今回紹介するのは、表題の通りの道である。
ダム堤体の上を車で通れるところは結構あるが、それらの多くは地図上でもそれと分かるように道が描かれていたりする。
だが、福島県の片門(かたかど)ダムにあるそれは、ほとんど…というか、全くと言っていいほど地元以外では知られていない。
右の地図を見てもお分かりの通り、堤上の道は繋がっていないように描かれているからだ。
また、近くには別に主要な道があって、敢えてこのダムを渡る理由も乏しいからだ。
これだけを聞いて、この場所に興味が湧いたという人は多分少ないだろう。
だが、この場所には独特の良さというか、知るものを一人ほくそ笑ませるような効果がある。
そしてもしあなたが変な道を愛するならば、或いは車でそう言うところを通りたいと願うならば、無視できない存在になるだろう。
事実、私もここを訪れたあと、自分の車で渡ってみたいという衝動に激しく苛まれることになった。
左の道がその入口。
「その」というのは、片門ダム。
問題の道へも、当然左へ。
だが、この場所自体が国道から2km近く離れているうえ、国道には何の案内もないし、ここへ来るのはダムに用事がある人や、右の道が行き着く和泉集落に用事のある人くらいである。
そして、部外者が間違って左の道へ入らない最大の理由(ワケ)は、この場所にこそある。
我々が、私有地と一般の公道を分ける最も信頼のおける目安としているもののひとつが、この門柱や門扉の類ではないだろうか。
いかにも歴史のありそうな門柱が一対、左の道の入口に目立つように立っている。
この時点で、全く事情を知らない私などは早くも人目が気になりだした。
でも、特に立入禁止だと書いていないことや、ダムを見てみたいという気持ちから、“少しだけ”入ってみることにしたのである。
門柱には、「東北電力株式会社」「片門発電所」と書かれている。
自転車のブレーキに手をかけながらおどおど下っていくと、視界が急に開けて巨大な人工物が現れた。
これが片門ダムか。
何も下調べをしないで来てしまった(三島通庸の足跡を追っているうちに何となく寄っただけなので)が、地図を見る限り只見(ただみ)川では最下流にある本流ダムである。
発電所が併設されているので、当然発電用のダムなのだろう。
なお、只見川と言ってもピンと来ない人が多いだろうが、あの「奥只見シルバーライン」などはこの川の源流にあるものだし、日本有数の“電気川”としてその筋では高名である。
道はそのままダムの堤体上へと吸い込まれる。
下ってくる坂道の途中に「徐行」の標識がひとつあるだけで立入禁止の表示はなく、どうやらここは一般に開放されているのだと安堵を深める一方で、観光化されたダムとは根本的に違う事務的な空気も感じる。
堤体上に立つ無骨な水門に掲げられた巨大な「安全第一」の文字などはその最たる例で、何というか、ロシアあたりの産業施設の雰囲気なのだ。(行ったことはないけれど…)
私が立入禁止を見逃してきてしまったのではないかと、そう自問したくなるようなムードに充ちている。
昭和26年に着工し、同28年に東北電力の発電用ダムとして竣功したのが、この片門ダムである。
大きな川の中流域にあるダムらしく、名前の付くような大きなダム湖を持たない一方、その常時給水される水量は膨大で、当然堤体に占めるゲートの割合も大きい。
私などはダムの素人だが、まるでSFの世界にでも出てきそうな巨大な鋼壁(水門)の何基も立ち並ぶ様子は、見慣れた山奥のダムとは根本的に違うのだと思い知らされる。
そして、この広い堤上がそのまま道であり、また右側にある事務所の駐車場をも兼ねているのである。
よく見ると、かすれた白線がコンクリートの路盤上に敷かれている。
もっとも、現在この施設は自動化されているのか事務所に人影は無く、より「乾いた」雰囲気を演出していた。
そして、この堤上でまず私の目を惹いたのは、ご覧の「案内図」だった。
我々一般利用者のために案内してくれているに違いないのだが、その図は極めて精緻であり、しかも機械製図ではなく手書きされていると言うことで独特の味わいがある。
それは、子供の頃に“ケイブンシャのヒーロー大百科”みたいな本で食い入るように見た、敵組織やヒーローの基地断面図のように見えるのである。
ここまで詳しい図を我々が必要としているかどうかを別として、この細かさは大いに男心の燃えるところである。
(画像クリックで原寸表示します。 あなたも好きでしょ?こういうの)
しかもこの“マニア図”は、1つならず3つも掲げられていた。
どれも力作。
ダム好きならずとも心を動かされることしきりであった。
すっかり本来の目的を忘れ…
…というわけでもなく、
私は特に目的もなくここに来たのであって、見るモノを見たし引き返そうかと思ったのであったが…。
ここで初めて気付いたのだった。
あれ、もしかして道はここで終わってない?
と。
そう。
我々の可動範囲は、もっと先にまで広がっているんじゃないかと。
それこそ、
川の向こう側まで…。
これ(笑)。
もしかして、これも道路なんじゃないかい?
それも、一般の道路なんじゃないかい?
だって…
こんな標識が…(笑)
こんなんありかよと思ったが、内容はまあ至極真っ当である。
どう見てもこの部分は幅1.5mくらいしか無いようであるし、そもそもダムの堤体だけに重量物が通るのは気を遣って当然だ。
ただ、1トン制限というのは、一般の乗用車はダメなのか、そこまではOKなのか微妙な制限ではあるが、とりあえず人や自転車だけの道ではないことは、この標識が明らかにしている。
なによりかにより、「立入禁止」の標識が無い時点で、ここが一般の道路扱いなのだと分かったのだ。
はっきり言って、驚いた。
これは、イクッきゃない!!
確かに車の轍があるぞ!
車道(公道)で間違いないらしい。
でも、驚くほどに狭い!
自転車と比較しても、この通り。
しかも、欄干が凄く高いので、大変な圧迫感だ。
今のご時世、こんな道は通行止めになっていても何ら不思議ではないのに解放されているというのは、よほど強い地元の要望があるのか、或いは昔からの契約でもなされているのか…。
不思議である。
ほんと、ローカルに隠された景色を見た気がして、私はひとり興奮してしまった。
流石にこの狭さだ。
一応待避所らしきものも用意されている。
だが、それは車同士の離合の出来るものではなく、あくまで人とのすれ違いのためにあるものだ。
景色を眺める上でも、それらの“テラス”は特等席であった。
下流方向の眺め。
100mほど下流に立派なアーチ橋が架かっているが、これは磐越自動車道のものであり、ローカルの利用には適さない。
最寄りの一般橋は、約1.7km上流の藤大橋(国道49号)か、約2km上流の片門橋(県道341号)である。
この距離を迂回するのは自動車時代の今日において特に不便とは言えないはずだが、それでもこの橋が無ければ確実に損を感じる人がいるのも事実なのだろう。
前半の駐車場を兼ねた広大な道幅に較べ、後半は必要最小限度とも言うべき圧倒的な狭さであるが、この部分にも多くの水門が並んでいる。
特に前半のそれは発電用の取水ゲートであったのに対し、後半のより多く並んでいるものは、放水用のゲートである。
この日は固く閉ざされ本流からの放水はされていなかったが、右写真のように橋より低い位置に収まっている鋼壁が左写真の位置まで引き揚げられたとき、まさに足元から発する落差約30mの大瀑布が展開するのだろう。
その場合でも通行止めになることは無いと思われ、これはちょっと見てみたい景色である。
吸い込まれるような迫力だろうと思う。
狭いけど直線だというのならまだ良い。
だが、そんなことはないのだ。
終盤に来て、クランク状に曲がっている。
しかも、曲がりの前後は共に1.5m制限の幅しか無く、曲がりの途中もなんというか…角がカクカクしているので、慣れないと非常に走りづらいと思う。
やはりこれ、軽自動車しか通れないかも知れない…。
最初は相当に半信半疑であったのだが、川幅200mは在ろうかという只見川を無事に渡りきってしまった。
そして、そこで行き止まりなんて言うトラップも無く、地形図上では繋がっていないことになっている道がちゃんと迎えに来てくれていた。
今回は時間も限られていたのでここで引き返さざるを得なかったが、このまま進むと1kmほどで片門集落に通じているようだ。
片門地区と坂本や和泉などを結ぶ道としては、確かに紛れない最短ルートであった。
引き返す。
左岸側の袂には、より分かりやすい標識が立てられていた。
…まるで、“チビ太のおでん”みたいな形だな。
それはそうと、この場所に来る前に良く対岸を確かめておかないと、ここからでは対向車の存在に気付けないので注意である。
って、そんな実用的なアドバイスは要らないか。地元専用道路みたいなもんですからねぇ。
また右岸に戻り、駐車場兼用部分から激細部分に入る辺りを望遠で一望してみたのが左の写真。
こうして見ると、極端な道の狭まり方が実感できるかと思う。
橋が狭いとか隧道が狭いとか、色々狭い道は見てきたが、ダム堤上の道がこれほどに狭く、それでいながら一般道路だというのは、初体験だった。
うあ!
ちょ!!
行ったぞ!
アイツ行った!!!
チャレンジャーだ!!!!
しかも、何かに追われているかのように速いいぃぃ!
私がカメラを構えて、堤体を見下ろせる位置まで30mほど駆ける間にも、どんどんとダムへ下っていってしまった。
チクショーー! 見たい!
ブハッ!
間に合った!
つか、
狭めぇ(笑)!
しかも相変わらずスッゲー飛ばしてる。徐行してない!!
カメラを構えながら、笑った。
あと、ニコイチの標識にもまた笑ってしまった。
変だよ絶対。
使われてるんだねー。 ほんと…。