道路レポート 兵庫県道76号洲本灘賀集線 生石海岸旧道 第2回

所在地 兵庫県洲本市
探索日 2017.12.05
公開日 2024.02.14

 第4のメソッド


2017/12/05 8:22 《現在地》

まだ日時計広場のバリケードを越えてから200m来たかどうかの大序盤だが、早くも道は致命的な形状の崩落によって寸断されていた。
崩落地の奥行きは20mほどで、続きの路盤が遠くないところに見えているが、傾斜が強く、かつ深く抉れている。そのため高いコンクリートブロック擁壁上で途切れた路面と、抉れた斜面の間に大きな段差が生じてしまっていて、突破への第一歩を踏み出すことさえ出来ない状況だった。(踏み出せば確実に落ちる)
ならば高巻きかと考えるが、崩壊は相当上部まで及んでおり、それも極めて困難に見えた。

正面突破も高巻きも無理であるなら、一旦引き返して海岸まで降りられる場所を見つけて波打ち際から崩壊地を迂回するという、下巻きが考えられる。
だが現在地には30m前後の大きな高度があり、海まで降りることも、その後に再び道の高さへ登ることも、かなりの労力と時間を要することが想像された。そして大きな迂回をすれば、その間でせっかくの遺構を見逃すリスクも高くなる。

ここは険しいとはいえ、決して規模の大きな崩壊地ではない。
今後さらに状況が悪い崩壊地が現れる可能性も高いと思われるこの序盤においては、出来るだけ小規模な迂回で突破してしまいたい気持ちが強かった。
何か、いい手はないのか?



ということで、約30m後退したこの地点から、正面突破でも高巻きでも下巻きでもない、“第4のメソッド”に挑戦したい。

どこを通るかといえば、コンクリートブロック擁壁の下の空間である。

最小限度の“下巻き”……名付けて……



― 床下行為 ―

道に関わる全てを己のフィールドと考えなければ思いつかないこの秘密のルートを経由してから、あらためて先ほどの崩壊地(写真奥に見える)へ向き合うと……



初めて、崩壊斜面に足を踏み入れることが可能になる!

地続きに突入さえできれば……、
あとは、慎重に斜面を踏んで進むだけなのだが、急斜面かつ滑りやすい堅く締まった岩混じり土斜面なので、これがなかなか恐ろしい。
私は秘密兵器の簡易アイゼンを靴に装備し、足の接着力をドーピングした状態で無理矢理に突破したが、気軽に足を踏み入れるべきではないだろう。一番最初の崩落だが、全く簡単ではないのである。



これが私を一度は引き返させた、切断された道路末端の断面である。

見事にスパッと切れていて、普通は見ることが出来ない道路の断面が観察できた。
ちょうど“点線”の位置が、道路を作る前の本来の地形だったのかも。
そこにコンクリートの擁壁を立て掛けて、隙間を土で埋めた。そうしてやっとこの急斜面に幅3mばかりの平らな“車道”が開通したが、やがて擁壁ごと崩壊して元の木阿弥に。そうして現在に至る点……というイメージだ。



8:26

一筋縄ではなかったが、なんとか突破した。
写真は越えた崩壊地を振り返って撮った。
ここが崩れたのは、結構最近のことかも知れない。そして、まだ崩れ終わっていない感じの不安定そうな土砂が結構残っていた。

チェンジ後の画像は、もう少し離れた所から振り返って。
こちら側にも路肩に擁壁があるが、コンクリートブロックではなく、もっと古そうな間知石の石垣だ。



8:29

一旦道形は復活したが、そこからまた100mも進まないうちに、明らかに崩壊斜面である明るい草地が見えてきた。
探索前に地形図を調べていた時点で、だいぶ崩れていそうだなとは思っていたが、ここまで酷いとは……。
まだゴールまで3km近くもあると思うのだが、さすがにこの崩れ方のペースだときついな…。
無理矢理突破して行けたとしても、何時間かかるんだろう……。



8:32

わぁああ!


時間を使えば進めはする地形だが、如何にも面倒くさい崩壊跡地の草斜面で、うんざりする。
踏み跡のないツタ混じりの草斜面が、向こうに見える木陰まで、数十メートルは続いている感じ。
しかもこういう場面は、基本的に道に関係する遺物の発見も望めないことが辛いんだよなぁ。実り乏しき過酷の冬だ。

チェンジ後の画像は、海を見下ろして撮影。
なんかススキの斜面がスムースに海まで下っていそうに見えるが、そんな簡単じゃない気がする……。
まず相当に高さがあるし、経験上、こういう場所って下るほど急になっていて、最後は崖ということも多い。それはたまに高波が悪さをするからなのだが。
いざとなったら下ることにチャレンジするが、正面突破が面倒くさそうだからというくらいの理由で安易に降りるのは止めよう。次の道形を目指して、堅実に進む。



淡路島って、こんなに荒涼とした島だっけ?

もっと人情味のある穏和な島のイメージだったんだが、この海岸線だけは、だいぶ冷血だ。



8:35

くっそ…!

草斜面の向こうに見えていた木陰までやって来たが、なんとそこも“クソ斜面”だった。
崩壊地をまだ全然脱していない! ただ崩壊斜面の一部に背の低い木々が根付いているだけ。
道形どころか、道があった部分に傾斜の緩まりすら全くないところを見るに、道を乗せた地表ごとごっそり山崩れで流れ去ってしまったようである。

不毛…… 不毛すぎる!



8:44

それからさらに10分後、またしても広大な草の斜面。
この間も引き続き道形を全く見ていない。
時間の経過でたまたま太陽が雲に隠れたが、私もあまりの収穫不良っぷりに、早くもアンニュイだ。

これは……、ちょっとどころではなく大幅に、廃道としての旬を過ぎている感じだ。
さすがに道が失われすぎているだろう。もしかしたらこのまま何時間も斜面を歩いて終わるのかもしれん……。それはそれで新しい体験にはなるだろうが…。

チェンジ後の画像は、前方の海岸線を望遠で撮影。
ここから見て、手前にある明るい岬と、奥にある暗い岬の中間あたりが、ゴールである(その場所はちょうど見えないが)。
望遠で見れば遠くはないのだが、それにしてもこの道のなさが続くとなると、地獄以外の何物でもないぞ……。



8:47 

草斜面を突破し、次の木陰に入っても、ご覧の有様……。

引き続き、道がない。全て斜面。ひどい。ひどすぎる。

地を這うような灌木が邪魔で、さっきから鼠のように進んでいる。
これはさすがに、道を諦めて海岸に降りることを考えても良いかも。
凄く緩やかに進んではいるが、楽しみがなさ過ぎる……。



9:00 《現在地》

わーー!!!

約20分ぶりに、道の痕跡を見つけた!

いまいるところよりも少しだけ下に、壊れたコンクリートの擁壁が、斜面から海に突き出るような異様な姿で存在していた。
かつて道がそこにあった動かぬ証拠だ……!  いまにも動いてしまいそうだけど……。至急、確保しなければッ!



同じ擁壁を別アングルから。
この海へ突き出す末端の形状は、単なる斜面崩壊によって道が埋れているわけではなく、海岸線の浸食によって足元より山を削られたことが、長大な路盤消失の原因であることを伺わせる。

ここに道を永く維持するためには、法面や路肩を固めるだけでは足りず、波の影響も防がねばならなかったのだろう。
だが見たところ一帯の海岸線には一つの消波ブロックもない。全くのノーガード。これでは太刀打ちしようもなかったのだ。
そして、いまではもう二度と復旧を考えられないほど崩れてしまった。



この先は、灌木の下に辛うじて道の名残と思える部分が続いているようだ。

今度は長く残っていると良いのだが……、もう不安しかないぞ…。




 高みへハマり込む……


2017/12/05 9:02 《現在地》

あ〜〜。ますます質が悪いと思うよ、この道の、この流れ……。

だっていま、道は直前までの圧倒的不毛さから一転し、探索者への優しさを見せている。歓待をしてくれている。
これは探索者にとって、極めて危険な成功体験だ。純粋に嬉しいけれど、だからこそ恐ろしい麻薬だと思う。
だって、この道は厳しいけれども、そこに耐えた先には望んだ実りがあるのだという“前例”を見せてきたのだ。

もしも、ここに至るまでの道のりが平凡で平坦なもので、そしてこの写真の場面が現れたとしても、いまのように興奮はしないはず。ほどほどだ。
しかし、厳しさの先にある小さな優しさは猛毒だ。これでもう、私はますます次の難所から逃れにくくなった。
長年の経験からそこまで紐解けていても、これといって抗う術もない。
だから私はまたくり返す。



9:05

ほうらみろ。 もう手のひら返しだ。

崩壊からだいぶ時間が経過していそうな斜面が現れた。
ほとんど見える範囲の全部と言えるくらい遠くまで崩れている。
眼下には広い浜辺が見えており、そこを歩けば何の苦労もなく進めると分かるのだが、私はもう毒されているから、簡単には降りて進もうと思えなくなっている。
まあ、単純にこの高さから海岸線まで降りるのも、それなりに大変そうではあるんだけど……。



これは斜面横断中に望遠で撮影した、いまいる崩壊地の“次の崩壊地”だ。

やべえ と思った。

これまでの斜面とは比べものにならないほど、悪そうだと思った。
ひとことで言えば「より険しそう」ということになるのだが、全般的に鋭い岩場が露出していて、傾斜も非常に複雑な感じがする。
そのうえ、道があるはずの高さより下が非常に切り立っていて、滑り落ちたら助からないんだろうなと感じさせた。
実は隧道があって潜り抜けられたりしないだろうかと、そんなことを本気で願いたくなる地形だった。
いまの崩壊地を越えても、次があれだと思うと、気が重かった。



9:09

次の木陰へ辿り着いたが、そこもまだ崩壊地の内部であった。
如何にも海沿いっぽいタブか何かの低木密林を、穴を潜るような低い姿勢で乗り越えていく。これも地味に面倒な作業だった。
そのうえ、足元がことごとく傾斜していて足首への負担も尋常でない。廃道探索者ほど傾いた斜面を横断し続ける因果な商売はあるまい。



9:12

高さを維持することを考えながら灌木帯をしばらく進むと、足元よりも少し低い位置に平場が現れた。探し求めた道の続きに違いなかった。
法面だったはずの切り立った岩場を上手く降りて、平場へ入った。



9:14 《現在地》

降り立った道は、妙に広々としていた。
一方は海に開け、一方は深い藪、一方は山の急斜面で、一方にのみ廃道が続いていた。
その廃道の先に地獄のような崩壊が待っていることを“予見”しているが、いまは見えなくなっている。
明らかにこの場所はいままでの道よりも広いが、よく見ると、海側にコンクリートブロックの擁壁が大きく張り出していて、道が非常駐車帯の道路標識のように膨らんでいるためだと分かった。



なぜこの場所だけが広いのか。
今となってはそれをはっきりさせる手掛かりもないが、路面に育つ菜の花が涼やかな海風に揺れるこの場所は、展望地としても休憩地としても恵まれているように思った。だから一休みしようかとも思ったのだが、どうしても先ほど見た次の崩壊地が気がかりで、結局すぐに歩き出してしまった。



前進再開。
とてもよく道の形が残っていた。
道幅は3.5mくらいだ。
これなら車も……路線バスなんかも通れたのだろう。
開通からしばらくのうち、手の施しようのないほどの崩壊が各所で発生するまでは、県道として真っ当に活躍出来たものと思う。

とはいえ決して余裕のある道幅ではないし、落ちれば30m下の海岸に真っ逆さまである路肩には転落防止柵のカケラもない。
しかもほとんど見通しの利かない小刻みなカーブが、ウネウネと小刻みに続いている。
これは車の運転がいまより遙かに死と隣り合わせだった時代の道である。
形を留めていればこそ、その恐ろしさがよく分かる道だった。



9:16

来ちまった。

絶対にヤベーよこれ……。

もう最初から嫌な雰囲気だもん。堅く締まった岩混じりの土崖が急で、一度滑ったら止まらなくなって………すぐに死にそう。
ちょうど尾根みたいなところから崩壊地が始まっていて、先がぜんぜん見えないのもいやらしい。
何かの間違いで、曲がったら直ちに道が復活してくれてないかなぁ……。

……現実逃避じゃないけれど、チェンジ後の画像は振り返り撮影ね。
たぶんここを越えれば、いままでの場所は見返せなくなりそうだしね…。

行くぞ!



9:17

きっつ!!!

これ、マジで質悪いなぁ……。

だって、これ微妙にまだ進めるんだよなぁ。
(チェンジ後の画像の)“矢印の位置”が、次の路盤の跡なんだろ?
ベテランだからワカルンダヨ。
わかるんだけど、でもその次の路盤の先がまた見えないっていうね……。質ワルい。
上も【こんなん】高いから、高巻きも無理だしなぁ。

次の尾根の先を知りたいが……、二択なんだよな〜。
もう諦めてどこかで海へ降りて進むか、踏ん張って“次の路盤”を目指すかの。
そして、こういう悩んだ時に、さっきまでの成功体験(らしきもの)が毒になってくるんだ。
ここさえ越えれば、またご褒美みたいな道があるって期待しちゃうんだもん…。
なまじ、本気を出せば辿り着けてしまいそうなだけにね……、

抗いがたい。



ジャリッ…
  ジャリッ…

装着した簡易スパイクと己の度胸と技を頼りに、干からびた海崖へ忍び足を踏み入れた。

落ちても即死はないと思うけど、全身打ち身と擦り傷と下手したら骨折…、いや下手したらやっぱり、死ぬかも…。



8:28

あーーーー。

めっちゃ怖い。

思ったよりも、斜面の状態が悪い。

真横に水平移動するトラバースが難しいために、少しずつ高度が上がってきてしまっている。
同じようなことをしたことがある人なら経験があるかと思うが、真横に移動するよりも少しずつ斜めに登っていく方が容易いし怖くないのだ。
だがこれの恐ろしいところは、やむなく斜めに上ってしまったところを、反対には辿りがたいということだ。
斜面を少しずつ下りながら横断するというのは、水平移動以上に難しく危険なのである…。

この現状をひとことで言えば、戻りにくい一方通行の窮地へ自らを追い込みつつあった。



9:32

10分以上の時間と大量の冷や汗を消費しつつ、なんとか目指していた場所(次の尾根)には辿り着いた。
しかし見ての通り、踏めばたちどころに崩れそうな岩屑が大量に堆積したガレガレの尾根のため、明らかに長居無用の場所だと思った。

願わくば、この先直ちに次の路盤に出迎えて欲しい。
辿り着ける場所に、あってくれよ! 頼むぞ〜〜。
そう願いながら、慎重に尾根を越えてみたならば…………



まだ続く〜〜崩壊斜面!

次は、見えているあの尾根か……。

これまた本気で行けないことはないと思うが…、生きた心地がしないギリギリだ……。

ただ、今度の尾根にはおそらく崩壊前から生えていただろう樹木が残っているようなので、道の甦りが期待できるのかな…。

とか何とか言うけれど、ぶっちゃけとにかくここまで入り込んでしまったら、“進みたくなるような言い訳を自分にしながら”進むしかないだろう。理性というよりも、惰性だこれは。最初に決めたことの惰性。良くないとわかっているが、行けちゃううちはなかなかこれを禁じられない。ときにこの愚直な惰性が、私だけの成果に結びつくことを知ってしまっている……。



9:38

あ、あと3メートルくらい!

それで樹木が生えている次の尾根に辿り着ける!
この段階で既にもともと道があった高さよりも10mは上へ来てしまった自覚があったが、仕方がない。上りすぎた分の訂正は次の尾根を使ってやろう。
チェンジ後の画像は足元を撮したが、これを見れば分かるとおり、もっと下をトラバースするのはどだい無理だった。
早く次の尾根で安全な木の幹に寄りかかって一息つきたい!




9:40 《現在地》

ゲボォーー!!

この一連の崩壊地でここまで費やした20数分ぶんの死闘は全部無駄になった。

なにせこの次が越せねーんだもん絶対にッ!! 死ぬほど崩れてやがるじゃねーか!!!



「せめてもの成果 その1」

続きの道の始まりが、見えた。

100mくらいは離れた崩壊地の向こう岸……ずいぶん低くに見えた…。単純に、私がムキになって上りすぎたせいだが…。

ここから直接行くことは、無理。



「せめてもの成果 その2」

立川の対岸にも、この道の続きであろう凄まじく高く切り立った擁壁が見えた。

めっちゃ格好よかった!



が、

未来に夢を持つよりも、まずはこの尾根から脱出する方法を考えないと……!





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