“ファンタジー橋”
この語から、あなたはどんな橋を想像するだろうか。
私と細田氏が、出会うなりそう命名した橋の姿を、ご覧いただこう。
橋が見えますか? →
ここは秋田県北秋田郡上小阿仁村。
いまも林業が財政的基盤であるこの村には、昭和40年代まで小阿仁林鉄とその支線が根のように張り巡らされていた。
長滝沢という全長20kmほどの谷に沿って存在していた長滝沢支線の痕跡を求め、細田氏の運転で沢沿いの林道(軌道跡を転用していた)を走っていた際に、この橋は「発見」された。
自動車運転中に予想外の発見をすることを、私と細田氏は昔から「チョットチョット」と呼んでいるのだが、これなどは典型的なチョットチョットであった。
そして、私は細田氏のチョットチョットの力には大変感服している。
大概のチョットチョットは細田氏によるものだからだ。
この景色から運転中に橋を見つけ出した細田氏は、やはりすごいと思う。
林道は狭い砂利道なので、少し先の待避所まで進んでから、歩いて戻ってきた。
そして、細田氏が指さした先をよく見てみると…。
(カメラをズーム)
橋だ!
が…
これはひどい状態…。
果たして渡れるのか?! ←渡る気なのかよ。
おそらくは、林鉄と共に炭焼きが盛んであった数十年前ごろ、向かいの山で薪を集めるため個人で架設したつり橋だろう。
橋が無くても渡れる沢だが、入山中に大雨で増水することもあり、そう言うときのために架けてあったのかも知れない。
橋の前後に道らしきものは見あたらない。
冬枯れに近い紅葉を濡らす、冷たい霧雨。
つり橋は、もう森の一部のようだ。
清流のほとりに降りて、手の届きそうな所にあるつり橋を、近くから観察してみた。
主索が一応は金属ワイヤーである他は、これ以上に原始的なつり橋があるかと思えるほど素朴な作りである。
両側の主塔は共に巨大な自然木をそのまま使っており、踏み板はただの板きれ一枚だ。
これはまるで、「ファンタジー世界に架かっていそうなつり橋」のイメージである。
森の妖精がほのかな光跡を残しながら、迷い込んだ薬売りの少年を導くのは、こんな橋ではなかったか…?
そしていま、大きくなった少年がこの橋に挑む。
…挑む?
それはやめておいた方がいいんじゃ…?
ん?
早くもバトンタッチか??
どれどれ…。
…これはもう、「橋を渡る」というレベルではないような気がする…。
ただ単にワイヤーにぶら下がって対岸まで行けるかという、そういうアクションだろ。
この高さならまあ落ちても捻挫くらいだと思うけれど、一緒に橋をラッキョウさせかねないかも…。
まあ、ここまで来て何もしないというわけにも行かないか…。
「ちょっと細田さん、カメラお願いします。」
うんしょ うんしょ…
うぎゃ。
うんしょ うんしょ…
ぎゃー
駄目だ。
こいつは渡れません。
片側のワイヤーに全体重を預ける渡り方も試したが、こっちは傾きが激しすぎて身動きが出来なくなった。
なにより、ワイヤーがいまにも切れそうだった。
つり橋の持つ機能美と、廃の持つ滋味が絶妙に絡み合った、至宝のファンタジー橋。
いまやこの橋を渡れるのは、小さな森の住人くらいなもの。
我々は、おとなしく見て楽しむことにしよう。
この、時限ある風景を。
チョットチョット完了