http://yamaiga.com/rail/yubiso/ の公開中コメント一覧

(平均点 9.47点 / 投票回数 2400人)

5ページ中 4ページ目を表示(合計149件)    1 | 2 | 3 | 4 | 5    [前のページ] [次のページ]  
▼番号書き込み日時書き込みURL点数
コメント
12,2752013-03-27 18:32:33/rail/yubiso/main3.html10
うーん、すばらしい、このHPで自分もその場で感激を体感できます、ありがとう。
12,0502013-03-10 21:37:10/rail/yubiso/main3.html10
今度行ってみたい!
11,7582013-01-23 12:36:02/rail/yubiso/main3.html10
初めてコメントします。
私も昨年11月に旧駅を見学させていただきました。
現在はホームに行く階段の横にコンクリートの階段ができ、線路の反対側に行けます。(この階段は立入禁止の札があります。)
11,7092013-01-12 18:24:36/rail/yubiso/main3.html10
なんと!!
11,7052013-01-12 05:00:28/rail/yubiso/main3.html10
へえっ。何度となく通った上越線ですが、これは知りませんでした。非常に面白い読み物ありがとうございました。
11,6862013-01-09 01:06:52/rail/yubiso/main3.html10
今から半世紀近く前になりますが、昭和30年代中頃から40年代初頭にかけて、家族のスキー旅行として雪の多い毎年2月中旬に湯檜曽を訪れていました。湯檜曽橋梁とトンネル入り口のすぐ線路脇にあった旅館に宿泊していました。なので単線時代の旧湯桧曽駅や新清水トンネル開通前夜の様子、新湯桧曽駅開業時のことなど、まるで昨日のことのように想い出されます。新駅が出来た当初は下り線が新駅で上り線は旧駅を使用していた時もあったというめずらしい運用でした。旧湯桧曽駅のトンネルのような階段は壁が湿気で濡れていました。特急ときや急行佐渡、準急ゆけむり(冬期だけ延長運転)、そして上野発長岡行きの鈍行列車。そして貨物列車たちが行き交い、もちろん何本もの夜行列車も。本当にたくさんの列車・電車が夜中まで24時間絶え間なく往来していました。今では一日たった数本しか走っていないなんて信じられません。革のスキー靴をはいて、スキー板を背負いながら、湯檜曽川をわたって新湯桧曽駅の先にある大穴スキー場まで歩いて行ったものです。ですから湯檜曽川架橋の煉瓦造りの橋脚などはいつも見上げていました。記憶は断片的ながらもここでは描ききれないくらい蘇ってきました。当時の建物はだいぶ失われてしまっているようですが写真を拝見していると、あそこは時間の進むのがとても遅く、取り残されている様な気がしました。たくさん雪が降り積もった頃に一度想い出を掘り起こしに行ってみたいと思いました。
10,9542012-11-05 17:41:00/rail/yubiso/main3.html10
今までの廃線レポートの中でも、ピカイチの出来です!初めて満点を付けます。
10,9022012-10-24 23:41:41/rail/yubiso/main3.html10
旧湯檜曽駅の砦みたいな昔の写真がスゴイ!クネクネ通路が残っているのもスゴイ!感動した!
10,5582012-09-02 21:58:16/rail/yubiso/main3.html10
明日か明後日、18きっぷで湯檜曽に行きますので、ぜひ跡をたどってみたいと思います。ただし怖がりの妻がついてくるかどうか…
10,3322012-08-04 09:27:37/rail/yubiso/main3.html10
先日この旧湯檜曽駅跡が見える温泉宿に泊まりましたところ、夜間は構内の一部に電灯が点いているのが見えました。
このレポートを読んだあとの訪問だったので大変興味深かったです。
それにしてもあんなところに駅があったなんて信じられません・・・
10,1022012-07-03 20:12:03/rail/yubiso/main3.html7
信号場の目的ですが、貨物や普通列車の退避以外に冬季の雪かき列車(特雪)の退避にも使われたかもしれません。
10,0862012-07-02 09:35:25/rail/yubiso/main3.html10
とても興味深く読ませていただきました。
素晴らしいレポートに感激しました。
10,0452012-06-24 13:38:24/rail/yubiso/main3.html10
すごい立地に駅が有った事に驚愕しました。
今は、ひっそりと佇む遺構にグッと来ます。
10,0192012-06-21 20:48:40/rail/yubiso/main3.html10
偶然遭遇、何回も通っていた道なのに初めてしりました。
とても面白かった。最後まで一気に読みました。
新潟県人ですが、是非とも次回この地に足を運ぶ際は訪ねてみたいです。ホント良かった。
9,8732012-06-04 19:35:35/rail/yubiso/main3.html9
駅ホームから、山の頭上方向を撮影したカットが見たかった、
あと、ホーム先端まで草を掻き分けて探索してほしかった
9,8702012-06-04 04:17:50/rail/yubiso/main3.html10
40年、国の施設は持ちが良いね
9,8552012-06-01 20:34:37/rail/yubiso/main3.html10
50年位前になりますが、夏になると母の実家のある新潟へ行く時に通ったことを思い出した。このあたりから下を見ると遙か下に線路があるのが面白かった記憶がある。まだ今の下り線ができる前でした。これができたのは私が中学2年の時だったと思います。初めて通過する時には胸が躍った。おっさんの昔の思い出です。
9,8542012-06-01 19:26:50/rail/yubiso/main3.html10
“西洋RPGに出てくる山賊の砦”の写真、左下に昭和33年発売のオートバイ・スーパーカブらしきものが写っていますから、
廃止までの数年間のものになるのでしょうね。
9,8432012-05-31 00:18:27/rail/yubiso/main3.html8
駅までの階段が解放されていたのは、緊急退避路として使う可能性があるからでしょうかね。
9,8112012-05-27 06:09:18/rail/yubiso/main3.html8
線路に人立ち入りですね
9,7882012-05-24 23:48:34/rail/yubiso/main3.html10
北湯檜曽信号場の役割についてですが、上越線のこの下り線区間はポピュラーな「自動閉塞式」ではなく、「連動閉塞式」で整備されています。連動閉塞とは要するに停車場と次の停車場との間が一閉塞となる旧世代の閉塞方式です。ただ、そのような閉塞方式が1984年(昭和59年)まで上越線に使われていたとは少々信じがたい思いもあり、自動化の時期について色々調べてみましたが、現時点では判明していません。
しかし、昭和42年の複線化から4年後の昭和46年には昭和51年の開業を目指して上越新幹線と大清水トンネルは着工されており、並行在来線の信号設備改良投資が後回しになり、連動閉塞がそのまま使用されていた可能性もあります。
結論の出ないコメントですみませんが、非常に興味深い謎解きではありますねえ…
下山酒店@姫路
9,7842012-05-24 22:03:55/rail/yubiso/main3.html10
レポートありがとうございました。湯桧曾付近はお気に入りの場所です。
9,7692012-05-24 12:04:16/rail/yubiso/main3.html10
また、谷川岳に登りたいなぁ〜
9,7662012-05-23 22:36:55/rail/yubiso/main3.html7
カマドウマに襲われそうで、行きたくは無いですね。
9,7622012-05-23 18:25:51/rail/yubiso/main3.html10
最高です。
土合駅よりも筒石駅よりも行ってみたいと思いました。
9,7612012-05-23 16:31:02/rail/yubiso/main3.html10
最近更新が鈍いような・・・
もっと更新してください。
毎回楽しみにしてます。
9,7602012-05-23 12:26:28/rail/yubiso/main3.html10
すごい!! 上越線大好き!!
9,7482012-05-20 08:20:30/rail/yubiso/main3.html10
階段上り口、第二の扉
どちらも色違いの鍵では開かない趣が素敵だな、ゲーム脳的に
9,7472012-05-20 01:39:48/rail/yubiso/main3.html4
他のサイトにある旧湯檜曽駅探訪記事の範疇を超えるものではなかった
(他の記事のレベルが高いので、今回は辛目の評価になることをお許しください。)
9,7462012-05-19 22:58:03/rail/yubiso/main3.html10
建物財産票(職場3号)と記載のあるものに、『RC』とあります。
RCは、北湯檜曽信号場(待避線のポイントがある)時代の信号やポイントを自動操作する『継電連動装置(制御盤で信号機やポイントの連動、鎖錠(列車が接近中やポイント通過中に途中転換しないようにすること))』があった建物だと思われます。要は、信号場時代に信号機やポイントの操作が自動化され、この建物の中で制御していたのでしょう。

5ページ中 4ページ目を表示(合計149件)    1 | 2 | 3 | 4 | 5    [前のページ] [次のページ]  

この画面の説明