2018/4/27 4:52 《現在地》
この探索は、平成30(2018)年4月の第一次北海道遠征(5日間にわたって国道229号の旧道を中心とした西海岸の探索を行った)最終日の早朝に行った。
既報である探索に対する時系列としては、雷電海岸探索の翌朝であり、須築、虻羅、北檜山大成線などを攻略した日の朝イチだ。
この先に見える突出型の坑口を持つトンネルが、江ノ島トンネルである。こちらは東口で、西口まで見通せている。
目指す旧道へは、坑口手前を右に入れば良いと思われ、初めて来る場所なのだが、この行動には目新しさが全くなかった。
しかし、こんな朝っぱらから、なんだこの路駐の多さは。
何か事故でも起きた直後かと思ったほどだが、実はこれらは釣り人の車だった。
お互いずいぶん熱心なことである。
これが、国道229号江ノ島トンネル旧道東口だ。
最初だけ道路っぽいが、少し先は深い藪のようである。
右の奥に見える岬は、地図上で見たピカチュ●の左耳だ。
そして昭和32年の地形図を見る限り、旧道はここから岬までの海岸線を半分くらい進んだところから、左折して1本目の隧道に入っていたようだ。
ここから見ても、たぶんあそこなんだろうなと言う地形が見える。敢えて矢印で示さなくても、皆様も分かるよね?
藪が深そうなのはネックだが、もともと長い旧道ではないし、隧道を鼻先にチラつかされている状況に、辛抱堪らん。鋭意突入だ!!
…ただし、自転車はここに置いていこうかな。
入口から30mで、路上は草むらとなって轍が消えたが、さらに20mばかり入ったところに、道路の中央を塞ぐように、親の顔よりも見た標識が突っ立っていた。
今さら説明も不要だと思うが、これは「通行止め」の標識で、かなり古いものなのだろう、めちゃくちゃ色褪せて美白されていた。
現在のトンネルが開通したのは昭和46(1971)年なので、引き換えに旧道となったこの道が廃止された時期ははっきりしないが、ともかく旧道となってから50年近くも経過している。
そりゃ標識だって色褪せるだろう。
ぐわあ〜! 朝っぱらからこいつはキツいな。
あっという間に口の中が笹の葉でいっぱいになってしまいそうな強烈な笹藪だ。
しかも、灌木と絡まり合っていて始末に負えない。
まだ春先だというのに、これはあまり季節を問わないタイプの藪だ。
道は最初から緩やかな登り坂になっていて、徐々に海岸との比高を増している。とはいえ、その気になれば簡単に磯へ降りられる立地である。
私がオブローダーでなければ、もし釣り人だったとしたら、迷わず磯を歩いたに違いない。
この激藪の中で、私は落ちている靴を見つけた。
「Fashion」というロゴが入った、ファッショナブルなメンズスニーカーである。
……ここで片靴を失った持ち主は、いったいどうなってしまったのだろう?
まさか、今も裸足のまま藪を彷徨っている……訳はないが、人によっては靴が脱げたことにさえ気付けないほどの激藪なのだ。そして、戻って探す気になれないほどの激藪。
哀れな片靴に祈りを捧げた後、元の場所に戻して、探索続行。
そしてちょうどこのとき、印象的な天体ショーが始まっていた。
朝日が…… 赤い。
え? なにこれ?
なんでこんなに赤いの?
朝日だよねこれ?
いつもはもっとギンギラギンじゃない?
百鬼夜行絵巻の最後に上ってくる太陽のような、不気味な色をしていた。
まあ、この景色は多くの人が目撃しているはずで、それで騒ぎになっていないのなら、別に珍しい出来事ではなかったのだろう。たぶん、低い位置に薄雲か靄がかかっていて、そのため覇気のない朝日に見えたのだろうか。
……なんとなく、忘れられない1日になりそうだ……。
(予感は的中し、この日の終わりもまた、印象的な太陽を見送ることになった)
5:00 《現在地》
出た! 隧道!
入り口からおおよそ180m。
予期していた位置にて、1本目の旧隧道の入口を発見した。
坑口前が広場になっていたようで、いかにも昔の狭いトンネル前の造りである。
車がすれ違えないような狭いトンネルであればこそ、こういう広場が必要とされたのであり、しかもその多くがトンネル掘削時の残土で造成されているという合理性もあった。
既に一面の笹原と化し、自動車の通った面影は薄れてしまった旧国道だが、この広場には路線バスや運材トラックなどが土埃を巻上げながら豪快に疾駆した、かつての北海“ダート国”道の匂いがあった。
いいねぇ。 コンクリートトンネルの落ち着いた佇まい。
残念ながら、隧道名が分かるような扁額はない。
しかし、見慣れないものがある。
この坑門に取り付けられた鳥居のような木組みはなんだ?
よく見ると、左側の柱には支えもあって、頑丈に作られていたようだ。
今までたくさんの坑門を見てきたが、この形の木組みは初めて見た。
なお、トンネルはちゃんと貫通しているようで、出口が見通せたが、
そのシルエットが少し歪だ。内部には落盤がありそうである。
私が静かに坑門を観察している最中、その背後では、
赤光の球体が、東の地平を離れ、空に浮かんだところだった。
私はかつて、これほど秘めやかで淑やかな一日の始まりを体験したことはなかった。
この太陽が普段の見慣れた姿に変わる瞬間を見たいという衝動に駆られた。
だが、それは探索の遅延を意味するので、私は諦めた。
坑門に意識を戻して、不思議な木組みの正体を探ろう。
おそらくこの木組みの狙いは、坑門の倒壊を防ぐことにあったのではないかと思う。
見ての通り、この隧道はコンクリートブロック造りなのだが、坑門付近の目地には大きな環状の亀裂が発生している。
これは内壁に架かる地圧が土被りの大きさによって一定でない(偏圧)ために発生した、組積造の坑門にありがちな故障なのだが、放置しておくと坑門の倒壊に至る。
致命的な亀裂の進行を抑えるために、内側を巻き立てて補強することがよく行われるのだが、そうすると必然的に隧道の断面が小さくなってしまう。
それも避けるために、坑門の面の方を支えたのではないだろうか。
そしてどうやら、この付け焼き刃のような補強は成功しているらしく、現在のところ坑門の倒壊を免れていた。
いつから補強された状態なのかは分からないが、現役時代の末期からだとしても50年近くが経過している。
おそらく使われている木材が電柱用のもので、防腐剤(クレオソート)が塗布されていたおかげで、腐朽せず維持されている。
――北国澗1号隧道――
奇物遭遇は、この先に……