小泊海岸森林鉄道 第一回

青森県北津軽郡中泊町
探索日 2006.11.4
公開日 2007.1.18

周辺地図

 青森県の片翼たる津軽半島を縦横に駆け巡っていた津軽森林鉄道は、北日本最大の森林鉄道網である。
明治末から昭和40年代までに及ぶ同線の歴史は、豊富な森林資源を山奧に追い求めての延伸の歴史でもあり、末期には半島北端の竜飛(たっぴ)岬のすぐ南沢筋まで伸びていた。
県都である青森と津軽半島の北端とが、762mm幅という狭いレールで延々と結ばれていたのは驚きでさえある。現在車でも3時間近く掛かる距離だ。

 この、津軽森林鉄道の路線網としてはもっとも北端に位置したのが、今回紹介する小泊海岸林道(以下、当レポートでは正式名である“林道”で呼称するが、内容は森林鉄道である)と、その末端の支線・片刈石沢林道である。
そして、この小泊海岸林道はおそらく全国でもただ一本だけの「海岸林鉄」である。
本来林鉄は、人手だけで木を運び出せないような山奧へ線路を延ばすものと相場が決まっているが、失礼ながら辺境のこの地においては、海岸線でさえ未開発の山奥と言えたのだろう。
その証拠に、現在の国道339号は、小泊以北の海岸ルートの大部分において、この海岸林道という名の林鉄跡を利用した道である。
林鉄がここを通るまで、海岸に道はなかった。無論、人の定住する集落も。



周辺地図

 小泊海岸林道は、中泊町小泊(旧小泊町)の中心部で小泊林道と分岐して、竜飛岬方面へと延びていた路線だ。
小泊林道というのは、以前紹介した小泊磯松連絡林道(七影隧道といえば思い出すだろうか)を経て、磯松林道へ繋がり、更に磯松林道は津軽森林鉄道相内支線を通じ、津軽森林鉄道の本線へ続いていた。
もっとも、これらの路線がすべて津軽森林鉄道の支線として造られたわけではなく、結果的に「連絡林道」が建設されたことで結びつけられたというだけである。

 さて、特異な景観が期待される日本唯一?の海岸林鉄であるが、前述の通り、国道339号となって利用されている部分が多い。
その中で、ある程度まとまった線路跡を確認できたのが、左図中赤字の三区間である。

 北から順に、七ツ滝区間、青岩区間、七ツ石区間である。
このうち、七つ滝区間にはその名の通りの「七ツ滝」があるが、その滝の傍に小さな廃隧道があるというのは比較的知られた話だ。
だが、他の区間については、林鉄の存在など忘れ去られているかに見える。



 昨年11月の快晴の日に行われた探索は、七影隧道捜索の前哨戦として行われたものだった。
よって、参加したメンバーも同じである。
私のほかには、細田氏、くじ氏、自衛官氏、トリ氏の計5名だ。
七ツ滝区間から、順に見ていこう。



海と 滝と 隧道と

起点・傾り石 最果ての情景


 とても同じ場所の景色とは思えない上の二枚だが、どちらも傾り石(かたがりいし)沢の河口付近の風景だ。
左は、軌道廃止後に車道となった片刈石沢林道へ入ってすぐのところにある大草原で、お好きな立ち位置から日本海を見渡せる。
こんないい景色なのに、草原には踏み跡一つ無い。
まさしく最果ての情感いっぱいで、参加メンバー全員が思わず見とれてしまった。

 右の写真は片刈石沢林道の起点である河口だ。
河口に架かる橋が国道339号で、突き当たりを右に行けば、竜泊ラインと呼ばれるつづら折れの道で竜飛崎へ続く。
小泊海岸林道(林鉄)の起点はこの場所で、突き当たり左折が国道と化した軌道跡である。

 我々の小泊海岸林道の探索は、この起点から始まった。



 小泊海岸林道の起点である傾り石沢河口。
と同時に、この沢に沿って算用師峠方面へ延びる片刈石沢林道(軌道→車道)の起点でもある。
この片刈石沢林道には、確認されただけで2箇所のスイッチバックによるつづら折れ区間が存在している。
そのレポートも、またいずれ……。

 ところで、ここの地名である傾り石は変わった名だが、露出した地層のもの凄い褶曲ぶりから名付けられたのだろうか?
林道の名前は当て字と思われる「片刈石(沢)」となっているのが面白い。



 完全2車線の快走路と生まれ変わった軌道跡。
海岸林道の廃止が昭和46年(開設は昭和25年)と記録されているので、国道として生まれ変わってからまだそれほど経ってはいない。
もっとも、今のように整備されたのは、竜泊ラインが難工事の末、昭和57年になってようやく開通して以後のことだ。
それまで、ここから竜飛崎までは国道の点線区間だった。

 本州離れしたような海岸線の景色だが、その行く手に大きく張り出して見える岩峰に七ツ滝は落ちている。
なお、人数が多いので、国道の移動は車に拠った。



景勝 七ツ滝 


 素晴らしい国道を800mほど南下すると、バンガローのような綺麗なトイレが付属する駐車場が現れる。
このすぐ先に七ツ滝はあるので、車をここに停めて歩くことにする。

 車を降りると、既に小さな素堀の隧道が一つ、崖に口を開けているのが見えた。



 いかにも林鉄らしい、小さな断面の坑口。
国道は磯や砂浜を埋めて造られているが、軌道はこの七ツ滝のある岩場に3つの連続する隧道を掘って切り抜けていた。
ここに見えているのは、その中でも最も北寄りの隧道である。




 隧道内へ入る道は整備されていないので、草付きの斜面を適当に選んで道路端からよじ登る。
別に難しいところはない。



   名称は不明だが、小泊海岸林道としては最も起点に近い隧道であるから、おそらくは一号隧道と呼ばれていたのではないだろうか。
この路線は稼働が昭和25年と遅く、当初からガソリンの機関車が使われていたようだ。
だが、その隧道断面は林鉄としても狭い部類に入るだろう。
これでも、ボギー車を運行するために一度拡幅の工事も入っていると聞くが、もともとはどんなに狭いものだったのだろう。
現状で、幅1.8m〜2m、高さ2.5mほどだろう。



 隧道の全長は15mほどと短く、ちょっと岩場をくり抜いたという程度だ。
開通は昭和25年と記録されているが、工事自体は戦中から行われていて、逼迫した情勢下に半島労働者を雇傭して工事したりもしたらしい。
だが、結局工事が続行できなくなり、戦後に繰り越されることとなった。
人力主体で掘り進めた事を考えれば、この程度の隧道でも難工事であったろう。
現在、両坑口は土砂に埋没しつつある。



   そして、この区間のハイライトシーンは唐突気味に現れる。

 光の元へ出てまず目に付くのは、左手の滝。
女性的な滑らかさで黒い岩盤を舐める七ツ滝の姿だ。
だが、七ツ滝はこれで全てではなく、フレームの右側に今度は落ち込んでいる。
つまり、軌道は滝の途中の僅かな早瀬に小さな橋を架け、その両側を隧道として通り抜けていたのだ。

 ここしか道を通せる場所はなかったのだろうが、今日的にはあり得ない開発の相である。
だが、結果的には軌道も廃止されて久しくなると、もはや角は取れて風景に馴染んでいる。



(左)
 軌道跡から見上げる七ツ滝上段の部分。
この日は水量が少なかったが、見応えは十分。
原生林から湧き出す水が、短い谷を駆け下って海岸へ直接落ちている。
これ以上は望みようのないまっことの清流だ。

(右)
 海岸線の国道から見上げた七ツ滝の全景。
軌道の丸石積みの築堤(橋台)が、滝の中段を横切っているのが見える。
この目立ち方ゆえ、最果ての林鉄でありながら、その存在だけは比較的メジャーなのではないだろうか。
ただし、近くの案内看板は何ら軌道については触れておらず不親切だ。
遊歩道だと思って登ろうにも道はない。



 美しい滝を横目に、2つめの暗がりへ進む。
もはや周辺は完全に自然に還っており、天然の海食洞だと言われたら信じてしまいそう。


 だが、その中を覗き込めば、これも人工的な隧道であることに疑いはなくなる。
荒々しい素堀ながらも、壁は良く半円形に整形してある。
また、崩壊等も見られず頑丈そうだ。

 一号隧道同様、両坑口が埋没しつつある二号隧道へ一同進行。



 内部にはいい感じに熟成カレールーが!

 クッチャクッチャいわせながら、突破。
延長は20m少々だ。




 崩壊によるものか、かなり歪なシルエットとなった南坑口。
ここを抜けた先にも、続けてもう一本の隧道があるはずだ。
そして、地図読みからは、その3本目こそが区間で最長のものと想像されていた。



 これはどうしたことか。
石垣だけを残し忽然と姿を消した軌道跡。

 どうにも、このなだらかな埋まり方は解せない。
国道の開通に伴う地形の改変があったのではないかと想像する。
そして残念ながら、3号隧道の塞がれてしまった坑口が次の岩場に見えた。



 一行は斜面の一部となってしまった軌道敷きを棄て、楽な国道歩きを選んだが、細田氏だけは一人尖っていた。

 彼の動きを見ていると、どうやら石垣の上に人一人歩く分のスペースがあるようだ。
私を含めた4人のメンバーは、その成り行きをじっと黙って見守っていた。
彼の進むその下には、決して彼が知ることの出来ぬ巨大な空洞が存在していたが、皆申し合わせたように彼に忠告を与えなかった。

 当然彼は知らずにここを渡ってきたが、帰りに自分の通った場所を見て無言になっていた。



 3号隧道の塞がれてしまった北口。
しかも、落石防止ネットにも覆われていて、直接手で触れることさえ出来ない状況だ。
塞ぎ方は、コンクリートを目地に充填した玉石積みで、しかもまだ新しい感じがする。
あるいは比較的最近まで口を開けていたのかも知れない。



 国道で隧道のある大岩の裏へ回り込む。
国道を見ていると、ついわざわざ隧道を掘る意味が有ったのかと思ってしまうが、あくまで国道は磯を埋め、岩場を機械力で切り崩して得られた道である。
鉄道とは言っても、猫に毛が生えた程度の森林軌道の工事では、こんな大それた工事は望めなかった。
まして、末端の路線である。
慎ましく、細い隧道を3本掘ってこの岩場を攻略したのだが、残念な事に3号隧道だけは完全封鎖の状況にあった。



 3号隧道の南坑口も北坑口同様に石垣で埋め戻され、しかも落石防止ネットによって接近さえ許されぬ状況にある。
だが、下から見たのでは斜面上にある坑口の下の方が見えなかった。
細田氏の、悔しそうなポーズに注目である。

…ホントに彼は口以上に体でものを語る男だな。



 もしかしたら……。
もしかしたら、下からでは見えない僅かな部分に、何か…
未発見の何かがあるかも知れない!

 そんな気持ちに突き動かされ、細田氏は金属製の落石防止ネットに食らい付いた!
こうなると黙ってみていられない私。
私も負けじと食らい付いた!!!


 写真は、トリ氏撮影……。

…ええ、なんもありませんでしたよ…。



 次回は、青岩の消えた隧道を捜索する!