道路レポート  
八久和林道  その3
2004.8.1


月山ダムへ 
2004.7.22 10:43


 さあ、これより八久和林道へと進入を開始する。
これは、ここ上名川から、遙か10数キロ上流の八久和ダムへと続く、林道である。
国道からの分岐点には信号こそ無いものの青看も設置されており、立派な2車線舗装路で始まる。
まずは、2kmほど上流の月山ダムが最初のポイントとなる。



 入るとすぐに、上路トラスで八久和川を渡る。
渡りつつ、進路をダム方面へと傾け、かつ、ダムの堤体の高さに照準を合わせて登っていく。
新設ダム付近にありがちな、地形をも大胆に改変する道の姿だ。
こんな道は、得てして面白くない。
随分遠くまで見通せてしまう道というのは、殊上りにおいて、山チャリストに苦痛を強いる。

そろそろ日は天頂に近づき、日射も密度を増す。
アスファルトの照り返しも、山チャリストの水分をジワリジワリと奪っていく。



 突如写真の様子が一変して、ご覧の皆様も違和感を感じたかも知れない。
しかし、これが現道から見える、旧道の有様なのである。
先ほど旧道レポでも、私が今立っている猿子渡橋は何度もフレームに入っていた筈だ。
上の写真と、右の写真は、同じ橋から見た、左と右、それぞれの景色なのである。
元々は、右も左も同じ様な断崖であったのは、疑いようもない。

元来の地形を如何に破壊し、改変する力が人にあるのか。
そんなことをまざまざと感じさせる景色なのであった。

…以前、八甲田の山中では、あんまりに自然のままの森の姿に嫌気がさし(←語弊があるが、それが真実である)に「自然は人にどうこうできるものでない」と言う極論を述べたが、現実はこうなのである。
これほどに、人の力もまた、大きいのである。

どっちが本当の私の気持ちなのか、分からなくなってきた。




 ダムに向かって上りを続ける林道(こう呼ぶと違和感がある…実際、この辺りは現在では林道管理ではなく、朝日村道だと思われる)から八久和川対岸を振り返ると、国道112号線のまるで高速道路のような立派な道が見える。
しかし、10年前までは「高速みたい」だと言う感想に異を唱える人も少なかったろうが、現在筈か頭上に本当の高速が渡るようになり、そんなことを言うのは時代遅れの田舎者と思われやもしれぬ。

私は無論、田舎者の代表だ。





 登りや暑さという、場所柄時期的にあって当然な障害以外には障害もなく、ダム堤体傍に来た。
今日は既に、時間を置かず三度藪を漕いでいるので(えっ、二度じゃないかって? 旧大網橋と、旧八久和林道の隧道と、…これ)、この様な普通の道は、面白くないとは言え、藪よりもマシだ。
しかし、普通のサイクリングというのは、場所柄時期的にあって当然な障害以外の何かと戦う必要があったのか?

思えば 我流「山チャリ」 遠くへ来たもんだ。
引き返せぬ興奮の坩堝が、山チャリである。

それにしても、写真の放水は凄いな。
どれほどの水圧で、これほど遠くに飛ぶんだ。





 月山ダムは、日本海に注ぐ赤川の右支川である梵字川に建設された多目的ダムであり、昭和56年から平成13年にかけて建設された。
形式は一般的な重力式コンクリートダムで、堤高は123m。
その総貯水量は6千五百万立法メートルを誇る(東京ドーム約52個分)。
ダム湖名は、あさひ月山湖である。

真新しいコンクリのダムは、まだこなれていないような印象を受けるが、実は私が訪れる僅か5日前に、竣工以来最大の仕事をしていた。
県下稀に見る大雨となった7月17日から翌日にかけての18時間に亘り、過去最大の洪水調節を行ったのである。
下流の鶴岡市においての水位低減効果は、最大68cmにも及んだと言うから、一つのダムの力も侮れない。




 人も車もまばらな駐車場。
ダム堤体を一望できる展望所もあるが、写真右の斜面を延々と階段で上ってまで行こうとは思えなかった。
まだ新しく立派なダムといえ、訪れる人は少ない印象だ。
上流には、いくらかダム建設に伴って整備された見所もあるようだが、その先は行き止まりという案内になっていて、通行量が少ないのもやむを得ないだろう。

正面の穴が目立っている。


 吸い寄せられるように穴に近づくと、閉鎖されている。
しかし、幸いにして、監視人の姿も、それ以外の視線も感じられない。
真新しい隧道がどこへ続いているかは、付近の案内板からも明らかなのだが、「封鎖されている隧道」となれば、立ち入らない訳にも行くまい。

扁額も無いシンプルな坑門に身を寄せ、チャリをゲートの向こうに担ぎ落とし、私も後を追った。
“お忍び”は、速やかに成すべし。




 案内板の地図通り、それは「上名川トンネル」の支洞であった。
真っ直ぐのトンネルを50mも進むと、ご覧の車道にぶつかったのである。
右が国道112号線方面で、左が私の進むべき八久和ダム方面だ。
実は、私は登ってくる最中に、トンネルの入り口を無視して、ダム堤体方向へ分岐する道に入っていたのだ。
黙って真っ直ぐ進んでいれば、このトンネルヘ進んできたのである。






 珍しい隧道内分岐を発見できた嬉しさはあったが、あんまりにも小綺麗で、興奮はない。
この上名川トンネルは、銘板によれば延長583m、竣工1988年とある。
恐らく分岐する洞部は延長に含まれていない。
また、意外に竣工年度が古く、ダムの完成よりも14年も前にトンネルは掘られたことになる。

ダム工事が始まるとほぼ時を同じくして、それまでの林道は閉鎖され、新たに喫水線上に作られたこの道も、ダムの完成間際まで工事専用道路となっていた。
今は小綺麗なトンネルも、ついこの前まで工事車両専用道として埃や泥にまみれ続けていたのだと思うと、面白味がないということもなくなる。




 確かに、坑門コンクリの色褪せ方など、1988年竣工も頷ける。
現在の内部が徹底的に綺麗で、明るいのは、相当のリフォーム作戦があったものと見える。

こんな「ちょっとニヤっとさせるような発見」が、堪らないのである。
面白みがないと一蹴されかけたトンネルも、掘り下げれば楽しい。

さて、ここからはダム湖に沿った道である。


水没した旧道の痕跡を求めて
11:06

 ダム湖はやや淀んでいた。
先ほどの激しい放水や、下流の濁流を見れば、その大元であるダム湖の水が澄んでいる訳もないのだが。
そして、水の綺麗さなどよりも、私が一番心配していたのは、その水位の高低である。

私の所有する地図には、この辺の下に隧道が二本、描かれている。
しかし、そこはダムに喫水線より低い様に思われたし、なにより、現在の地図からは道も隧道も消えている。
代わりに生み出されたのが、今私の立つ綺麗な舗装路なのであるからやむを得ない。
以前より気になっていたこの隧道遺構に、「答え」を与えてくれたのは、他でもない「山形の廃道」さんであった。

しかし、氏のサイトの素晴らしいところは、紹介された物件に実際に行ってみたいと思わせるところなのである。
ビジターを“分かった気”にさせてしまうことは簡単なのだが、そうさせないのは、氏の正直さであり、謙虚さだと思っている。

私も、氏のレポートにやられて、この地への訪れを楽しみにしてきた一人なのであった。




 上の写真の分岐は、明らかに水面を目指す管理道である。
この下が怪しいと考え、チャリと共にゲートを避けて下る。
もの凄く急な下りは、一瞬にして私を湖面に誘った。
どうやら、今日の水位は決して低くはないようだ。
はじめて来る私には比較対象が無いのであるが、今の汀線は見るからに周囲の草地を圧迫している。


…万事休すなのか。

氏の紹介でも、隧道の一つは水没しており、上半分を見せるのみであった。
先日までの記録的大雨を踏まえても、やはり今日はタイミングが悪かったか…。

くそっ!

ず、隧道は諦めよう。
目を皿のようにして岸辺を追ってみても、隧道はおろか、道らしき痕跡も見あたらないのだから。



 諦めきれず堤体を振り返る。

しかし、流石にこの先は隧道はない。
もしあったとしても、その水深は計り知れず、渇水となっても地表には現れ得ないであろう。
地形的にも、やはり道らしき痕跡は見つけられないのであった。

隧道を発見すら出来ないという失意に、ダム湖よりも深く沈んでいく私の気持ち…。
泣きっ面になんとやらで、私が勇んで降りてきた道は、あんまりに急だった。
時間だけが過ぎていく。



 11:12
現道に戻り、先へと進む。
すると、幾らも行かぬうちに、立派な「和尚峠」という石碑が現れた。
小さな休憩地となっている湖に迫り出した岬。

 岬?

地形的には、この岬の直下など、怪しい。
そう思ったが、フェンスの向こうは背丈ほどの草むらで、しかもその先急激に湖面に落ち込んでいる様である。
何のあてもなく進むような愚は避けるべきである。

そんなことを考えながら、さらに上流側を見渡す私に、衝撃が走った。





 ここから200mほど前方、支谷へと深く入り込んだ湖面の向こうに、

一点のピンホールが見える。

予想以上に遠い。
しかし、明らかに、隧道だ。

カメラの望遠の倍率を上げる。



しかし、期待していたイメージではない。
確かに現道とは異なる位置に隧道は見えるが、人の管理を離れている感じでもない。
短そうであり、隧道としての面白みも、うーん…どうだろうか?

とりあえず、見たからには行くしかないのである。
さらに現道を進み、降りられそうな場所を探すことにする。



期待はずれな隧道の発見?

否。

実は、この隧道の発見は、さらに困難な隧道の発見を誘うものであった。
そして、真の困難は、そこに待ち受けていたのである。





その4へ

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