| ▼番号 | 書き込み日時 | 書き込みURL | 点数 |
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| コメント | |||
| 60,052 | 2026-05-22 10:04:47 | /tunnel/naranoo/main2.html | 10 |
| 道や隧道、橋が、それを通る人々の生活や思いを背負って作られる、そういうものが分かりやすい形で表れているのが、この国道や牛岳車道なのかもしれないと思いました。 なお、このレポートのハイライトは「富山さ行がねが」です。 | |||
| 53,845 | 2024-03-25 18:17:59 | /tunnel/naranoo/main2.html | 9 |
| よかった | |||
| 53,368 | 2024-01-18 20:13:09 | /tunnel/naranoo/main2.html | 10 |
| 彼らの夢は何だったのだろう。村が豊かになって、物質的にも恵まれて、、、、だがしかし、やはり、高校以上の進学によって、村外’へ出、仕事も、村外へ。そして、過疎。美しい空だけをのこして。。。もし、現在の村の過疎を知っても、なお、隧道開鑿を望んだかも。こども達のことを考えて。 | |||
| 52,238 | 2023-08-02 19:47:10 | /tunnel/naranoo/main2.html | 10 |
| 利賀村の東隣の大長谷村にゆかりのあるものです。 昭和の市町村合併で八尾町と合併したことでもはや地名はありませんが、大長谷は明治から戦後まで1600人も人口がいた大規模な村でした。 いまでこそ50人程度のすさまじい限界集落ですが歴史解説の項にあるように楢の尾〜薄尾峠から大長谷の島地(ここには旧小学校があった村の中心地です)に通すルートは地形上の優位さもさることながら隣の人口豊富な村につなげるという意味でも非常に理にかなってるように見えます。 トンネルの線形からみてもあのまま直進して大長谷につなげてほしかったなぁ… もちろんひいき目ですけどね。 | |||
| 51,223 | 2022-12-24 00:06:58 | /tunnel/naranoo/main2.html | 10 |
| 利賀村の一連のレポートを拝見してから、どうしても自分で行きたくなってしまい、先日(2021年12月)ついに足を踏み入れました。 道の駅まで車で行き、徒歩で楢尾隧道の前まで行きましたが(大変な坂でした)、入り口に簡単なバリケードが用意されていて、気軽には入れない雰囲気になってました。 | |||
| 49,545 | 2022-04-05 21:06:22 | /tunnel/naranoo/main2.html | 10 |
| 利賀に行きたくなりました(0゜・∀・)wktk | |||
| 49,168 | 2022-01-28 23:17:22 | /tunnel/naranoo/main2.html | 10 |
| 水路…!誰よ利賀村の一休さんは…!感心してしまったわw | |||
| 47,278 | 2021-03-16 02:16:54 | /tunnel/naranoo/main2.html | 10 |
| >35,687さん>当時の加越能鉄道バスの塗装が分からない限り断定はできませんが...動画の1:07あたり、後輪の後ろに「ス バ 能 越 加」って書いてないですかね?30回くらい再生と一時停止を繰り返してみましたが(笑)、たぶん間違いないのではないかと… | |||
| 45,384 | 2020-09-03 21:24:58 | /tunnel/naranoo/main2.html | 10 |
| >>29447さんURLの動画の説明欄に、S36年ごろの秘蔵映像とあります。そして、3:30頃〜、バスから先生が下りるシーンのところのナレーションが「越中八尾を出た乗り合いバスが止まりました。本校の〇〇先生が富山から運んできた教科書が、峠を越えてこの停留所まで迎えに出てきた子供たちの大歓迎を受けています」とあります。そして、このバスは、googleで「富山地鉄 ボンネットバス」と検索してヒットするバスの塗装と似ているので、>>29447さんの情報から推測するにこれは富山地鉄のバスでしょう。そして、映像冒頭のバスの塗装はそれとは異なります。加越能鉄道の当時のバスの塗装は残念ながら検索してもわかりませんでしたが、前述の情報からするに、冒頭のバスは加越能鉄道のものであり、つまりは牛岳車道由来の旧道の映像ではないでしょうか。当時の加越能鉄道バスの塗装が分からない限り断定はできませんが...>>29383さん上で述べた「峠を越えてこの停留所まで迎えに出てきた子供たちの大歓迎を受けています」のナレーションからして、このシーンはいつもはこのトンネルを通らない子供たちが富山から教科書を持ってきてくれた先生と一緒に通るトンネルは、>>29383さんのいうように「楽しい非日常と日常を隔てるゲートでもあった」のでしょう。 | |||
| 44,568 | 2020-06-12 11:12:18 | /tunnel/naranoo/main2.html | 10 |
| 全レポート、大変楽しく拝読しております。日頃通る道の傍に道らしきものが見えるが何処へ行くのかなと思いながら、足が不自由になり、歩けなくなった私には、あの道と思いながら拝読とております。とくに国道158号など、昭和50年代後半に免許を取得した私にとって、旧道の半分は、以前の道と楽しく拝読しております。 むりなお願いかも知れませんが、富山県道59号富山庄川線の後日談は、どうなったんでしょうか。皆さん途中まではチャレンジしておいでですが、山田川を越えた人は居ないような…。昭和40年代の地形図では、繋がっているのですが…。 すいません揚げ足取りで申し訳ありませんが、石川県道長浦小牧線のレポートで、うそつき石川県青看で、『中島漁港臨港道路』の部分。漁港は正確には『漁港施設道路』となり、「運輸省」関連の蘊蓄を記載されていますが、正確には「農林水産省」の管轄道路となります。もっとも管理は漁港の管理者である現在の七尾市ですが… (蛇足でした。ごめんなさい。) 今後もますます楽しみにしております。頑張って下さい。 | |||
| 44,151 | 2020-05-10 18:37:18 | /tunnel/naranoo/main2.html | 10 |
| 工事用道路かダムは2031年に完成するとか | |||
| 44,106 | 2020-05-07 00:25:02 | /tunnel/naranoo/main2.html | 10 |
| 最後の動画が再生できなくなっているようなので残念。自分も含め文明の恩恵を受けることに慣れてしまい、わずかなことですぐに文句を言う軟弱な現代人の心に浸透させたい内容です。 | |||
| 42,721 | 2019-11-15 22:38:21 | /tunnel/naranoo/main2.html | 10 |
| 行きたくなりました。ありがとうございました。 | |||
| 39,621 | 2018-10-22 23:49:12 | /tunnel/naranoo/main2.html | 8 |
| youtubeはリンク切れでしたが、youtube内で「利賀村」で検索したら、最上位に出てきました。探索記の後に、昔の動画を見ると、感慨深いですね。 | |||
| 39,125 | 2018-08-26 00:36:31 | /tunnel/naranoo/main2.html | 10 |
| 私は昭和41年利賀村中学校卒業生です、楢尾ずいどうを歩いて百瀬から通っていました、途中で拡張工事が始まりバスで神社近くからの山道で通学してました、詳しいレポートありがとうございます。懐かしいです😺 | |||
| 38,763 | 2018-07-12 15:37:11 | /tunnel/naranoo/main2.html | 10 |
| >28,901戦後の富山県西部のバス事業を担う加越能鉄道(現加越能バス)が、路線バス事業を開始したのは昭和34年(貸切バス事業は昭和26年開始)なので、映像がそれ以降に撮影されていて加越能鉄道の車体である場合と八尾からの路線開通前の撮影である場合は、牛岳車道由来の旧道である可能性が高いと思います。ただし八尾からの路線開通後で、加越能鉄道が路線バス事業開始前の昭和32〜34年に撮影されていた場合、井波からの路線も八尾からの路線もどちらも戦時中の陸上交通事業調整法で県内のバス事業を一手に担っていた富山地方鉄道が運行していたはずなので、どちらの路線バスの走行風景を撮影したものかの判別はかなり難しいかと思います。撮影を行った当時の利賀村に詳しい古老なら判別可能かとは思いますが。 | |||
| 38,689 | 2018-07-07 20:35:14 | /tunnel/naranoo/main2.html | 10 |
| ほんとの空から切り出した画像に出てくる子供達が拡幅前の隧道を通る姿は、日常の光景ではなく特別な行事の日限定の光景だったろうと思います。村内唯一の中学校の5つの分校が閉校し本校に通うようになったのは昭和47年、隧道拡幅後です。小学校は本校は村内2校(いずれも利賀川側)、多くの分校と冬季分校が置かれていました。各集落の児童数に合わせ、分校の統廃合・休校は随時行われていたようですが、冬季分校の統廃合は昭和40年代、分校の休校は昭和40年代後半〜昭和50年代、百瀬川側最後の分校の休校は平成元年、村内の小学校が現在の1校に統合されたのは平成8年です。つまり、村内の小中学生が通学のために日常的に拡幅前の隧道を通過していたとは考え難いです。恐らく特別な学校行事の時のみ隧道を通過して本校に集合したのではと思います。きっと、隧道を通って本校へ向かう子供達にとって隧道は楽しい非日常と日常を隔てるゲートでもあったのではと思います。ちなみに中学校を卒業し、高校に進学する利賀村の子供達の多くは井波か平まで出て進学しました(富山県の学区の関係上、利賀村は砺波学区、八尾は富山学区)がこれらの高校には遠隔地から通う生徒のために寄宿舎が設けられていました(南砺平高校には今も生徒寮があります)ので、利賀村の子供達は高校生になると親元を離れ寄宿舎で集団生活をしていたはずです。 | |||
| 37,973 | 2021-03-16 02:16:54 | /tunnel/naranoo/main2.html | 10 |
| >35,687さん>当時の加越能鉄道バスの塗装が分からない限り断定はできませんが...動画の1:07あたり、後輪の後ろに「ス バ 能 越 加」って書いてないですかね?30回くらい再生と一時停止を繰り返してみましたが(笑)、たぶん間違いないのではないかと… | |||
| 36,079 | 2020-09-03 21:24:58 | /tunnel/naranoo/main2.html | 10 |
| >>29447さんURLの動画の説明欄に、S36年ごろの秘蔵映像とあります。そして、3:30頃〜、バスから先生が下りるシーンのところのナレーションが「越中八尾を出た乗り合いバスが止まりました。本校の〇〇先生が富山から運んできた教科書が、峠を越えてこの停留所まで迎えに出てきた子供たちの大歓迎を受けています」とあります。そして、このバスは、googleで「富山地鉄 ボンネットバス」と検索してヒットするバスの塗装と似ているので、>>29447さんの情報から推測するにこれは富山地鉄のバスでしょう。そして、映像冒頭のバスの塗装はそれとは異なります。加越能鉄道の当時のバスの塗装は残念ながら検索してもわかりませんでしたが、前述の情報からするに、冒頭のバスは加越能鉄道のものであり、つまりは牛岳車道由来の旧道の映像ではないでしょうか。当時の加越能鉄道バスの塗装が分からない限り断定はできませんが...>>29383さん上で述べた「峠を越えてこの停留所まで迎えに出てきた子供たちの大歓迎を受けています」のナレーションからして、このシーンはいつもはこのトンネルを通らない子供たちが富山から教科書を持ってきてくれた先生と一緒に通るトンネルは、>>29383さんのいうように「楽しい非日常と日常を隔てるゲートでもあった」のでしょう。 | |||
| 35,263 | 2020-06-12 11:12:18 | /tunnel/naranoo/main2.html | 10 |
| 全レポート、大変楽しく拝読しております。日頃通る道の傍に道らしきものが見えるが何処へ行くのかなと思いながら、足が不自由になり、歩けなくなった私には、あの道と思いながら拝読とております。とくに国道158号など、昭和50年代後半に免許を取得した私にとって、旧道の半分は、以前の道と楽しく拝読しております。 むりなお願いかも知れませんが、富山県道59号富山庄川線の後日談は、どうなったんでしょうか。皆さん途中まではチャレンジしておいでですが、山田川を越えた人は居ないような…。昭和40年代の地形図では、繋がっているのですが…。 すいません揚げ足取りで申し訳ありませんが、石川県道長浦小牧線のレポートで、うそつき石川県青看で、『中島漁港臨港道路』の部分。漁港は正確には『漁港施設道路』となり、「運輸省」関連の蘊蓄を記載されていますが、正確には「農林水産省」の管轄道路となります。もっとも管理は漁港の管理者である現在の七尾市ですが… (蛇足でした。ごめんなさい。) 今後もますます楽しみにしております。頑張って下さい。 | |||
| 34,846 | 2020-05-10 18:37:18 | /tunnel/naranoo/main2.html | 10 |
| 工事用道路かダムは2031年に完成するとか | |||
| 34,801 | 2020-05-07 00:25:02 | /tunnel/naranoo/main2.html | 10 |
| 最後の動画が再生できなくなっているようなので残念。自分も含め文明の恩恵を受けることに慣れてしまい、わずかなことですぐに文句を言う軟弱な現代人の心に浸透させたい内容です。 | |||
| 33,416 | 2019-11-15 22:38:21 | /tunnel/naranoo/main2.html | 10 |
| 行きたくなりました。ありがとうございました。 | |||
| 28,901 | 2018-05-14 01:57:36 | /tunnel/naranoo/main2.html | 10 |
| 利賀村の楢尾隧道 後編+歴史解説編にある【ほんとの空 〜利賀村秘蔵映像〜 】のYoutubeのリンク先が変わっているようでしたので、お知らせします。 https://www.youtube.com/watch?v=4BavWoYQ1hA 動画の冒頭で出てくるバスは、平沼氏が探索していた旧道を走っているのでしょうかね? 栃折隧道を抜けて来たのか、雪道を徒歩で配達する郵便屋さんの姿も…。 最後は、小学生をトラックの荷台に満載して旧道を走る光景に驚愕してしまいました。^^; | |||
| 28,540 | 2018-04-13 21:06:38 | /tunnel/naranoo/main2.html | 10 |
| ほんとの空のURLがリンク切れとなっていますが、現在は以下のURLから見ることができます。 http://hmoobtube.xyz/NEJhdldvWVExaEEz | |||
| 28,456 | 2018-04-07 05:40:25 | /tunnel/naranoo/main2.html | 10 |
| 謀ったなw | |||
| 27,245 | 2017-11-27 19:38:52 | /tunnel/naranoo/main2.html | 10 |
| 年の半分も雪に閉ざされる村で、こんな立派なトンネルを自力で開削するのは経済的に不可能、それに鉱山ならともかく農村に何百メートルもまっすぐ掘る高度な開削技術はあるか?という事を考えると、最も合理的な解はやはり陳情となる。だが利賀村の凄みはただの陳情ではなく用途変更を見込んだ遠大な計画にあると見た。このしたたかさは厳しい環境に鍛えられた結果だろうか? | |||
| 25,690 | 2017-05-21 15:26:39 | /tunnel/naranoo/main2.html | 10 |
| 感動しました!とにかく浅くない。 牛岳車道〜利賀村の一連のレポートは現場での観察眼と事前事後の資料調査は凄いとしか言いようがないです。資料の読み込みも行政の制度的なこともきちんと把握した上で紹介されていて、そこいらの不勉強なマスコミの記者とは雲泥の差があると思います。 自分は富山県在住なので、利賀村の状況や歴史的なことはある程度は知っていますし、実際に利賀村には何度か行ったことがありますが、“目から鱗”なことがたくさんありました。大事な(?)週末を潰してしまいましたが悔いはありません(笑)。 まだまだ全国いろんな土地のたくさん面白そうなレポートがあるようなので楽しみに順に見て行こうと思います。ありがとう。 | |||
| 25,601 | 2017-05-05 20:21:08 | /tunnel/naranoo/main2.html | 10 |
| この隧道が現役だった最晩期に観光バスで通過しました。 学校行事で利賀少年自然の家に宿泊したときで、確かバス4台連ねて通過しました。待避場所で対向バスとすれ違い、子供心に迫る壁面にぶつかりそうで怖かった記憶があります。そのとき同乗していたガイドさんが、「あと少し遅ければ新しいトンネルが通れたのだけど、残念ながらまだ開通式前です。繋がってはいるけど、まだ通れません」と説明されたのを覚えています。 | |||
| 25,458 | 2017-04-12 11:44:20 | /tunnel/naranoo/main2.html | 10 |
| 謀ったなw | |||
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