http://yamaiga.com/mini/225/ の公開中コメント一覧

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コメント
59,5012026-02-19 16:38:48/mini/225/main.html10
おもしろかった^^
56,8602025-06-15 21:28:27/mini/225/main.html10
しゅ、しゅようちほうどうってなんだろう(すっとぼけ)
56,5752025-04-28 22:31:16/mini/225/main.html10
ちょくちょく見させていただいてます!我が町松戸市のレポートがあったとは……!しかもよっきれんさん松戸市が本籍だったんですね〜
松戸市と市川市の境あたりは果樹園の多い丘陵地帯で、武蔵野線の市川大野駅あたりはちょうど狭い谷になってるのが電車内からもわかりますよ〜
54,6352024-07-22 23:32:40/mini/225/main.html10
一向に工事の進まない北千葉JCT、屈曲だらけのr51、江戸時代の面影の残る行徳街道、短いながら旧国道の趣漂うr54・r5間の旧R6、他の方も取り上げている行田の環状道路に浦安鎌ヶ谷線…
東葛地域はここ以外にも見どころが幾つもあって何回行っても飽きません。
54,5392024-07-05 15:50:13/mini/225/main.html10
一番東京に近い1桁険道ではないでしょうか。関東を見回しても他には群馬r1くらいでしょう。
54,0662024-04-21 12:52:25/mini/225/main.html10
先日、鎌ヶ谷から松戸へ歩くのにここを通ってみました。
なるほど、知らなきゃそれとわからない険道です。興味深いものを見せて頂きました。
53,3722024-01-19 01:59:15/mini/225/main.html10
いつもお疲れ様です。あら、本籍地は松戸市でしたか。こちらは、元・松戸市民の現・松山市民です。(^^;
52,6052023-09-27 20:15:01/mini/225/main.html10
 現行の建築基準法の第四十二条の「道路」の定義では、幅員四メートル以上のものとなっているようです。
 建築基準法の前身は、市街地建築物法(大正8年4月5日法律第37号)だそうで、その第二十六條に「幅員九尺以上ノモノ」と定められているようです。
https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F0000000000000025736&ID=&NO=&TYPE=JPEG&DL_TYPE=pdf
 最低要件を満たすものとして、「九尺」で作られた道が多いのではないでしょうか?
50,0302022-06-24 21:04:25/mini/225/main.html10
約5年前、地図で見かけた面白そうな区間として買ったばかりの車で通りました(逆走ですが)
464号と接続していないのは違和感がありましたが、かつては松戸まで行っていたのですね!
44,1782020-05-13 23:04:56/mini/225/main.html8
私は松戸在住ですが、ここはヨッキれんさん発祥の地だったんですね。私にとっては縁も所縁もない土地ですが(笑)なかなか暮らしやすいところです。何気ない日常の風景にも、ちゃんとした歴史があることに気づかされた記事でした。面白かったです。
41,0812019-05-02 20:38:19/mini/225/main.html10
青看のシールが歴史を語っている場所、意外とあちこちにありますよね。たまたま一枚だけ貼られていなかったのは、運命としか思えません。
39,6472018-10-29 15:27:20/mini/225/main.html8
地理院地図のウェブサイトでは、ちょうど途絶えた区間にか細い道路が存在しますが、1970年代の航空写真をそのサイトで見ると、道路が「終点」付近の数メートルだけ草に覆われており、現在の航空写真ではその場所だけ道路が潰されています。
34,8732020-05-13 23:04:56/mini/225/main.html8
私は松戸在住ですが、ここはヨッキれんさん発祥の地だったんですね。私にとっては縁も所縁もない土地ですが(笑)なかなか暮らしやすいところです。何気ない日常の風景にも、ちゃんとした歴史があることに気づかされた記事でした。面白かったです。
31,7762019-05-02 20:38:19/mini/225/main.html10
青看のシールが歴史を語っている場所、意外とあちこちにありますよね。たまたま一枚だけ貼られていなかったのは、運命としか思えません。
29,2282018-06-26 12:40:57/mini/225/main.html10
松戸市民です。先週船橋からの帰り道、この県道を北上して松戸に入ろうとしたところ、市川大野駅付近の狭くなったところで「この先道路拡張工事のため終日通行止」という旨の看板があり、やむなく並行する県道51号線のほうに迂回し帰宅しました。このレポートは拡張前の貴重な記録になりそうですね。
28,2602018-03-19 08:19:17/mini/225/main.html10
ここに出てくる有料道路の、有料時代には、一部自転車の走れる区間が有りました。
ただ、料金所の脇に自転車のみ通り抜けできる場所があって、ほぼ公認で抜け出していましたが。
26,5202017-09-01 19:32:03/mini/225/main.html10
3尺の整数倍幅という考え方は現代でも生きていますね。
今私の地元では区画整理事業が行われていますが、それによって新たに誕生する道路の幅は18m(=10間=60尺)。
土地の面積単位として広く使われる単位「坪」は6尺(1間)四方の面積ですが、これもまた3尺刻みとの親和性が非常に高いので
そういうところも昔ながらの単位が生き続けている理由なのでしょうね。
25,2322017-03-20 07:34:46/mini/225/main.html8
自分の最寄り駅を通る武蔵野線の近くの話題だってので、興味深く読みました。
25,1442017-03-09 00:20:52/mini/225/main.html10
下世話な話かも知れませんが、県道指定を受けたことで、周辺の地価が上がり、却って改良が難しくなった悲劇の県道なのかも知れませんね^^;
考え過ぎか・・・w
25,1352017-03-07 21:12:26/mini/225/main.html10
昭和59年の管内図によると、終点の丁字路は右折して現在のR464にぶつかる方のルートが正規のようです。
25,0852017-03-02 19:37:33/mini/225/main.html9
元地元民です。ここが紹介される日がようやく来たのかかと思うとなんか不思議な感じですね。よく通勤時、ラッシュ回避で利用してました。
25,0742017-02-27 23:47:32/mini/225/main.html10
初めてコメントさせていただきます。いつも楽しく拝見させていただいております。
当方船橋市在住であり、この県道については以前から気になっており、昨年10月13日にビデオカメラを回しながら全線走破しております。
実はこの大野狭区には路線名を記した構造物がただ1つだけ存在しております。
それがこちらで取り上げられた用地杭から終点方へ少し下ったところにある街灯(ちょうど行き止まりの標識の手前です)で、その支柱に「(主)船橋松戸線」という表記があるのです。(走破時に確認しています)
近所ですので、後日写真を撮影して送付したいと思います。
25,0482017-02-24 01:28:04/mini/225/main.html10
お隣柏市出身です。子供の頃を思い出すと船橋を始めとして総武線沿線に行ったことってほとんどないなぁ。時間的には上野も船橋も変わらないので、遊ぶのも買い物も東京に出ちゃった方が便利なんですよね。
当初の都市計画ではちゃんとネットワークとして道路を整備する予定だったのでしょうが、住民のニーズとして東京に向かう街道が優先して整備されて、いざ街道間を結ぶ道を整備しようとしたら都市化が進みすぎていてにっちもさっちも行かなくなっちゃったんでしょうなぁ。東京近郊のあちこちにこういう道が残されているんでしょうね。
25,0392017-02-23 08:00:54/mini/225/main.html10
ヨッキれん本郷でしたか。因みに僕の本籍地は松戸新田です。家の前の道路は鉄道連隊の廃線跡でした。宅地化しましたが江戸川河川敷まで伸びてたようです。懐かしいなあ。
25,0362017-02-22 23:11:22/mini/225/main.html10
既に答えが書かれていますが,大化の改新の班田収授法に基づく条里地割の際に,野道は3尺,牛馬道は6尺,里道は9尺,往還・街道は12尺と定められたのが端緒のようです。この慣習が,享保検地条目,地租改正の「地所処分仮規則」に継承され,同規則が「道路堤塘は各地凡そ定まりたる幅員あるべし」(仮名遣いを改めた。)としたことで,現在に至る根拠となっているものと思われます。
これに関する記述は,他の方が挙げている不動産鑑定士さんのブログ内でも紹介されている書籍(塚田利和『法定外公共物の成立と境界確定の実務』(新日本法規,平成12年))に詳しいので,興味があればご一読ください。
25,0292017-02-22 12:20:22/mini/225/main.html8
9尺の理由、ご参考までにこちらの修士論文にヒントがあるような気がします。
http://ud.t.u-tokyo.ac.jp/research/thesis/assets/motti_hashimoto_summary.pdf
25,0152017-02-21 02:27:46/mini/225/main.html9
新しいナビでも、渋滞を避けて船橋方面に出ようとするとこの道を通されました。大きい車では通りたいと思わない道ですが、身近な道路が紹介され嬉しい思いですね。
25,0052017-02-19 23:06:57/mini/225/main.html10
 初めてコメント致します。いつも楽しく拝見させていただいております。
 横浜市の拙宅の近所には道幅7.2mの「四間道路」という道があります。地元出身のフォークデュオである「ゆず」に歌われてちょっとだけ有名になりましたが、もともとは空襲時の延焼除けのための、いわゆる疎開道路であったということです。この道の具体的な建設主体は不勉強にして存じませんが、気にされておられる近世の…つまり軍令において1間幅が使われていた証左になるのではないかと思います。
25,0002017-02-19 18:46:17/mini/225/main.html8
超地元です。
あれが県道だとは思っておりませんでした。
24,9992017-02-19 18:10:40/mini/225/main.html10
我が地元の奇妙な道を探索して下さって嬉しいです。
かつては、船橋駅北口交差点から行田団地へ向かう道へ繋がる新道が開通するまで、東武野田線に沿って塚田まで行った後、左折して、塚田小学校の前を通って現在の道(行田団地の丸の北側)に至る「塚田狭区」もありました。
県道の指定を外れた現在も市道として残っていますが、古道の雰囲気漂う、味わい深い道です。

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