http://yamaiga.com/tunnel/nenbutsu/ の公開中コメント一覧

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コメント
53,4442024-01-31 18:30:34/tunnel/nenbutsu/main4.html10
しめくくりが、さすがっ!!っていう感じでした。今回も面白かったです。
53,3232024-01-13 13:12:24/tunnel/nenbutsu/main4.html10
いやほんと、尾根道のほうがこわい。3人がなくなった以外には、さて、みな無事に通行できたことも驚きです。しかし
みずなしの奇岩は凄いって。ぎくってするよ。あの不安定さが。日本屈指の景観をみたければ、山いがに来い!
53,1532023-12-20 15:12:14/tunnel/nenbutsu/main4.html10
いつもお疲れ様です。灯台守の映画で、カラオケの十八番でもある、「喜びも悲しみも幾歳月」を思い浮かべる場所ですね。ルート改良には悲しい話がきっかけの場所も多いですが、改良されたルートもいつの間にか廃道になり、話も道も人々の記憶から消えていくのもさみしいものですね。
52,7722023-10-19 22:53:29/tunnel/nenbutsu/main4.html10
よかった
51,0142022-11-13 11:35:13/tunnel/nenbutsu/main4.html10
懐かしいです。若いとき(35年前位)に友達と夏の観光で行きました。夏仕様の軽装でも、問題なく行けるくらいに、観光用になっていたと思いますが、ゴツゴツした岩の上を歩いた記憶があります。
念仏トンネルは、先に進むほど真っ暗でライターで照らしながら通りました。
女子4人でふたりづつ、手を繋ぎながら、壁に降れながらで念仏トンネルという意味を実感していました。向こうから来る人とすれ違うときは、互いに壁にくっついてよけていましたね。慣れてる人はライト持参していました。
観光用になっていても、灯りは無いままでした。
抜けた後の、海の積丹ブルーが素敵すぎて、忘れられません。
あと神威岬の風の強さも(笑)
あの積丹ブルーが観たくて、後年行くと閉鎖になっていてがっかりでした。
今の舗装された道から観るより、直接海の側に行ったときのブルー差が、別物でした。
51,0092022-11-12 23:49:58/tunnel/nenbutsu/main4.html10
2022.11.12(土)北海道新聞夕刊にて、念仏トンネルの存在を知りました。トンネル内の様子、海沿い旧道の様子がわかり、大変刺激的且つ興奮&感動しました!ますますのご活躍を楽しみにしています!
50,5212022-08-19 20:24:15/tunnel/nenbutsu/main4.html10
素晴らしいレポートありがとうございます!
50,5042022-08-18 12:30:12/tunnel/nenbutsu/main4.html10
昭和50年代の話ですが、3回ほど念仏トンネルを通りました。
最初は家族旅行で、次は友人やガールフレンドと。
当時は女性や子供でも歩いて行ける場所で、夏休みなどは観光客ら通行人がトンネルで渋滞していました。
でもLEDライトなどない時代でしたから、真っ暗なトンネルを手探り足探りで恐々で通りましたよ。
ちなみに尾根道は当時でも健脚な方じゃないと行けないルートだったと思います。
49,5512022-04-06 22:51:45/tunnel/nenbutsu/main4.html10
北海道在住です。目的地までの運転中に旧道・廃線跡・何かの人工物を見かけることがあり、疑問や興味が湧きます。歴史の知識が薄いので、ネット検索などしていると、ココに辿り着けました。危険とも思われる「現地調査」や、詳しい文献調査など感心しております。サイトを読んでいるだけでもドキドキして、とても面白いですが、怪我などなさらぬよう気をつけてください。
48,9342021-12-27 01:48:12/tunnel/nenbutsu/main4.html9
有名どころだと、島根県の隠岐の島にもこのような海岸沿いに手彫り隧道が点在しています。落石の恐れがあるため一応立ち入り禁止にはなっていますが、バリケードのようなものはなく徒歩なら通行することができました。(車止めはある)事前に観光協会に確認した所、「おすすめは出来ない」「事故等あっても責任は取れない」とのことでした。そのうちバリケード封鎖されるかもしれませんが、現道トンネルよりはるかに景色が良く楽しい場所で笑いながら歩きました。観光と安全、一般観光客のみならず旧道廃道好きにとっても悩ましい部分だと思います。
48,8442021-12-12 23:00:24/tunnel/nenbutsu/main4.html10
悲しいお話しがこのレポートを名文にしてくれましたね。合掌…
48,8352021-12-12 17:01:35/tunnel/nenbutsu/main4.html10
つい見入ってしまいました。これからもレポートたのしみにしています!
48,7862021-12-05 21:08:02/tunnel/nenbutsu/main4.html10
神威岬に行ってみたくなりました。その時はもちろん尾根道を通りますが。ところで、余談ですが、中学2、3年生なら児童ではなく、生徒かと思います
48,7152021-11-26 04:24:35/tunnel/nenbutsu/main4.html10
厳しい環境で灯台を守る仕事をしている人への尊敬と哀悼の念が掘らせた隧道。内部で大きくズレていた未熟な隧道ですが、それ故に、素人普請でもいいから急いで安全な道を造りたいという切実で真摯な思いが表れた隧道だと感じました。素晴らしいレポ、ありがとうございました。
48,6582021-11-13 23:06:56/tunnel/nenbutsu/main4.html10
今回も,悲劇と歴史を遺憾無く語られ,亡くなられた方の供養になったものと感銘しております
48,6222021-11-08 23:49:25/tunnel/nenbutsu/main4.html10
町史の福井君の文章力が素晴らしい、感動した
48,6172021-11-07 21:45:33/tunnel/nenbutsu/main4.html10
そこに道があること(あったこと)の尊さが痛切に伝わる素晴らしいレポートでした。どうもありがとうございました。
48,5882021-11-03 22:55:08/tunnel/nenbutsu/main4.html10
とても面白かったです。大変勉強になりました。
48,5832021-11-02 13:28:19/tunnel/nenbutsu/main4.html9
昔、美国に チニカ山荘という山頂の宿があり、家族で毎年夏には泊まりに行っていました。40年も前の事です。その山にはなぜかスキー場のリフトのような設備があり、ケーブルと塔があったのを覚えています。スキー場にしては場所も変でしたが、あれはなんだったのか、今でも時々不思議に思います。
48,5732021-10-31 15:45:13/tunnel/nenbutsu/main4.html10
最後の一文に心動かされました.
48,5722021-10-30 22:31:23/tunnel/nenbutsu/main4.html10
快適で安全な道が出来て廃道になってしまったためにもう見られなくなった絶景が全国にはたくさんあるんだろうな。たびたびそういうレポありますよね。そういう絶景を再び世に知らしめ、当時の暮らしや利用者の声もしょうかいしてくれるヨッキさんの存在は大きい。廃道や絶景を紹介するサイトは他にもあるが、ヨッキさんほど深掘りしてくれる人はなかなかいない。
48,5712021-10-30 22:00:48/tunnel/nenbutsu/main4.html10
興味深く読みました。福井二三男氏はフクイ製作所の創業者と同一人物かもしれませんね。「社会に役立つような立派な人」になられたようです。https://e-kensin.net/news/130009.html
48,5612021-10-30 10:30:49/tunnel/nenbutsu/main4.html10
おりょっ 歩道ですかかつては車道にこだわっていたと思いますが、、、人は変わっていくもの、隧道だからストライクゾーンに入ってきたんですかね?新たな切り口として面白い。
48,5602021-10-30 08:26:55/tunnel/nenbutsu/main4.html10
秋田市の土崎築港についての明治期の文献で、「港の北は流氷の激衝で崩壊して」いた旨の記述を見たことがあります。であれば、北海道は秋田よりさらに寒く、10月でも十分冬季だったのではないでしょうか。すくなくとも大正初年ころなら、日々の生活には、より寒冷だったという江戸期の記憶と習慣が残っていて、それに従ったのかもしれません。傍証でもなんでもない憶測ですが・・・・・・
48,5592021-10-29 23:23:57/tunnel/nenbutsu/main4.html10
大学生のころ(S54〜S58)、何度か積丹に行き、念仏トンネルを通りました。通過した後の光景とそのあと浜から綴れ折りで尾根へと登っていく道が印象的でした。その数十年後、整備された尾根の遊歩道もいきましたが、その綴れ折りの道の柵とかも荒れ果てており、悲しい気持ちとなったことを覚えています
48,5582021-10-29 22:29:05/tunnel/nenbutsu/main4.html10
灯台の建設資材は海路で運んだのでしょう。尾根道かも知れませんが。
48,5572021-10-29 21:09:23/tunnel/nenbutsu/main4.html9
昭和44年頃に神威岬を旅行で訪れました。学生だったので国鉄の均一周遊券を使い、ユースホステルに泊まりながらの北海道、岬の雄大な眺めは思いだしたのですが、途中のトンネルは思い出せませんでした。
48,5562021-10-29 19:12:21/tunnel/nenbutsu/main4.html10
入念な机上調査から導かれる結論、相変わらずスゴイです。悲劇がきっかけで『出来損ない』みたいな隧道が作られ、観光歩道として整備され放棄され。酔狂な人が探索し発表し、薄れかけた記憶や散逸される資料がまとまって集まってくる。そこにあるものには必ず何らかの由来がある、ヨッキさんのもっている信念がよくわかるレポでした
48,5552021-10-29 18:55:51/tunnel/nenbutsu/main4.html10
騎乗調査圧巻
48,5542021-10-29 10:46:28/tunnel/nenbutsu/main4.html8
1912年10月の気象データを気象庁のホームページから調べてみました。神威岬から南に90kmほど離れた寿都の降水量および気温のデータしか得られませんでしたが、10月28日の最高気温が15.7℃で、翌29日の最高気温は5.1℃となっています。この急激な気温の低下は寒冷前線の通過か高気圧の接近とともに寒気が入り込んだかのどちらかですが、28日の降水量は8.2mmなのに対し、29日の降水量は0.0mmなので、前線の通過ではなく寒気が入り込んだと考えられます。実際、29日の最低気温は2.0℃まで下がっています。もしこの仮説が正しいとしたら、寿都より北に90km離れ、しかも絶えず強風を受けた山道では28日の降雨により29日には凍結が発生していたのではないでしょうか。山道を避けた理由はそんなところにあるかも知れないと思いました。

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