏で、手書きの文字は、昔から旅の記録魔だった私の肉筆)

チャリ馬鹿トリオ”を自称する幼馴染みの3人で毎年恒例であったキャンプサイクリングへ行く途上の休憩時に、たまたま撮影した写真なのだが、ここに写るふたコブの可愛らしい島が、雄島である。

明らかに無人島で、わずかに草は生えているようだが立ち木はなく、おおよそ日本海の冬の荒波に角という角を削ぎ落とされたような姿に見えた。
船着き場や建物も見あたららないが、しかしどういうわけか、ふたコブの両方のてっぺんに、祠のようなものが見えていた。
写真の解像度だと、乳首程度にしか見えないが…。
泳ぎの達者な者であれば、容易に泳ぎ渡れそうな島ではあったが、しかしずっと海に縁遠かった私は、この島影に仄かな憧れの気持ちを持った。

そう。
もしも、いつか機会が訪れたなら、あの島を踏んでみたいと、そう思ったことを、2018年にカヤックを手にした私はまだ覚えていた。
それで細田を誘って、雄島探索を決行したのである!



いやいやいや!
それを、“もっともらしい理由”だと思うのは当人だけで、読者は与り知らんことだよ。
一応祠があるということならば、人が上陸して活動した経歴があるわけで、“この島には道がある”という、オブローダー的な動機付けができるのかもしれないが、そんなのしょせん踏み跡だろ。


……いやぁ、それがですねぇ…

どうも雄島には、が架かっていたみたいなんですよね。

(本土と島の間に、弘法大師が一晩で架けようとしたけど、朝方に啼いたニワトリの声で工事を中断して、未成のまま放置して立ち去った系の伝説地ではなく…)

島内に橋が架かっていたという話を、私は以前に何かで読んだんだ。

どこで読んだのか、どうしても思い出せないんだけど……。
気になるじゃないの。
橋があったとしたらさ……、もしかしたらまだ架かっているかも知れないし…、小さな無人島に橋がひっそりと…。

というわけで、肝心の情報ソースを思い出さないまま、楽しさに任せて船を漕ぎ進める我々。
右の画像は、出航から10分ほど経過したところで、雄島がある進行方向を撮影したのだが、まだ島影は見えない。
距離的には見えていいのだが、手前に灯台のある岬が出っ張っていて、その影になっているようだ。

とにかく順調である。
この日の海況は、カヤックをやるに理想的な穏やかさを持っており、我々は道という縛りのない世界を思うがままに前進した。



16:35 (出航から20分後) 《現在地》

GPSで現在地を確認しながら進んでいるが、ここまで出航から20分でおおよそ1.4km前進し、ほぼ目的地までの半分を漕ぎ終えていた。
そしてこのとき、沖合に動くものを見た。
それは2隻の小さな漁船で、かなり速度を上げて陸地へ近づいてきているところだった。

私の豊富ではない漁業の知識をもとにした印象だからあてには出来ないが、なんとなく、漁を終えて港へ戻ってきた船には思えなかった。
なぜそう感じたのか言葉で説明するのは難しいが、2隻の漁船がいよいよ私の前方を横断し、陸へ近づこうとするとき、はっきりとした違和感を、“耳にした”。




2隻の漁船は、海の上で聞くとは思わなかった意外な音を鳴らしていた。

和太鼓の音だ。

太鼓を叩きながら走っている?!

???

我々はどうやら、全く偶然に、何かのお祭りの場面に遭遇しているらしい。
陸の道で祭りに出会うことは稀にあるが、まさか人生数回目に過ぎない海上で出会うとは。
相当の幸運に恵まれたことは、間違いないと思う。



16:44 (出航から29分後) 《現在地》

さらに10分ほど陸に近いところを南下すると、白い灯台がだいぶ近づいてきた。
これは八森西防波堤灯台というらしく、八森漁港の入口を守る大きな突堤の上に建っている。
突堤は陸と切り離されており、普段こんなに近くから見ることは出来ないものだと思う。

私は秋田県に長く住んでいるので、八峰町に合併する前の八森の町の名が、秋田県人なら知らない人のない秋田音頭の歌詞「♪秋田名物八森ハタハタ男鹿で男鹿ブリコ」で謳われる、県内有数の漁業基地であることはよく知っている。
その大切な喉口を、手が届かぬところで守り続ける【白亜の灯台】に、リスペクトを感じた。

そして、この灯台を緩やかに回り込むように越える過程で、ついに我々の目的地“雄島”が、目視の範囲内へ!
残りは約1.2km。
このまま一気に接近するぞ!!




これが、初めて海側から眺める雄島。

あの印象的なふたコブの姿はなりを潜め、平べったいエイみたいな姿であった。
随分と長いしっぽを沖の方に伸ばしていて、これは陸からは見えない特徴であった。
しかし、肉厚に盛り上がった陸側は、24年前の印象のとはだいぶ異なり――

荒々しく迫力がある!

そして、小さくとも山らしい膨らみの頂上には、

島にはないと思っていた、白い立ち木らしきものが見えた。



16:59 (出航から44分後) 《現在地》

私と細田のカヤックは現在、雄島の北西30mほどの海上にいる。

ここまで近づけば当然ながら、島の陸の様子を手に取るように観察することが出来た。
いま見ているのは島の中でも最も高い部分であるが、そこにはさっそくにして、期待していた人工物の姿が見えた。
木製の鳥居と、その左に見える尖ったものは、石仏だろうか? 鳥居との位置関係から、そのように予想した。

とにもかくにも、この島にはやはり人工物があるようだ。
橋があったという、未だ出所の思い出せないあやふやな記憶も、真実味を帯びてくる。木の鳥居があるくらいなら、木の橋があってもおかしくない。
これはますます楽しみだ。

というわけで、楽しみを胸にいよいよ上陸を試みんとする場面だが、問題があった。
この位置から見える岸は全てゴツゴツとした切り立った岩壁で、我々の経験値では接岸は無理そうだ。遠目に鱗のように見えた岩壁は、特徴的な板状節理の溶岩であった。こんなに小さな雄島は、火山島なのか?
出航地付近の陸の風景とは一線を画する島の姿に、テンションが上がる。

こうして島を見ているだけでもそれなりに楽しいが、やはり上陸してみたい。
そのためには、上陸に適した海岸を探さねば。
これより上陸適地を探すべく、島を時計回りに回り込み、本土側の海岸へ向かうことにする。
もし船着き場があるなら、たぶんそこだろう。



ここから見える海岸線の街並みは、秋田県の北の果て、旧八森町の中心地だ。
八森駅の赤い跨線橋や、公共施設らしき建物が、たくさんの家の間に見え隠れしていた。
見ての通り、海と山の間の狭い土地に細長く広がる町だ。そこには国道も鉄道もあり、日本の港町の一つの典型のようだった。
その背後に横たわる山並みは、奥行きが凄い感じがする。
特別に高く聳えているわけではないが、奥行きと原始性を感じる山並みだ。
それは白神山地だ。

かつてこの八森の町から、白神山地の向こうにある青森県弘前市へ通じようとした山越えの林道計画が、何年間も世の中を賑わしたことがあった。青秋林道という名前に聞き覚えはないだろうか。
林道は、八森町の部分は全て完成し、ここから見える一番奥の山の上にまで辿り着いた。しかし、自然保護運動に行く手を阻まれ、県境の向こう側へは1mも進めず、建設は中止された。
こうして海の上から街並みを眺めていると、この町が最後の最後まで林道建設推進の旗手であった事情が飲み込めるような気がした。
この町は、海と山とに挟撃されて、もはや広がる余地を持っていないように見えた。そんな閉塞感が、山の向こう側の都会に目を向けさせたのではなかったか。



私がそんなメランコリックな感想を、漕ぐ手を休めてカメラに吹き込んでいる最中も、聞き覚えのある和太鼓の賑やかな音色が、今度は陸地の方から聞こえてきていた。
先ほどは船の上で太鼓を叩いているのを見たが、今度は陸地でやっているらしく、望遠で覗いた海岸の一角に大勢の人たちが集まっているのが見えた。

それにしても、荒れていない海の上というのは、こんなにも遠くの音がよく届くものなのか。
障害物が全くないのだから当然なのかも知れないが、カヤックには音を出すモーターがないおかげで、こんな新しい事実を知った。

そういえば、ずいぶん昔の話になるが、私が初めて父親の運転する車ではなく、自分で漕ぐ自転車で山へ入ったときにも、同じようなことを思った。
自転車は、モーターがないから静かだと。それが、私の好みだった。
どうやら、このカヤックという乗り物も、私の好みに合致しているようだ。

なお、同乗者ミリンダ細田については、自動車よりも、飛行機よりも、そしておそらく鉄道よりも、船と名付けられた全般が好きだと思われ、このコンビは容易くカヤックのトリコとなった。




17:05 (出航から50分後) 《現在地》

平成9年の思い出のフィルムに、「現在地」を重ねてみた。
陸から見た雄島は、いつもこんなふたコブの島であり、全体的になだらかな印象に支配されるが、
実際に「現在地」の辺りまで迫って、正面間近にこれを見てみると、次のような風景となる。




ドンドン、ドンドコ、ドンドン、ドンドコ、ドンドン、ドンドコ、ドンドン、ドンドコ、
ドンドン、ドンドコ、ドンドン、ドンドコ、ドンドン、ドンドコ、ドンドン、ドンドコ、
ドンドン、ドンドコ、ドンドン、ドンドコ…………

我々の初★無人島上陸!

……の瞬間を祝福するようなお囃子に包まれるという、
どう偽っても絶海の孤島は演出できない状況の中で、
近づいた者だけが見ることのできる“島の玄関口”が、ついに姿を見せる。




遠くから見るとよく目立つ、この島のふたコブには、実は名前がついている。
私がそれを知ったのは、図書館で見た『八森町の観光資源』という昭和38年の古い小冊子のおかげだ。

雄島は椿海岸に続いた安山岩の突起部で、右側の雄島、左側の雌島が、一続きとなった小島である。

紹介はこのわずか一文だが、地形図では単に雄島とのみ注記された島が、実は雌雄の同居島であったことを知ったのだ。
本稿もこれに倣って、左側の低い峰を雌島、右側の高い峰を雄島と呼称する。

さて、問題は船着場であるが、ちゃんと用意がされていた。
しかも、見たところ人工の船着場が2つもある。
一つは、小舟を寄せるのにちょうどいい小さな入江(向かって左側)で、もう一つは、少し大きな漁船も引き上げられそうな、コンクリートで舗装されたいわゆる船揚場だ(漁港とかに良くあるやつ)。

しかし船揚場の方は使われなくなって久しいのか、波打ち際の辺りのコンクリートが流出しており、大きな船が使うことは出来なそうだった。(右画像)

大きな船着場と、小さな船着場。
どちらを選ぶかと突きつけられたら、
もちろん選ぶのは――


小さな船着場を選択。

昔話じゃないけれど、ここは欲張るところじゃない。2万円の激安カヤックに相応しいのは、こちらの小さな船着場だ。

波がないので操船はイージーだが、一応慎重に水中の岩を避けながら、入江の船着場へと近づいていく。
万が一、島でカヤックが破損して膨らまなくなったら、コトである。
泳ぎが達者な細田なら陸まで泳ぎ着けそうだが、私は無理だろうから、携帯電話で救助を呼ぶ羽目になるだろう。
一応パンクしたカヤックを修理するパッチセット(自転車のパンク修理みたいな要領だ)や空気入れは持っているが、直せないほど裂けたらおしまいなのである。ここだけは緊張して臨んで損はない。



上陸します。

上陸の用意!

ああっ、楽しいッ!

子供のころやったファミコンのドラクエシリーズで、いつも一番好きだったシーンがある。
それは、中盤で自由に動かせる船を入れてから、ゲームの中の大海原を巡って、方々にある小島を見つけて、上陸するときだった。
多くの島には勇者一行を待ち受ける未知の町や村やホコラがあって、好奇心を刺激されて仕方がなかった。
油断すると、島や海上で強力なモンスターに襲われ命を落すことになるのだが、何度死んでも未知への航海が止められなかった。

さしずめ私はいま、シリーズ初の船を手に入れてザハンに辿り着いたところだ。 ああっ、楽しいッ!!




“島さ行がねが”新章

無人島編

第1章「雄島」開幕!





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