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コメント
60,6372026-08-05 18:17:18/rail/norogawa/main26.html10
早川はよく釣りに行くので読み始めたのですが、読むのに4日ほどかかりましたが、すごい内容で感動しました!
これだけの調査をする気力、体力と内容を書く才能は素晴らしいですね。
60,3102026-06-24 21:40:15/rail/norogawa/main26.html10
険しさが他のレポの比じゃないですね。命がいくつ合っても足りないような。
詳細なレポ、ありがとうございます!ドローン調査編も再訪も楽しみにしています。
59,6262026-02-27 20:39:36/rail/norogawa/main26.html10
公務中の31歳職員が遭難死 恩賜林の水源調査で入山 山梨・早川町
https://news.yahoo.co.jp/articles/ab0af727a886bdb5419fc78d13bea6d9d8595cf6

公務中の町職員が死亡するなんて、基本的に危険な山なんでしょう。
やっぱり、趣味で探索するのは否定しないけど、
命に関わるということであれば、
基本的な登山技術は、習得すべきだと思う。
靴のせいで足が痛い、とかいう記述があったと思いますが、
登山靴は最も重要で、非常に慎重に選択しなければならない…
とか。

技術や装備の不手際で危ない事態に陥るのであるなら、
軽装で富士山に登って、安易に救助要請をする外国人と
大差ないお考えで探索してるのかと想像してしまいます。
59,4722026-02-17 11:38:36/rail/norogawa/main26.html10
プレミアムアトラスという地図帳には、ここの渓谷に「白鳳渓谷」という注記がありました。
59,4482026-02-15 00:02:50/rail/norogawa/main26.html10
第13回の更新が待ちきれず全国Q地図で林野庁が2024年に公開した0.5mメッシュによるMPI赤色立体地図で眺めていたクチです。第10回の隧道陥没窪地からのつづら折りの路盤が手に取るように分かることに感動し、尾根Fから先の路盤らしき物があるようなないような地形(特にアザミ沢左岸)がどうなっているのかが楽しみでした。実際に行った者にしか分からない感動のお裾分け、ありがとうございます。地図に描かれていないからと言って実際に存在しないとは限らないのだ・・・ https://maps.qchizu.jp/#18/35.628785/138.317270/&base=std&ls=std%2C0.64%7Cgsj_kanagawa_dem2mpirrim%2C0.6%7Cforestgeo_19_yamanashi_dem_2024_dem2mpirrim%2C0.6%7Cgsj_shizuoka_dem2rrim%2C0.67%7Cgsj_kanagawa_dem2contour%2C0.32%7Cforestgeo_19_yamanashi_dem_2024_dem2contour%2C0.32&blend=000&disp=111101&lcd=gsj_shizuoka_dem2rrim&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f0&d=m
59,4402026-02-14 01:00:58/rail/norogawa/main26.html10
「山行が」は、単なる探索記ではなくて、心を揺さぶるから良いんだよなあ。
山行が開設50周年までついていきます。
59,4022026-02-09 21:08:38/rail/norogawa/main26.html10
完結おめでとうございます。
慰霊碑に涙するヨッキさんの温かい人間くささが好きです。
「山いが」に出会えてよかった。
59,3992026-02-09 12:29:11/rail/norogawa/main26.html10
ドローン調査編ワロタ
探索も文献調査もたいへん読み応えがありました!
59,3912026-02-09 05:31:57/rail/norogawa/main26.html10
超大作お疲れでした。
余韻が収まったら何度でも読み返させていただきます!
59,3812026-02-07 18:10:25/rail/norogawa/main26.html10
基本的に山梨県内では、軌道部分を含めて「早川林道」と呼んでいて、「早川軌道」や「早川森林鉄道」といった名称で記録されていないみたいですね。
なので、後年の純粋な自動車用林道建設の情報と区別しにくい状況になっているようです。
「山梨県議会史 第5巻」に、深沢延伸費用支出を承認した「昭和13年の臨時県議会」でのやりとりや、その前後の情報(工事遅延の質問・答弁)も記載されていて、なかなか興味深かったです。

書名:山梨県議会史 第5巻
出版:1978.3
https://dl.ndl.go.jp/pid/9770340/1/208?keyword=%E6%97%A9%E5%B7%9D+%E6%9E%97%E9%81%93

207 コマ:
昭和十三年の県会
概観
昭和十三年は通常県会のほか、八月に臨時県会が開かれた。
その早川入恩賜林開発計画は、野呂川入り県有林一万三千町歩の開発だけでなく、さらにその奥地に眠る民有林三万三千町歩の宝庫をも併せ開発しようというもので、三百年来の課題である野呂川開発に一歩を踏み出したものとして、今日高い評価を受けている。

208 コマ:
特別会計恩賜林早川入林道工事追加案が議題に供せられた。まず古屋が、恩賜林経営の実績が挙がらないのは遺憾である、当局はよろしく自己の独善を改め士族商法を正すべきであると、当局を論難、既定計画変更の止むなきに至った責任を追及、また未だ搬出方法が確立しないのに、既に伐採に着手したとと聞くが如何と突っ込み、木材騰貴の今日、治山治水上支障のないところは立木処分を行い一部を直営をもって行うべきであると質したのに対し、土居知事は、芦安案を変更したのは電力統制、鉄材統制等のため止むを得なかった、現在の情勢では今回の予算で完成し得る見込みであり、寄附金の六万円も用地の寄附も確実である、商機を逸しないようにとのご意見に賛成であるが、国土保全が第一の目的であるからその点も考慮したい、立木処分は今のところ適当でないと信ずるが、ご意見を聞いた上、通常県会までに方針を決定する考えであると答弁、佐藤山林課長がこれを補足した。

210 コマ:
早川入恩賜林開発計画としての林道改修費は、当初計画を変更し昭和十三年度二五三、〇九〇円、同十四年度一二九、二五六円の二ヶ年継続事業とし、南巨摩郡下山村早川橋右岸より三里村新倉茂倉川間の延長一九、七八八メートルを自動車道に改修し、新倉以奥芦安村深沢右岸尾根に至る二八、三九九メートルに軌道を新設せんとするものである。事業費は既定計画予算に受益者の東電四万円、王土製糸(王子製紙)二万円計六万円の寄附金及び岳麓恩賜林売二五八第十款却代積立金中から四万円を流用し充当しようというのである。なお事業は恩賜林特別会計として実施されるもので、右に伴う事業計画案は来る通常県会に提案、改めて審議される筈である。

236コマ
(1) 恩賜県有財産歳入歳出予算
笠井議員:(一)早川入林道工事の施行は喜ばしいが、工事中輸送機関の停止が心配されるから、期日内の完成を望む、竣工期限はいつか
佐藤課長:(一)請負人の話しでは、軌道はできるだけ最後まで存置して物資運搬の便を図るとのことであり、また人馬の通行も条件つきであるが、支障のないよう取計って行きたい、竣工期限は、本年度は十四年三月末日、来年度分はなるべく早く竣工させたい

325コマ
特別会計
(1) 恩賜県有財産歳入歳出予算

326コマ
希望条件
早川入林道工事契約ハ第一回ノ解約ハ資材暴騰ノ析柄己ムヲ得ザルモノトスルモ爾後ノ解約ハ其恩賜林収入ニ及ボス影響大ニシテ其処置甚ダ遺憾ナリトス、今後直営ヲ以テ施行セントスルモ現ニ残工区ハ極メテ難工事ナリト思量ス、仍テ現場監督員ヲ督励シ、少クトモ昭和十六年九月末日マデニハ完成シ、直チニ全林道ノ使用開始ヲ期セラレルヤウ万遺憾ナキ措置ヲ講ゼラレンコトヲ望ム

393コマ
(1) 恩賜県有財産歳入歳出予算
質疑は、丸茂から恩賜林の予算は県予算総額の十五分の一であるが、思い切った増額をして、運材、集材を機械化し、森林軌道、森林鉄道を敷設すれば収益率を大幅に向上できるのではないか、この点は高名な高知県の森林行政を見習って欲しいとの発言があり、これに対して自身高知県での林政に携った経験を持つ伊藤技師から、山梨県の特殊性を考慮に入れつつ努力する、との答弁が為された

るくす
59,3792026-02-07 10:10:22/rail/norogawa/main26.html10
祝☆グランドフィナーレ!!
59,3772026-02-07 02:05:04/rail/norogawa/main26.html10
全国Q地図というサイトの「2024山梨県0.5mメッシュ【林野庁】」から、等高線、CS立体図、赤色立体図など見られるのですが、見てみると塩那や清水、津久の岐のような道と比べあまりに不鮮明、斜面と見分けがつかないルートで、なんとも言えなくなりました。
https://info.qchizu.jp/qchizu/tile/rrim/
59,3752026-02-07 00:03:55/rail/norogawa/main26.html10
大傑作でした。また最初から読み返そう。
ちなみに余談ですが、早川森林軌道のレポ連載でサイトのアクセス数がここ最近ちょい増になってますねー。
59,3732026-02-06 17:17:53/rail/norogawa/main26.html10
ドローン調査編!?
また最近行かれたのですね。途中前回来たときみたいな記述があったのでなにか追記があるのかな?とは期待していました。
公開を楽しみにしております。
59,3672026-02-06 15:23:46/rail/norogawa/main26.html10
広河原までの林道開設を、御料林買取交渉を担当した昭和6年頃の山梨県山林課長が構想していた……という記載がありました。

書名:山梨県恩賜県有財産御下賜80周年記念誌
出版:1991.12
https://dl.ndl.go.jp/search/searchResult?accessRestrictions=ooc&accessRestrictions=internet&accessRestrictions=inlibrary&collection=A00001&collection=A00002&collection=A00022&collection=A00003&collection=A00014&collection=A00015&collection=A00188&collection=A00017&collection=A00016&collection=A00019&collection=A00121&collection=A00024&collection=A00152&collection=A00150&collection=A00173&collection=A00122&collection=A00162&collection=B00000&keyword=%E8%B2%B7%E5%8F%8E%E3%81%AB%E6%88%90%E5%8A%9F%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F%E4%BB%A5%E4%B8%8A%E9%87%8E%E5%91%82%E5%B7%9D%E6%B5%81%E5%9F%9F%E3%81%AE%E9%96%8B%E7%99%BA%E3%81%AB%E3%81%AF%E3%80%81%E5%BA%83%E6%B2%B3%E5%8E%9F%E8%BF%84%E6%9E%97%E9%81%93%E3%82%92%E9%96%8B%E8%A8%AD%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%8C%E8%BF%82%E7%94%9F%E3%81%AE%E4%BD%BF%E5%91%BD&fullText=true&title=%E5%B1%B1%E6%A2%A8%E7%9C%8C%E6%81%A9%E8%B3%9C%E7%9C%8C%E6%9C%89%E8%B2%A1%E7%94%A3%E5%BE%A1%E4%B8%8B%E8%B3%9C80%E5%91%A8%E5%B9%B4%E8%A8%98%E5%BF%B5%E8%AA%8C&eraType=AD&availableType=Persend&identifierItem=ISBN&includeVolumeNum=true&pageNum=0&pageSize=100&sortKey=ISSUED_ASC&displayMode=list
>元来森林経営は流域を同じうする場合同一経営者で経営するのが原則でなければならない。
>恩賜林と残存御料林との経営が山梨県と帝室林野管理局とで経営するのは不合理ではないか、是等の疑問を解決するには、帝室林野管理局東京支局甲府出張所は、これを廃止し、残存御料林は山梨県が買い受け、恩賜林と共に経営すべきであると確信するに至りました。
>当時富士川最上流釜無川左岸の御料林は長野県地域であるから、長野県で払い下け運動が盛んでありましたが、同一流域である恩賜林と共に経営するのが至当である、山梨県に払下られるべきものとして林野局に交渉し遂に1,961町歩の御料林買収に成功しました。
>続いて其の他の残存御料林全部の払下交渉を継続して7年間、試験林、諏訪の森等平地の一部を除く殆ど全部の残存御料林14,555haの買収に成功しました。
>これがため帝室林野局東京支局甲府出張所は廃止された。
>いよいよ買収に成功しました以上野呂川流域の開発には、広河原迄林道を開設するが迂生の使命と考へ、予備調査、先進地の視察、隧道設計等着々と準備を整えましたが、志半ばで退官の止むなきに至り、涙を飲んで帰郷したのでありますが、天野知事の大英断、矢沢林務部長の大努力に依り、迂生の構想と畧同様、否以上な素敵な林道が完成したのを目のあたり見聞することが出来、感激は筆紙に尽くしがたいのであります。
>(昭和38年10月20日付、野村栄二元山林課長から林務部職員宛の書簡)



金峰山の林用軌道
https://yamatabi.info/rinyokido.html

山梨県恩賜県有財産御下賜四十周年記念誌
https://yamatabi.info/rinyokido1.pdf

山梨県恩賜県有財産御下賜百周年記念誌
https://yamatabi.info/rinyokido2.pdf


御料林の下賜を記念して、「周年記念誌」が結構な数作成されているようですが、国会図書館で参照できるのは80周年のみのようですね……


るくす
59,3652026-02-06 14:05:05/rail/norogawa/main26.html10
山梨に実家を持つ者として、いつも以上に興味深く読ませていただきました。
こんな場所に軌道を通した戦時中の狂気と、
わずか数年で廃道化した儚さを同時に感じる名レポだと思いました。

また、それに挑戦するよっきれんさんの探究心に心から拍手を送りたいと思います。
蛇足ですが、机上調査の重要追記の日付が2025年になっています…
59,3642026-02-06 13:54:15/rail/norogawa/main26.html10
昭和58年夏に北側の戸台から北沢峠に着きました。南ア林道核心部は前年の大水害で寸断中です。小屋のご主人から、「夜叉神トンネルが水没した」(え、野呂川の増水で!?・・・な訳はなく、両坑口の土砂崩れです)、「林道が『スパッと』切れていた」などと伺いました。たいへんな労力で復旧されたのですが、復旧箇所は道路の線型などでわかるものなのでしょうか。広河原〜北沢峠間は2019年の水害で今も人・車ともに通行不可ですね。
59,3632026-02-06 13:52:47/rail/norogawa/main26.html10
昭和55年の夏、友人達と北岳に登るために甲府から広河原へタクシーで行きました。まだ未舗装だったと思います。峠への急坂をがりがりと登り、トンネルを出た瞬間に対岸の主連峰の迫力に圧倒され、車窓から左下を見下ろしたとたんに胸元に風穴があき全身総毛立ちました。う、運転手さん、そ、そんながりがりと走らないで!と声に出そうでした。当時からこのレポートを読むまで、広河原に向かって下っているとばかり思っていました。ろくすっぽ地図読めてねえぞというツッコミには赤面です。それまでに夜叉神峠山上から主連峰を遠望したことはあったのですが、山腹の林道から見ると相手の山腹の峻険さが目に入り、迫力が全く違うのには驚きました。その当時、どういうルート取りでこのような道になったのか、よほど考えられたのだろうというくらいにしか思ってなかったのですが、こういう歴史的経緯があったのですね。
59,3622026-02-06 12:43:11/rail/norogawa/main26.html10
大作お疲れ様でした。ドローン調査編を楽しみにしつつ、最初から読み直します。
59,3602026-02-05 22:50:21/rail/norogawa/main26.html10
清水峠並にワクワクするレポートありがとうございました!
と思ったら、ドローン調査編!?⋯ワクワク!!
59,3582026-02-05 22:29:39/rail/norogawa/main26.html10
無事の御帰還おめでとうございます&お疲れさまでした。
千頭もそうですが、やっぱり南アルプスは険しいのですね。
59,3572026-02-05 20:09:19/rail/norogawa/main26.html10
いや、本当に、千頭森林鉄道、清水峠、早川森林軌道を個別に書籍化していただけませんか?
59,3552026-02-05 19:48:15/rail/norogawa/main26.html10
あの落石防止の金網をバルログの様につたったのですか!?
59,3542026-02-05 19:18:09/rail/norogawa/main26.html10
あ、復旧工事じゃなくて、引き継いで完成させた話ですねコレ。
読み間違えました……

るくす
59,3532026-02-05 18:43:26/rail/norogawa/main26.html10
軌道にまつわる記述を更に幾つか見つけました。
昭和14年の書籍には軌道敷設の計画が載っていて、
昭和15年の書籍には当時の山梨県の山林課長の名前が出ていて、
昭和27年の書籍にはその山林課長が軌道崩落による開発頓挫の責を負わされた記載があって、
昭和46年の書籍にはその後任の山林課長に就いた人物による復旧工事の記載がありました。


書名:山と渓谷 (56)
出版:1939-07
https://dl.ndl.go.jp/search/searchResult?accessRestrictions=ooc&accessRestrictions=internet&accessRestrictions=inlibrary&collection=A00001&collection=A00002&collection=A00022&collection=A00003&collection=A00014&collection=A00015&collection=A00188&collection=A00017&collection=A00016&collection=A00019&collection=A00121&collection=A00024&collection=A00152&collection=A00150&collection=A00173&collection=A00122&collection=A00162&collection=B00000&keyword=%E9%87%8E%E5%91%82%E5%B7%9D%E4%B8%8A%E6%B5%81%E8%98%86%E5%AE%89%E6%9D%91%E6%B7%B1%E6%BE%A4%E5%8F%B3%E5%B2%B8%E5%B0%BE%E6%A0%B9%E3%81%BE%E3%81%A7%E8%BB%8C%E9%81%93%E3%82%92%E6%95%B7%E8%A8%AD%E3%81%99%E3%82%8B&fullText=true&title=%E5%B1%B1%E3%81%A8%E6%B8%93%E8%B0%B7+(56)&eraType=AD&availableType=Persend&identifierItem=ISBN&includeVolumeNum=true&pageNum=0&pageSize=100&sortKey=ISSUED_ASC&displayMode=list&fullTextInterval=true&ftInterval=50
>★西山温泉へ交通の便が開ける
>南アルプス白峰三山に抱かれる祕境西山温泉が早川入林道の開發で世に出ようとしてゐる。
>同計畫は豫算三十八萬二千圓で、早川橋右岸から三里村新倉に至る間を自動車道路とし、新倉から野呂川上流蘆安村深澤右岸尾根まで軌道を敷設する計畫であるが、新倉に至る自動車道路は今夏までには竣工する豫定で、この秋からは西山温泉も交通に惠まれる事になつた。


書名:支那事変山梨報国顕彰録
出版:昭和15
https://dl.ndl.go.jp/pid/1107750/1/347
>縣山林課長 佐藤利生氏
>長期戰に對應しての資源確保は實に銃後官民の第一任務である、特に木材に至つては興亞の資材として愈々重要性を�畭腓径況�設用として木炭材として運用の宜敷を得るを以て重大役割とせらるゝの時、木材王國とも云ふべき本縣の恩賜林開發と其經營とは洵に獨り山梨の縣是に忠なるのみならず實に時局に對する國策の遂行でもある、氏が此本縣に山林課長として山林寳庫の開發に木炭對策に孜々奮勉以て盡瘁の功績著大なるは永久に銘記すべきである、


書名:グリーン・エージ 2(9)
出版:1952-09
https://dl.ndl.go.jp/pid/2383086/1/16
>昭和十三年ごろ、山梨縣当局の英断によつて、早川左岸中腹を川沿いに延々三十数キロにおよぶ軌道が開設された。
>これで野呂川流域の宝庫もいよいよ開発されるかに見えたのであつたが、不幸にして開発事業着手数カ月後、本地方を襲つた颱風によつて、せつかくの軌道は寸断され、わずかに下流地帶の一部が利用できる程度に殘存するばかりとなり、上流地帶の美林の開発事業は殘念ながら頓挫してしまつた。
>そのため、当時の責任者であつた山林課長佐藤利生氏はその責を負うて山梨縣を去らざるを得ないという気の毒なことになつた。


書名:大正昭和林業逸史 上巻
出版:1971
https://dl.ndl.go.jp/pid/12011015/1/170
>第二の早川林道の問題は、県会が山林課提出の追加予算は今後一切認めないという事態が起こっていた。早川入林道は、南巨摩郡西山村外一カ村地内野呂川入県有林面積一二、八八三ヘクタール蓄積一、七四五、〇二〇立方メートルの資源開発のため昭和十三年八月の臨時県会において議決を経て、経費三八二、三四六円をもって二カ年継続により南巨摩郡下山村早川橋右岸より三里村新倉に至る延長一九、一一五メートルの軌道を車道に改修し、さらにこれと連絡して野呂川県有林に至る間延長三四、八八五メートルの軌道を新設する計画を樹立

https://dl.ndl.go.jp/pid/12011015/1/171
>し、昭和十四年二月全線を七工区に分割し、東京市山市商事株式会社社長若尾鴻太郎外一名と全部の請負契約を締結し、すでに早川右岸より三里村に至る第一、二、三工区車道延長一九、一二五メートルは竣功の上供用を開始し、第七工区軌道延長三、〇〇五メートルの土工も竣功した。

>当時としては日本最大の林道工事であったと思う。
>この功績は前任佐藤(利生)課長や児島(安治)技師に負うことが多いが、完成を見なかったのは不運といってよい。


るくす
59,3522026-02-05 16:36:39/rail/norogawa/main26.html10
登山が趣味なので、自分が踏み込んだことのある山域の探索は特に興味深く読めてしまう。…次回ドローン調査編だとぉ!?
59,3512026-02-05 15:53:43/rail/norogawa/main26.html10
毎度のことながら見事な机上調査.
いやー凄いの一言ですね.
59,3502026-02-05 13:19:24/rail/norogawa/main26.html10
>早川林鉄は本当に一次資料が少ないうえ、二次資料といえるものもかなり限られている。

ホント、少ないですな……
昭和初期の野呂川沿いの森林開発計画の文章を見つけましたが、この時点では「野呂川を鮎差まで管流」→「鮎差より芦安村桃木温泉貯木場まで索道」→「中央線龍王驛まで自動車」が想定されていたようで……
どの時点で「軌道」の採用が決定されたんですかねぇ……?

書名:内務厚生時報 3(5)
出版:1938-05
https://dl.ndl.go.jp/pid/1489410/1/38

>四 縣有林事業

>野呂川及早川筋は大森林地帶にして木材極めて豐富なるにも拘らず從來交通の便なき爲め空しく腐朽に委すの他なく國家經濟上誠に不利益不經濟なる状態なりしも今般企業者は此の點に着目し該森林の開發利用の要を痛感し本計畫を樹立するに至れるものである。

>その施設の概要を觀るに伐採材は山麓より野呂川に沿ひ鮎差迄管流をなし鮎差より芦安村桃木温泉貯木場に至る約四、四〇〇米の區間を索道に依り搬出し之より中央線龍王驛迄約一四粁の間を既設自動車道に依らんとするものにして運搬不可能なる大材は鮎差に於て製材したる後同經路にて搬出せんとするものである。

るくす
59,3492026-02-05 12:40:50/rail/norogawa/main26.html10
お疲れ様でございます。

それはそうと、林鉄のレポを読んだり、実際に林鉄跡を歩くたびに 
人の手が入る前の山にはどんな立派な木々が生えていたのだろうかと
想像を巡らせたくなりますが、
往時の様子のわかる写真資料などはなかなか無いですよね。
農林水産省本館の林野図書資料館へまで出向いても、
殆どは文字情報だけの統計資料だったりするのかなあ と。
59,3482026-02-05 12:31:02/rail/norogawa/main26.html10
10年くらい前まではものすごいブログだと思ってましたが、ここ数年はブログを越えて書籍の域にまでなってると思います。というのも、読みながらの躍動感が全然違います。とっても面白い。
普通だったら単調な内容になってしまうような場面でもまったく飽きない。
野呂川軌道のレポートを読んでて改めて感じました。
また一段落したら、ドローン調査編や追記(生きていたら…とか怖いこと言わないでくださいw)もお願いします!

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