| ▼番号 | 書き込み日時 | 書き込みURL | 点数 |
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| コメント | |||
| 60,241 | 2026-06-15 23:15:07 | /tunnel/nenbutsu/main4.html | 10 |
| はじめまして。ふと、昔行ったトンネルの事を思い出し、こちらへたどり着きました。 昭和53年7月29日、30日と、「美国ユースホステル」に宿泊しました。 30日の朝から宿泊者達が路線バスを利用して神威岬観光へ行った際に通りました。 2023年に北海道一周旅行に行った際には、詳細を思い出すことが出来ず、普通の観光ルートで、積丹岬、神威岬を観光しました。 現地で情報も無く、私の記憶違いで、別の場所だったかも、と思っていたのですが、こちら様のお陰で、昔の記憶が正しかった判りました。 当時一眼レフカメラを持って旅行しており、保存してあるネガを調べると トンネルの写真が見つかるかもしれません。 現状を知ることが出来てうれかったです。ありがとうございました。 | |||
| 59,410 | 2026-02-10 20:20:58 | /tunnel/nenbutsu/main4.html | 10 |
| はじめまして。 44と申します。 いつも楽しい記事を公開して頂きありがとうございます。 自分も廃道や旧道が好きで調べものをしますが よっきれんさんの調査力には毎回脱帽させられます。 半端ない時間かけてますよね・・・凄すぎます。 本当にお疲れ様です。 さて本題ですが、私も今現在「念仏トンネル」について調べていまして その過程でよっきれんさんの記事でも疑問に思われていた「なぜ海岸ルートを使ったのか?」 について、有力な情報を得たのでお知らせします。 まず答えから言うと、灯台長の住まいは神威岬灯台に隣接する形であったそうですが 次長家族は後に念仏トンネルが掘られる事になるワクシリ岬に程近い海岸沿いの 小屋で生活していたそうです。私はてっきり、灯台建設と同時に建てられた管理者用の 住まい(台長が住んでいた)で生活していたと思っていたので意外でした。 あのような場所に住まいを構えた経緯は分かりかねますが、そのヒントとして次長が 住んでいた小屋以外にも番屋(作業小屋として海女さんが使用)が数件あったそうです。 もしかしたら番屋を借りて住んでいたとか、使わなくなった番屋を受け継いだといった 事かもしれませんが、次長の小屋がポツンとあった訳ではなく、あの海岸に数件小屋が あったそうです。(1917年の地形図でも2件ほど住宅の記号あり) また、ウニ漁の海女さんが番屋に徒歩で行き来するため、ワクシリ岬の外周に沿う形で 野良道が築かれていたそうで、歩板を掛けていた箇所もあったようです。 以上の事から、台長婦人が単独で次長宅へ迎いに行き、合流後は海女さんが行き来して いた海岸ルートを使って余別村に行くのが最短ルートであり、自然な流れかなと思います。 さてこの情報源ですが、残念ながら文書や資料で証明するものは確認出来ませんでした。 どこから聞いたの?という経緯ですが、積丹町の役場に「念仏トンネル」の資料や写真の 提供を求めて伺った際、念仏トンネルについて詳しい方いるから連絡取ってみるかい? といった流れで、その方から詳しくお話を聞くに至りました。 年齢は91歳で来岸町に住まわれてる方で、幼少期は余別に住んでいたそうです。 何故その方がそんなに詳しいかとご説明しますと、子供の時に親や学校の先生から 耳にタコが出来るほど、3人が亡くなった事故の話しを聞かされていたそうで 海が時化るときは絶対に海辺で遊ぶなという教材的な感じだったそうです。 情報提供者さんにいつ頃の話しか確認するのを失念してしまいましたが、年齢と 小学生の頃に聞いたという事から推測すると、1945年前後の話しかと思われます。 事故から30年以上経過しているとはいえ、当時を知る大人が多数いて当たり前の 年代ですので、かなり精度の高い情報を伝え聞いていたのではと考えてます。 ちなみに念仏トンネルという名称は、開削当初から付けられたものではなく 開通して暫く経ってから付けられたそうです。 尚、91歳の情報提供者さんが言うには、風が強い日に隧道を通ると 「ボーーー、ボーーー、ボーーー」と反響した音がトンネル内に響き それが屈折したトンネルのせいもあってか、妙に念仏のように聞こえる... といった事から、今で言う怪奇現象みたいな扱いで伝達するうちに いつしか「念仏トンネル」という名前が通名になったと言ってました。 たぶんこれが正解かな、、、と個人的には思っております。 非常に長文になってしまいましたが、参考までにお知らせしておきます。 では、今後も記事楽しみにしてます。 (特に雄冬岬の続きがw) | |||
| 56,064 | 2025-02-06 22:50:55 | /tunnel/nenbutsu/main4.html | 10 |
| ナムナム… | |||
| 54,974 | 2024-09-10 17:01:03 | /tunnel/nenbutsu/main4.html | 10 |
| 道にはそれぞれ携わった人、利用した人の歴史がたくさん詰め込まれているんですね。 | |||
| 54,737 | 2024-08-09 22:53:36 | /tunnel/nenbutsu/main4.html | 10 |
| 今から三、四十年前くらい迄は、神威岬へ行くのに余別から海岸沿いに念仏トンネルを越えて行くか、尾根づたいの道を歩いて行くかの二択でした。尤も当時から海岸沿いに念仏トンネルを経由する道は入り口に通行止の柵があり(落石の恐れありって事で)それを乗り越えて行くしかなかったのですが。 神威岬近くに道路が開通し、駐車場が整備されてから訪れると、遊歩道の途中で海岸線側から登ってきた道が柵の外にあるのを見つけられましたね。 懐かしの念仏トンネルの現況を紹介頂きありがとうございました。 | |||
| 54,379 | 2024-06-13 17:49:32 | /tunnel/nenbutsu/main4.html | 10 |
| 昭和57年だったかなぁ、当時はそこしか売卯歩道がなかったので歩きました、懐かしい情報を見ることが出来てありがとうございました。 | |||
| 54,302 | 2024-05-28 10:09:30 | /tunnel/nenbutsu/main4.html | 10 |
| 先日、観光で神威岬へ行きました。 私を含め神威岬にいる観光客全員が何気なく通っていた横の立派な国道。その横に鎮座する旧道(隧道)。この記事を読み過去は神威岬は陸の孤島という歴史を知り、なんだか感慨深いものです。 | |||
| 53,566 | 2024-02-22 21:39:25 | /tunnel/nenbutsu/main4.html | 10 |
| 2年前に神威岬を初めて訪れた際、念仏トンネルや当時の灯台守家族の話が印象的でずっと頭の隅に残っていた。これは本当によく調査されたレポート、読み応えがありました。よくぞここまで調べたと頭が下がります! | |||
| 53,444 | 2024-01-31 18:30:34 | /tunnel/nenbutsu/main4.html | 10 |
| しめくくりが、さすがっ!!っていう感じでした。今回も面白かったです。 | |||
| 53,323 | 2024-01-13 13:12:24 | /tunnel/nenbutsu/main4.html | 10 |
| いやほんと、尾根道のほうがこわい。3人がなくなった以外には、さて、みな無事に通行できたことも驚きです。しかし みずなしの奇岩は凄いって。ぎくってするよ。あの不安定さが。日本屈指の景観をみたければ、山いがに来い! | |||
| 53,153 | 2023-12-20 15:12:14 | /tunnel/nenbutsu/main4.html | 10 |
| いつもお疲れ様です。灯台守の映画で、カラオケの十八番でもある、「喜びも悲しみも幾歳月」を思い浮かべる場所ですね。ルート改良には悲しい話がきっかけの場所も多いですが、改良されたルートもいつの間にか廃道になり、話も道も人々の記憶から消えていくのもさみしいものですね。 | |||
| 52,772 | 2023-10-19 22:53:29 | /tunnel/nenbutsu/main4.html | 10 |
| よかった | |||
| 51,014 | 2022-11-13 11:35:13 | /tunnel/nenbutsu/main4.html | 10 |
| 懐かしいです。若いとき(35年前位)に友達と夏の観光で行きました。夏仕様の軽装でも、問題なく行けるくらいに、観光用になっていたと思いますが、ゴツゴツした岩の上を歩いた記憶があります。 念仏トンネルは、先に進むほど真っ暗でライターで照らしながら通りました。 女子4人でふたりづつ、手を繋ぎながら、壁に降れながらで念仏トンネルという意味を実感していました。向こうから来る人とすれ違うときは、互いに壁にくっついてよけていましたね。慣れてる人はライト持参していました。 観光用になっていても、灯りは無いままでした。 抜けた後の、海の積丹ブルーが素敵すぎて、忘れられません。 あと神威岬の風の強さも(笑) あの積丹ブルーが観たくて、後年行くと閉鎖になっていてがっかりでした。 今の舗装された道から観るより、直接海の側に行ったときのブルー差が、別物でした。 | |||
| 51,009 | 2022-11-12 23:49:58 | /tunnel/nenbutsu/main4.html | 10 |
| 2022.11.12(土)北海道新聞夕刊にて、念仏トンネルの存在を知りました。トンネル内の様子、海沿い旧道の様子がわかり、大変刺激的且つ興奮&感動しました!ますますのご活躍を楽しみにしています! | |||
| 50,521 | 2022-08-19 20:24:15 | /tunnel/nenbutsu/main4.html | 10 |
| 素晴らしいレポートありがとうございます! | |||
| 50,504 | 2022-08-18 12:30:12 | /tunnel/nenbutsu/main4.html | 10 |
| 昭和50年代の話ですが、3回ほど念仏トンネルを通りました。 最初は家族旅行で、次は友人やガールフレンドと。 当時は女性や子供でも歩いて行ける場所で、夏休みなどは観光客ら通行人がトンネルで渋滞していました。 でもLEDライトなどない時代でしたから、真っ暗なトンネルを手探り足探りで恐々で通りましたよ。 ちなみに尾根道は当時でも健脚な方じゃないと行けないルートだったと思います。 | |||
| 49,551 | 2022-04-06 22:51:45 | /tunnel/nenbutsu/main4.html | 10 |
| 北海道在住です。目的地までの運転中に旧道・廃線跡・何かの人工物を見かけることがあり、疑問や興味が湧きます。歴史の知識が薄いので、ネット検索などしていると、ココに辿り着けました。危険とも思われる「現地調査」や、詳しい文献調査など感心しております。サイトを読んでいるだけでもドキドキして、とても面白いですが、怪我などなさらぬよう気をつけてください。 | |||
| 48,934 | 2021-12-27 01:48:12 | /tunnel/nenbutsu/main4.html | 9 |
| 有名どころだと、島根県の隠岐の島にもこのような海岸沿いに手彫り隧道が点在しています。落石の恐れがあるため一応立ち入り禁止にはなっていますが、バリケードのようなものはなく徒歩なら通行することができました。(車止めはある)事前に観光協会に確認した所、「おすすめは出来ない」「事故等あっても責任は取れない」とのことでした。そのうちバリケード封鎖されるかもしれませんが、現道トンネルよりはるかに景色が良く楽しい場所で笑いながら歩きました。観光と安全、一般観光客のみならず旧道廃道好きにとっても悩ましい部分だと思います。 | |||
| 48,844 | 2021-12-12 23:00:24 | /tunnel/nenbutsu/main4.html | 10 |
| 悲しいお話しがこのレポートを名文にしてくれましたね。合掌… | |||
| 48,835 | 2021-12-12 17:01:35 | /tunnel/nenbutsu/main4.html | 10 |
| つい見入ってしまいました。これからもレポートたのしみにしています! | |||
| 48,786 | 2021-12-05 21:08:02 | /tunnel/nenbutsu/main4.html | 10 |
| 神威岬に行ってみたくなりました。その時はもちろん尾根道を通りますが。ところで、余談ですが、中学2、3年生なら児童ではなく、生徒かと思います | |||
| 48,715 | 2021-11-26 04:24:35 | /tunnel/nenbutsu/main4.html | 10 |
| 厳しい環境で灯台を守る仕事をしている人への尊敬と哀悼の念が掘らせた隧道。内部で大きくズレていた未熟な隧道ですが、それ故に、素人普請でもいいから急いで安全な道を造りたいという切実で真摯な思いが表れた隧道だと感じました。素晴らしいレポ、ありがとうございました。 | |||
| 48,658 | 2021-11-13 23:06:56 | /tunnel/nenbutsu/main4.html | 10 |
| 今回も,悲劇と歴史を遺憾無く語られ,亡くなられた方の供養になったものと感銘しております | |||
| 48,622 | 2021-11-08 23:49:25 | /tunnel/nenbutsu/main4.html | 10 |
| 町史の福井君の文章力が素晴らしい、感動した | |||
| 48,617 | 2021-11-07 21:45:33 | /tunnel/nenbutsu/main4.html | 10 |
| そこに道があること(あったこと)の尊さが痛切に伝わる素晴らしいレポートでした。どうもありがとうございました。 | |||
| 48,588 | 2021-11-03 22:55:08 | /tunnel/nenbutsu/main4.html | 10 |
| とても面白かったです。大変勉強になりました。 | |||
| 48,583 | 2021-11-02 13:28:19 | /tunnel/nenbutsu/main4.html | 9 |
| 昔、美国に チニカ山荘という山頂の宿があり、家族で毎年夏には泊まりに行っていました。40年も前の事です。その山にはなぜかスキー場のリフトのような設備があり、ケーブルと塔があったのを覚えています。スキー場にしては場所も変でしたが、あれはなんだったのか、今でも時々不思議に思います。 | |||
| 48,573 | 2021-10-31 15:45:13 | /tunnel/nenbutsu/main4.html | 10 |
| 最後の一文に心動かされました. | |||
| 48,572 | 2021-10-30 22:31:23 | /tunnel/nenbutsu/main4.html | 10 |
| 快適で安全な道が出来て廃道になってしまったためにもう見られなくなった絶景が全国にはたくさんあるんだろうな。たびたびそういうレポありますよね。そういう絶景を再び世に知らしめ、当時の暮らしや利用者の声もしょうかいしてくれるヨッキさんの存在は大きい。廃道や絶景を紹介するサイトは他にもあるが、ヨッキさんほど深掘りしてくれる人はなかなかいない。 | |||
| 48,571 | 2021-10-30 22:00:48 | /tunnel/nenbutsu/main4.html | 10 |
| 興味深く読みました。福井二三男氏はフクイ製作所の創業者と同一人物かもしれませんね。「社会に役立つような立派な人」になられたようです。https://e-kensin.net/news/130009.html | |||
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