http://yamaiga.com/tunnel/ryugu/ の公開中コメント一覧

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コメント
40,5352019-02-22 13:20:57/tunnel/ryugu/main3.html10
思わず感激して踊っちゃいました! 写真が発見された追記がとてもいいですね。写真の説得力も大きいのですが、一緒に体験しているような錯覚をおぼえました。この写真の前と端的な記述がそうさせたんだろうなあと思います。ゾクゾクしちゃった(・∀・)記事です。
40,4462019-02-09 19:39:15/tunnel/ryugu/main3.html10
はじめまして 岩間にトロッコトンネルがあったとは・・・ 勉強になりました。 
40,4422019-02-09 14:53:34/tunnel/ryugu/main3.html10
遠めに見た時から、うちの製品っぽいなー、と見てましたが、名前を聞いて爆笑しました。ご紹介ありがとうございます。発電機器屋デス。常磐共火さんは、炭田亡き後も、最先端を行く「石炭」火力発電ですので、お間違いなきよう。イワユルえねるぎーせきゅりてぃです。ふと気づいたのですが、トロッコの技術も炭鉱の転用なんじゃないでしょうか。ちょっと守備範囲とは異なられるかもしれないですが、山陰・筑豊・瀬戸内西部あたりにも、似たような展開があるやもしれませんね。西日本来られる機会あればお手伝いしますよ。
40,4242019-02-07 18:41:39/tunnel/ryugu/main3.html10
手彫り・・では無いよね?岩間側の「道無し」は困るけど、観光資源・歴史的資源としてはとてもよいかと。
40,4112019-02-06 07:35:24/tunnel/ryugu/main3.html10
いわきや北茨城は岩盤見ると掘ってみたくなる人種がいたのではないかと思うことがあります。鉱業の影響で必要なら(金になるなら)穴掘ったり索道飛ばしたりする技術もあったようですが、海岸線の岩場は古墳時代以前からほじっていたらしいです。このトンネルは時局なんとかといっても地元の漁師が片手間に掘ったのではなく職業掘り師の作品ではないかと。古老の証言に熱っぽさが感じられないというあいまいな理由ですが、親の世代が将来のために掘ったのならもっと誇らしげに正確に語れると思います。で、この後はどこに行かれたのでしょう。四時川か鮫川においしい物件があっただろうか……。メールフォルダは冷静になって考えればどこかに転がってるような気がしますけど。外してあるハードディスクとか、1つ前のマシンとか、イメージバックアップした記憶とかDVDに焼いた記憶とか使いまわしたSDカードの中とか……。IMAPサーバに置きっぱなしとかじゃなければ4年分の半分くらいは救出できそうに思います(個人の感想です)。大事なビジネスメールのようですから、よさげなデータ復元ツールをMateBook(あまり上書きしていないサブマシン)に試してみてもいいと思います。Becky! ver.2なら.bmfファイルと.b64ファイルなどをサルベージできれば内容は確認できるでしょう。慌てて変なことをしなければ結構救われるケースかなと(故人の妄想です)。膨大な資料の中からトロッコトンネルの記述を見つけたり、瓦礫の中から墜落した親柱を見出すような特殊な労働力の持ち主ならなおさらです。ついでに失われたエロ画像も発掘できるかもしれません。
40,4082019-02-05 20:53:17/tunnel/ryugu/main3.html10
いわきに住んでるけど、知らんかった。
40,4072019-02-05 20:25:28/tunnel/ryugu/main3.html6
軌道は思ったよりも古いものだったのですね。しかし、海岸沿いの他の穴も気になりますね…。
40,4022019-02-04 22:57:53/tunnel/ryugu/main3.html8
膝下の波でも引かれると帰って来れなくなる事があります。ほどほどに
40,4012019-02-04 18:11:23/tunnel/ryugu/main3.html10
歴史の重みに合掌…
40,4002019-02-04 15:05:44/tunnel/ryugu/main3.html10
工事用の仮設トロッコ軌道という、言わばちっちゃい話から、そこに紡がれた歴史を相変わらずの手腕で掘り起こされていて素直に惹かれるレポートでした。当時トロッコを押していた方が、老人ホームか何処かの窓から今でもこの海岸を眺めていてくれたらいいな、などと少しだけ思いました。それにしても、日本の行政は記録はともかく「記憶」を残す事にはあまりに不熱心に過ぎるような気がします。仕方ない事とも思うのですが今回も資料集めには苦労されたようで、いろいろとお察しします。
40,3992019-02-04 14:10:21/tunnel/ryugu/main3.html8
真冬の渚で、ご苦労様です。表現の問題で気になったところを。後編−2の「丸木舟の如し小さな木造漁船」は「・・・の如き・・・」が正しい活用形(連体形)です。また、率直な感想ですが、さすがに(古代・未開の、というべき)丸木舟には見えません。小型でくたびれているけれど、きちんと組み立てられた木造船に見えます。現代との対比の効果をあらわそうとしていらっしゃることはわかりますが、表現の仕方がはまっていないかな、と思いました。
40,3982019-02-04 12:43:10/tunnel/ryugu/main3.html10
厳寒期の水濡れは死ぬほどツラい。おつかれさまでした〜
40,3972019-02-04 12:35:27/tunnel/ryugu/main3.html10
もう一歩届かない、もどかしいですが、起源がはっきり判らないというのイメージが膨らんで良いものですね。
40,3962019-02-04 12:03:11/tunnel/ryugu/main3.html10
まさに「土地の記憶」を探るためにヨッキさんは探索してるんですねえ
40,3952019-02-04 11:44:28/tunnel/ryugu/main3.html9
この場合の謎は永遠にわからなくてもいいと思います。わかった時にはこのトンネルは崩れて消えそうで悲しい
40,3942019-02-04 09:29:02/tunnel/ryugu/main3.html10
ああ完結ですか…。終わって欲しくはないけど、隧道の来歴や往時の姿も知りたい。その意味では、資料の少なさがなんとも歯痒いですね。貴重な証言をくださった古老のおふたりはGJでしたが。閲覧でき得る限りの資料をしらみつぶしにあたられたヨッキさんの情熱に、いつもながら胸が熱くなりました。昭和元年前後にお生まれの方なら(今90代)、昭和7〜8年当時は小学生?またはもっと上の年代の方でも、ギリギリ日記とかスクラップ帖とか残していらっしゃるのかも?欧米の公文書館は個人の記録も蒐集するらしいですが、この仕組みが日本にもあったら良かったのにな〜。隧道工事の記録が、市井には人知れず埋もれているやもしれません。『●月○日、きょう、小浜の砂浜に、ずい道こうじを見にゆきました。』…みたいな。もしかしたら謎な石碑のことも。てか、一番あって欲しかったのは、文書保存の施設ではなくタイムマシンですかね(笑) (お)
40,3932019-02-04 09:21:05/tunnel/ryugu/main3.html10
来歴が謎、って云うのもまぁ有りですねぇ。色々無想して浪漫だわ。
40,3922019-02-04 02:33:22/tunnel/ryugu/main3.html10
岩間側の坑口の高さについて推論です。「おじさん」氏のブログの写真 https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-78-3e/h_yamame/folder/766575/50/31838850/img_1?1262971748 によると、以前はほぼ坑口レベルまで砂浜があったと見受けられます。これはヨッキ氏の「砂浜が痩せていった」の記述とも符合します。もしくは震災の津波で一気に砂が流れたのかもしれません。ね。だとすればこのレベルに碑があったというのも不自然ではない気がしますね。
40,3912019-02-04 02:09:31/tunnel/ryugu/main3.html10
"いまも貫通しているということを伝えると、とても驚いていた。と同時に喜んでもいた。" ←これをきっかけに地元の人たちの記憶が呼び戻されたりするといいなあと思いました
40,3902019-02-04 00:44:21/tunnel/ryugu/main3.html8
今回の更新分は難産だったようですが零下2度を濡れて歩いた身体的辛さと密接な記憶を呼び起こしつつ書くのは、隧道の現存・貫通確認シーンを書くよりもつらかろう、と感じました小浜港の整備、いわきより北方は、しばらく岬の一つもない海岸が続くのでいわき(平)市への水産物の水揚げに小浜港が便利だとか地域的な理由もあったんでしょうかね?
40,3892019-02-03 23:40:15/tunnel/ryugu/main3.html10
初めまして。私の住んでいる場所のすぐ近くで、道路も何度も通っています。震災前とは周囲の状況も大きく変わっているなかで、こんな遺跡があることを初めて知ってびっくりです。
40,3872019-02-03 23:11:08/tunnel/ryugu/main3.html9
トロッコ運用写真が見つかることを期待します
40,3862019-02-03 22:30:17/tunnel/ryugu/main3.html10
なかなか興味深いレポート。いろんな事が秘められていたんですね。
40,3852019-02-03 19:29:22/tunnel/ryugu/main3.html9
おお,建設中のIGCCの様子をこんな所でみれるとわw石炭のみに頼らないとは云いましても主力は石炭火発なんで一寸違和感。それは兎も角これ木が折れたりしたら戻って来られずに死ねません?まあ割と太そうだし最悪工事現場に泣きつけばいいか。
40,3842019-02-03 18:16:03/tunnel/ryugu/main3.html9
「高潮+満潮」じゃなくて「大潮+満潮」では?
40,3782019-02-02 01:37:46/tunnel/ryugu/main3.html10
水濡れもいとわず海に入る!
40,3762019-02-01 22:53:18/tunnel/ryugu/main3.html10
岩間側坑口横の“窪み”は、本来の桟橋ルートが不安なので桟橋に頼らないルートを造ろうとした名残、という気がします。もし完成していたら、ヨッキさん歓喜の「隧道内分岐」があったかも?
40,3752019-02-01 22:08:40/tunnel/ryugu/main3.html10
ここのけっこう近くに20年住んでますが知りませんでした。震災もさることながらチリ地震の津波でもごっそり海岸線がやられたそうで、がけ崩れで形状が変わってしまったとは聞いています。←もう少し北のヨットハーバーの方追加報告楽しみにしています。
40,3742019-02-01 21:43:09/tunnel/ryugu/main3.html10
寒そう…。
40,3732019-02-01 18:54:54/tunnel/ryugu/main3.html10
荷物を積んだトロッコを押さなくてもいいようにトンネルが片勾配になっているのですね。

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