道路レポート  
秋田県主要地方道12号線 黒森峠と笹峠 その2
2004.10.27

 
 県道の通行止地点から約1700mにて、建設中の真新しい砂利道が途切れた。
その先には、獣道のような踏跡が続いている。
これが、目指す笹峠への道なのだろうか?

不安はあったが、これ以外に道はなく、進むしかないと結論づけた。

笹峠は、果たして私を受け入れてくれるだろうか?


山内村側県道終点より  
2004.10.7 7:04


 立ち入ると、そこはもうかつて自動車の通ったことの無いだろう道であった。
しかし、下草が刈られているのが好印象であり、人が入っている気配はある。
やはり、工事関係者が測量などの仕事で入っているのだろう。

さすがにチャリに跨って進むのはなかなか大変な悪路だが、稜線に近い現在地は比較的地形にも恵まれ、この調子ならば不通区間を貫通する希望も持てると感じた。
アノ南八甲田以来、こういう道への抵抗感は薄れている。

だが、落とし穴は意外なところにあった。



 うわー!


私は、背中に衝撃を感じたと思った瞬間、ハンドルから手が離れた。
私は操縦不能状態でサドルに跨った姿勢のままに、チャリが狭い道を外れ、路肩のブッシュに落ち込んでいくのを、どうすることも出来なかった。

瞬時に、事故った! と理解したが、もう遅かった。

私は、低木の木々をへし折るバキバキという音と共に、3mほど斜面を落ちて止まった。
チャリと一緒に、全身で斜面を転げたようだが、幸い、傷む場所は無かった。

助かった。
骨折はしていない。
それだけが、まずは最低限の生還条件と言えるだろうから、ほんと、ホッとした。

しかし、あっという間の出来事であった。
受け身を取る事も出来ず、これだけ派手に転倒するのは、久々だ。
チャリごと落ちた斜面高としては、ワーストかも知れない。

写真は、とりあえずチャリを置いたまま、自分は道に復帰したときに撮影したもの。
落ちているチャリの後輪が見える。

 この時、私の身に何が起きていたのか。
推理して頂きたい。
ヒントは、事故の瞬間に感じた背中の衝撃である。

さあ、答え合わせだ。(めちゃくちゃ早いよ)

答えは、左の画像にカーソルを合わせてもらえば分かるだろう。
要は、リュックが支障木に干渉し、その反動ではじき飛ばされたわけですな。

んなベタなー!
と思われるだろうが、まさにその通り、車道外を走るときの基本的危険事項でありながら、いつもと違うリュックを装備していたために、自動車の運転で言うところの車体感覚がいつもの違うことを、うっかり忘れていたことによるポカミスである。
何はともあれ、大事に至らなくて救われた。
路肩が崖だったら、もう既に死んでいた。





 とりあえず、一息つくことにした。
滑落地からは、振り返るとこれまで走ってきた道が、小憎たらしいほど鮮明に見えていた。

懐深いみちのくの山脈を、こんな畦道が突破できるのか…。

「…楽しめそうだ。」

そう、一人ごちて、再びチャリに跨った。
峠は、まだ遠い。



 森の不通県道
7:10

 その後、再び走り出した私は、短い植林地を過ぎた。
すると、突如鮮明な轍が現れたではないか!
これは、大変に心強い!
不通県道は、実はもう、開通していたとか?!

いや、この轍は一般のものではない。
轍は、明らかに軽自動車よりも狭く、しかもキャタピラの跡なのだ。
どうやら、道路工事に関する測量のために資材を運搬したり、或いは伐採した支障木を搬出するための運材車が通ったようである。
しかしこれは、予想外の助っ人であった。
とりあえず、かなり走りやすくなった。

物足りないなんて言う余裕は、はっきり言って、ないのよ。
車道外の山チャリはガチンコだからね、特に一人のときはね。



 時刻は7時15分、極めて順調である。
それもこれも、この轍のおかげだ。
峠もかなり近づいているはずだ。

これは、恐らく明治期の荒川街道筋を、そのままキャタピラで均したもので、今後造られる県道は、この通りの線形と言うことではあるまい。
森の準備県道は、本物が作られるまでの、仮の姿である。

かつて車道として開通した時期はないという笹峠道だが、古の線形をそのままに、辛うじて車道と言えるか、この現状。
キャタピラ痕が痛々しく、支障した切り株も真新しい、荒々しい道である。
しかし、不通のままに廃止されなかったことを、道は喜んでいるような気がして、勝手に朗らかな気持ちになったりした。



 荒川街道が、いっぱしの県道として生まれ変わることを、私費を投じて道を拓いた畠山翁は、草葉の陰でお喜びに違いない。

キャタピラ道は、その普段の無茶な印象とは異なり、決して無理な場所は通らず、山襞に乗っ取って、つらつらと続く。
翁も将来の車道化(馬車道可くらいは考えていても不思議はない)を考えたルート選定をしたのではないかとさえ、思われる。
残念ながら、路盤は往時の様子を残さず、街道らしい遺物には巡り会わない。
良くも悪くも、チャリで通るにはちょうど楽しいくらいの山道だ。



 私は道を愛する立場から、この生まれつきの不通と悪名高き県道が着々と建設されていることを喜ぶが、失われるものも少なくないことは、路上から360度を見渡す限りのブナの森が教えてくれる。

この静かな森も、近い将来、無機質な法面と味気ないアスファルトに変わる。





 午前7時20分、最近まで(或いは前日まで?)人が活動していた痕跡に遭遇した。
或いは、今日ももう少ししたら人が入ってくるのだろうか?
キャタピラ道の先には、数本のスプレー缶や、ロープ、それに林地開発の許可表示の看板が立てられていた。
こんな、部外者はまず目撃しないような場所にも、ちゃんと規定通り(いや、詳しくは分からないが)許可表示をしているのだな。

もしこの辺で、作業員にあったら、なんて言われるだろうか?
やっぱ、笑顔でスルッと通り抜けるが得策だよな。
ここまで来て、引き返せは、辛いよなー。



 朝日照る心地よき森の道。
道の真ん中に、測量器械がそのまま置かれていた。
私は、これに触れないように最大限迂回して、先へと進んだ。

どれくらい進んだんだろう。
一面のブナの森は美しいけど、景色の変化に乏しく、距離感も薄れてしまう。
こう言うときに、ちゃんとしたGPSがあると、便利なんだろうな…。
とにかく、道が紛らわしい場所とかがなくて、ホント助かる。
この森で、道が四方に分かれていたら、まず迷っただろうな。




 幾つかの機材が置かれた一画を過ぎると、山場が訪れた。
その先は、キャタピラの轍が消え、比較的鮮明ではあるが、踏み跡だけの道となった。
そして、その矢先に現れたのが、この崖地である。

岩肌が露出していないので、見た目は穏やかだが、むしろ枯葉と土の斜面は滑りやすい。
ましてや、チャリを押して進むとなると、かなりの慎重さを要求されそうだ。
一度チャリを置いて歩き大体の感触を掴んだ上で、チャリを崖側、自身は山側を、そろりそろりと進んだ。
非常に道が狭く、幅は20cm程度しかないので、チャリの両輪は空中を泳がせた。

「最狭県道だ!」とか騒ぎ立てるのは、正式には不通の道なんでやめておこう。




 振り返っての一枚。

どうやら、この場所は長い半廃道状態の時代に、法面が崩れて埋もれてしまったのだろう。
周辺のどの場所よりも、狭く、また勾配もきつかった。

こんな場所が続いたら、嫌だな。
そう思ったが、幸いにして、続かなかった。



脊梁越え
7:25

 さらに進むと、地形は鞍部が近いのか、少し平坦になった。
相変わらず、細めのブナを主体にした、爽やかな森が路外を覆う。
いや、道との境界は限りなく曖昧である。

写真は、そんな場所で足元の一段低い位置に見た、謎の窪地。
なんとなくだが、踏み跡の下に真っ直ぐ続く窪地は、車道切り通しの跡にも見える。
仮にこれが切り通しだとしても、その先は先ほどの崖であり、車道が続いていたとは考え難いのだが…。

この写真だけで皆様に「車道跡でしょうか?」と問うても、現地にあった私が分からなかったのだから、それは酷というものだと思うが、自然の地形にしては真っ直ぐで細長い上に、山上の湿地にしては植生がない。
そして、まさに切り通しの如くに、小さな鞍部を割っている。



 その正体は掴めぬまま、進むとそれは見分けが付かなくなった。
森に没したか。

しかし、私が進むべき踏み跡も、相変わらず微妙なムードで続いている。
良く下草が払われているが、歩行に支障のない木は張り出していたりしている。
先ほどの転倒以来、頭上の木には特に注意して進むようにしていた。
また、切り株が路面を覆う枯葉に隠れていたりして、チャリがつんのめることも多かった。

見た目以上には、走りにくい道である。
押して進むは容易だが、出来るだけ早く抜けてしまいたいのだ。
人の目に付きたくない。



 そして、えらい山深い場所へ来ているつもりなのに、その気分を覆すような一面の植林地。
しかも、木々は若い。

この植林地は、500mくらい続いた。
日当たりが良いために、雑草が路傍から蔓延り、朝露で下半身がびしょ濡れとなる。
これだから、廃道の類では日当たりのよい場所は嫌だ。
景色的にも、この植林地は単調で、チャリに跨がれない支障木が非常に多かったこともあり、辛かった。

だが、この辛い斜面を抜けると、そこは峠なのだった。





 午前7時38分。
植林地が途切れると同時に、急なカーブを伴って今まででは一番深い切り通しが現れた。
そして、恐る恐る緑覆い被さるような切り通しを潜ると、先は下りだった。

ここが、日本列島の脊梁である奥羽山脈の大分水界である。
峠の向こう側に降った雨は、北上川から遠く太平洋に注ぐ。
そして、ここは県境でもある。
秋田県平鹿郡山内村と、岩手県和賀郡湯田町が、この峠に接している。

これが、畠山翁の手によるものなのか、或いは後の改築があったのかは分からないが、峠の切り通しは、余裕で自動車も通れるだろう幅が設けられていた。

「脊梁突破!」と気負う私に微笑みかけるかのように、平和な朝の空気に満ちあふれていた。

美しい峠である。
人工物のほとんど無い、これぞありのままの峠の姿かも知れない。


笹峠。
突破します。

これより下り。


 以下、最終回。




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