道路レポート 青ヶ島大千代港攻略作戦 第2回

所在地 東京都青ヶ島村
探索日 2016.03.05
公開日 2018.01.12

海抜230m「封鎖地点」から、大千代港への下降開始!


2016/3/5 7:27 《現在地》

村道起点から800m地点にて、予告なく現れたバリケードに進路を阻まれた。
海抜は、起点から70mほど下がって230m付近。すなわち、目指す大千代港の埠頭まで残り高低差230mである。

バリケードの直前は、車の転回が出来るくらいの広場になっているが、広場全体が急坂だ。
下りきっているわけでもなく、頂上というわけでもない、いかにも中途半端な地点での封鎖というのが、よく伝わってくる。
それに、なにゆえ道が閉ざされているのかの説明が全くない。(強風に吹き飛ばされたかも知れない)

ちなみに、少し遠くからこのバリケードを見ると、その先の路面がまるで見えないために内心ギョッとしたのだが、ここから勾配がさらに急になっているために、そのような見え方になっていた。
バリケードに近づいてみると、ちゃんと道が続いているのが見えてホッとしたのである。

まあ、真の問題はこの先なのだが。



閉ざされた道の先は、バリケードから30mほどで切り返しのカーブになっているのが見える。
地図上の村道も、終点直前に切り返すようなカーブを見せていたっけ。まさにその通りの線形が現れたことで、いよいよ終点に近づいている実感が深まった。

この唐突に現れた切り返しのカーブこそ、村道18号大千代港線がこれまでの山腹トラバースを切り上げ、港へ下りていこうとする明確な意思表示であったのだ。道は目的達成の後半フェーズへ入ったわけだが、その冒頭でいきなりの封鎖とか、前途多難さが滲み出ている。

……それにしても、強烈に暴力的な背景だ。ゾクゾクする…。

切り返しのカーブの向こう側は、地面が途絶していた。
空撮写真で見た“絶望的な崩壊”が、これだ。
ここは海岸から200m以上も高い位置であるのに、生半可ではない幅を持つ、まさに地割れのような崩壊が、斜面を完全に切断していた…!

昨日、残所越の旧道で見た(そして私を退けた)大崩壊を上回る規模の崩壊地であると思う。
そして、残所越の旧道がそうであったように、いま見えている最上段の切り返しカーブこそギリギリ呑み込まれず済んでいるが、この先下るにつれて道は無事ではないということなのだと思う。それこそが、平成6年の発災から20年以上も続いている大千代港孤立の原因だろうと看破した。

(この景色で私を恐れさせたのは、目前の大崩壊地ばかりではない。背後に見える悪魔的な海食崖のシルエットもひたすら恐い。あれが地形図に“南アルプス”並の険悪な崖地として表現されている青ヶ島の海食崖の真景なのか。これから下っていく斜面の険しさを予告しているようで戦慄を禁じ得なかった。実際の道はあれよりだいぶマシな、おそらく周辺で一番穏やかな場所を選んで付けられていたとは期待するが、あんな崖を先に見せられて、「これから海岸に下りる」行為を恐れない人はいないのである…。)

見上げると、なんと大崩壊地、既に上部が外輪山の稜線に達してしまっている。
この辺りの外輪山稜線は280〜290mほどの高さがあるので、海岸に端を発する大崩壊の巨大さが分かるだろう。
島を取り囲む海食崖にはいくつもの崩壊地が存在するが、航空写真を見る限り、外輪山の稜線まで達しているのはここだけだ。ゆえにこれが島内最大の崩壊地であると評しても過言ではないだろう。

それにしても、稜線に達した崩壊地は今後どう変化していくのだろう。
ここで崩壊の進行は鈍化し、長い時間を掛けてまた緑の山肌に変化していくのだろうか。
あるいはこのまま誰も手を付けず放置していたら、崩壊と浸食のために外輪山に大きな穴が空き、やがて池之沢に貫通する谷が生まれるのだろうか。
それは人類の歴史より未来の話かも知れないが、美しい二重火山の島形が劇的に崩れていく始まりなのかもしれない…。そしてこの崩壊が人類による大千代港築造を直接の引き金にしたものだったとしたら…、島は人との共存をつゆほども望んでいないのか……。そんな私のカタストロフ的妄想が捗った。



上を見たので、次は下を覗く。

いい加減早く突入しろと思われるかも知れないが、個人的に5年以上は温めてきた(探索を楽しみにしてきた)大千代港への初挑戦の入口である。ここでの勿体ぶりくらいは許して欲しい。

それに、この先は道のない場面があるらしいし、地形もすこぶる険しいことが分かっている。
ならば、探索の成否(あるいは生死さえ)を分けるのは、冷静な観察によってもたらされるロードファインディングであると思う。
今回は、最終的には地形から道を見つけ出す力が試される探索になると予測していた。だからこそ、安全圏からの観察も念入りに。

さて御託はさておき、バリケード地点から下を覗くと、切り返した直後の道が10mばかり下を横切っていた。
そこまでは道がちゃんと存在していることが確定だ。
しかし、その道の下には海面しか見えない…!
まだ200mは下にある海面がこういう風に見えるって、やっぱりヤバいんだろう。
地形図では、いま見えているより下の段に道は描かれていないが、実際はどうにかして下っていく道が存在したはずなのだ。
それがどのようなものであったのかについては、用意した事前情報にはなかった。



7:28 バリケード内へ進入開始!

なお、自転車は潔く残してきた。この先へ連れていっても活躍出来そうにないし、埠頭まで持ち込める気もしない。

それにしても、この下りの途中で塞がれているというシチュエーションは、体力面だけでなく、精神面への負荷が絶大だった。
蟻地獄でも地獄の釜でもなんでもいいが、深入りすればするほど逃げ出すことが難しくなるイメージがある。
というか、イメージだけでなく実際もそうなのだ。一度港まで下ったら、200m以上登らないと戻って来られない。
それを負荷と言わずしてなんと言うのか。楽しさと怖さが同率首位で心を満たすスタートだった。



この先は平成6年以来、ずっと封鎖されてきたのだろうか?
路面はコンクリート板で舗装されているものの、継ぎ目から植物が進入しはじめている。舗装がなければ、既に路外と同じような藪になっていたことだろう。

あっという間に切り返しのカーブに到達した。
さび付いて痩せ細った路肩のガードレールの向こうには、アメリカ大陸まで続く大海原だけが広がっている。
強烈な朝日の逆光に目をしばたたかせたら、涙で視界が霞んだ。

地形図だと、このカーブを曲がった直後までしか道が描かれていなかった。
だからだろう。先を見るのがとても恐い。
脳裏をよぎるのは、昨日の“残所越旧道”の光景。
あのどうにもならない末端の景色が、再び現れてしまうのか。

…先を見る前に、“奴”の姿を拝んでおこう。

今回最大の障害の姿を。



カーブの先端は、巨大崩壊地の超近接地!

道と崩壊地の間隔は5mにも満たないだろう。

ここにいてもゾクゾクする。
足元の陸が失われている感じ。浮遊感というか、喪失感というか、とにかく居心地が悪い。

一応、残された斜面にはコンクリートの吹き付けがなされているが、この程度で崩壊の進行を食い止めることは出来ないだろう。一時しのぎにしかならないと思う。

そして、港が使われていない以上、そんな一時しのぎにどれほどの意味があるのかさえ不明確。


…ん?

なんだあれは?



なにこれ?

1枚のコンクリートの平らな板が、道から外れたコンクリート吹き付けの斜面から突き出していた。

そして、この薄っぺらなコンクリート板には、私は間違いなく見覚えがある……。
これって、残所越旧道の末端で見た景色と瓜二つじゃないか!
あそこで見たこいつは切断された路面の切れ端だった。
これも同様のものだろう。それ以外にはちょっと考えられない。

ということは……もしかして……、村道は既に一度、この崩壊地に呑み込まれていた?! 今の道は二代目?!



マジだった!! これ(←)を見てくれ!

GPSで現在地を確認した私に、戦慄走る。とんでもないことが判明した。
なんと、最新の地形図に描かれている村道は、平成6年に大崩壊に巻き込まれる以前の姿だった!

地形図の村道は起点から約1kmまで描かれているが、実際はその終点の150m手前にあたる「現在地」までしか存在しない。
その先は大崩落に呑み込まれていて、完全に地上から抹消されていたのである。つまり、地形図に描かれている地形も、もはや完全にはあてにならないということ。
(あるいはもしかしたら、大崩落の“向こう側”に取り残された区間がある可能性もあるが、確認は不可能。また地形図だと村道のすぐ上に別の徒歩道が描かれているが、こちらも完全に寸断されているに違いない。大崩落は外輪山稜線まで達しているのだから)

それにしても、なんという破壊力だろう。
平成6年の村道崩壊とは、これほどのものであったのか!
私はとんでもない奴を相手にしてしまったかも知れない。



GPSの画面を前に数瞬の硬直を過ごしたが、一旦整理しよう。
冷静にならないと。

ええと…、
起点から800m地点付近でバリケード封鎖されている村道だが、その先の封鎖区間内では、平成6年の大崩落以降にルート変更が行われていたらしい。地形図には未だ反映されていないのだが。

現在ある村道は、大崩壊の縁(へり)の5mほど手前で切り返して、大千代港方面へ下っているようだ。
この写真に写っている道は、全てその“新しい道”ということになる。
“古い道”の唯一の名残は、さっきの【コンクリート板】である。

そして、この状況を前に、新たな疑問が生じてくる。

これまで大千代港へ近づけない原因は、平成6年の村道崩壊事故であると理解していた。
そしててっきり、崩壊後はすっかり放置されてきたものだと思っていた。
だが、実際は放置などされていなかったことが判明した。
崩れた村道の付け替えと、崩壊地周辺をコンクリートで固める治山工事が、大々的に行われていた形跡がある。

であるならば、村道の付け替えによって再び大千代港へのアクセスは取り戻されたのではないのか?
なぜ未だに「辿り着けない」ということになっているのだろう…?

村道の付け替えが不完全なまま“未成”で終わっているのか?
それとも――、新たな崩壊によって再び寸断されているのか?

この先の状況についての予測が、急に複雑さを帯びてきた。
今回の探索、単純な冒険だけでは終わらないのかも知れない…。




村道ガッチガチ!

これは想像以上に頑丈そうだ! 道の周囲の斜面もガチガチに施工されていて、三宝港の上部を思わせるものがある。
間近で発生した大崩壊に、真っ正面から立ち向かおうという気概が感じられるのである!
やはり本気で村道の復旧と大千代港の再開を目指していたのだと思う! 熱い!

しかし、少々無理が生じているのは勾配だ。これまでとは比べものにならない急な下りになっている。
もっとも、青ヶ島では既に何度か目にしているレベルだが…、よそでは滅多に見ない20%クラスだろう。

って、おい。


ちょっと待て!

次のカーブの先って、どうなってる?
↓↓↓



ーーーッ!!!

階段?!

そんなんあり?!

階段でしかアクセスが出来ない港(地方港)とか、マジかよ!

“階段国道”ならぬ、“階段村道”か?!(いや、それ自体は珍しくなさそうだけど…笑)



すっげぇ…。

それしか言葉が浮かばない…。

急そうな階段が、まだ遙か彼方に見える埠頭の方へと確かに下っていっている。

そして階段がある反対側には、未だ治山工事が及ばない巨大な崩壊地が口を開けている。

この景色の中には、道の生と死が綯い交ぜになっているようだ。

しかし、なぜ階段があるのに港へのアクセスが断たれたままということにされているのだろう。

…嫌な予感しかしないが…。



ちょっと待て!

中央付近をズームだ!
↓↓↓


うーわぁ…

これは酷いものを見た。死屍累々…。


やはり“階段”は、復旧策として、やむなく導入されたものだったようだ……。

明らかに車道の形をした古い路盤が、コンクリートで固められた崖のずっと下の方にまで点々と壊れた断面を晒していた。

これら(図中のA、B、Cの他に矢印の辺りにも擁壁の残骸らしいものが見えた)は全て、

直前の切り返しカーブでコンクリートの切れ端を見た見た“古い道”の続きだったのだろう。

この光景もまさしく、残所越廃道の再来……。この島の典型的廃道風景なのかもしれないが、嫌すぎる。


……それにしても、崩れる前の道はマジ無茶だろ…。この急斜面を延々とグネグネグネグネ下っていってたんだろ…。



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次回、“階段村道”へ。


タイムリミット、三宝港での乗船手続き開始まで
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