7:35 《現在地》
さて、進むぞ。
美しい無名の滝を渡る6番目の橋の跡だが、幸い、滝壺の周囲にやや傾斜の緩い部分があるので、画像の矢印のように迂回して対岸軌道跡へ進めそうだ。
なお、この滝壺も本流よりはまだ全然高い位置であり、さらに本流までの間にも数段の滝がありそうな状況だが、確認はしていない。
右画像は、滝壺から見上げる無名の滝の全容。
2段の滝で、水量は少ないが、合わせて15〜20mの高さがある。
そして、軌道は2段目の落口の高さで、そのすぐ目前の空中を渡っていた。橋脚を立てるのは難しい高さがあるので、おそらく方杖形式の木橋だったろう。もしも林鉄が現役だった当時(昭和34年以前ということになろうか)に歩いた登山者がいれば、写真の1枚くらいは撮りそうな印象的なシーンだと思う。
7:39
よっし! 突破!
そしてそれと同時に、ここまで250mほど続いていた回廊状で逃げ場がない崖からも解放された気配がある。
まだ険しさはあるが、逃げ出せないほどではなくなった。
なんとか突っ張って一連の難所を正面突破することで、時間と体力の消費を節約することが出来たと思う。まだまだ先は長いはずだから、余計な迂回はしたくないのだ。迂回がさらなる迂回を呼び、迂回のために迂回をするような展開は良くある。だから出来るだけ軌道跡から目と足を離したくない。
7:41
滝を渡って少し進むと、眼下に谷の出合を見下ろした。
奥が本流で、右手前から合流する小さな支流がある。
この支流は地形図にも800mほどの水線が記されているが、河川名の注記はない。そして、軌道跡が横断しなければならない最初の、水線を持つ支流である。
直前の水線がない支流の滝を横断する場面はなかなかスリリングだったので、この沢をどう渡ることになるのか、ちょっと心配だ。
7:44
初めて本流ではなく、支流の沢を遡るような形で軌道跡は進行している。
とはいえ、支流は連瀑に次ぐ連瀑で、あっという間に軌道の高さを凌駕しそうな気配だ。
ザーザーと小気味のよい滝の音が、あちらこちらから小さな谷に輻輳している。
7:44 《現在地》
う〜〜ん、 路盤が消えてる。
橋の跡も全くない。
地形的には、点線のあたりに軌道があり、途中で橋を渡って折り返していたと思うが、写真の範囲内には全く痕跡がなかった。橋台さえ残っていないのは珍しいが、よほど条件が悪く崩れ去ってしまったのだろうか。
橋を探して少し彷徨ってしまったが、結局残っていないという結論を得て、先へ進む。
少し手前で沢に下り、流れを跳ね越えてから対岸に登ると、そこに路盤の続きがあった。
7:58〜8:03 《現在地》
沢を渡って少し進むと、久々に深い切り通しの場面となった。
これまた崩れやすい土の山で、切り通しも自然と開口部が大きな解放的なものとなっている。やはり隧道を掘れるような地質では無さそうだ。
橋の跡は沢山あるが、隧道はちょっと期待できないかも知れないな。地質的に。
それはともかく、ここで出発から3時間が過ぎた。ついでに5分間の休憩をとる。
ここまで辿り終えた軌道跡はだいたい2.8km前後。そろそろ自転車デポ地までの中間地点か。
総じて路盤の保存状態は良くないが、廃線跡だけでなく周囲の山肌全般について下草がほとんどないのは大きな美点だ。お陰で地形の細かな起伏を見て効率的にルートを選べるので有り難い。
それではぼちぼち、中盤と行こう!
8:04
再出発直後、眼下の白砂川本流に大きな変化を見た。
1km以上下流の砂防ダムから続いていた明るく広い砂利の河原が初めて途絶え、
狭い森鬱とした岩間を一杯に満たして、ベルトコンベアみたいに水が流れていた。
砂利に浸透していた水も地表に出ているせいか、急に水量が増えて見えた。
谷の景色が徐々に奥地へと変わりつつある。白砂川は、まだまだ多彩な変化を見せる。
なお、谷の方向もここで東から北東に変化する。三国国境は北方向だ。
8:08
さらに進むと、今度は軌道跡の周りに小平地が現れ、なんとそこに
噴火口みたいなものがあった。
形があまりにも噴火口で、その唐突すぎるルックスに思わず笑みがこぼれたが、
こいつの正体は、炭焼き窯の跡だろう。ポツンと一つだけ、ここにある。
これはもちろん人工物だ。ここまで軌道跡を3km近く歩いてきて初めて見る、
この軌道の沿線で営まれていた林業という生業の直接の痕跡だった。
全般的に、軌道跡の遺構自体は橋の跡を中心にいろいろと残っているのに、
人々が軌道を頼って仕事をした証しのようなもの……生活ゴミを含む……は、
ここまでまるで見られなかった。管理の手間がかかる植林地も皆無である。
林鉄の廃止が早く、廃止後は機械力を頼みに近づく手段が失われた土地である。
そのため、真に人跡稀な領域として、長い時間を孤独に過ごしてきたのかも知れない。
8:14 《現在地》
歩き易い穏やかな軌道跡をさらに進むと、30mも下にある本流から、まるで亀裂のように見える深い谷が、刺客を送り込むような感じで、軌道跡に送り込まれてきた。
相変わらず本流の両岸は絶壁だが、その上に小さな河岸段丘のような小平地が断続してあり、軌道跡はそこを乗り繋いでいく。そのため沿線は緩やかである。かつて一度は炭焼きなどに伐採されただろう周囲の森は、自然更新に任された自然林として、とても豊かに茂っている。一度でも人間の介入を受けた森林は、永久に原生林とは呼ばれないだろうが、私の目にはもう見分けは難しい。
放たれた刺客の谷を、林鉄はおそらく8番目となる橋で渡っていた。
両岸に石積みの橋台が現存するが、特に右岸の橋台は完全に形状を留めており、周囲の森閑とした景色と相まって、とても美しい。
注目は、橋台に桁を乗せる部分の厚みというか、段差の大きさだ。
50cmくらいもあるが、これが乗せられていた桁の太さに等しい。
これより太い真っ直ぐな大木を、桁の形に形成して利用していたのだ。
そして今はまた、そのような大木が周囲に沢山育っている。もう二度と伐採される日は来ない気がする。
8:22 《現在地》
順調に距離を稼ぎ、9番目となる小さな橋の石橋台が見えてきた。
橋は小さいが、気になるのは、その橋の奥の方だ。
なんか、険しい雰囲気が見て取れる。
地形図でも、その険しさは等高線の密度と滝の記号となって表れている。
この先、100〜150mほどで、初めて地形図に名前の注記がある支流の沢にぶつかる。その沢の名前を、ホウゾウ沢という。名前の由来は、分からないが、本流との出合に滝の記号があり、おそらく軌道跡はその近くを横断することになる。
……難所の匂いが、漂っている。
おおっ! 初ゴミ発見!
多くの廃道で目にする古い空き缶ゴミだが、今回はこれだけ歩いて初めてだ。9番目の橋の袂の地面に落ちていた。
全体が錆色に覆われて、商品ラベルが完全に失われた250ccのスチール缶。年代特定の鍵となる飲み口はプルトップ式であり、平成元年以前のものだ。
道の入口に【登山者向けの看板】があったくらいだから、おそらく軌道跡が登山道や自然探勝路のように一般人を受け入れていた時期があったと思っている。だが、実際に歩いた人の残したモノ(ゴミや歩行記録)が全く見つかっていなかった。これが初めてである。 …基本的に山仕事の作業員たちが缶ジュースを口にするイメージは湧かないしな…。
改めて、9番目の橋とまみえる。
はっ! 橋脚の残骸らしき木柱が、1本だけ立っている?!
なんともストイックな残り方で驚いたが、たぶんこれはそういうことだよな。
支えるべき桁も、隣り合う柱も、全て無くなり、地面にさえ落ちていないのに、
この柱だけが直立不動で立ち尽くしているのは、なんともいえない哀愁だ。
で、この奇妙な柱に見送られながら、
久々となる険しさとの再会だが……
8:24
岩→黒→穴?!
ヤベえぞ! 前言撤回で、隧道があるっぽい?!
やべえ、ゼロからの隧道発見祭の準備だーー!!!
待てっ!
何か様子がおかしい……!
うぎゃーー!!!!!
廃汁ブッシャー--!!!
橋10→切り通し→橋11→隧道
三連殺!
ヤベえ険しさ!
高巻きによる迂回は、最初から封印されている。
天国と地獄が隣り合っている。
2021/5/15 8:27 《現在地》
スタートから約3時間40分、歩き出しからおおよそ3.4kmの地点にて、
ついに本日初の隧道と出会う!
全く情報がなかった隧道であり、最高にテンションが上がった!!
が、試練も一緒にやって来た。
直線距離で僅か20mほど先に見える隧道へ到達するためには、橋が落ちた谷を2連続で越える必要がある!
このとびきりに印象的な場面には、後から振り返るのに適した名前が欲しい。
仮に “二ツ谷” と名付けよう。
“二ツ谷”は、常時水が流れているような普通の谷ではない。地盤の弱い部分が崩れて抉れ侵食された、岩盤に刻まれた巨大な溝、ルンゼだ。
上部が繋がっている二股のルンゼに、10番目と11番目の橋の跡があり、小さな岩尾根に刻まれた掘割を介して連続していた。足元と掘割のこちら側に、橋10の小さな橋台が見える。
ただ、ここからだと掘割が邪魔で、奥の橋11と隧道がほぼ見えないことが、もどかしかった。
どんなに苦労して辿り着いても、隧道が貫通していない可能性がある。そのこと自体は探索の事実として平然と受け入れる用意があるが、その場合、ここに戻る必要があるだろうから、そのことを念頭に置いて進まねば、後で退路に窮する危険がある。
足元にある手前の谷だけを見ても、今日これまでに越えた中では一番難しそうに見える。そんなところに、先がどうなっているか分からないまま突入するのは、ハイリスク、ハイリターンだ。
もう一つの手段もある。正面からの接近を諦めて、一旦どこかから白砂川の河床へ迂回し、隧道の上流側坑口を背撃するという選択肢である。
もっとも、迂回は確かに目の前の危険からは距離を置けるが、総体的な安全や成功が保証されるわけではない。軌道跡を見失うリスクもあるし、歩行距離が増えることで新たな難所に出会う可能性も小さくない。
だから、可能な限りは、正面突破を選びたいところなのだが………。
全天球カメラの写真で、私を懊悩させた難所を、一緒に考えて欲しい。
この撮影の時点で、ギリギリまで私は崖に迫っている。というか崖に足を掛けている。
私の左後ろに、半ば土に埋れる形で、橋10のこちら岸の橋台が見えている。
正面突破ルートとしては、まずは画像の@に降り立つことが大前提となる。
ただ、見えている範囲では、ここが一番難しそう。いきなりの正念場。
垂直ではないが相当に切り立っている岩場を降下しなければならない。落差4mくらい。
上手く@へ下りられれば、そこは落葉に埋れた土っぽいガレ場のようで、
Aの掘割へは、比較的容易に登れそうに見える。
だが、そこから先は、まだ分からない。
この画像は何を撮しているのか分かりづらいと思うが、正面突破のために下るべき岩場を見下ろしている。
急ではあるが、ゴツゴツしているので引っかかりは多い。そして、私はこういう場面のために秘密兵器(?)として、
着脱式の簡易アイゼンを用意してある。常には使わない、ここぞという時の頼れる相棒だ。
先ほども書いたとおり、下りるだけなら無理矢理滑り落ちても何とかなりそうな高さだが、
戻ってくる必要があるかも知れないのだ。それが出来ないと、マジで積む危険性がある。
落ちるのではなく、ちゃんと降りないと、致命的なリスクを背負い込むことになる。
行こう! とりあえず切り通しまでは行けると判断した。
正面突破ルートへの第一歩を踏み出す決心をしたのだ。
目の前に見える小さな切り通しに辿り着ければ、一気に世界は広がるはずだ。
たとえその先が暗黒でも、私は次の場面を見てみたい!!!
8:28 進撃開始!
8:29
よし!下りたぞ!成功!
最後、ちょっと飛び降りてしまったが、まあいい。
ちゃんと戻れるかどうかも、わざわざ確かめる必要はあるまい。このまま進めれば必要のないこと。
ここから、足元の土斜面を四つん這いで這い上がり、切り通し(画像のA)へ登高する。
8:31
橋10の突破に成功!! 第一段階の攻略完了!
この写真は、越えてきた谷を振り返って撮影した。最初に下りた部分の傾斜は非常に厳しく、
墜落待ったなしの崖に見えるかも知れないが、簡易アイゼンの食いつきのおかげで、なんとかなった。
ともかく、この切り通しまで辿り着いたということで、はじめて――
難所の後半部分、橋11の跡地と隧道を、目前にする!!
うおおぉおおおお! 格好よすぎる!! メッチャ震えてる! 熱い!! 激アツ!
未だ隧道が貫通しているのかは分からないが(出口見えない…)、あと数メートルで確認できる!
橋と橋と岩場に全周を取り囲まれた、もしかしたら“世界で一番短い路盤”に立っている。
この場所の狭さは、全天球カメラの写真でないと、とても1枚で伝えることは出来ない。
白砂川林鉄、本当にマイナーな路線だと思うが、全国に通用するレベルの衝撃度がある。
さあ! 次が橋11の攻略だ!
まずは橋台から谷底へ。
谷に降り立った!
ナタで割ったような鋭いルンゼだ。下は本流まで真っ直ぐに続いている。
特に隧道の直下は、出水時直ちに滝となる10m近い垂直に落ち込みになっている。
私がいる場所から坑口へ辿り着くための最後の崖は、そんな落ちたらタダでは済まない
落差を背負って存在しており、最後の関門となって立ちはだかった。
最後の関門!
隧道との足元の比高が最も小さくなる場所に立って、目線の高さにカメラを掲げて撮影した。
隧道へと続く橋台の切り欠きが、伸ばした手がギリギリ届くくらいの位置にある。
足元が平らだったら、ラフに飛びついて、勢いで一気に登ることにチャレンジしてもいい高さだ。
だが、隧道真下は10mの崖だ……!
飛びついて、万が一失敗して落ちたら、良くて負傷、下手すりゃ……。
ここは、助走に頼らず、勢いに頼らず、慎重に三点支持で斜めに登る必要がある。
落ちてはいけない。万が一落ちるとしても、絶対に隧道の下に落ちてはいけない!
息を整え、崖に取り付く身体の動きと足の置き場所を十分イメージし、
絶対に一発で成功させるつもりで、
挑戦!
キターーー!!!
8:39:38 隧道到達!
同時に貫通を確認!
やったやったやったやったやったやったやったやったやったやったやったやったったらっらったらったった!!!!!!!!
悪戦苦闘10分あまりで、
“二ツ谷”の突破に成功!
隧道のありがたい貫通によって、逆走できるかの確認をすることなく、先へ進む。
え? 隧道を抜けた先を確認するまでは、先へ進めるか分からないんじゃないかって……?
イヤナコトイワナイデヨ!!
このとき、
隧道の先に、さらなる驚愕の光景が待ち受けていることを、
いったい誰が知っていただろう……。
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