三好(みよし)市は、徳島県の西端を占め、四国を構成する他の3県の全てと接する立地にある。
その中心市街地である池田からは、4県すべての県庁所在地へ通じる国道が東西南北へ交差しているほか、かつて四国最大の舟運があった吉野川の河港跡があり、それが鉄道へ置き換わった後も土讃線と徳島線が連結する重要な駅が置かれている。そのため池田には四国を代表する交通の要衝として発展してきた長い歴史がある。
そんな池田の地で、土地に根付いた交通史の深みを窺わせるような、驚くほど巨大な廃橋と出会った。
そして、最近の私にとっては珍しく、衝動的で突発的な探索を決行した。
最近の探索は、出発地である秋田から遠く離れての長期遠征であることが多いため、土地鑑の弱さを補うべく、事前に探索対象を選定して巡る順序もある程度決めてから出発している。そして現地では、探索計画の進捗度合いと、残り時間や体力および天候などを秤にかけて、次の探索場所の取捨選択や順序の入れ替えを行う。探索計画は相当にタイトなスケジュールであることが多く、旅先で事前情報のない廃道や気になる道をたまたま見つけても、探索に要する時間や体力の予測が立てづらいことから、その場で咄嗟に探索を始めることは少なく、一旦記憶に留めて帰宅後に精査をしてから、後日に改めて探索の機会を設けることが多い。
だが、そんな熟年の小賢しさを一瞬で破壊してしまうほどの衝動を、瞬時に私の中に発生させる突発の出会いも、もちろんあるのだ。
今回は、そのセンセーションの一例だった。
出会いの経過を、最初に説明する。
2024年2月26日、この年の1回目の四国遠征の初日。
時刻は15時頃。場所は三好市池田。道は初めて通る国道32号。
予定している次の探索地を目指し、エクストレイルで西方向へ進行中であった。
当初の予定では、池田はただの通過地点であった。
この時の前窓にある国道は、吉野川の堤防に作られたゆったりとした幅広の道路で、背景は、巨大な地溝帯を流れる吉野川の雄大かつ直線的な河谷風景だ。
国道はこの先、川幅を狭める形に突出する段丘崖の鼻面を、池田トンネルというシンプルな名のトンネルで貫きつつ登坂し、段丘上にある伝統的な池田市街地を掠めて通り過ぎる。
(なお、これを含めて探索開始までに撮った写真は全て、最初に運転しながら通りかかった時のものではない。直後の“探索中”に近い位置の歩道から撮り直したものである)
このときに、私の目は、遠くの“異常”を察知し始めた。
すこし進むだけで、察知した“異常”は、間違いなく確かなものへと変わった。
あれは、橋の跡か?
池田トンネル近くの突出した川崖の中腹に、超大型の橋台と見えるコンクリートの構造物がそそり立っているのを見た。
同時に、その真っ正面の対岸の位置にも、おそらく同形の超大型橋台構造物の屹立を目視した。
こちら岸(吉野川の右岸)に聳える橋台様構造物のアップ。
ヤベえ規模だ。
ちょうどすぐ手前に民家があり、サイズの比較対象になっている。
やべえ、規模である。まるで西洋の城塞だ。スーマリの各ワールドステージ3のゴールに待ち受けている城のサイズ感である。
しかも、ただ大きいというだけでなく、なんともいえない特徴的な形状がある。
特に、アーチ部に中二階のような空間があるのはなんだろう?
いまだかつて、見たことがない、気がする。
対岸のそれのアップ。
遠いので小さく見えるが、いやいや、これも近づけば此岸のものと同じサイズ感ではないだろうか。
ちょうど良い具合に対岸を並走する道路が隣接していそうだ。簡単に辿り着けそうである。
……ただ、実際には国道の早い流れに乗って走行中の発見だったから、これらの写真のような情報量は得られなかった。
それでも、馬鹿でかい廃橋の橋台があることは分かった。
車速を緩める暇もないまま池田トンネルへと突入した車窓からは、この橋の一切は完全に消えてしまい、そのまま通り過ぎることが既定路線となった。
だが、私は次の駐車帯に車を停め、考える時間を持った。
この地図に描き足した位置に、橋の遺構が存在する。
地図読みで、この辺りの川幅は約200mあり、両岸の余分も足すとたぶん長さ250mを越える規模の大型橋だ。
しかも、隣接する位置にこの廃橋の“新橋”らしきものが見当らないのが印象的だ。
一応、700mほど上流には池田ダムの堤上路が解放されているが、新旧関係のようにはどうにも思えない。
下流側の隣接橋となると、1.5km離れた所に架かる国道32号の四国中央橋があるが、離れすぎている。
計画にはなかったが、ちょっと自転車を出して見にいってみるか。
車で戻っても停める場所がなくて苦しみそうだし、小回りが利く自転車がいいだろう。
これをやると時間的に、今日この後に予定していた探索は出来なくなると思うが、通りがかりに見えたあの橋の城塞めいた厳ついシルエットは、最低でも数ヶ月後となるだろう再訪まで、私の中に大人しくしてくれなさそうだ。
あと、一度持ち帰れば、現地探索より先にネットで正体を知ることになると思うが、その展開もちょっと勿体ない気がする。
せっかくこんな目立つ大きな廃橋なのに、遭遇の瞬間までバレずにいてくれたのだから、ここは私も、ネタバレ無しで、いっちょ取っ組み合ってみようという気になった。
ネタバレ注意
本橋の正体について、既にご存知の読者も少なくないだろうし、そうでなくても、橋名や特徴から検索すれば、即座に答えにありつけるだろう。
だから、わざわざ勿体ぶるつもりはない。
たまたま私は、現地で何も調べる前に探索を“楽しむ”幸運に恵まれたが、先に正体を知りたい人は、検索するなり下のボックスにカーソルを合わせるなりして、正体を知った上で読み進んで欲しい。
一つだけ言えるとしたら、正体を知って読んでも、知らずに見ても、この橋はトテツモナク魅力的な存在であるということだ。