http://yamaiga.com/road/setoguti/ の公開中コメント一覧

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コメント
51,9702023-07-01 23:11:27/road/setoguti/main6.html10
今年の14センチ積雪で、猛者は無理矢理車で出勤。しかし、追突、歩道乗り上げ、横転が、スバラシク発生。自分?早朝の仕事で駐車場から出るのもその後走るのも恐怖で、徒歩で30分路面電車が動いてるのを祈りながら、新雪をゆーーっくりふみしめふみしめ、
停留所へ、やあ!幸い電車は動いていた!しかしだれか除雪したがやろう、土佐電の方々か。。。。
だがバスに乗り換えるべくバス停で待つも30分たっても1台も来ない。 これは。。。⁉︎待ち続ける皆さんを見て、バスは動いてないと確信。え?ケータイで調べろって?そうゆうニュースすぐにでんがよ。
バスと電車がおんなじ会社やき、電車動きよったら、バスも動きゆうと思うやいか。
、、、で、自分は1時間かけて、またゆーっくり歩いて帰ったよ。車は次の日、残雪の道を1時間歩いて無事迎えに行けた。そう、電車は遠回りの道やった。始めから元来た道を帰った方が早かった。ちょっといやだいぶパニクってたから。だあってね、此処ぜーんぜん除雪設備ないがで、人力しかないし、各家庭にスコップ常備してないし。
かくのごとく、雪は恐ろしい。(豪雪地帯の方々に笑われますな)現在の国道が整備されてほんとうに良かったと、他地の事ながら、平伏してしまう。このレポートがすごい。へつり道からの脱落いや脱出もううほんと怖い。机上調査いつも楽しみゆうき。
51,8612023-06-10 19:25:50/road/setoguti/main6.html9
情報提供者井之川氏の知人です。井之川氏からこのページのことを聞き、見に来ました。
明治43年の瀬戸口へつり道工事に従事された軍の方々が、帰路に十日町市内の寺で撮影した写真が2002年発行の「十日町・中魚沼・松之山郷今昔写真帖」にありました。集合写真風にざっと50名ほどの方々が写っていましたので工事を請け負われた方々を拝見することができました。
51,6672023-04-21 13:36:49/road/setoguti/main6.html10
案内看板の詐称云々は看板裏から見ると「10m手前(右下)」「20m手前→」ってあるので、目的地まででなくて単に「20m先左折」という意味で書いてるだけですね…歩道までが10mなのは途中から下る歩道があったっぽいです(2023年3月の新しいストビューが冬枯れなので見える)
あとなんか遊歩道のとこ工事してる…?
51,6452023-04-15 22:08:31/road/setoguti/main6.html10
>なにしてんの俺。
>なんでこんなとこ歩けると思ったの。

>現状の道路風景を知る私にとっては、「だろうな」と頷くよりない。

この辺りがツボりましたw
50,3032022-07-25 17:25:37/road/setoguti/main6.html10
行動、知識、調査ともに凄い熱量ですね。片品村の母の友達の話を思い出し「山仕事者の話で、沢を登って行くと、こんな所に家が、という事が結構あった。」40年前までは、公道までとは道が無い所があったようで、地理院の村落の記号でも道が書かれていない地図を疑問をもって眺めていた事や、昔読んだ民族学者の本でも、信州は、山谷が深いので、隣村でも往来が少なく言葉が違い、隣村と違い我が村では言葉が汚いので、「お」付けて話そうとなり、珍騒動になったと読んだのを思い出しました。
48,9992022-01-06 18:20:09/road/setoguti/main6.html10
すっごい面白かった!
47,6272021-05-10 18:47:28/road/setoguti/main6.html9
戻るのも確定なんだから、行きに瀬戸口隧道でリュックを置いてけば良かったのでは?そして昭和16年に瀬戸峡から清津峡にしれっと変更されてしまったw
46,2072020-11-19 23:41:08/road/setoguti/main6.html10
読み終わった後、しばらく涙が止まらなかった
45,9572020-10-20 07:32:31/road/setoguti/main6.html10
いつも貴君の探検ならぬ調査には感動するばかりです。ありがとうございます。私は新潟滞在中、清津峡には訪れなかったが秋山渓谷には行きました。今から40年前です。私は只見渓谷には訪れてませんでしたが、1980〜1985年に駐在した新潟市期間中に只見渓谷に行けば良かったと思うばかりです。只見線は一部不通区間も残しては居ますが新潟県では最大に美しい所で有ります。只見渓谷の村道も豪雪の時代にはどうやって克服していたかを知りたい所です。確かに新潟は一年の12月から翌年の4月上旬まで雪に悩まされ特に12月上旬のカミナリがなる頃は大雪の警告とも言われる程翌日には必ず雪が降った物です。お陰で不通タイヤからスノータイヤに取り替えるのも4本で25分もあれば充分に出来る様に慣らされました。雪と戦う新潟県はそれが日常化してましたし冬には車にスコップとチェーン四つ、木片数個、手袋、帽子ーそして毛布二枚は必需品でした。
43,0352019-12-19 05:58:31/road/setoguti/main6.html10
地元民です。時々ドライブがてら通る道ですが、気軽に車で通れる今の道路にここまで過酷な歴史が隠されていたのですね。まったく想像だにせずトンネルで通過してしまっていました。
42,7432019-11-18 19:14:36/road/setoguti/main6.html10
隅々まで読ませていただき、廃道の魅力を味わえました。
42,4522019-10-12 23:15:50/road/setoguti/main6.html9
(´Д`)ノ こんばんはー
42,3032019-09-23 23:57:52/road/setoguti/main6.html10
地元の者ですが、昭和33年生まれの母がこのサイトを見て「6歳くらいの時バスに乗って、ここを通って土倉という集落へ行った覚えがある。」という事を言いました。さらに当時はこの先の葎沢(むぐりざわ)という集落までしかバスが行っておらず、そこから夜の山道を延々と歩いて峠まで登っていったそうです。免許を取ってからもこのトンネルを通っていたため、対向車のライトが見えると入り口や内部の少し広くなっていた場所ですれ違いをしたそうです。今は冬でも快適に峠越えが出来るのも先人たちの知恵や努力の積み重ねがあるおかげという事を改めて思いました。
42,1162019-08-29 10:30:53/road/setoguti/main6.html10
素晴らしい、ケガには気を付けてください

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