http://yamaiga.com/mini/258/ の公開中コメント一覧

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コメント
60,3382026-06-27 17:46:15/mini/258/main.html10
登山するので、このレポートが一番好きです。面白いw
54,1092024-04-28 02:10:20/mini/258/main.html10
オーダースーツSADAさんはどのコースで登頂しているのだろうか。ジャンダルムも制覇しているらしい。
53,6152024-03-06 19:11:24/mini/258/main.html10
最近のストビュー見たら、槍のてっぺんまで登っちょったでーーーーげげげ。アルピニスト雇ったんちゃう。なんか細い道も攻めちょったりしゆうき、そんなもの好きが撮影しよるんだろ。
53,5882024-03-02 16:53:20/mini/258/main.html10
富士山みたいにうんこ山にならないよういのってます。
登山者と、トイレの数を対比するとお分かりかと。。。。
なので富士の水は買わない飲まないようにしてる。なぜかクラフトビールも富士の水で醸造したものは変な味がする。
長野のクラフトビールは水が最高に澄み切っている。素晴らしいビール。これを保とうではないか。金はビールで稼ごうよ長野県。登山者はすくなくていいのだ。
52,7672023-10-19 21:44:03/mini/258/main.html10
いつもお疲れ様です。四国にもたくさんある、ワープ県道というヤツですね。(笑) 知らない人が、路線名だけで入ってくると、えらいことになりますがね。(・・;
50,4972022-08-16 21:31:44/mini/258/main.html10
登山するのでまじかよ・・・って思って読みました。おもしろかったです。
49,5262022-04-03 13:37:27/mini/258/main.html10
最初の方にミニレポ257回机上調査編を引用する部分がありますが、それがミニレポ258回となっており、その部分がミニレポ257回の机上調査編(main3)ではなくミニレポ258回のmain3にリンクが貼ってあり、それは存在しないものです。このレポートが258回であるからです。できたら直していただきたいです。
48,7652021-12-02 12:28:04/mini/258/main.html10
いつも興味深く読んでいます。登山をするので、槍ヶ岳矢村線を始めとしてよく利用します。なんで槍ヶ岳の名前が県道についているのか。ずっと疑問に思ってました。このレポートでようやく得心がいきました。次に登る時は「ここは県道なんだ」と言い聞かせて登ろうと思います。
48,6912021-11-21 09:56:22/mini/258/main.html10
ごくろうさまです。 おもしろく読ませていただきました。 これは、私見ですが、国立公園・国定公園内の山頂を目指す登山道には、必ず登山県道が有るように思われます。国立公園・国定公園内では、工作物や樹木の伐採等の規制が厳しく、県道に指定してしまえば、橋等の工作物が可能です。また、登山道の維持管理に関しても、県道で有れば、それなりに、国等の補助も可能ですし、災害復旧も可能です。頭のいい管理者が考えたのではないでしょうか。
48,6332021-11-10 05:17:39/mini/258/main.html10
道路法下の道路となると、明確な管理責任が発生しますよね。このような登山道では大変そうです。道の補修はもちろん、道路周辺の障害物等による被害者が出た場合の賠償なども。旧道路法では違ったりしたんでしょうか。ちなみに、道路法以外に、自然公園法の公園事業に基づく道路というのもあるようですね。
48,4992021-10-15 14:24:02/mini/258/main.html9
内容的にはとても興味深いレポですが、なんかちょっと読むのしんどいかな…。最近のレポは机上調査のボリュームがヘビーですけど、更に今回は机上調査「だけ」ということで、余計に重たい感じがするかも。すごい初歩的な事ではありますが、旧道路法時代は麓が起点で頂上が終点だったものが、現行道路法時代には頂上が起点麓が終点と、逆になったのはナンデナン?感覚的には頂上が終点のほうがしっくり来る気はしますが。起点と終点をどちらにするかというルールというか考え方のような物は決められているんでしょうか。ヨッキさんの著書、日本の道路122万キロ大研究 には書いてあるかな? ないかな?
48,4982021-10-15 08:54:55/mini/258/main.html10
面白いです。奇しくも先日の飛騨地方の地震では槍ヶ岳周辺の崩落があちこちでみられたが、その中でも東鎌尾根の登山道の被害がユーチューブ等で伝えられている。この道の修復は長野県が担当するのでしょうか。
48,4892021-10-13 22:25:51/mini/258/main.html10
県道大町ジャンダルム線とかあったら熱いじゃないでしょうか
48,4872021-10-13 20:51:12/mini/258/main.html8
土木部全県地図に、既成事実のようにはっきり明記されている「上高地ダム計画」と、そこから導水される目論見であった2ヶ所の大規模発電所の存在が興味深いです。
48,4862021-10-13 20:26:12/mini/258/main.html7
新たなレポート作成手法の開拓ですか?これはこれで面白い。八甲田や各地の妄想地図(あっ もうある? 走りやすさマップ?)をまとめると、新たな発見があるかも???
48,4842021-10-13 12:37:40/mini/258/main.html10
アルプス一万尺の歌詞「小槍の上でアルペン踊りをさあ踊りましょう」って、そんなの踊ってるような余裕ないだろ!って思ったましたが、山頂まで県道認定されていたなら納得です(←??
48,4832021-10-13 09:35:19/mini/258/main.html10
はじめ氏の写真の美しさ。険しさが伝わってきます。人がこんなに小さいなんて。怖さを感じましたが人の征服力というのでしょうか、逞しさをも感じました。これが県道…
48,4812021-10-12 23:37:38/mini/258/main.html10
槍ヶ岳や他にも日本アルプスを代表する山々を目指す県道があったなんて知らなかった。県道で槍ヶ岳行けるって言葉だけ見ると軽く行けそうな雰囲気だが、写真を見ると、、、、、とてもじゃないが登れる気がしない!
48,4802021-10-12 17:21:02/mini/258/main.html10
うぅ〜ん。まさに。いつもながら、一冊の歴史書を堪能するかのような貴重な調査の公開。ありがとうございます。
48,4782021-10-12 01:32:06/mini/258/main.html10
このレポ読んで「大正時代の槍ヶ岳登山県道をたどってみた」をやる人が出てくるんでしょうなぁ。それとも、既にやった人いるのか?山屋の世界ってヨッキれんと同じくらいか、彼を上回る濃い人がいるものなぁ・・・
48,4772021-10-11 21:59:45/mini/258/main.html10
登山中に東天井岳にある二ノ俣小屋跡の廃墟を見かけて興味を持ち、東天井岳から槍沢に降るルートがあることを知り、この山域の登山道の変遷に興味を持っていたので、今回のレポートは大変興味深いものでした。豊科槍ヶ岳線の「常念岳登山口」とされているのは、現在一般的な「一ノ沢」ではなく「三俣」ですね。現在メジャーな一ノ沢を上り詰めて常念乗越にゆくルートではなく、三俣から前常念岳を通るルートが認定されているが興味深いです。wikiの常念岳の項目には、ルート上の前常念岳に1919年(大正8年)に石室が作られたとあるので、常念岳の登山ルートも三俣→一ノ沢と変遷があったのかもしれません。大町槍ヶ岳線は、湯俣温泉から水俣乗越までは登山道ではありませんが、北鎌尾根にアタックする人々が使うルートです。下記サイトをみると、吊り橋など書いてあるので、登山道の痕跡があるようです。http://suji3.a.la9.jp/mr238.htmlなお槍ヶ岳の写真は、喜作新道から撮った写真と思われ、東鎌尾根を赤線がをたどっているので、あっていると思います。
48,4752021-10-11 12:52:02/mini/258/main.html10
とても面白かったです。昔、安曇村の村史編纂室に超の字がつくほど博識な方がいらっしゃいました。その方がまだ存命であれば、思わぬことも聞けたかもしれないのが非常に残念です。
48,4742021-10-11 12:49:14/mini/258/main.html10
あの槍は、巨大な道路元標だったんですね
48,4732021-10-11 12:19:28/mini/258/main.html10
>一ノ俣から唐突に北上して東天井岳へ登るルートを採る。>この区間にかつては登山道が存在したのだろうか。これはかつて中房温泉を起点として槍ヶ岳に至る場合のメインルートでした。(燕岳→大天井岳→東天井岳南西尾根を下降→槍沢→槍ヶ岳、  ご参考 https://ameblo.jp/pitazou/entry-11934794371.html)が、大天井岳分岐から西岳・東鎌尾根経由で行程を一気に短縮する喜作新道が大正9年(1920)秋に開通すると、この東天井岳ルートは競争に敗れ、やがて廃道になりました。松本槍ヶ岳線が認定された大正11年にはまだ新旧両道が併存していたでしょうから、雪崩の影響を避けられる尾根上に両者をつないでルートを設定したのかなあ、と個人的には思います。
48,4722021-10-11 01:38:31/mini/258/main.html10
松本槍ヶ岳線について、ヤマレコに『100年ほど前までの槍ヶ岳へのメインルートは「中房温泉 - (合戦尾根) - 大天井岳 - 東天井岳 - (二ノ俣尾根) - 中山乗越 - (二ノ俣谷) - (槍沢) - 槍ヶ岳」だったようであるが、喜作新道ができる(1920年頃)とそちらに取って代わられ、現在では廃道となっている。』という記録があったので、これじゃないですかね。
48,4712021-10-11 00:34:01/mini/258/main.html10
大正の、観光バブルの、なれの果て、ですね。いつの時代も、観光資源を使って銭を得るという行政手法は変わらないようです。あんな険しい山頂までのルートに五本の県道って、笑い話にしか聞こえませんでした。
48,4692021-10-10 22:50:27/mini/258/main.html8
いつも楽しみに拝見しております。明治から大正期にかけて日本アルプスに登山ブームがあったとのことですが、芥川龍之介も登山に行った一人で、遺作となった「河童」の主人公も上高地から登山に出発し、河童の国に迷い込んだ記述があります。
48,4682021-10-10 21:50:51/mini/258/main.html10
素晴らしい完結編、ありがとうございました。旧安曇村の廃道群また最初から読みたくなりました。まさか県道とは夢にも思わず登っていました!(1978年頃)登山人口が多かったので、槍の穂先直下は離合困難、対面通行、大渋滞と言う感じでした。それにしても、県道…やっぱり長野県素敵ですね。
48,4672021-10-10 21:37:38/mini/258/main.html10
派生レポとは思えない良質な記事でした。どういう意図で県道指定したのか、オーラルヒストリー的な資料を探したくなりますね。
48,4662021-10-10 21:23:43/mini/258/main.html10
多分、もう一回は読むヨ!長野県トヤ

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