http://yamaiga.com/tunnel/naranoo/ の公開中コメント一覧

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コメント
30,2442018-10-22 23:49:12/tunnel/naranoo/main2.html8
youtubeはリンク切れでしたが、youtube内で「利賀村」で検索したら、最上位に出てきました。探索記の後に、昔の動画を見ると、感慨深いですね。
29,7902018-08-26 00:36:31/tunnel/naranoo/main2.html10
私は昭和41年利賀村中学校卒業生です、楢尾ずいどうを歩いて百瀬から通っていました、途中で拡張工事が始まりバスで神社近くからの山道で通学してました、
詳しいレポートありがとうございます。
懐かしいです😺
29,4472018-07-12 15:37:11/tunnel/naranoo/main2.html10
>28,901
戦後の富山県西部のバス事業を担う加越能鉄道(現加越能バス)が、路線バス事業を開始したのは昭和34年(貸切バス事業は昭和26年開始)なので、映像がそれ以降に撮影されていて加越能鉄道の車体である場合と八尾からの路線開通前の撮影である場合は、牛岳車道由来の旧道である可能性が高いと思います。
ただし八尾からの路線開通後で、加越能鉄道が路線バス事業開始前の昭和32〜34年に撮影されていた場合、井波からの路線も八尾からの路線もどちらも戦時中の陸上交通事業調整法で県内のバス事業を一手に担っていた富山地方鉄道が運行していたはずなので、どちらの路線バスの走行風景を撮影したものかの判別はかなり難しいかと思います。
撮影を行った当時の利賀村に詳しい古老なら判別可能かとは思いますが。
29,3832018-07-07 20:35:14/tunnel/naranoo/main2.html10
ほんとの空から切り出した画像に出てくる子供達が拡幅前の隧道を通る姿は、日常の光景ではなく特別な行事の日限定の光景だったろうと思います。
村内唯一の中学校の5つの分校が閉校し本校に通うようになったのは昭和47年、隧道拡幅後です。
小学校は本校は村内2校(いずれも利賀川側)、多くの分校と冬季分校が置かれていました。各集落の児童数に合わせ、分校の統廃合・休校は随時行われていたようですが、冬季分校の統廃合は昭和40年代、分校の休校は昭和40年代後半〜昭和50年代、百瀬川側最後の分校の休校は平成元年、村内の小学校が現在の1校に統合されたのは平成8年です。
つまり、村内の小中学生が通学のために日常的に拡幅前の隧道を通過していたとは考え難いです。恐らく特別な学校行事の時のみ隧道を通過して本校に集合したのではと思います。きっと、隧道を通って本校へ向かう子供達にとって隧道は楽しい非日常と日常を隔てるゲートでもあったのではと思います。

ちなみに中学校を卒業し、高校に進学する利賀村の子供達の多くは井波か平まで出て進学しました(富山県の学区の関係上、利賀村は砺波学区、八尾は富山学区)がこれらの高校には遠隔地から通う生徒のために寄宿舎が設けられていました(南砺平高校には今も生徒寮があります)ので、利賀村の子供達は高校生になると親元を離れ寄宿舎で集団生活をしていたはずです。
28,9012018-05-14 01:57:36/tunnel/naranoo/main2.html10
利賀村の楢尾隧道 後編+歴史解説編にある【ほんとの空 〜利賀村秘蔵映像〜 】のYoutubeのリンク先が変わっているようでしたので、お知らせします。
https://www.youtube.com/watch?v=4BavWoYQ1hA

動画の冒頭で出てくるバスは、平沼氏が探索していた旧道を走っているのでしょうかね?
栃折隧道を抜けて来たのか、雪道を徒歩で配達する郵便屋さんの姿も…。
最後は、小学生をトラックの荷台に満載して旧道を走る光景に驚愕してしまいました。^^;
28,5402018-04-13 21:06:38/tunnel/naranoo/main2.html10
ほんとの空のURLがリンク切れとなっていますが、現在は以下のURLから見ることができます。
http://hmoobtube.xyz/NEJhdldvWVExaEEz
28,4562018-04-07 05:40:25/tunnel/naranoo/main2.html10
謀ったなw
27,2452017-11-27 19:38:52/tunnel/naranoo/main2.html10
年の半分も雪に閉ざされる村で、こんな立派なトンネルを自力で開削するのは経済的に不可能、それに鉱山ならともかく農村に何百メートルもまっすぐ掘る高度な開削技術はあるか?という事を考えると、最も合理的な解はやはり陳情となる。だが利賀村の凄みはただの陳情ではなく用途変更を見込んだ遠大な計画にあると見た。このしたたかさは厳しい環境に鍛えられた結果だろうか?
25,6902017-05-21 15:26:39/tunnel/naranoo/main2.html10
感動しました!とにかく浅くない。
牛岳車道〜利賀村の一連のレポートは現場での観察眼と事前事後の資料調査は凄いとしか言いようがないです。資料の読み込みも行政の制度的なこともきちんと把握した上で紹介されていて、そこいらの不勉強なマスコミの記者とは雲泥の差があると思います。
自分は富山県在住なので、利賀村の状況や歴史的なことはある程度は知っていますし、実際に利賀村には何度か行ったことがありますが、“目から鱗”なことがたくさんありました。大事な(?)週末を潰してしまいましたが悔いはありません(笑)。
まだまだ全国いろんな土地のたくさん面白そうなレポートがあるようなので楽しみに順に見て行こうと思います。ありがとう。
25,6012017-05-05 20:21:08/tunnel/naranoo/main2.html10
この隧道が現役だった最晩期に観光バスで通過しました。
学校行事で利賀少年自然の家に宿泊したときで、確かバス4台連ねて通過しました。待避場所で対向バスとすれ違い、子供心に迫る壁面にぶつかりそうで怖かった記憶があります。そのとき同乗していたガイドさんが、「あと少し遅ければ新しいトンネルが通れたのだけど、残念ながらまだ開通式前です。繋がってはいるけど、まだ通れません」と説明されたのを覚えています。
25,4582017-04-12 11:44:20/tunnel/naranoo/main2.html10
謀ったなw
25,2692017-03-23 21:11:24/tunnel/naranoo/main2.html10
「政治とは夢の実現である」
万人に良き夢ならば・・ね。
25,0772017-02-28 21:39:44/tunnel/naranoo/main2.html10
北陸旅行のついでに、利賀村に寄ってみました!楢尾トンネルの寸前まで除雪されてましたが、坑口で高い雪壁になってたため侵入は断念しました。
坑口から中を見たところ、貫通はしていましたが、坑口すぐのコンクリが一部崩落してました。本当は中に入って見たかったのですが…
24,0592016-10-12 12:00:12/tunnel/naranoo/main2.html10
現時点では最後の動画が見られなくなっててすごく残念です。貴重な動画、復活できないですかねぇ?
22,4762016-04-16 22:44:40/tunnel/naranoo/main2.html10
富山在住の中学3年です。レポートみて感動しました。地図で見ていると、楢尾トンネル2本あるのなんだ?ってなってたのでこんな歴史があったなんて感動しました!
20,2042015-09-28 05:44:56/tunnel/naranoo/main2.html10
いやあ凄い村ですね、富山県の行政担当者にはなりたくないものです。
そもそもなれないんだけど。
気性が荒いのは利賀村に限らないです、
交通網に関しては利賀村がダントツでしょうけど。
今は猫を誉めちぎっても見ず知らずの他人は泊めないでしょうね、
冬季に村ごと孤立してた時代だから出来たのでしょう。
家に鍵をかける習慣が無かった頃の話だと思われます。
19,5742015-08-07 18:02:53/tunnel/naranoo/main2.html10
なんともマインクラフト的な道で
19,4112015-07-16 20:10:02/tunnel/naranoo/main2.html10
利賀村、存在も知らなかったこの村のレポートに言葉もありません。
つい近年まで徒歩での暮らしを営んでいた日本を想い、また、立派なトンネルの道と引き換えにダムに沈む旧道を想います。
合掌。
18,4292015-03-31 20:56:23/tunnel/naranoo/main2.html10
歴史解説編に掲載されている『富山県広域道路地図』の画像、斎場の脇に2本のトンネルが描かれているようですが…あれはなんでしょう…?
17,9782015-02-15 13:10:10/tunnel/naranoo/main2.html10
公共事業の本質を端的に言及された締め、お見事です。
17,9422015-02-09 01:22:46/tunnel/naranoo/main2.html10
おもしろかった!!!
17,4332014-12-07 09:29:51/tunnel/naranoo/main2.html10
感動しました。
今後もこのような調査レポート楽しみにしております。
お疲れ様でした。
17,3652014-11-27 21:09:18/tunnel/naranoo/main2.html10
動画が見れなくなっています。
17,1952014-11-06 11:16:57/tunnel/naranoo/main2.html10
素晴らしい!道ひとつひとつに歴史あり。
しかし、ここまで壮大な物語があるとは驚きです。
17,0832014-10-21 23:08:02/tunnel/naranoo/main2.html10
利賀ダム工事用道路ができたら、西岸林道はどうなるのですか?(すでに通れないようですが)
ぜひ西岸林道レポもお願いします。
17,0822014-10-21 20:19:18/tunnel/naranoo/main2.html10
いつも楽しく読ませていただいてますが、投稿するのはこれで2度目です。2010年8月8日に私もここに行きましたが、トンネル内部には霧が立ち込めていて、怖くて入れませんでした。(ジムニーに乗っていたのですが、1人だったので。) 東側入口には、水がしみだしていて、国蝶のオオムラサキが何匹もいたのを覚えています。
17,0802014-10-21 13:53:41/tunnel/naranoo/main2.html8
大変興味深く拝読しました。
10点満点ですが、歴代利賀村住民の努力に敬意を表して2点を差し上げ(全然足りませんが)総合評価8で。
17,0762014-10-21 07:40:03/tunnel/naranoo/main2.html10
厳しい冬に閉じ込められても、険しく舗装もされないたいへんな道しか使えなくとも、また都会に比べて不便な生活を強いられても、大自然に包まれたあの夏の運動会の人々の笑顔はなんと素晴らしいものか。 タイムスリップして、生きていたころの道を、ぜひあるいてみたいものだ。  
17,0722014-10-20 09:43:58/tunnel/naranoo/main2.html9
これは開拓記念碑の写真を追補しなければなりませぬな :-)
17,0692014-10-19 20:53:19/tunnel/naranoo/main2.html10
掘り下げ方、事実確認、著者の思い、すべてが山行がの中でも上位に位置するすばらしいレポートでした。ネコホメじゃないよ!

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