隧道レポート 昆布森海岸の割れ岩隧道 後編

所在地 北海道釧路町
探索日 2023.10.25
公開日 2024.01.03

 本邦初公開! 割れ岩のトンネル内部探索


2023/10/25 6:10 《現在地》

坑口へ攀じ登るまでは一切見ることが出来なかった洞内を初めて覗いている。
第一印象は、思ったよりも長そう、だった。

坑口の立地的に、岩崖の突角を貫通する“だけ”の短い隧道を予想したが、坑口から見る洞内には、近い出口という予期したものが見えなかった。
とはいえ風が抜けていることが肌に感じられるので非貫通の心配は無かったし、この写真だとほぼ見えないが、肉眼なら辛うじて見分けられる程度に出口側の光も見えた。おそらく洞内は直線ではない。

洞奥へ向かって出発する。



10mばかり進むと、ようやく出口がはっきりした。
洞内は拝み勾配が付けられており、中央付近で勾配が上りから下りへ変わる。そのため最初はほとんど出口が見えなかったのである。
出入口を同時に観察できる現在地より、改めて隧道の長さを40m前後と推測した。
手掘りとみられる人道隧道としては、本格派といえる長さではないだろうか。

坑口の状況からして予想できたが、洞内も完全なる素掘りであった。
断面サイズは高さ2m、幅1.4mくらいで、かなり狭い。大人が2人並んで歩くのは難しいだろう。私はこのシチュエーションに慣れすぎているので怖さをほとんど感じないが、現代人が背広姿でここを歩く姿は絶対に想像できない。そもそも明りがなければ足元も全く見えない。

洞内は全体に乾いており、地下水の作用を感じない。
洞床はやや堅い土の踏み心地で、泥濘はない。
壁面には天然の岩の紋様はよく見えたが、ノミやツルハシの手掘り痕とか、削岩孔のような工作の痕は見られなかった。地質的にそれらは残りにくかったのかもしれない。



おおっと!!!

これは、工事中の苦心の痕か?!

入口から20mほど進み、おおよそ中間付近と思われる辺りだが、左側から天井にかけて不必要に見える空洞が出来ていた。
工事中か完成後に崩落があり、崩れた土砂を外へ排出した跡のような感じがする。
そしてさらなる崩壊を抑えるべく、手積みの石垣と盛土で壁を抑えているらしき部分もあった。そのせいで道が狭くなっているが、人道ならお構いなしといったところか。



この場所で全天球写真を撮ってみた。
出口と入口が1枚の写真に入っているので、長さを実感できると思う。また、私の身体と壁の間隔から、サイズ感も分かるだろう。

何者が、いつ、いかなる目的で掘り抜いたものなのか。
疑問の答えに繋がるヒントは、現地ではまだ見つけられていない。
この手の手掘り人道隧道は、隧道の最も原始的なスタイルであり、それこそ江戸時代由来の可能性すら捨てきれないものがある。



完全一本道の狭い隧道には、長居できる要素がない。
せっかく辿り着いて(これには秋田の自宅から釧路に来るまでの遠大な旅路も含む)からまだ数分だが、もう終わりに近づいてしまった。
とはいえ、この先の出口を我先に見られることは、とても楽しみだ。ここからは事前情報皆無であり、果たしてこのまま昆布森へ抜けられるのか、冒険の楽しみが大きい。

とりあえず、入ってきた坑口と同じような雰囲気の出口である。
入口同様に、出口も大きな段差があるように見える。
入口ほどは切り立ってなければいいんだが…。



うっ!

ロープがある……。

正直、嬉しくない……。

だって、これがないと通れないくらい段差が激しいってことなんじゃないの…?
入口側にはこういうものは全然無かったし……。
こちら側の浜にも昆布が沢山漂着しているのは見えるが…、嫌な予感がする。



6:12 《現在地》

ギャーーーー!

ロープが切れてるぅーー!!!

そりゃ、まあ、そうだよなぁ…… 廃隧道に多くを求めちゃいけないのだ…。

そして……、

西口以上に東口の段差は大きく、かつ、切り立っていた!



ううううう〜〜〜ん! 高い!

見渡す景色の高度感も、西口より大きい。
お陰でかなり遠くまで見通せて、砂浜がずっと続いていることが分かる。
昆布森の町や港は見えないが、ここから見える一番奥の酷くオーバーハングした岬の裏側にそれはあるはずだ。

……歩けそうではあるものの、西口以上にすごい奇景だ……。
なんか、茶色の“仏ヶ浦って感じ……。



高いなぁ。 怖いなぁ……。

この岩は、踏み出したら間違いなくズルーって滑るだろうな。

でもまあ、下は砂地で、かつ大量の昆布もクッションになってくれそうだし……、飛び降りるか。

正直、首からは一眼レフカメラをぶら下げて、全体に重装備な私は、飛び降りたりするのは苦手なんだけど…… よし、飛ぼう。



っ!!




昆布クッションのお陰で、無事着地!

こっから飛んだのウケるwww 下から見上げると余計高く見えるなww



……で、地味にもう戻れないかもしれないけど、 大丈夫だよね?笑




 奇岩がひしめく通学路


2023/10/25 6:15 《現在地》

奇岩「割れ岩」の東側に到達した。
写真は、突破してきた隧道を振り返って撮影している。
明らかに西口以上に海面との落差が大きい。これは洞内の勾配の影響だろう。前回、内部は拝み勾配だと書いたが、より正確には西口から中央付近までが上り坂で、残りは水平に近い感じだった。それで東口が西口より1mほど高いようだ。



恐ろしことに、干潮のピークから17分経過した現時点で、もう隧道外側の岩場を巻いて歩くことは、足を濡らさなければ不可能になっていた。
というか、17分前もそれが出来たかは分からない。まだ浅いし波も穏やかなので、濡れても良ければ歩けはするだろうが、波がある時や、干潮でない時は、まず通れなさそうだ。
まあ、だからこそ隧道が掘られたのであろう。必要だから、苦労して掘った。当たり前だ。



これからこの浜をさらに東へ進み、昆布森の港を目指す。
400mばかりで辿り着けると思うが、激しくオーバーハングした岬が視界を遮っていて、目的地は見えない。

それにしても物凄い量の昆布が浜に打ち上げられている。まるで昆布で出来た堤防のよう。
昆布はこの地域における最大の水産資源だが、水を含んで重い昆布の回収にはもちろん人手が必要だ。ここは近づける車道もないから、昆布森か城山から歩いてくる必要がある。後者なら隧道を通りたいが、現状それは難しいだろう。

それはそれとして、

面白いなアレ!

あの赤○印のところ……



穴が貫通している!

人の身にはいささか小さく、しゃがんでやっと通れるくらいだろうか。
それ以前に、人があそこへ行くことが無理っぽいが。
完全な天然地形の穴で、海蝕や風蝕によって生成されたのだろうが、この岩場には海鳥が休んだ形跡があり、まるで、トリ専用隧道だ。



砂浜は、広くなったり、狭くなったり、とても忙しい。
というのも、本当に櫛の歯のように岩場が細かく出入りしていて、その岩場の先端を回り込むところは、少し潮が上がれば水没しそうな危うさだった。

先達の話によれば、この浜が昆布森小学校への通学路であったとのことだが、季節によっては通学の時間帯が満潮ということもあるだろうし、波が高い日だってあるだろう。昔はもっと砂浜が高かったとも聞いたが、それにしても通学が難しい日はあったと思うぞ…。



櫛の歯のような岩場は、そのどれもが高く鋭く切り立っていて、迂回できるものではなかった。
全てに隧道を掘れば良いのだろうが、人が通れる穴は、人が作った最初の一つだけ。
他の岩場にも、なぜかいろいろなところに穴が開いていたが、いずれも天然の造形であった。
基本的にこの巨大な岩場は海食崖だが、あんな高い所が波に洗われていた時代は太古だろうし、おそらくは陸上に上がってからの悠久の年月に、風や雨に削られて生まれた穴だと思う。



6:18 《現在地》

隧道から100mくらい歩いてきたところで振り返った。

凄まじい景色。

ここは漂泊の旅人こそ歩くべき浜で、通学路としては、いささか文化が果てている。こんな道を毎日歩いたら、全員が芸術家になりそう。

というか、あの穴から落ちてきた自分も変だ。まるで産み落とされたウミガメみたい。生まれ出て、砂浜に孤独を刻んでいる。

……でも、晴れた日に来たらこういう印象じゃないだろうとも思う。奇岩怪石が青空と青い海に映える、とても爽快な場所かも知れない。



隧道と昆布森漁港の中間にある巨大なオーバーハング岩が間近に迫った。
前方に人影も見える。出で立ちからして昆布採りだろう。
潮が満ちてくる前に、このオーバーハング岩だけは超えないとヤベーことになりそうだ。あの隧道は戻れる気がしないので、昆布森にも行けなくなると、ザブザブ海の中を歩かなきゃならなくなる。

早く行こうと思いつつ、ここで左を見たが最後、絶対に目を瞠ることになる。




!!



眺めの全体像は、こんな感じ。私の印象はラシュモア山。もちろん行ったことないけど、ガロスペのテリーボガードのステージだよ。
とてもすごい景色だと思うが、地図には名前も、名所の記号も、何もない。
そもそも地形図だとこの場所には浜がなく、切り立った絶壁が直接海へ落ちている表現なので、歩いて近づける場所とは思えない。

この突き出した部分は全て、割れ岩の兄弟だ。
割れ岩だけに隧道が掘られているのは、それが特に海に張り出していたからだろう。
そして、他の岩には道が付けられていた気配が全くないのは、浜辺を歩けば迂回できたからだ。

隧道といえば車道に付随するものが圧倒的大多数だが、このように純然たる歩道の一部として作られたもの(かつ遊歩道由来でないもの)もたまにはある。
そういうところは、徒歩でさえ迂回の難しい地形であり、真に必要に迫られたものという気がするのである。

いま私は人工物の匂いのない浜を歩いているが、実は歴史深い道を歩いているような気がしてきた。
そもそも、大人たちが長年歩いた浜でなければ、子供たちの通学路に使わせる可能性は低い気がするのだ。



尋常でなくオーバーハングしている岬の岩場。
首を痛める前に、先へ進みます。



6:20 《現在地》

岬の先端は砂地がなく、波打ち際で浸食された波蝕棚が広がっていた。
あと数時間もすれば間違いなく胸まで水に浸かるだろう、今はギリギリ水面上にある棚を歩いて行く。
ここで初めて昆布森側の人工物(突堤の先端)が目に入った。
昆布採りの人たちもいるし、どうやら無事に辿り着けそうだ。



これで見納めなので、最後に振り返って穴を遠望。
離れても穴の存在感が凄い。全然道のない岩壁の中腹にぽっかりは、やっぱり目立つ。
あと、この浜って昆布がこんなに打ち上がってるのに、ゴミは少なくて凄い綺麗だ。
普段の私は内海である日本海を良く見るせいで、漂流ゴミが多いのは普通の景色なのだが、北海道の先っちょの方の太平洋ともなれば、こんなに綺麗なんだな。



オーバーハング岬を超えると、また広い砂浜が広がった。
200mくらい先に昆布森漁港の堤防の付け根がある。私が車をデポしたのもあの場所だ。ゴールは近い。
昆布採りの人たちの足跡をなぞって進む。

終盤、砂浜は山手より大量に供給されているらしき岩屑物の礫浜へ変わった。
少々歩きづらかったが、黙々と踏越えて……



6:30 《現在地》

昆布森漁港到達!

無事、所定の目的を果たして、探索終了である。
この成果、いち早くMorigen氏に報告しないとな!
おそらく自分一人では気付くことがなかった隧道を教えてくれたことに最大級の感謝を。
でも、彼はどうしてこの隧道を知ることが出来たのか。情報がまだありそうだ。次の質問は決まった。


割れ岩の隧道は、いつ、だれが、いかなる目的で掘り抜いたものなのだろうか。

良ければ皆さまの予想もお聞かせて下さい。





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