隧道レポート 初代・十石隧道(エンドレス) 後編

所在地 茨城県北茨城市
探索日 2016.04.18
公開日 2022.03.31

 一億年前からの贈り物 


14:11 (入洞6分後) 《現在地》

南口から80〜100mほど進んだと思われる。
嫌らしかった支保工の残骸の列を乗り越えると、一転して、全く障害物のない静かな水面に行き当たった。
……黄金色をした水面に。

ここまでふざけてシチューとかなんとか言っていたが(シチューについては探索当時の着想だった)、これはシチューと言うよりはコンソメスープのようだ。
溜まっている水には透明感があったが、底に沈殿した泥の色が黄金色だった。

ここまでは進むほど水深が浅くなる傾向があって、水面と天井の間にある高さも、入洞直後と比べてだいぶ広がってきているのを感じる。
ただ、全長の3分の1程度を攻略したと思われるのに、全く出口の光が見えてこないことには、嫌な感じがした。



静かな地底湖を見下ろす乾いた天井に、電線を取り付けるための碍子付きのステーが残っていた。
坑門にも碍子が残っていたが、ここまでの長い洞内に同様のものを見なかったのは、脱落してしまったせいだろう。本来は結構な密度で取り付けられていたはずだ。
使用目的は不明だが、普通に考えれば照明が取り付けられていたのだと思う。鉱車は無灯火だから、隧道の側に灯りがあったはず。

しかし、この隧道は高さが2.5m程度しかない。
取り付けられていた碍子のサイズからして、高圧の電線を吊していたわけではないだろうが、歩行者に接触しかねない近さである。
この隧道を歩行者が利用していたかどうかは定かでないが、エンドレスの無人走行鉱車が複線で左右を走り続ける洞内の中央を歩行するのは、考えただけでも恐ろしい。
そのうえ、天井の頭上すれすれに電線まで釣られていたとしたら、保安帽必須(あたりまえ)としても、プロの仕事人にのみ許された通路だったと思う。

そんな、プロたちの隧道に、さらなる衝撃の発見が!!




隧道の半円形断面を時計の上半分に見立てて、おおよそ10時の方向に見つけた、

一見すると何気ない、壁のちょっとした凹凸。

灰色の大きな石が、壁に埋まっているのが目立つよね。

まさか、化石でも見つけたかって?



その、まさか、である。


ただ、化石は化石でも、化石燃料の方で……。




なんと、岩盤に埋蔵した石炭鉱脈を発見してしまった(驚)。

そこそこ長く生きてきたが、採掘される前の石炭を地中で目にしたのは、初めてである。
全くの鉱石素人である私の判断なんてアテにならないと思われるかもしれないが、
さすがに常磐炭田の核心部(冒頭の説明で述べたとおり、当地は常磐炭田で最後まで稼動したエリアである)
の地中に、これまで炭鉱跡や炭鉱絡みの廃線跡などで何度も目にしてきた石炭と
見た目の全く違わないものが埋蔵されていたとなれば、間違ってはいないと思う。
(確認のため、少し削り取って持ち出して点火してみれば良かったな。)

炭鉱地帯の素掘り隧道ならば、こういうことがあっても不思議はないのかも知れないが、
これまでの探索では全く考えたことがなかったので、本当に驚いた。
坑道ではない、トンネルの壁面で、鉱石が採れるなんてな……。
(ちなみに、同じ常磐炭田内の探索で、地上の石炭露頭を見つけたことはあった。)

当然、この隧道を掘った人も、通った人も皆、この存在には気づいていたはずだが、
こんな少量を見てもわざわざ採りだそうとは思わないほど、石炭はありふれた存在だったのだろう。
しかも、地中の石炭を面白がるような“一般人”が、この隧道を通ったことも、ほとんどなかったのではないか。
この隧道はエンドレス軌道専用隧道であり、廃止前にはすぐ隣に道路専用のトンネルも掘られている。



地域としての石炭の埋蔵量は莫大でも、この隧道の内壁に露出しているものは、やはり非常に希少だと思う。
周囲の壁には全くなかったから。

そんな驚きの発見から、さらに20mほど進んだだろうか。
再び、大量の木製支保工の残骸が水上を漂っている場面に遭遇した。
(写真は振り返って撮影したもので、奥に見える光は、入ってきた南口である)




そして、今さらだと思われるかも知れないが、

……言わねばなるまい。





このウォーターシューズを履いてきたのは失敗だったと…!

いまだから言えることだが、当初想像していたほど地上も洞内も泥の深さはなく、敢えて泥に靴を取られないようにとウォーターシューズをチョイスする必要はなかったようだ。長靴でも普通の靴でも別に良かっただろう。どちらにしても、靴の中まで濡れるのも同じことだった。

ただ、泥沼の可能性が高かったからウォーターシューズをチョイスしたということ自体は、間違った判断ではなかったと思う。
間違っていたのは、私がなんとなく選んだウォーターシューズが、水だけでなく小石とか木片(こっぱ)まで容易く進入させてしまうような大穴が全体に開いた品だったことだ。
そのせいで、さっきから両足の裏や指の隙間が痛くて痛くてタマラナイ!

せめてぶ厚いネオプレンの靴下を着用してくれば良かったが、シューズの大きさに余裕がないために、ただの靴下しか身につけていなかったことも、惨状を増幅させた。
今さら、本当に今さらなんだが……

この装備は大丈夫ではなかった。

……もう、痛みに耐えるしかない。この探索の痛みは、次に活かすためにある。



な…、なんだ、

なんなんだこれ?

現在の水深は、さらに減少して20cmくらいになっている。

そして水の底には5cmくらいの厚みで泥が堆積している。

その泥が、異様に白い。

だが、白いばかりではない。

それとは反対に墨汁のように黒く光を全く反射しない闇の領域が、まるで白の領域と覇権を争うように水面下に錯綜していた。

いったいどのようなメカニズムで、このような模様が生じたのだろう。
自然現象には違いないだろうが、不思議であり、不気味であった。
そしてなんとなく黒い領域には立ち入りがたいものがあったが、それは根拠のない感情的抵抗でしかなかった。




そして遂には……

水底の泥の面に、心底に得体の知れない有機的な模様が現われるに至った。
(私が愛読する伊藤潤二先生の世界観じゃないかこれは……)

私の足がただの靴下1枚を挟んで触れ合っているふれあいの領域が、

どう見てもまともじゃない絵面になっているのは、きつい……。

なんなのこれほんとに…。




うええぇぇ…


なんか、これ以上進むためには、

黒い領域

踏むことを、強制されるみたいなんですけど…。



……大丈夫? 俺の足、呪われたりしない?




 沈黙のコールマイントンネル 


14:15 (入洞10分後) 《現在地》

洞内へ突入してから10分が経過。
私は両足裏の激しい痛みと引き換えに前進を続け、既に南口から150〜180m進んだと思われる。非常にゆっくりとしたペースなのは、ここまでの洞内の状況を踏まえればやむを得なかっただろう。それでも全長の半分は越えているはず。
しかし、依然として出口の光は見えて来なかった。

そんな状況の中で、私の探索は正念場を迎えていた。
洞内環境の大きな変化が、間近に迫っているようだった。
足元に迫る墨汁のような黒い水の正体は不明(水中の朽ち木から生じた何かの菌類とか藻類…?)のままだったが、ギリギリの所でその“闇の領域”に足を浸すことなく先へ進めるかも知れない。

なぜなら――




ようやく洞床が陸化!

ここまでずっと緩やかに上り続けていた洞床が、遂に今日の水位に勝ったらしい。

しかし、人造湖の湖畔と同じメカニズムで、ここには膨大な量の腐った木材が堆積していた。
そのため、鼻を覆いたくなるほど濃厚なかび臭さが充満していた。普段の装備に比べれば、
気持ちのうえではほとんど裸足。そんな頼りなさしかない穴あきウォーターシューズの足で、
この廃材の山を踏み越えて行かねばならないことは、気持ちをいささか萎えさせたが、
もちろんそれで進行を断念する程度の覚悟なら、こんな隧道へ最初の1歩も踏み込まなかった。

洞内上陸!




この隧道が過去に経験したであろう水位変動の範囲内に、おびただしい量の廃材が堆積している。
しかし、この場所にはここまでの水没した領域には見られなかった特徴もあった。
それは、天井の崩壊だ。

ここまで、素掘りであることや、経年を考えたら、奇跡的と言ってもよいほど安定しているように見えた壁面だが、ここで初めて目立った崩壊があった。
崩れた土砂は廃材のうえにも乗っているのでよく分かった。
この隧道は本来、洞内の相当広い範囲に木製支保工を配置して落盤に備えていたようだが、役立つ前に支保工が自壊してしまったようだ。

そしてさらに予想外の発見もあった。

この写真の左側の壁に注目して欲しい――




横穴があった!

が、驚くほど断面が小さい!

特に天井の低さは、尋常のものではない。
普通に起立した姿勢で撮影している私の腰くらいの高さしかない。
いまいる隧道本坑の天井だって2.5m、いいとこ3mくらいしかないというのに、この横坑は尋常でないミニサイズである。

鉄道用の隧道の側面にある凹みといえば待避坑と相場が決まっているが、このサイズでは“隧道ぬこ”くらいしか安全に待避できまい。
そもそも、ここまで150m以上進んできたのに、1箇所も待避坑はなかったのである。
おそらくこれも無人鉱車が自動運転するエンドレス用隧道の特徴といえるのだろうが、待避坑というものを必要とはしなかったのだろう。




当然、横坑の内部を確認しようとしたのだが、

思いのほか奥行きがある!

そして、やはり狭すぎる…。

これは落盤の結果なのだと思うが、入口は特に狭くなっていて――




――そのせいで、内部は水没。

……例の、闇色に染まった怪しい水によって……。

1匹の大きなコウモリが、この小さな穴の主よろしく、手の届かぬ奥の天井にぶら下がっていた。
私は、四つん這いでなければとても進めないこの穴への進入は、御免こうむることにした。
幸い?15mほど奥に閉塞壁があることが、入口から辛うじて目視できた。

ただ、もともとそこまでしか掘られなかったというよりは、
土砂で埋め戻された跡のように見えたのだが…。



穴の底で考えたこと。

この横穴の正体。

横穴は、隣にある旧隧道と繋がっていたんじゃないだろうか。

既に散々述べたとおり、初代(旧々)隧道は大正5年竣功で昭和30年頃廃止、旧隧道は昭和25年竣功で平成7年廃止とされている。
つまり、初代隧道が現役だった時期に、そのすぐ隣に並行する旧隧道を建設したことになる。

その際に南北の坑口だけでなく、初代隧道に通じる横坑からも掘り進めたとしたら、工事を早めることが出来たのではないだろうか。
短期間利用するための工事用連絡坑として、人が屈んで通れるギリギリのサイズの横坑が掘られたのではないか。そのように想像した。

また、別の説として、石炭の探鉱目的で掘ったというのもあり得るのかも知れない。

このどちらの説が当たっていたとしても、横坑が15mほど先で塞がれているのは、旧隧道の内壁にぶつかっているからに違いあるまい。
残念ながら現在は旧隧道へ入ることが出来ず、またかつて内部を探索した人の記憶にも、横坑が接続していた形跡はなかったようだが、内壁に埋め戻されて分からないだけで、建設当初は2本の隧道が中央付近で接続していたのだと考えている。



強烈な圧迫感に支配された横坑に首だけでなく身体まで突っ込みかけたが、見える範囲にあってくれた閉塞壁に救われて、すぐに本坑へ戻ってこれた。

写真は洞内の湖畔を振り返って撮影した。
足元は廃材の山、奥は湖、さらに奥にかなり小さくなった入口の光が見える。
右側の凹んだ所は、横坑の入口である。

天井が歪な形をしているが、余計に凹んだ部分の岩盤は崩落したようである。
その表面全体にうっすらと地層の模様が見えているが、こうした壁面にわずかながらも石炭が賦存されているということは、近くとも数千万年、あるいは1億年以上も昔に、おそらく陸の近くの海底に堆積した植物化石が、この洞内で人目に触れたということになるのだろう。なかなかに壮大だ。




おおおっ! 遂に見れたぞ!

これこそが、この隧道の本来の断面!本来の姿!
おそらく南口から200mくらい入ったところで、ようやく洞床を隠していた水が完全に引き、現役時代に近い隧道の断面を見られるようになった。

いかにも複線らしい幅の広さと、幅に比べて妙に低い天井。
これが、エンドレス用隧道の特徴だ。初体験で会得した。

しかし、この辺りの周囲の壁はなんとなく不気味だ。
集合恐怖症の人を弱らせるくらいに、奇妙な凹凸が大量に出現している。流水はなさそうなので、風食(風による浸食作用)の影響だろうか。
強い風に非常に長い期間晒され続けた砂岩質の隧道などに、こういう壁面が現われることがあるが、今日の洞内には全く風は吹いていない。
それに、ここまでこういう凹凸は全くなかったと思うのだが…。



いててて…イテテ……イテ。

4月の冷たい水を裸足に近い状態で踏破したというだけでも「痛い」のに、細かな砂利が靴の中、足の裏にまで大量に侵入していて、この柔らかめの砂地の洞床を歩いていても痛かった。
脱いで取り出そうかとも思ったが、洞内で脱いだところで綺麗に取り除けるとも思えなかったので諦めた。
あと、すごく寒いよパトラッシュ。

失敗したなぁ、この装備は……。




邪魔をする障害物がなくなったおかげで、だいぶペースアップして進めている。
そして、ここまでの洞内は全て直線であり、この先も直線だとしたら、未だに出口が見えないのは明らかに異常だった。
どうせ【北口】に辿り着いても外へは出られないのだが、残りの洞内に閉塞があるのだろうか……。

そんな不安を駆り立てるように、天井のアーチ中央部に生じた恐ろしいほど巨大な亀裂を見た。
それはいかにも「地割れ」っぽい亀裂で、大きな落盤の前兆だろうか。
あるいは、この探索の5年前の春に当地を震度6弱の烈震に見舞わしめた大震災が秘かに刻んだスティグマだったかもしれない。
水の滴る音も、風の音もない。もちろん外の音は全く届かない。完全な静寂に包まれた洞内は、生者を拒絶するような重苦しい空気に満ちていた。


ところで、壁面の奇妙な凹凸は、上の写真にもいくらか写っている。
それも亀裂を境に左側の壁にだけ。
そして、そんな凹みの中を覗いみたのが、右の写真だ。

凹みの中には、またしても石炭の小塊が……!

この瞬間、私は察した。
たくさんあった凹みの正体は、小さな石炭塊を人為的に掘り出した痕なのではないかということに。そう考えた瞬間、奇妙としか思っていなかった壁の無数の凹凸が人の執念の数に思われてきて、静寂の洞内でヒエッとなったのは内緒である。

この隧道は途中で石炭の賦存量がやや多い層を貫通していて、しかしそれも炭鉱会社が事業として掘り進めるほどではなかったが、戦後の貧しい時期を中心に各地の炭鉱地帯などで見られた個人使用、個人売買目的での個人採取(多くは違法)が、廃止後の隧道内で秘かに行われた……、そんな可能性があると思ったのだ。 

あくまでも想像の範疇ながら、生々しい人間の姿を思わせるところに至った洞奥世界。
この世界の奥を極めたときは、地表の穏やかな明りに一息付けることを期待していたが……。




嫌な予感が。




14:19 (入洞14分後) 《現在地》

落盤閉塞!!!

なんとなくそんな気はしていたが、やはりこう言うことだったか。

しかし、初めてこの場所で立ったままの支保工を見ることが出来た。
この場所は水没の影響を受けなかったから、辛うじて倒れず残ったのだろう。
廃止から数えても既に60年余りを経過しており、木構造物の耐久年数を遙かに超越している。





振り返ると、もはや点に近づきつつある小さな光が見えた。
この感じは250mは来ていると思うのだが、正確な数字はもちろん分からない。
仮に250m来ているならば、残りは40mということになる。

フェンスで塞がれた北口から覗いた内部に、閉塞は見えなかったが、
最大40mほどの位置にこの落盤地点があるということになろうか。
極めて強力なライトで照らせば見通せそうな距離である。




まだ奥へ行けるじゃねーか!

遠目には崩土が天井の高さまで到達しているように見えた落盤地点だが、

実際に近寄って見ると、崩れてきた土砂の分だけ天井に大穴がブチ開いていて、

そこを通って先へ進める余地が生まれていた。乾いた廃隧道で良くある展開!

(にしても、まるで炭鉱のズリ山みたいな崩土の山だ。探せば炭塊も混ざっていることだろう)




14:20 (入洞から15分経過) 《現在地》

でも駄目!

最初の落盤は上から越せたが、越しても洞床は現われず、そのまま崩土の小盆地となり、

そのわずか5mほど先に、今度こそ隙間なく天井までギチギチムチムチィッッッ!!!

っとなった瓦礫の山で、全ての空洞は閉ざされていた。いわゆるところの、

完全閉塞。





後はもう、最後に潜ったこの穴へと引き返すよりなかった。

撤収開始。

隧道は、南口から推定250m付近で落盤閉塞していた。

残り40mほどは、探索不能の結論だった。




帰路は、足が痛かったという記憶しかないが、動画を撮影していたらしい。

南口付近の水没した部分を歩いている動画で、ただそれだけの内容だが、洞内の雰囲気が伝わると思うので、公開しよう。
(珍しく私が完全無言なのが、装備を間違った後悔によるものだったかは、憶えていない)



14:30 (入洞から25分後) 《現在地》

地上へ生還!

炭鉱用エンドレス軌道隧道という初めてのカテゴリにある攻略対象だったが、探索は成功だ。
エンドレス軌道そのものの遺構は残っていなかったが、隧道の独特な形状や、待避坑がないことなど、
なるほどなと思わせられる特徴が残っていて、大きな知見を得ることが出来たように思う。

また、炭田の地中にはちゃんと石炭が賦存しているという当然のことを、この目で見たのも面白かった。
もはや現在の日本には1箇所しか存在しない炭鉱という世界を、ほんの少しだが垣間見た気がした。

ハヤククツヌギテェカラオワリ!




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