旧口野隧道  第4回

所在地 静岡県沼津市〜伊豆の国市
探索日 2008.2.26
公開日 2008.4. 9

 風の通る 第二洞   

 入洞即 広間


2008/2/26 7:47

 低い天井にアタマをぶつけないように気をつけて入洞。
自然と前傾姿勢になるために、洞内から風が出ていることを確認。
取りあえず、こちらの穴を便宜的に「第二洞」と名付けることにした。

 第二洞は、入ったところがいきなり広間になっている。
この時点で、期待された隧道説はかなり揺らぐ。
しかし、隧道を拡幅して採石をしていた可能性も、この地域に膨大な石切場(丁場)があることを考えれば十分あり得ることだ。
ともかく、この空気の流れを生じさせている原因を求め、奥へ分け入った。




 最初に入った「第一洞」との大体の位置関係は左の図の通り。
もっとも、正確性は保証出来ない。

 第二洞は第一洞よりも、床の標高(鉱山的にはこれを「レベル」と表現するが)が10mほど高く、より地表に近い位置にある。
明治初期に設計された、僅か10間(約18m)の隧道を想定するのであれば、より可能性が高い位置といえる。



 だがこの第二洞。
ほとんど通路と呼べるもののない、まさに厳然たる丁場の風景である。
直角に交わる直線だけで構成された空洞は、ある種近代的な住環境を彷彿とさせるものがあり、静謐さ、涼しさなどの諸条件から、住んでみてもイイかと思わせるものがある。
まあ、正常な神経の持ち主ならば、いつ崩れてくるかも知れない廃坑はゴメンだと思うだろうが、当方のような救えぬ穴好きには、ここはなかなか…。






さらに奥へ進んだ私は、不思議なものに遭遇した。





これは…?


金色に輝く …ひも?



何とも幻想的で、

不思議としか言いようのない光景だった。



 不思議な“ひも”の正体は、
おそらく地上から延びる一本の木の根だった。

天井の削岩孔と思われる孔から、
ただ一本中空に現れると、
そのまま砂利敷きの洞床まで、
何と、3m近くも懸垂していた。

その表面を、落ちる水の膜が、
弾けるように脈動しながら覆っていた。




 いったい、一本の木の根がこれだけ延びるのにどのくらいの時間を要するのか見当が付かないが、一年や二年ではないだろう。
いや、それよりもここは、少なくとも地表から10m以上地下にあたる所だ。
普通に考えれば、木が生え根を張るような土の層が石切場の天井のすぐ上にあるとも考えにくいから、頭上にはかなり分厚い岩盤層があるはず。
この根は、極々小さな削岩孔を伝って何メートルも、或いは10メートル以上延びてきているのかも知れない。

 そしてそれがいままさに、“次なる地面” へと到達しようとしているのだ。


 植物には… いつも苦しめられているけれど…
この時ばかりは、か細い木の根の行く末に心から声援を送りたい気持ちになった。

 頑張れ! 木の根!




 すぐそばには、なぜかお酒の瓶が転がっていた。

銘柄は「p」。

何となく聞いたことがある銘柄だと思って帰宅後に調べてみると、福泉産業は料理酒やみりんのブランドであるようだ。
だが、私が洞内で見たのはどう見てもお酒の瓶であるから、以前は清酒も生産していたのかも知れない。


 木の根が垂らす水の音に耳を澄まし、心を澄まし、ただ闇のなか瞑想する仙人のような人物を想像し… なんだかワクワクしてしまった。




 第二洞は、削り残された数本の大柱が天井を支える、巨大な一室の空洞であった。

その地面は平坦ではなく、石組みや削り方の調整などで、いくつかの面に切り分けられている。

 そこは、等身大のすごろく板のような…… 神秘の地底空間だった。

 伊豆を中心に丁場を多数巡っている“とある筋”からの情報によれば、この地域の丁場のいくつかは、戦時中に軍事的転用をなされたものもあるといい、この空洞などはそんな疑いを強く感じさせる。




 延べ床は100畳を下らないのではないかという大空洞を、“勘”というコンパスを使って東へ進む。
入ってきたのとは反対側の、旧江間村、後の伊豆長岡町、現在の伊豆の国市側の出口を、探していた。


 そして、東側の外壁の一角に、目立って空調の効いたエリアを発見。

 しかし見たところ、出口へ通じる通路などないのだが…

 ここで奥の手を発動。






 消灯。    .






 点灯。    .



 ぬおぉぉ──!!!
でぎゅちだ!





 だが、この出口は死んでいる。

いや、死にかけている!

やはり、まともな神経では通り抜けようと思わない。
なにせ、禍々しき“立体パズル”の隙間である。
一旦崩れて、その崩れ落ちた岩盤と新しい天井の隙間を数メートル潜り込まねばならない。
狭いだけに、風はよりはっきりと観測されるのだが、息苦しいことこの上ない。




 匍匐前進で、凹凸の激しい床と天井の隙間を進む。
床と天井の凹凸が奇麗に一致しているのが、気持ち良いような悪いような。

 通行上の留意点として、床はともかく、天井の方にはどんな亀裂があるか知れたものではないので、極力身体をあてないように注意した。リュックも下ろして、別個に運ぶなどした。
もしいま天井が落ちてきたら、挟まれて「イテー!」どころの騒ぎではなく、体液大放出の独りミンチは堅い。
それは、余りに悲しい。

…まして、探し求めた隧道で死すならまだしも… こんな…あなで…





7:53

 どうやら、私は山を越え

 伊豆の国市へ出たようだ。

 入洞時とは、明らかに違う音(車の通行音)が聞こえてきた。





 この隙間(→)から、 這い出して。


 やりとげたーーー?!?!


 …でも、 なんだか釈然としない。

確かに地下を通って山は抜けたかも知れないけれど… やはりいまのは隧道ではないだろう。
あくまでも、そういう丁場だったのだ。


 きっと、本当の隧道がどこかに眠っているはずだ!





 いったいここはどこなのだ?


 岩の隙間から外へは出たが、そこは樹海。
アオキを主体にした地を這う照葉樹林が、視界を激しく制限している。
そのアオキは、如何にも青臭そうな実をたくさん実らせており、赤く色づいたものも目立つが、それもやっぱり青臭そう。

 振り返ると、V字に切れ込んだ稜線がはっきりと見えた。
やはりここは鞍部の直下で、しかもちゃんと東側へと脱している!
本当の隧道はもっと上の方にあるのだろうか。
しかし、藪が深すぎて行動は著しく阻害された。
思わず穴に戻りたくなったほどだ。




 とりあえず現在地を確定させるため、藪をくぐりながら自然と地形の示す方向へ進んでいくと、やはり車の音が近づいてきた。(100〜300mの範囲内だと思う)
この頻繁な車音は、国道414号を除いて考えられない。
藪が高くて見通せないが、きっとこのまま真っ直ぐ山を下っていけば口野トンネル東口付近に着きそうである。


 しかし、やばいな…。

ここまで酷い激藪に、あるかも分からない本物の隧道を探すというのは…。
現状では余りに無策、徒労に終わる危険が大き過ぎるような。




 !!

 また出たよ…。

一瞬さっきの穴に戻ったのかと思ったが、そうではないらしい。
50m以上は移動している。

この穴がどこなのか明確なシルシもないのだが、少しでも藪が浅いところを選ぶように岩場の麓の日陰がちなところ歩いていたら、見つけてしまった。

あ〜〜ん。 どうしよう…

明らかに、これも隧道では無さそうだけど…。


 …でも、穴なんだよなー。





 本当に身の危険を感じた 第三洞




7:59

 約5分だけ地上にいたが、再び元来た方向へ向かう穴へと逆戻り。

正直、この穴も入口の様子からいって目指す隧道では無いような感じがしたが、次々に現れる廃なる穴に興味を惹かれたし、地上の余りの藪の深さから逃れたいという気持ちもあった。
この穴が、本当の隧道の近くまで連れて行ってくれるかも。 そんな期待もあった。

 だが、結論から言うとこの第三の穴は、
決して入ってはならない、危険すぎる穴だった。



 「第三洞」もまた、入って最初はかなり広い部屋だった。
そしてまた、ここにも微かではあるが空気の流れを感じた。
雰囲気的には第二洞とうり二つで、“レベル”もおそらく同じくらいだから、もしかしたらどこかで通じているのかも知れないと思わせた。

 しかし、広間を真っ直ぐ20mほど進むと、様子が一変した。




 向かって左側の天井が豪快に抜けて、そこから膨大な量の土砂が洞内に雪崩れ込んでいた。

 これまで、“線”としての隧道の崩壊現場は多く見てきたが、このような“面”としての崩壊を目の当たりにするのは初めてだった。
一枚の写真では納めきれないし、光量が足りず動画も無理だったが、おそらく20m四方くらいの土山が出来上がっている。
この写真は、その一隅を捉えたものに過ぎない。




 この巨大な崩壊によって洞内空洞は終わっているかと思われたが、壁際を進むことでその裏側へとアクセスすることが可能であった。
風もまた、奥の方から流れているように感じられた。

 正直、この奥は嫌な予感がしたんだが…。


 天井が抜けて高くなった部分を山頂に、紡錘形の土山が出来上がっている。
白い岩壁を見慣れてきただけに余計、この膨大な土砂の侵入はあるまじき事として写ったし、禍々しく見えた。
天辺付近は、亀裂から地上へ僅かに接しているようであった。(画像にカーソルをあてると消灯)

 また、山の中腹にモヤシのような真っ白な植物が、いくつかふにゃりと芽吹いているのも、哀れであると同時に気持ちが悪かった。




 とんでもない状況になっていた。

しかも、これは写真ではとても伝えられない。

土山の裏側には、それまであった洞床が存在しなかったのだ。
あるのは、一つ一つの欠片がバイクや自動車ほども大きい、鋭角に割れた岩の塊のみ。
それが、壁と足元の全てを支配していた。
だから左右の写真とも、帰宅後に見てもてんで、「天地」が分からない。
現在の向きも間違っているかも知れない。




 ここがどのような場所であったかを説明すると、相当に広い広間だった筈だ。
それが、地震によるものか、単なる地盤の老朽化によるものか分からないが、ともかく崩れた。それも徹底的に。

 通常の隧道であれば、床面積の全てを覆うほどに天井が崩れれば閉塞してしまうだろう。
しかし、ここはもともとの人工的な空洞が大きすぎ、いわば岩盤の空間に締める充填率が低かったため、崩れた岩盤の裏側に出来た新たな空洞へと、瓦礫の隙間を縫って入り込むことが出来た。

 写真からでは天地も分からぬ闇の空隙は、精神衛生上も居心地最悪。
これはもう人工の空洞ではなくて、人工の空洞が引き金で生まれた、全く新しい自然の洞穴だ。
見渡す限り周囲の壁は全て自然のまま、崩れたままの姿であるし、本来の洞床は厚さ数メートルの岩盤下に、遺留品とともに眠っているに違いない。




 この場所で目にする光景は、通常人が目にすることの無い、地中の任意の断面に近いものだ。

 写真に写っているのは、“地下の天の川”とでも呼びたくなるような、真っ白い帯状の模様。
奥行きは10m以上もあって、そこだけがライトに反射し奇麗であった。

 しかし、大袈裟でなくここは身の危険を強く感じる空洞だった。
足元の尖った岩の中に、周囲の岩盤の微妙なバランスを支えているキーストーンが紛れていないとも限らない。
私の体重でそれが転倒すれば、一つ一つが何十キロ、何百キロ、或いは何トンもある岩が動き、私を挟むかも知れないのだ。

 興味本位で空洞が続く限り奥まで来てしまったが、これは入るべきではなかったと思う。
実際に何度か洞内で転倒したし、一度だけ2m四方くらいはありそうな大岩が足元でグラリ揺れて、慌てて足を引っ込めたりした。




 人工的なものは全て埋もれてしまったのだと思ったが、徘徊するうち、広間の最も奥まった一角にて、人工的に刳り抜かれたと思われる四角い穴を見つけた。

 コウモリたちにさえこの第三洞は危険視されているのか、非常に疎らであった。
そして、私に対してもいつも以上に冷笑的。
近寄っても、ほんの僅かにさえ身を震わせはしなかった。





 この穴…


  執行された後のギロチン台のように見えた…。




8:09

 入洞から10分。
こりゃダメだ。
貫通への一縷の望みをかけて侵入した四角い穴の奥も、巨大な岩の寿司詰め状態。
身体を周囲の岩に触れさせずに進むことは出来ないし、霧も出て来た。
風もないわけだし、この穴は見込みがない。


 もう出よう。

この第三洞は、長居すると必ず事故が起きそうだ。




 入ってきた穴とは別の場所にも、岩の隙間のような出口が有って、地上へと戻ることが出来た。
方向的には入ってきた穴と横並びだが、素早く地上へ戻れたのは助かった。

 ただし、ここもまた最後にはネコになって這い出さねばならなかったが。




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 現在地判明! しかし、流血の事態に…


8:14

 15分ぶりに地上へ復帰。
這い出すように出てみると、そこは空を突く巨大な石切場の跡地であった。
さっきまでは頭上を覆う藪が多すぎて気付かなかったのだろうが、この辺りの丁場は地中だけではなく、地表からも大量に採石されていたようだ。

 こんな巨大な岩山の下に、あの崩れかけた空洞が眠っているのだと思うと、なんだかゾクゾクする。

 第三洞の最初に入った穴は、出た穴の5mほど下に見えた。(右写真)




 少し見通しの利く場所に出ることが出来た。
白い煙を吐き出す工場が、谷戸の全体を埋めているのが見えた。
ともかく、これは百パーセント東側の風景である。

 また、この丁場と麓を繋ぐ運搬路であろうか、古い道跡を見つけた。
この東側は藪が特に深く、探索行動を制限されることが多過ぎる。
隧道の捜索を諦めたわけではないが、一旦下山して仕切り直しをしたい。喉も渇いた。
改めて西側にクルマを回し捜索し直す事に決めた。




 見えている工場と、事前に麓から観察していた景色を重ね合わせれば、現在地はこの辺りらしい。

 いまは、第二、第三の丁場を経て、再び東向き斜面に顔を出したところだ。
いったい、目指す隧道はどこにあるのか。
全長18mということを考えれば、もう少し稜線に近いところにありそうだ。
仕切り直し後は、西側からもっと上を目指そう。
なんといっても、第一洞の中に隧道の竣工記念碑が安置されている現実は、本当の隧道の在処やその後日談と無関係でないはずだ。
第一洞の坑口にのみ、隧道の発案者である「山田」の姓と思われる文字が刻まれていることも、やはり気になる。
記念碑があそこに移設された理由として一番に考えられることは、あまり考えたくないが… 隧道はもう地形ごと消えてしまったということであるが…。
それでも、跡地には何かしら、それと分かる地形が残っているかも知れない。
今のところ、それらしいと思える場所にも出会えていないのだ。



 第三洞出口付近から始まったと思われる、古い道の痕跡。
それは、西側でチャリとともに辿った石垣のある道の続きのようでもあった。
やはり、路肩には空積みの簡単な石垣が作られていたのだ。
ただし路上の藪は西側とは比べものにならないほど深く、しかも棘の付いた植物が目立つ。

 洞内用に被ったヘルメットを、依然着用のまま、アタマから強引に突っ込んで切り開く。
次の瞬間、撓って飛んできた枝切れが頬を直撃。
熱いものがこみ上げてくる。




 うわ。

血じゃねーかよ…。

…えらいこっちゃえらいこっちゃ。顔面流血の事態。

 顔面を打たれた直後にこみ上げてきた“熱いもの”を、はじめ、ガキの頃に頬を殴られたり、顔面にバレーボールを食らったときと同じ、“涙”の熱さだと思ったのだが、それは誤りだった。
何か涙じゃない汁が本当に顔から垂れたので、驚いて手の甲を当ててみると、赤いものがべっとり。
鼻血かと思ってデジカメで自分撮りしたら(→)、“ホッペ血”が出ている〜。

 こう言うときに限ってティッシュも忘れているし、仕方なく近くのアオキの葉っぱで拭ってよだれで拭いておいた。




 工場のある谷戸へ下るのかと思いきや、道は殆ど高度を下げないまま、小さな尾根に沿って南東へ進んでいる。
早く下山したい私としては顔も痛くてイライラしてしまったが、足元に道の跡が続いていることは事実だし、道を離れてもいっそう深い藪に進退が窮まる事も予想されるので、我慢してなぞり続けた。

 仕舞いには、冬とは思えぬこんな藪(→)に行き当たったが、なお堪え忍んで進んでいった。

 そして、10分ほど歩いただろうか。
小さな尾根を巻き終わり、また谷戸の上部へ入ってきた。



 またしても、穴が。


しかも、今度の穴は…

なんだか、煙の匂いがする。


 いや、匂いだけでなく、中から紫色の煙が出ている!
目を凝らすと、穴の中に洗濯物が干されているのが見える!!


 第四洞は、明らかに先住者あり。
そんなわけで、侵入はしませんでした。
いや、入れても入らなかったかも知れないけど…いい加減。





 人が住んでいるだけあって、この穴は下界とのアクセス性に優れていた。
私にとってはまさに救いの手であったが、階段と急坂を組み合わせたジグザグの歩道が、穴のそばまで来ていた。
取りあえず、これを下って国道へと戻ったのであった。

 そのまましばらく国道を歩いて、クルマを取りに行った。
仕切り直しだ。



潜っては出て、出ては潜ってを繰り返し、
顔に傷まで負ったのに、
いまだ確たる痕跡に出会えず。


この小さな山のどこかには、

明治5年着工が明かされた、“幻の古隧道”


そいつはきっと、眠っているずなのにッ…!!


まだ、俺は諦めんぞー!