http://yamaiga.com/road/raiden2/ の公開中コメント一覧

(平均点 9.66点 / 投票回数 2016人)

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コメント
52,4732023-09-07 23:51:02/road/raiden2/main9.html10
よかった
52,3042023-08-09 21:07:33/road/raiden2/main9.html10
ヨッキさん:たびたびお騒がせしています。ニゴチュウです。いつもヨッキさんのレポートに、喜びを見出している者です。 今回、こちらもお知らせいたしたく、投稿させていただきます。

蘭越町花一会図書館が所蔵、デジタルアーカイブとして公開している小川林太による1919年の「開道五十年記念写真帖」にて、No.51に、当時の湯内川河口の風景が記録されておりました。
https://www3.library.pref.hokkaido.jp/digitallibrary/da/detail?libno=57&data_id=100-49468-1-p51

また、No.40、41には、レポートと直接の関係はありませんが、おそらく本目岬を海岸沿いに回り込んでいたであろう当時の道の様子が映っており、こちらも、あるいは、興味を持たれるのではと思い、あわせて、お知らせさせていただきます。

実は、1週間前(8/3)にも同内容の投稿をしたのですが、エラーになっていたかもしれないため、再投稿しました。もし、内容が不適切ということでしたら、すみません。あしからず。お騒がせしました。ではでは。
52,2472023-08-03 19:19:34/road/raiden2/main9.html10
ヨッキさん:

ニゴチュウです。
たびたび失礼しております。
いまさら、付け足すべくもない素晴らしいレポートですが、こちらもお知らせいたしたく、投稿させていただきます。

蘭越町花一会図書館が所蔵、デジタルアーカイブとして公開している小川林太による1919年の「開道五十年記念写真帖」にて、
https://www3.library.pref.hokkaido.jp/digitallibrary/da/detail?libno=57&data_id=100-49468-1-p51
No.51に、当時の湯内川河口の風景が記録されておりました。

また、No.40、41には、レポートと直接の関係はありませんが、(おそらく説明文にある本目岬ではなく)厚瀬崎を海岸沿いに回り込んでいたであろう当時の道の様子が映っており、こちらも、あるいは、興味を持たれるのではと思い、あわせてお知らせさせていただきます。

ではでは。
51,6832023-04-25 13:56:35/road/raiden2/main9.html6
けしきがみれなくて残念ながら
51,6612023-04-19 23:51:22/road/raiden2/main9.html10
自分は別に単に究極的地形の極北的廃道の姿かたちが見たいわけではなく、この溢るる道路愛と交通路賛歌を読み味わい噛みしめたいがために山いがを見ているんだなあ…と再認識したレポートでした。ただただ素晴らしい。
49,3472022-03-14 22:36:17/road/raiden2/main9.html10
  
48,6842021-11-20 07:33:52/road/raiden2/main9.html10
YouTubeにこの区間をドローンで撮影したのがありますね。このレポートと両方見ると地上から見えない風景、空から見えない風景、どちらも楽しめます。
48,1452021-08-19 09:41:24/road/raiden2/main9.html10
お墓参りの帰りに、よく雷電海岸を通っていました。あそこら辺は閉ざされたトンネルが多くて、小さい頃から気になっていました。正直、一生知ることはないと思っていたのですが、今回こちらのレポートで細部を知ることができてとても嬉しく思います。貴重な体験の共有をして頂き、ありがとうございました。
44,4432020-05-31 16:59:21/road/raiden2/main9.html10
雷電トンネル旧道で一番感動するのはその海蝕洞だといえば、この刀掛トンネル旧道で一番私を感動させた、いや、息を止めさせたのは雷電岬旧道編第3回の雷電橋とそのお隣の橋でしょう。この二つのお橋が出ると、この「雷電第二レポート」は前の「雷電第一レポート」と伯仲分かれずの域に入ったと思います。実は、個人的に、山行がTOP3は、この雷電海岸の二つのレポート、大崩海岸、それから青ヶ島の大千代港だと思います。いずれも読者の息を止めさせるくらいの美しさと迫力が伝わってきます。それで、いずれも二回以上読み返しました^^
44,4322020-05-30 11:23:19/road/raiden2/main9.html10
とても面白かったです。個人的にはヨッキさんをして「陸路到達不能としか思えない廃道」と言わせしめるところがどこなのかも気になりますが・・・。国道229号線関係だと、島牧村の白糸トンネルの旧道でしょうか。北海道の場合、トンネル封鎖が、圧倒的に難易度を高めてしまいますね。正直、すべての廃トンネルを等しく塞いでしまう必要があるとは思えないのですけれど。でも、それゆえに閉鎖空間のロマンが高まるのかもしれません。ありがとうございました。
44,3532020-05-22 17:09:54/road/raiden2/main9.html10
素晴らしい!!同じようなチャレンジのブログは多数あれどピカイチです。ポエムのような、それでいて、臨場感あふれる文章。こだわって調査した、正確な情報。打ちのめされます私も行ってみたくなりました。がんばってきださいね。
44,0522020-04-30 15:54:34/road/raiden2/main9.html10
20年近く前、札幌で勤務していた頃、当時の彼女とよくドライブしましたね。
43,9812020-04-19 11:44:41/road/raiden2/main9.html10
『また伝説を作った…』本当にこれです。いいもの見せてもらいました。
43,9122020-04-09 02:20:47/road/raiden2/main9.html10
よくこんな場所に道路を造ったなと思うし、こんな角度で眺める機会は現役時代を含めてほぼなかっただろうから厳しさを実感できないのは寂しいような気がします。
43,8272020-04-01 13:14:34/road/raiden2/main9.html10
地方TV局でやってる「田中律子の恋するSUP」って番組で雷電海岸が取り上げられてました。旧道もちょっとだけ触れられてましたよ!
43,5962020-03-03 21:34:14/road/raiden2/main9.html9
廃墟が好きです
43,5202020-02-19 23:37:05/road/raiden2/main9.html10
空と山々を背景にした旧トンネルの坑門が強く印象に残る。
43,4762020-02-16 05:33:09/road/raiden2/main9.html10
こんばんにちは^ω^、ほぼ探索完遂した廃隧道の、全通していた当時を知る寿都の者です当時から岩内への買い出し等で何度も何度も何度も頻繁に通っていたはずなのに、毎回一度たりとも絶やすことなく、次々と変遷していく類まれな風景を、我が目を輝かせ見上げながら通っていた記憶があります盛んに営業していた当時のホテル雷電も脳裏に焼き付いています海岸線を眺めながら通り抜ける覆道群、道路際に直に聳え立つ一枚巨岩、そしておそらく最後の探索で目の当たりするであろうあの光景(刀掛隧道南口側)はまさに「圧倒」の文字が当て嵌まると思いますあの光景を「最後の褒美的絶景」と捉えるか、それとも「最後の威嚇的形相」と捉えるかはヨッキれんさん次第でしょうか当時の風景光景を再び窺い知れて嬉しく感激しました、引き続きの探索楽しみにしてます^ω^
43,4702020-02-15 20:15:48/road/raiden2/main9.html10
なんとなくわかっていたけどやはり最後までそう思いました『開けっ放しにしないでね』の注意書きで扉をつけてくれてもいいのではないかと思いましたどうせあの看板つけたのなら…
43,4652020-02-14 20:50:22/road/raiden2/main9.html10
行きたくても、行けそうになかったので見ることが出来て感動しました。橋の下の滝、直接観たらとても感動するでしょうね〜。お疲れ様でした。
43,4542020-02-12 22:54:46/road/raiden2/main9.html10
このレポートは間違いなく10点満点です。ヨッキさん、お疲れ様でした。
43,4532020-02-12 21:00:11/road/raiden2/main9.html9
昨今のインスタ蠅に絶好の奇景に思える。封鎖してしまったなんてMOTTAINAI。まあ、有名観光地でもない北海道の片隅なんて、行く人の数が限られるか。一般人が立ち入れるよう最整備しようといっても、費用対効果ガー言われて一蹴されるまでか。
43,4512020-02-12 17:39:46/road/raiden2/main9.html10
お疲れ様でしたここも現役当時は僅かな駐車場所で景色を眺めてましたw北海道開発局がトンネルを密閉するようになったのは、確か24年前の豊浜トンネル崩落事故の後からぐらいですね翌年に同じくR229島牧村の第2白糸トンネルの崩落事故もありで・・・豊浜トンネル崩落事故直後は、旧道区間を片側交互通行で車が走ってましたし、自分も何回も通りましたここの旧道区間と、島牧の旧第1白糸トンネルと旧第2白糸トンネルの間も陸路到達は無理ですねwあと
43,4482020-02-11 14:09:51/road/raiden2/main9.html10
不安、危険、孤高のすべてをこの1つのレポートで体験させて頂きました。
43,4452020-02-11 12:08:42/road/raiden2/main9.html10
雷電岬旧道待ってました!
43,4422020-02-10 23:13:51/road/raiden2/main9.html10
こういう形で閉塞していると軍事施設にしか見えないので、そういう思惑もありそうですね。侵略者(ソ連)の手に渡ると厄介。
43,4362020-02-10 12:52:49/road/raiden2/main9.html10
冒険譚を読み終えた後のような高揚感
43,4352020-02-10 10:08:07/road/raiden2/main9.html10
無事の生還、お疲れ様でした。
43,4322020-02-09 20:10:16/road/raiden2/main9.html10
遠景では闘技場の一部のように大きくカーブして見えた覆道、近景ではまっすぐに見えましたが、内部から見ると確かに緩やかながらカーブしていたんですね。一連の廃隧道内部が見られないのは残念ですが、それだけに到達が困難な覆道や橋梁に到達し現状を伝えるレポートはとても貴重なものと思います。他の廃道探索サイトでも、見えるけど行きようがない、というものばかりですし。そんなヨッキれん氏でも陸路到達不能と判断される道は、それこそ空から降下するしかないレベルなのでしょう。かつて確かにそこに道があり人の往来があった場所が、今は容易には行けない場所になってしまった。それはとても寂しく悲しいことですが、このような形でその姿を記録して光を当て、その存在を後世に伝えるのはとても価値あることだと思います。体力のピークを過ぎたお身体に無理なく、今後も貴重な探索とレポを、お待ちしております。
43,4302020-02-09 16:46:36/road/raiden2/main9.html8
雷電隧道の北口と南口の記述が逆なような気がするのは私だけでしょうか?

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