関東と北陸を結ぶ大幹線道路、一般国道17号。
その最大の難所である三国峠の北麓、新潟県湯沢町の神立地区にある湯沢パーキングのそばに、この不思議な構造物はある。
国道南側の空き地越しに見える、コンクリート製のボックスカルバート(暗渠)のようなもの。
その先端は森の中に呑み込まれているが、緑に囲まれてポツンと佇む姿は、未完の何かを感じさせる。
高速道路のようなものを作ろうとした名残とか…。
だとしたら大変なことだぞこれは!
よく見ると、小さな川を挟んで手前側にも黒ずんだボックスカルバートがあるではないか!
そして、全体が奥に向かって上り勾配となっている。
…どうやら一瞬期待した「未完高速道路説」は、早くも否定されたようだ。
これが道路を潜るための暗渠だとしたら、両側合わせて10車線もあるような超広幅員ということになってしまう。
流石にそんな物はないだろう。
…じゃあ。 これはなんだ?
2本ある暗渠のうちの1本は、国道に面していた。
写真だと目立っていないが、実際にかなり地味だ。
非常に多くの人の目に停まっているはずだが、その地味さゆえスルーされ続けてきた雰囲気がある。
だけど、どう見てもこれは不自然な構造物。
なぜこんなところに暗渠がある?
それは奥に向かって伸びている。
しかも、さらに奥にもう1本の暗渠の入口も見えている。
ぶっちゃけこれって、暗渠の尊厳に関わる由々しき眺めじゃない?
だって、暗渠を使わなくても向こう側に行けちゃうわけで…。
“トマソン”臭を漂わせる暗渠は、歩道を介して国道へ繋がっている。
つまり、自動車のための通路(道路)であった。
しかも、こんなに正体不明であるにもかかわらず、封鎖されていない。
誰でも入って良いのか?
なんなんだこれは…、ますます分からない…。
分からないままでも楽しかったと思うが、ネタバレは坑門にあった。
いまネタバレしますよ〜〜。
扁額の文字は、「神立斜坑」。
斜坑である。斜坑。
単なるボックスカルバートに見えたが、その正体は斜坑?!
そして最大のネタバレが、坑口右側に取り付けられたこの表示。
出入口につき駐停車禁止
JR長岡新幹線保線区長
「JR長岡新幹線」で切ると「なんぞ?」と思うが、「長岡新幹線保線区」というものがあるのだろう。
つまりこの道路は、地下にある「上越新幹線」のトンネルに繋がる斜坑なのだ。
ネタは“われて”しまったが、奥が気になることに変わりはない。
しかも、今のところ「立入禁止」ではないのである。
また、これまで新幹線トンネルへの斜坑というものに出会ったことはなく、積極的に関わるのも初めてだ。
だから、単純に興味がある。
過去に一度だけ、地上にある坑口から下りていったら現役の鉄道線路が現れたケースがあるが、それは在来線だった。(すでにレポート済み。探してみてね)
1本目の暗渠は約30mの長さがある。
外から見たとおり、緩やかに登っている。
もちろん「斜坑」が始まっている様子はなく、ただ地べたに置かれた暗渠の中を通っているに過ぎない。
そう。
ネタバレしたとはいえ、なぜ暗渠なのかの説明はまだもらっていない!
これでは引き下がれるわけがない。
“地上部”に出る。
そこにはコンクリートの壁で両岸を固められた開渠が横切っており、橋が設けられている。
橋の幅は前後の暗渠の倍もあり、ちぐはぐな印象を受けるが、待避所を兼ねているのかも知れない。
銘板など、その素性を示すようなものもない。
というか、この2本目の暗渠は…。
2本目の暗渠は、“本物”かも知れない。
中が真っ暗なうえ、先は山になっていて、間近に出口が想定できない。
よく見ると、坑口へ入らず左右へ逸れる道もあるようだが、藪が酷くて見通せない。
とりあえず、この能面のような坑門へ入ってみよう。
それはそうと、いまだに立入禁止になっていないというのが意外というか、不自然だ。
まさかこのまま新幹線トンネルまで行けちゃったりしたら、それをレポートしても良いものだろうか…。
変な汗を掻いている私がいた。
振り返ると、1本目の暗渠がそこにある。
これがなければ、国道の往来から私は丸見えだが、上手くカムフラージュしてくれている。
それにしても、見れば見るほど謎の暗渠だ。トマソンだ。
入るなり、左へカーブしている暗渠。
いかにも暗渠らしく、カーブもカクカクしている。
また、「斜坑」というわりに全然地下へ下っていかないどころか、むしろ緩やかに登っている。
そこに、微かだがクルマの通った滑らかな轍が残されており、私を誘った。
天井には疎らに蛍光灯が取り付けられているが、その全てが消灯している。
その他、一般のトンネルにありそうなものは何もない。
業務用施設に漂う冷徹な空気が、窮屈な函のなかを占めていた。
左カーブの向こうには…。
光沢のある鉄の扉が、無言で待ち構えていた。
流石にフリーパスと言うことはなかったか。
まあ、当たり前である。
施錠を確かめるために、扉に近づく。
施錠確認。
何となくSFチックな扉である。
閉ざされた扉は鉄製のいかにも重厚なものだが、多少の遊びがあり、触ると少しだけ押すことが出来た(隙間が出来るほどではない)。
また、通用口の方は完全に閉ざされている。
静寂に満たされた閉鎖地点だが、恒常的な冷風が扉の隙間から通り抜けてきていた。
この奥にあるものは、新幹線の線路なのだ。
その重い事実が、再度告白される。
警告文は「日本国有鉄道」のまま時を止めているが、この施設が生きていると言うことは、現状に何ら荒れた様子のないことから明らかだ。
日常的に斜坑を使っているとは思えないが、いつでも使えるように保守がなされているのだろう。
何度も言うが、この下には現役の新幹線線路がある。
この国の動脈がある。
堅い通用口には、腕が通る小窓があった。
特に強く風が吹き出している穴だ。
その奥を探るために顔を近づけると、恐ろしく冷たくて乾いた空気が、猛烈な勢いで顔面を叩いた。
私の顔面は、あっという間に凍り付いた。
しかも、視線が入ればライトが通らず、ライトが通れば視線通さずと言う状態。
仕方がないので、コンデジとライトを隙間に潜らせて撮影を試みた。
扉の向こうは、激しく下っていた。
路面に刻まれたギザギザの舗装が分かるだろうか。
そして、扉も1枚ではなかった。
もう1枚。
この扉とよく似た扉が見えている。
厳重…。
さすがに、厳かに重い扉である。
この奥にあるのは新幹線トンネル。
かつて1年足らずの短期間ではあったが、世界最長の鉄道トンネルの栄冠を戴した「大清水(だいしみず)トンネル」。
越後山脈を貫く全長22,223mのなかの新潟側坑口から約1500mの地点に、「神立斜坑」は位置している。
かつて何万人もの作業員や工事機械が、ここを通って地球の内部へと出入りしたことだろう。
列車が通過するとき、この場所にどのような現象が起きるのか。
私は待った。
闇の中で、ただじっと。
そして、体験した。
列車が近づいたらしいことは、それまで一定であった小窓から溢れ出る風が強くなる事で気付いた。
そして、やがて遊びのある扉全体が、空気に押されて「じわーっ」とこちら側へ傾ぐのである。
扉は、とても手では押し返せないほどの風圧である。
そして、ゴーともヲーともつかない地響きが後を追いかけてくる。
強まる一方の風は1分ほどでピークを越え、そして凪ぐ。
凪の十数秒後、予想しなかった現象が起き、私は肝を冷やした。
ガン!
そういって、扉が突然向こう側へ引っ張られて悲鳴を上げた。
それまで「∨」の字だったものが、急に「へ」の形に折り曲げられたのだ。
列車がこの斜坑の前を通り過ぎたのである。
大量の空気と一緒に。
当たり前だが、この時に扉に指を当てていると挟まれる危険がある。
注意して欲しい。
さて、斜坑の息吹を感じたことで目的を達し、引き返しにかかる。
振り返ると出口はカーブの向こうだが、右に小さな非常口のような鉄扉を見付けた。
な、なんだこれは?
まさか、まさか奥へ進む道…?
うわ、まぶし!
なんだこりゃ。
外か?
外へ放出されちまうのか。
なんだこりゃー。
外へ出ても、どこにも行けない!
周りは背丈より深い藪、藪、やぶだ!
扉によって斜坑本体への進入は出来ないようになっているが、その扉の前までは車でも自由に入ることが出来る。もっとも、Uターンする場所が無いのでオススメはしない。
斜坑がどのようにして100mほど離れたトンネル本坑と繋がっているのかも不明である。
そして最後に、なぜ地上部分に無意味そうな暗渠があるのかについてであるが、場所柄、これは積雪対策であろう。
普通の道であれば除雪車などで除雪するが、日常的に使わない斜坑アプローチ道路を積雪する度に除雪するのは非経済的である。かといって、いざ使おうという時に3mも積雪していたのでは、除雪車も役に立たない。
だから敢えて大仰な「無雪道路」を用意する必要があったのだろう。
我が国が誇る新幹線の安全神話は、こんなところにも力を注いでいた!