六厩川橋攻略作戦 第1回

公開日 2009.12.16
探索日 2009.11.24

林道の入口。全ての入口。


2009/11/22 6:45 《現在地》

日が昇る前に前日の車泊地からここへ来た私だが、まず車を停めておく場所が問題となった。
大概は「道の駅」の駐車場を利用するのだが、今回の出発地周辺にそれはない。
今日は丸一日車を離れるので、路駐は出来れば避けたい。
こう言うときの次善策として私がよく借用するのが、一応は公的施設?である公民館の駐車場である。

ちょうど目指す林道の入口から2.5kmほどの好位置に広い駐車場を持つ公民館を見つけた私は、挨拶すべき住民を見つけることが出来ないまま時間の経過に焦り、結局申し訳なく思いながらも、「一日だけだから…」と駐めさせて貰うことにした。

10分後、チャリを降ろして身を整えいざ出発という段になって、始発の路線バスが駐車場の一角で客待ちをはじめたが、運転手以外の人影が現れることはなかった。

午前6時45分、予定より30分遅れでここを出発した。(ああ、30分…)



6:55

公民館の前を通っているのは県道478号線。
小鳥川に沿ったこの道を2km北上したところで、一枚の看板を目印に左折。
すぐに橋を渡って、対岸の大谷集落へと入る。

ここまで県道上では1台の車とも出会わず。
平成17年に周辺9町村と合併し、東京都とほぼ同じ面積を持つ全国一広い市になった高山市。
合併以前はこの一帯を大野郡清見村といったが、今は高山市清見
合併を機会に「○村」を「□市○町」へ変える所が多いが、この違和感はしばらく消えそうにない。




橋を渡ってすぐに右の道へ入る。
そこに案内の看板が無いことから、「森茂が廃村をテーマにした観光地ではない」事を確認する。
なんでそんなことを思ったかと言えば、森茂という廃村にはある特殊性があると思っていたからだが、詳しくはまた後ほど。

朝の人家ある風景とは思われぬほど、なにか重苦しい。
見上げれば一面褐色の雑木林が、低くたれ込めた白雲に消えている。
下の山裾に小さな杉林が点々とあり、さらに下に緩やかな傾斜地が道まで続いている。道の隣は小鳥川の深い谷だ。

ここは大谷集落で、古くからの森茂の入口であった。
峠が生活の道として使われていた時代には今より集落も栄えていただろうか、などと定型的な想像をしてみるが、古くから一寒村だったような気もする。




もう、通行止…?

早くも見慣れた紅白の看板と、道を塞ぐ鉄扉が見えてきた。





6:58 【現在地:森茂林道入口】

出発してからたった13分。
立ちはだかった通行止め。

鳥の紋様を透かし彫りにされた青いゲートは、少しだけ古代文明をフューチャーしたような感じ。
そして、その両側に仁王門の像の如く置かれているのは、まだ新しそうな「全面通行止」の看板と、林道の始まりを告げる古い木標。
ゲートの向こう側は早速ダートのようである。

通行止めの理由には、こう書かれている。

これより先、災害崩壊地につきしばらくの間、通行できません。



言いたいことはそれだけか!

なんか「災害崩壊地」とか「しばらくの間」という漠然とした表現に、
投げ遣りさというか、「お前に説明してやる義理はない」みたいな感じを受けてしまう。

もっともこれが国道や県道の封鎖だったら不親切だが、この先は「林道」らしい。
もとより林業関係者に優先された道なのだから、私の立つ瀬など無いことになる。





こちらの標柱も重要な意味を持っているに違いない。

まず一番知りたかった路線名が、予想通りの「森茂林道」で確定した。
そしてその次に書かれた「自動車道」の文字は、かつて林道の規格としてあった「一級軌道」「二級軌道」「牛馬道」などに対応する呼称である。
次の「幅員3.6m」というのも一般的な林道の規格に合致する。
問題はその次の表示、林道好きでなくても気になる「延長」だ。

延長15045米

…長ゲぇ…。

サラリと言って(書いて)のけたが、15kmオーバーの林道はなかなか無い。
今日は30kmくらい林道を走る覚悟はあったが、その半分はこの「森茂林道」ということか。

しかも…、 入口で封鎖されている15km。

香ばしすぎんぞ… こいつ。


さらにだ。
この大きな数字の前だと「こまけーこたぁいいんだよ」って思っちゃいそうになるが、
15km先というと、六厩川橋を過ぎてしまうような…。
地図で測った限りは橋まで14kmなので、1kmはどこかに“折り畳まれて”いるのか…?
1kmの違いは誤差とは思えないぞ。


「まあ、ともかく長い付き合いになりそうなんで、ほどほどによろしくな」。



別に勿体ぶっている訳じゃないんだが、まだゲートを離れがたい。

たぶん夕方まで人里は見納めになるだろうし、この先は緊張する場面が多そうだ。
まず廃道云々以前に、通行止めを破っている事が問題にならないことを祈りたい。
工事関係者に退去を勧告されたり、物理的に工事で通れないような事が無いことを…。

こればかりは私の力でどうにもならない要素を含んでいて、せいぜい出来るのは、工事が始まる前にそこを通りすぎてしまうように先を急ぐことくらいか。
それとて何キロ先が現場なのか全然分からないので、気休めにしかならないのだが。



7時ちょうどにゲートイン!



ゲートは閉じていたが、路面には新しい轍が沢山刻まれていた。
これがあるうちは廃道を心配する必要がないとはいえ、多すぎ新しすぎの轍は別の不安の種でもある。
私の行動を咎め得る正当な利用者たちが、いつ現れるか分からないという胃の痛い不安。

しかし不安がっていても始まらず、今はとにかくこの林道を遡りまくる事である。
これからさっそくの峠越えがある。
現在地の標高約740mから、森茂峠頂上1112mまで、ざっと370mのアップ。
しかもその間の距離は3km少々しかないので、かなりの急勾配を覚悟しなければならない。
北ルート最大の難所と目された、古く険しい峠である。

写真は林道入口から300mほど入った地点より峠方向を見上げて撮影。
白い雲に隠れて峠は見えないが、雲みたいに白い滝が連なる「なぶし洞(ぼら)」を、限界まで辿った所が峠である。
こんなに説明が容易い「沢」と「峠」の関係は無い。



もちろん、トラックも登る林道は、「なぶし洞」の急勾配を追跡できない。
それで途中に多くのヘアピンカーブを置いて勾配を緩和している。
この写真は最初に「なぶし洞」を渡る「大森橋」だが、ここが一つめの切り返しである。

このような切り返しは、間断をつけながら前半の約2km間に10箇所ある。
私はあらかじめこの数を地図に知り、前進具合を測るバロメータにしようと思っていた。
山チャリストならば皆同じような事をしていると思う。




7:14

起点から間もなく15分経過。
3つめの切り返しを過ぎて、直前に通った道を見下ろしながら4つめを待っている最中。

とくに道路標識もなければ荒れているわけでもない、言うなれば語ることの少ない林道。
その分、峠道を自転車で漕ぎ登ることの“楽しみ”を噛みしめることが出来る。
もちろん、汗をかいてなんぼという楽しみだ。
いつもはお風呂の中でまで「廃道廃道!」言っている私だが、自分の原点がこういう道にあることをまだ忘れてしまったわけではない。




7:19

さらに5分後、九十九折りの一スパン一スパンが結構大きいので、あれからまだ一つしか切り返していない。
ここでオブローダーとしての心の琴線に触れる小さな発見があった。

この道よりも一回り狭く一回り急な道跡と思しき平場が、袈裟斬りに交差しているのを見つけたのだ。
目的地は同じ峠と思われるので、目で追うに留めて深追いはしなかったが、正体は森茂林道の旧道だろう。
入口にあった林道の標柱には「昭和54年」という意外に新しい竣功年が書かれていたが、それ以前からこの森茂峠が森茂の生活道路だったことは明らかである。
これがなければ清見村森茂の住民は、自らの村役場へ他村を通らずに行くことが出来なかった。




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左は昭和23年資料修正版「飛騨古川」だ。
林道が開通する以前から大谷より「なぶし洞」沿いを駆け上がって森茂峠へ至る道が存在していた。それは今より谷底に近いところを通っていた。

事前にこの地図を見ていたので、途中で旧道と交差することは想定の範囲内だった。




7:37

7つめの切り返しが近付くと、谷底が追いついてくる。

流れる水の量は谷にとっての余命と言えるものである。
と同時に、それは私にとって峠までの距離を測る物差しになった。
まだ道半ばなので水量も相応にある。
たった3kmの峠路で一本の河川の全てを見るのが面白かった。



尻に火がついた林道は、さらに勾配を加えて8、9、10の切り返しを急ぐ。
この辺りで標高は約900m。
霧が辺りを包み始めるが、思えばこれは雲だったのだろう。

今日は普段よりもいいペースで、グングンと坂を上がっている感じがする。
私の遠征は今日が3日目の最終日だったのだが、前の2日はあまり体力を消耗しない行程だったのか、今日の足の調子は3日目と思えない快調さだった。

このことは、走り出してから初めて気付いた“希有なる”好材料だった。




7:43 《現在地》

10個目の切り返しを越えると、少しく勾配が緩まる。
距離的には中間地点をとうに過ぎている(2.3km地点、峠まであと1km強)が、九十九折りが終わるここを“攻略上の中間”と考えていた。

地べたを隠す笹の他は一切視界に緑のない林を、完全な静寂が包んでいた。
まだ日射しは少しも届かないが、見上げた空が“青”を隠し切れていないのを見て興奮した。
一時濃くなった霧も消え、45分の上りは小鳥川の谷を覆っていた雲を突破させたのだと知った。






7:48

ほい来た!
遂に峠が見えてきた。

「なぶし洞」の谷がいよいよ三方塞がりとなって、その最も奥が南北に連なる山脈の鞍部である。
それは峠らしい峠で、道もあとは直接に峠を目指す“距離詰め”の段階に入る。
勾配はここからのほうが厳しかったが。

このように“見えている”峠を目指すのは、山チャリストにとってとても充実した作業であるし、もう少しで手が届きそうだというこのくらいの距離感が一番ワクワクする。
それに今回はタイミングも良く、朝日が爽快感の上乗せを演出してくれそうだった。




す、すまん。
熱い吐息にレンズが曇ってしまった。

朝日を先取りして輝く尾根の上の鉄塔の勇姿を、写真にして持ち帰ろうとした私の思惑は失敗。

とても綺麗な景色だったんだけどなぁ。




標高1000mを越えた辺りから路面が凍結していた。
また、草の上にはほんの少し雪が残っていた。

この3日を近くで過ごしたので分かるが、一昨日の夜は麓でも2cmくらい積雪した。
日中全て解けたと思っていたが、山の上の方はそうではなかったようだ。

幸い、本格的な雪道より先に峠がやって来た。





森茂峠いよいよ近し。


その先には、いかなる道が待っているのか。

森茂の廃村は、どんな場所なのか。

廃道は、いつ現れるのか。





目指す六厩川橋まで、あと10.km。
日没まで、あと9時間。