ミニレポート第280回 分遣瀬集落跡への道 前編

所在地 北海道釧路町
探索日 2023.10.25
公開日 2024.01.09

《周辺地図(マピオン)》

直近に公開した「昆布森海岸の割れ岩隧道」のレポートで、歴代の山行がで最東端となる昆布森海岸というフィールドに初めて触れた読者様も多いと思う。
せっかくこの新たなエリアに関する知見を得たので、単発ではなくもう1本、近隣でのミニレポ的ミニ探索を紹介したい。

場所は、昆布森集落から海岸沿いの道道142号を17km東へ進んだ同じ釧路町内の仙鳳趾村(せんぽうしむら)字(あざ)分遣瀬(わかちゃらせ) という、これまた強烈な難読地名のところである。
昆布森海岸には、江戸時代から明治の中ほどまで釧路と厚岸を結ぶ幹線道路が通じていたという話を前のレポートでしたが、今回ひとまずそのことは忘れて良い。というのも今回の探索は、極めてローカルな内容に終始し、広域的な交通との関連をうんぬんすることはないからだ。この不思議な地名の集落だけを採り上げる。

これも前回のレポートで触れた内容だが、昆布森海岸を走る道道142号には難読地名ロードのような愛称が付けられるほど、沿道には初見ではまず読めないような地名がずらりと並ぶ。
昆布森から東へ進むと、来止臥(きとうし)、十町瀬(とまちせ)、浦雲泊(ぽんとまり)、跡永賀(あとえか)、冬窓床(ぶゆま)、初無敵(そんてき)、入境学(にこまない)、賤夫向(せきねっぷ)、分遣瀬(わかちゃらせ)、老者舞(おしゃまっぷ)、知方学(ちっぽまない)……などとまだ続く。
それぞれ目立つ地名看板があるので通りがかりに目にするわけだが、その全てにかつては集落が存在した。だから地名があると言うべきだろうが、現在では完全に無人化したか、残り1戸2戸の規模に縮小した集落が半数以上だ。
今回紹介する分遣瀬も、ごく少数戸数の集落だが、そのうえ位置も移転している。



これは最新の地理院地図と、昭和30(1955)年の地形図の比較だ。

まず前者を見て欲しいが、道路沿いの赤枠のところに建物の記号が密集している場所がある。これが地名の注記があるとおり、現在の分遣瀬集落(……と呼べるかは微妙な実態だが)である。すぐ隣の賤夫向(せきねっぷ)集落も、同じような立地にある。
そしてよく見ると、分遣瀬から南に下った海岸沿いにポツンと一軒だけ建物が描かれている(赤矢印の位置)。だが、そこへ行く道は描かれていない。

地理院地図は、「分遣瀬」を「分遺瀬」と表記しているが、現地にある看板は前者の表記なので、本レポートでも「分遣瀬」とした。

チェンジ後の画像(昭和30年の地形図)に切り替えてみて欲しい。
当時の「ワカチャラセ」集落は、地理院地図にある“ポツンと一軒家”の場所に所在していたことがはっきりする。とはいえ、もとより極小の集落である。
そして、「徒歩道」の表現ではあるが、集落から2方向へ道も通じていた。
今回、このどちらかのルートを辿って、分遣瀬集落の旧地を目指したいと思う。

ところで、前述した通り、昆布森海岸には多数の廃集落や集落移転跡地がある。
その中で分遣瀬を選んで訪れようと思ったのは、先に集落名で検索したところヒットした廃村巡りのオーソリティ『村影弥太郎の集落紀行』に、村影氏が2013年に現地を訪問した際のレポートが掲載されており、そこに「昆布輸送用のモノレールがある」と言及されていたことに興味を持ったことが大きい。
よく傾斜地のミカン畑や茶畑で目にする「モノラック」軌道だと思うが、それが落差のある新旧の集落を連絡しているという状況が面白いと思った。
分遣瀬という小さな世界の中で完結している、名もなき鉄軌道の存在が、私を誘った。



 地果てるところのめちゃアツ軌道風景!


2023/10/25 7:17 《現在地》

いきなり強烈に見づらい逆光写真からのスタートで、たいへん恐縮です。
このあとも最初のうちはこんな写真ばっかりだが、許して欲しい。
これ、地味に凄い環境のなかにいる。

前の探索の最後のシーンが、6:30頃の昆布森漁港で撮影した、どんよりとした【海霧の中の景色】だったわけだが、そこから車で海沿いを約17km移動し、海抜110mにある現在地の「セキネップ展望広場駐車場」へ来てみると、海面を厚く覆う海霧の層と、上空にある快晴の青空のちょうど境目にあたっていて、それだけなら“美しいだけ”で済んだのだが、加えて進行方向上の低い高度に眩しい朝日を逆光で受けるという、なんとも記録写真殺しのコンディションにあたっていた。
この風景も、言われなければ雲海上の高山風景と見えるだろうが、これは雲ではなく、海霧の天井裏を見ている。



最初の写真だとどんな場所か分かりづらいと思うので、時系列を無視して、探索終了時の写真を1枚先回りで紹介する。
私が車を止めて自転車に乗り換えたのは、この駐車場だ。左奥に見えるのは海と、それを塞ぐ海霧の大群だ。なお、探索の進行方向はこの反対である。

標識に表示されている「セキネップ Sekineppu」の文字が、私などにはなんともエキゾチックに感じられる。
本来の日本語では、こういうカタカナで音を表現することしか出来ないアイヌ語由来の地名を、明治以降徐々に(特に大正時代からは盛んに)漢字表記に改めていった結果、セキネップはどういうわけか「賤夫向」(この当て字の由来は、今なお識者を難問として悩ませている)となり、ワカチャラセは「分遣瀬」と書かれるようになった。



7:18 《現在地》

道道142号を自転車で走り始めて直後、賤夫向集落に差し掛かる。
強烈すぎる逆光で見えづらいが、チェンジ後の画像の○印の位置に建物が何軒も集まっているのが分かると思う。
その向こう側の幻想的な光源は、上は太陽、下は海面の反射である。
ちょうど探索を始めたこのタイミングで、垂れ込めていた厚い海霧が急速に消散しつつあった。それで海面が見えるようになった。



これも時系列を無視して少し後に撮影した写真だが、道道から見る賤夫向集落の様子だ。1軒の大きな民家と物置らしき数戸の建物が小平地に散在している。(背後の電信柱の列の下に道道がある)
賤夫向集落の現住戸数は1であり、共同体としての集落は既に存在しない。

村影氏の報告によると、明治30年頃に和人が居住し始めた最初のセキネップ集落は海岸沿いの低地にあったが、昭和16(1941)年の豪雨で裏山が崩壊し、数戸が巻き込まれて海に押し流され4人が犠牲となった。その際に3、4軒が現在地周辺の高台に移転したが、その後も海岸部の侵食が進み、離村が相次いだという。



【道道のこの位置】から、これから向かおうとしている分遣瀬集落の旧地を遠望した。
ちょうどここから谷通しで見通せる場所で、よく目を凝らすと、海をバックに電信柱がポツン1本、突っ立っているのが見えた。
ということは、まさしくあの辺りに旧集落があったと思うが……なんともいえない強烈な立地……。ゾクゾクする。

隠れ住む理由があったわけでも無いだろうに、敢えてあの谷の間なのか。背後が海にひらけていると言えば聞こえは良いが、見るからに狭隘そうだし、周囲の地形も険しそうだし…。
地図を見る限り、直近の道道と海岸線の落差は約110mで、電信柱が見えるのは海岸より高いところだが、それでも90mくらいの落差がありそうだ。



7:21 《現在地》

集落への分かれ道というよりは、民家の入口にしか見えない分岐を右折して道道を外れると直ちに砂利道で、民家のシルエットが強烈に浮かぶ高台へと一息で上る。
登り切ると、小学校の体育館がまるまる収まるくらい広い砂利敷きの広場になっており、その一角にやはり大きな家屋と物置が何棟も並んでいる。
ここが現在の分遣瀬で、やはり現住戸数は1とのこと。なお、巨大な広場は昆布干場(かんば)に他ならない。

しかしこの広場でカメラを構えている私の姿は、どこからどう見ても私有地に闖入した不審者でしかないので、早々に通り過ぎて旧集落があった海岸方向へ向かう。
そうすると……

  あっ!



7:23

モノレールの軌道だ!

広場の端から、まるでジェットコースターの飛び込みのように海に向かっていくのは、まさしく見慣れた産業用モノレール軌道の姿だった!
それも、横に並んで2路線があるようだ。思ったよりも大規模?! 

金属製のモノレール軌条の下面にラックと呼ばれる小刻みな歯が刻まれており、これに車輌側の回転する歯車であるピニオンが噛み合うことで急傾斜地でも安定して前進・停止ができる、ラック・アンド・ピニオン型式は、この手の産業用モノレールの大定番である。(モノラックというのは、その国内最大手メーカーのブランド名)。



広場側を振り返ると、そこにあるモノレール軌道の起点まで見通すことが出来た。
車両はこちら側にはなさそうだ。ということは海沿いの終点側に行っているのだろうか? 本日運行中かは分からないが…。

林鉄を初めとする産業用鉄道全般に興奮する私は、まことに勝手に楽しくなってしまって、これまた勝手に停車場の名前など付け始めてしまった。勝手なので真に受けないでね。おそらく私設であり、行政が取り扱う類の正式な路線名はないと思われる。

それでは、自転車を邪魔にならない隅っこに片づけてから、モノレール探索を始めよう。



っとその前に、現在地とモノレールの位置関係を確認しておこう。
点線の位置に、地理院地図にはない道や広場があり、その一番奥は尾根の突端になっている。
そしてそこから尾根伝いの方向に2列のモノレール軌道が伸びている。そんな状況。

海岸までの落差は約110m。 では出発!




おわーーーーー!!

この道は世界の果てに続いているみたい!!!

めっちゃすっげー眺め! そして道がある尾根の上には、どこまでも続くモノレールの姿も!



産業用モノレールの走っている姿を見たことがある人なら、このジェットコースター“みたい”な軌道風景と、実際の運行風景のギャップも想像できると思うが、それにしてもこの軌道風景はイカしてる。シチュエーションが最高だ。鉄道だけに収まらない鉄軌道全般好きの人なら、きっとこの興奮を共有できるはず。

いまのこの眺めと、過去に体験した眺めで、似ているところを一つ挙げるならな、青ヶ島だ。
地形の背後に青い海原しか見えなくて、その波というかうねりの大きさが地上の全てが矮小なもののように感じさせる、この感覚。青ヶ島を初めとした絶海の孤島の外壁から大洋を見下ろした時を思い出す。比べて北海道はでっかい島だけど、相手は海だからな。まだ桁違いだ。



7:24

起点以来、2本のモノレール軌条が綺麗に並走しているが、これは豪華な複線というわけではなくて、新旧線の関係っぽいぞ!

これはますます興奮だ! 地方のミカン畑や茶畑に行くと、産業用モノレール軌道の廃線ほど珍しくないものはないが(苦笑)、こんな明確に新線と旧線の関係が分かるところはなかなか無い。
というか、わざわざ旧線を残したまま隣に新線を敷設しているのが新鮮だ。旧線の部材を再利用すれば良いのにとも思ったが、何か事情があったのか。
いずれにせよ、片方の軌道だけが現役らしい光沢を放っており、他方は錆びきっているうえ笹藪にも没しつつあるので、現在運行しているのが片方だけなのは間違いない。

いやはや、この尾根を歩くのは、本当に楽しく、爽快だ。

ただし……



振り返り仰ぐ高さが、進むほどにずっしりと、重荷に感じられることを除いては…。

今ならまだ簡単に戻れるけど、これ海岸まで下りたら、戻ってくるのは結構大変そうだ。
高低差もさることながら、ほとんどストレートに尾根を辿る道の傾斜がかなりきつい。モノレールに頼りたくなるくらいだから楽なわけがない。
でも、ここまで来たらからには、終点を見届けないわけには行かないのである!




7:26

地球は丸かった! ような気がする。

覚悟を決めて、もうズンズン下りていきますよ!
強烈な海風の影響だろうか、この辺りから下にはほとんど樹木が育っていない尾根の上には、歩道とモノレールの他に、電信柱の列も同行している。
とても低い電信柱で、場所によっては傾斜のせいもあって、撓んだ電線に手が届いてしまいそうなほど。



電線の正体は、電話線だった。電信柱附属のプレートによると、NTT東日本の老者舞(おしゃまっぷ)幹線であるようだ。
「H8」ともあるから、平成8(1996)年に整備した施設かな。
老者舞というのはここから東に1.3kmほど離れたところにある集落名である。



海に向かって落ちていくだけの小さな尾根だが、左右両側にある深い谷を挟んだ隣の尾根はよく見通せた。
これは左側の尾根の様子で、やはり高木に乏しい密生した笹地が尾根一面に広がっているのが分かるが、そこには明らかに人為的な段々が見て取れる。
地形全体の傾斜は相当に急であり、ここから行き来する術も想像できないが、段々畑の跡だろうか。

事前情報では、分遣瀬はもとより小集落ということであったが、それでもこのように大規模な地形の改造を行って暮らしていたのだとすれば、それはやはり極地の如き環境に生きる人間の底力を連想するのである。
いや、なかなかの凄い規模だよ、この段々は。手前にも、向こうにも、見える。



この先、尾根の傾斜が一段と増している。
そのため行く手が見えにくく、飛び込み台のような高度感だ。
左右の谷との比高もかなり大きく出て来た。今日は風もなく穏やかだが、もし吹雪になったら私は秒で遭難しそう。

また、並走している軌道のうち旧線側はこの辺りから荒廃の度合いが深まり、支柱を残して喪失している部分が増えてきた。
いかにも廃線跡って感じで、たいへん萌ゆる。



7:28 《現在地》

そんなこんなで、ずいぶんと下ってきた。
GPSで《現在地》を見ると、上から50mくらい降りていた。あと40mで「建物記号」がある谷底で、さらにそこから20m下りると海だ。
進行方向の風景も次第に変化し、谷底に眠る集落跡地の詳細を徐々に見せ始めていた。



見下ろす谷底……分遣瀬旧地……

そこはまさしく、猫額の地!

草一本生えて……はいるけど、樹木が一本もない!

荒涼とした印象を受ける。

だが、軌道は確かな足取りで、真っ直ぐそこを目指している! 頼もしい! だから、頼もう〜〜!




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