ミニレポート <第84回>  三陸の穴シリーズ ネダリ浜道
公開日 2005.11.21


 別世界へと続く道 
 2005.8.23 正午頃


 



 三陸海岸は日本を代表する巨大なリアス式海岸であり、北東北三県の太平洋に臨む海岸線の半分以上は、険しい断崖絶壁となっている。
その北部に位置する陸中海岸の中心的観光地である北山崎は、岩手県下閉伊郡の田野畑村を中心に、南は岩泉町、北は普代村に繋がる、日本一の大絶壁海岸である。
その核心部分においては、海岸線から200mも一気に迫り上がる崖が南北8kmも続いている。

 一帯の余りにも険しすぎる海岸には、今日に至るまで開発の手が殆ど及ぶこともなく、原始のままの姿にある。
断崖の下に僅かに点在する砂浜には小さい漁港が散見されるが、津波の危険を避けるため定住する者はなく、集落は主に海岸線から100m以上も高い台地上に点在している。
そして、集落と漁港を結ぶ為の道が多く存在するのに対し、海岸線を縦貫する様な道は地形的に無理があり、殆ど存在しない。
あったとしても、その多くは海岸から少し離れた、台地上を迂回している道だ。

 今回紹介するのは、陸中海岸では貴重な存在である、海岸線ギリギリにある道の一つだ。
北山崎の北端に位置する普代町の黒崎漁港と、その一つ隣のネダリ浜漁港とを結ぶ、約600mの短い道だ。
開発の経緯は不明だが、おそらくは漁業関係者が開削した道であろう。




 2005年8月23日、山行が初の三陸合同調査が行われた。

銚子沖に台風が接近しており、明朝にかけて三陸沖を通過するとの天気予報。
この探索が行われた正午頃においては、多少南風が出てきている程度で、まだ海の探索に相応しい暑い夏の晴天だった。
参加者は、私と細田氏と、numako氏。
一同は、numako氏の車に同乗し、この探索のスタート地点である、普代町の黒崎漁港へ到着した。
この漁港も周囲に民家はなく、20艘ほどの漁船が出番を待つだけで、閑散としていた。




 車を終点の広場に停め、ここから「ネダリ浜」までは歩きである。
チャリで探索して欲しいという声があることは承知しているが、この日は持参していないので、ご了承願いたい。

 太平洋を滅多に見ることのない私と細田氏は、海の色から行って違うと、すでに大はしゃぎである。
本当に太平洋って海が青い、あるいはそれを通り越して、青黒い。
日本海の色は、同じ天気でも絶対違う。もっと、水色っぽいもの。
それに、波が高い。
(今思えば、これは接近中の台風のせいだったかも知れない)



 これから紹介する、たった600mほどの道は、一般の道路地図には描かれておらず、1/25000地形図にのみ記載がある。

 私の目的は、観光地の遊歩道ではなく、実際に生活に使われているような道を探すことだった。
故に、敢えて北山崎の有名な遊歩道には行かず、このような殆ど無名の道に、「三陸海岸と道のリアルな関係」を見たいと思ったのだ。
三陸海岸といえば観光地というイメージが強いと思うが、実際には観光地化されているのはその極一部に過ぎず、生活空間と不可侵の領域の狭間にある道の姿が、見たかった。

しかし、この出だしのムードは、やや観光臭があり、ちょっと興ざめした。




 ここも陸中海岸国定公園の一部であり、歩道の入口には環境庁(現:環境省)が設置した立派な「高波注意」の標識が立っている。

海は、晴天でも突然予想もしない大波が、押し寄せることがありますので、ここから先は十分に注意して、海が荒れているときは危険ですから入らないでください。
                岩手県・環境庁






 短い階段の登ると、いよいよネダリ浜へ続く歩道が始まる。

道幅は初めのうち1.5mほどで、路肩には欄干とプラスチック製のチェーンロープが転落防止用に設置されている。
路面は、波に濡れても滑らないようにと、コンクリの表面に平らな石を露出させている。
海面からは3m〜5mほどの高さを、小刻みに上り下りしながら進んでいく。
法面は裸の崖に金属ネットを被せているが、崩壊が目立つ。
しかも、進むほどに、道の状況は悪化し始める。

 入口の様子からは、遊歩道かと一旦は落胆したものの、そのワイルドな様相に、再び興味が湧いてくる。




 海岸線にへばり付くようにして、ギリギリの幅で道は続いている。
気がつくと、空は薄曇りになっていた。
生ぬるい風は、塩辛い飛沫をときおり頬に撫でかけてくる。
足元では、轟々と波濤が渦巻き、静止画ではとても伝えきれぬ迫力である。
どうやら、我々“太平洋初心者”を、太平洋はその本来のイメージである「荒波」で歓迎してくれているようだ。
霞む続く水平線の上には、死の台風が不気味に接近中だった。





 かなり無理な場所にも道は通されていた。

なんと、何気なく海を一跨ぎにしているではないか。

坂になったコンクリート橋の下には、小さな入り江が洞窟に向かって続いており、その奥はライトでも照らし切れない。
また、当たり前のことだが、余り体を海にはみ出させて撮影に熱中することは危険だ。
林鉄跡も、崖から落ちたりすると危ないが、海も然り。
落ちたら、助からない可能性も高い。
(このゴツゴツした岩場に落ちたら、少し波に揉まれているうちにみるみるミンチになってしまいそうだった。)



 次に現れたのは、仮設らしい木製橋。
護岸の底が抜け、元々の路面は海に流れてしまったようだ。
代わりに、応急処置的な木橋が設置されている。

 一応は、最近も管理はされているようだ。
(探索前後、道中のどこでも、誰一人とも出会わなかった。)





 前半戦を振り返る。

すでに、見渡す限りの海岸線は険しい断崖を見せているが、北山崎の崖はこんなものではない。
初めて見ると、「えっ これが日本?!」となること必至である。
しかし、何度も言うが“三陸初心者”の我々二人(numako氏は岩手県人だから除外)にとっては、“この程度”でも、日本海岸とは異なる世界観に思えた。

 遠くに見える大きな水色の橋は、北山崎唯一の車道である県道44号線。
その下に見える巨大な海岸線の壁は、その奥にある大田名部集落を守る津波堤防だ。




 海を表現する語彙は、山行がには多くない。

いままで、殆ど山一辺倒だったからな。

この三陸の旅では、ここのネダリ浜を皮切りに、ほんと新しい体験をいろいろとした。
今後も、おりを見て紹介していこうと思う。
海も、面白いもんだ。
チャリで探索するには、ちょっと厳しし過ぎるだろうがな。
(この道はまだ良い方だが、砂浜なんかが出てくると、チャリはお手上げ。)





 後半戦は、ますます険しくなった岩場の下を潜るように進んでいく。

岩場の溜まっている潮水の中には、ウニやらイソギンチャクやらが居りまして、私たちの目と手を楽しませた。

なにやら、遠くには正気とは思えないような断崖 が見え始めているが、あそこは黒崎という岬で、行く道も無い。
ネダリ浜は、あの崖の手前の入り江にある。



 Oh! アナ!

 どうですか?

 「キターーー!」もいい加減飽きられてきたかなと思いまして。


で、その穴の出現は嬉しいのだが、その手前の道の何とも怖いこと。
崖のあみあみが歩道の方にかなり張り出しており、しかもどういう訳か、一番欲しいところに欄干がない。
いままで「チャリで通っても面白いかも」「なんて思っていたけど、ここで考えを翻したことはいうまでもない。

 確かにこの道、高潮や大潮、荒天時には近づくべきではないようだ。
探索中に地震を感じたら、泣くしかない。





 穴が迂回しているのは、この岬だ。

なんとも、絵になる瀬戸風景だ。

実際に動きのある所をお見せできないのが残念だが、それこそ、海に波があるという感じではなく、海自体が上下しているような強烈なうねりが、複雑きわまりない海岸線を支配していた。
開いた口が、塞がらないよ。

海って凄いな。
(感想が小学生のようだが、これが日本海に住む者の太平洋を見た素直な感想だ。)





 隧道は、直角コーナーの先に口を開けている。

この日の「三陸の隧道巡り」、その始まりであった。






 歩道サイズの小さな隧道だが、完全な素堀のままではなく、コンクリが丁寧に吹き付けられている。
それでも、水滴がポタリポタリと背中を襲ってきた。
路面もコンクリで舗装されており、歩道としては十分な隧道である。
坑口は素堀であるため、扁額らしい物は存在しない。
全長は30mほど。
とりあえず、「ネダリ浜隧道」と呼ぶことにする。




 隧道を出ると、いきなりの景色の変化に驚かされた。

海はずいぶんと遠のき、代わりに、山が足元にあった。

細い歩道は一気に草地の中を下って行き、そのまま小さな砂浜に降りている。

初めて見るネダリ浜は、思いのほかスケールが大きく、これ一つで小さな世界のようにさえ思えた。

突堤があり、防波堤もあり、沖にはテトラポットも波飛沫を上げていた。
浜には大きな屋根の建物が建ち、電柱さえ見ている。
一瞬、集落かと思ったほどだが、事実、ここは無人の浜である。



 


 振り返ると、いま潜ってきた隧道が。

ちなみに、この岩盤はとても堅く、手作業で切り開かれたようには思えない。
おそらく、削岩機を使ったと思われる。
となると、この隧道や歩道が造られたのは、昭和に入ってからということになるだろうか。




 砂浜に降りた。
しかしそこは、砂浜というよりも砂の粒が大きく、玉砂利の浜であった。
玉砂利の浜は遠浅とは無縁の存在であり、獰猛な波がゴウと満ち、ガラガラとけたたましい音を立てて退いていった。
この繰り返しが、延々延々と続いていた。
海と崖を浜だけを見ていると、そこは白と黒の青の世界で、現実の世界ではないような錯覚を覚えた。
小さな穴を潜って来た先のネダリ浜は、どこか現実離れしたメルヘンワールドに感じられた。



 浜に建っている建物は、この二つだけであった。
浜から県道に登っていく、もの凄い急勾配の小さな車道があるにはあるが、殆ど一般には知られていない浜なのはまず間違いない。
隠れ里というか、隠れ浜のようだ。

 この二棟の建物はどちらも大きなコテージで、以前は貸し出しを行っているようだが、もう廃止されているようだった。
もし私にお金があれば、そっくり買いたいくらい気に入ってしまった。





 しかし、凄まじい場所に建っている。

見上げるような木造建築の背後に、見果てぬ程の絶壁が接している。

スカイラインまで、一体何メートルあるんだ…。

地図で調べると、100mくらいはある。


 しかも、この崖は高いだけではない。




 こんな立派な滝まで落ちている。

滝の水は、そのままコテージの脇に降り注いでおり、何時だってコテージのうち一棟は水しぶきと滝音とに包まれている。

素敵だ。

まるで、ギニアかどっかの奥地のようだ。

これは、いままでの私の日本の景色の常識では、はかれない。

新しい世界だ。





 ネダリ浜にも、一応漁港としての設備らしきものがあるが、舟は一艘もない。

艀タイプの埠頭の空気穴からは、間欠泉よろしく潮が吹き出していた。
横に並んだ穴のどこからいつ、鯨の吐息のような豪快な音と共に潮が吹き上がるかは予想できず、見ていて飽きることがなかった。
時々は、吹き上がった潮は5m以上も舞い上がり、後には霧が残るほどだった。
この穴にどれだけ近づけるかが、私と細田氏の体を張った賭けの対象になったことは言うまでもない。
結果については、敢えて語ることもないだろう。




 埠頭の先端から振り返る、ネダリ浜全景。

もう、これより先に黒崎を越える浜沿いの道はない。

我々も、ネダリ浜到着という目的を達し、引き返した。



 三陸海岸こそは、私を夢中にさせてくれる 新しい舞台のようだ。

「三陸の穴」シリーズは今後も、まだ続きます…。




2005.11.21 作成

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