私には、幾つか封印した道がある。
それは、過去に私がチャレンジしたが、その結果はどうあれ、もう二度と来るまいと誓った道である。
皆様の中には、私が一体どの道を封印しているのか、興味がある人もいるかも知れない。
私が、「封印」と心に決めている道は、その多くが、林道や仮設林道など、ここに紹介できるような道たちではない。
しかし、少数ではあるが、名のある道であっても「封印」した道がある。
たとえば、松の木峠だ。
また、新しいところでは、十和田湖八甲田山連絡道路もそうだ。
そして、自身にとってかなり古い部類に入る封印道が、この笹森峠である。
笹森峠。
それは、南秋田郡五城目町と北秋田郡上小阿仁村とを結ぶ古い峠で、藩政時代に繁栄した内陸の阿仁鉱山と、沿岸とを結ぶ五城目街道最大の難所であった。
時代が進んで、通行する物が人や馬から、馬車などの車輌に変わると道も合わせて改良を受け、さらに昭和初期には、自動車道の建設計画が持ち上がった。
しかし、鉄道計画との競合や戦争の混乱から計画は進まず、昭和28年に初めて、自動車が通れるようになったといわれている。
一時期は乗り合いバスなども通行していたようであるが、元々が歩き道であり、自動車には危険極まりない難路であったことから、昭和38年頃に、現在の国道285号線の秋田峠の旧道が開通し、笹森峠は呆気なく表舞台から消えてしまう。
現在では、県北と県央とを結ぶ最短道路として、県内の三桁国道としては随一の整備状況を誇る国道285号線だが、この道が同国道に指定されたのは昭和45年。
笹森峠は、結局国道になることなく、廃止されるまで主要地方道6号線「秋田大館線」の峠に過ぎなかった。
この道が現役時でさえどれほど険しい場所であったのかは、手許にある昭和39年発行の「秋田県管内 道路関係事業箇所調」を見ても窺い知れる。
笹森峠の区間には、手書きの歪な「×」マークが、ずらりと並べられている。
そんな笹森峠へのチャレンジは、これが2度目である。
2度目はないと誓ったはずなのに… 敢えて挑む。
五城目町 川堤
五城目側国道沿いの最終集落である高樋から、滑多羅温泉を過ぎて2kmほどゆったりとした登りを進むと、水上沢橋の手前で、右の山中に分け入る道がある。
最初はかなりの勾配だが、すぐにそれは落ち着く。
これが、現国道と笹森峠の位置図だ。
現在の標高が100mほど。
予想に反して好調だが…それも束の間
ふたつめの広場を過ぎると、案の定轍は泥にまみれた。
そして、幾らも行かぬうちに、4年前の記憶にはない崩落点が現れ、車道の轍は完全に消えてしまった。
先ほども書いたように、この一帯の山は険しい。
廃道の現出
しかし、4年前の記憶を辿れば、大概はチャリに跨ったまま峠までは進めた覚えがある。
チャリに跨って進んでいるときは、うざい虫を振り切ることが出来る。
この歩道分岐点を振り返って撮影。
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