地図からは読み取れなかった恐るべき存在が……!
《周辺地図(マピオン)》
唐突だが、つい数日前に路上で偶然遭遇した“驚くべきもの”を共有しようと思う。
現場は青森県青森市の油川という場所で、陸奥湾の低平な海岸線に沿って水田や住宅地が広がる平穏なエリアだ。
上の地図の“矢印”の位置に、それはあった。
さっそくご覧いただこう。
2026/6/12 4:52 《現在地》
市道森林軌道廃線通り線という、物凄く変わった名前の市道がある。
残念ながら、現地にこの奇抜な市道の名が分かるような表示物はないが、かつて日本最長の路線網を誇った津軽森林鉄道の軌道跡を利用した道路である。
が、今回のレポートとの関係はほとんどない。
その市道森林軌道廃線通り線がJR津軽線をアンダーパスする地点から北側に、線路敷を挟むような形で2本の未舗装路が平行して伸びている。
写真はこの2本のうちの線路の西側にある道である。
この2本の道のどちらでも良いので、しばらく辿っていくと、驚くべき光景に出会うことが出来る。
線路をサンドする未舗装路は、沿線に広がる水田の耕作作業に利用される、いわゆる農道であるが、特に一般車の通行に対する規制はない。
道の右手には常に高い防音フェンスに遮られた津軽線があり、一方で左の遠方には前景の水田とは一線を画する仰々しい雰囲気で新幹線の車両基地が見えている。
なお、今回私がこの線路沿いの道を辿っていることには、本編と全く関係がない別の目的があったのだが、それについてはまた機会があれば報告する。
4:55 《現在地》
約600m進むと、線路沿いの道は短いコンクリート橋で水路のようなものを渡る。
特に銘板などがないので橋名は不明であるし、水路の名前も現地では知る手掛かりがなかった。
なんてことのない、道幅と同じだけの小さな橋で、この橋がどうということはなかったのであるが…。
この橋の上で何気なく、隣に架かっている津軽線の橋の方を見た瞬間に、私は意外なものに目を奪われた。
隣に架かる津軽線の橋桁に、わざわざ、
「頭上注意」 「すべります通行注意」
なんて書かれた、半壊状態のプレートが取りつけられていたのである。
これは明らかに、橋の下が通路であることを前提とした標示物に違いなかったが、しかしどう見ても、
この橋の下に通路としてのまともな高さがあるようには見えなかった!
その高さの違和感の前では、草生していることなど、あまりに些細な違和感でしかなかった。
そしてこれは何かの間違いというワケではなく、確かに鉄道橋の下を潜る通路が明示的に用意されていた。
この写真の中央に前述した「通行注意」などと書かれたプレートが見えているが、その場所へ下りていけるよう、道路橋と鉄道橋の隙間にコンクリートの階段が用意されていたのである。
また、すぐそばには、「進入禁止」「線路に立ち入ると法律により罰せられます」などと書かれたプレートもあって、線路を渡らず、線路の下の通路を通れというJRの意志が伝わってくる。
こんな露骨な挑発を食らって、通らいでか!!
直ちに突入を開始!
(もうこの手前の階段の時点で、どう見ても潜る高さが足りてないんだが…。
マジでここ通路なの?(笑)
雑草の背丈より低いぞ。
看板類がなければ、通路だとは絶対に考えなかったと思う。
もうこの時点で、橋の下に入るためにはお辞儀どころか、中腰姿勢を取らなければならなかった。
ヘッドバッドをするような中腰姿勢になり、アタマで草を掻き分けながら、橋の下へ潜り込んでみると……。
砂利が敷かれた“通路”があった!!!(爆笑)
マジかよ〜〜www
いやでも、マジなんだよな。
砂利が敷いてあるのも通路だからだろうし、水路の対岸に同じ様な構造もないわけで。
通路(しかも一般向け)だよここは。……JRはそう言っている。
しかもこれ、橋の入口より奥に行くと、さらに空頭高が一段低くなっていた。
鉄道用のコンクリート橋の断面ではよくあることだが、両端の保線用通路の部分よりも、中央の線路敷の部分の桁が厚くなっていて、それだけ空頭高が圧迫されていたのである。
そのため、入るところは中腰姿勢で行けたが、奥へ進もうとするとこれはもう、しゃがみ歩きをする必要があった。
いやいやいや、しゃがみ歩きなんてモーション、格闘ゲームのキャラくらいしか普通しないでしょーよ!
でもここをスマートに通るには必要なモーションだ。四つん這い(独:Jozuhnwein)でも通れるけど、両膝が手のひらが泥まみれになるよ。
これは実測を要求します!
……
…………
………………実測結果発表(↓)
83cm
だいたい1歳半から2歳頃の身長相当だw
誰向けなんだよこの通路www
全天球画像を撮影。
当然ながら、人間が収まると、こんなに窮屈である。
しかも、なんとなく津軽線なんて単線だろうと勝手に思い込んでいたが(オイ!)、実はこの場所は上下線+中線がある3線区間(新油川信号場)であって、思いのほかに奥行きがあるというか、潜り抜けるのには距離を要するのだった。
……キツイって、人体にはいろいろと。
それでは残りも通り抜けていただきましょう! 動画で!
4:58 《現在地》
こっ 腰がぁ〜〜!(少し大袈裟)となりながら、脱出してみると、反対側も入った側とそっくりな鏡像のような場面になっていた。
同じように線路と並走する農道があり、橋があり、階段があり、看板類があった。
結局のところどちら側も農地であって、線路に分断された農地を繋ぐという目的以外は思い当たらない、そんな極小の通路であった。
しかも、物理的に通れるのは人だけで、農機具を持って移動するのは難しいと思う。自転車も無理。
なお、こちら側に取りつけられていた看板は壊れておらず、より原型を止めていた。
曰く、「通路すべります通行注意」「通行時頭上注意」というのが、書かれていた本来の内容だった。
どんなに天井が低くても使える「頭上注意」って、便利な注意だなぁwww
以上を確認後、速やかに来た道を戻って、この場所を後にした。
が、連続して一往復した結果、マジで腰イテテになってしまったので、皆さん気をつけて!
ミニ机上調査編 〜今のところ暫定“日本一”低いガード下?!〜
世の中には、人や車が通れるガード下通路の地上高(空頭高)の低さを追求する人がいる。
私はこの分野には疎いが、そんな奇特者がまとめてくれた記事(例)を見てみても、今のところ、今回私が実測したガード下通路の高さである83cmを下回るものは見つからなかった。
だから、とても大雑把だが、私の把握した範囲内では、暫定“日本一”低いガード下通路といえるかと思う。
しかも、通るべき案内がないところを無理矢理通ったわけではなく、管理者が通路として、通るべきとして、案内している場所だからね(笑)。
……ま、恐ろしく地味だし、今後もマイナーなままだと思うけど……。
で、このガード下通路がいつどうやって作られたのかを知りたいと思って、少し調べてみたのだが、今のところ文献的成果は全く得られていない。
そもそも、通路の上に架かる橋の名前からして分かっていないのだが、橋が架かっているまるで水路みたいな川については、市兵衛川というらしい。
これはスーパーマップルデジタルを最大に拡大すると表示されるし、青森市が公開している「あおまっぷ」でも読み取れる。
一般的な鉄道橋梁名の命名パターンに当てはめれば、橋の名前は市兵衛川橋梁だと思うが、確証は得られていない。
また、ガード下の通路や線路の両側にある道路は、どちらも青森市道ではないことが、これも「あおまっぷ」で判明した。たぶん線路沿いの道路については農道だと思う。
@ 昭和24(1949)年
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A 昭和37(1962)年
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B 昭和50(1975)年
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C 平成3(1991)年
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D 平成29(2017)年
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歴代の航空写真を見較べてみた。
@昭和24(1949)年版は、開業の2年前の風景であるが、既に目立つ路盤が存在している。
津軽線の工事は昭和12(1937)年に一旦着工していたが、戦争の激化によって中断され、昭和26年に再開して同年12月に青森〜蟹田間が開業している。ここにはその未成の路盤が写っているのである。
写真中央に市兵衛川との交差部があり、この時点で既に架橋があることが分かるが、橋の下の様子までは当然分からない。
A昭和37(1962)年版は、青森〜三厩の全線開業から4年後の風景である。全線単線非電化の典型的なローカル線だったが、この2年後には歴史的な青函トンネルの着工がなされ、その時点で津軽線が青森側のアプローチ線として利用されることも決定していた。
B昭和50(1975)年版では、線路の西側に今回通行した線路沿いの農道が出現している。実はこれも着々と開業が近づきつつあった青函トンネル関係の準備工事であったことが、次のCとの比較から分かる。
C平成3(1991)年版は劇的に変化している。昭和63(1988)年に青函トンネルを含む海峡線が開業し、当地を含む津軽線の一部区間は本州と北海道を結ぶ幹線の一部に組み込まれたことで、電化が行われ、かつ当地には長大な貨物列車にも対応した新油川信号場が設置されたのである。
線路は3線となり、拡張された線路敷きの東側にも農道が整備された。
この段階(昭和63年の海峡線開業時)で市兵衛川橋梁は架け替えられている。
そのことは航空写真だけでなく、現地構造物に取りつけられた「1986」の【建造年プレート】
からも読み取れる事実である。
したがって、市兵衛川橋梁の下を潜る今回探索のガード下通路が現在の形となったのも、この時点であろうと推測する。
おそらくそれ以前は線路を渡る小規模な踏切があったか、勝手に横断されていたのだと思うが、3線化した信号場内の横断は当然に許容できず、市兵衛川橋梁の下に歩行用通路を設置するという解決策になったのだろう。
……実際の利用者が、この高さ約80cmしかない通路を許容しているのかは不明だが……。
D平成29(2017)年版では、青函トンネルを北海道新幹線が利用するようになったことで、津軽線には従来の津軽線内完結の旅客列車と北海道方面の貨物列車が残った。画面左に新幹線の車両基地が出現しており、それに伴い市兵衛川の護岸がだいぶ綺麗に整備されている。
もしかしたらこの段階で、今回探索したガード下への影響(例えば護岸と川底をコンクリートで固めた三面張り河道となったことで水位が上がって、空頭高が減少した)があったのかもしれないが、誰も過去の状況を報告していないので、検証が出来ていない(苦笑)。
以上である。