廃線レポート 雲井林業軌道 導入

公開日 2016.8.17
探索日 2010.6.06
所在地 青森県十和田市

どマイナーな林鉄で、“とんでもないもの” が発見されてしまった!

…というのが、この探索だった。

この物件については、2013年に発売された『廃線跡の記録4/(電子版)』にレポートを執筆しているが、2ページでは伝えきれなかった部分も多いので、今回新たに詳細なレポートを当サイトに掲載しようと思う。
探索したのは2010年6月で、これを書いているのは2016年8年とだいぶ時間が空いてしまったが、この間に入手した情報の集大成としての机上調査編を最後に予定している。
謎多き“どマイナー林鉄の味わい”を、堪能して下さいな。




まずは「導入」、というか馴れ初めだ。
元々マイナーは大好きな私だが、これは本当にマイナーな路線なので、私も情報提供者の協力無くしてはこれを把握出来なかった。
しかも、情報提供者からして、ただ者では無い。
私が以前から秘かに参考とさせて頂いていた神サイト『ザ・森林鉄道・軌道in青森』の管理人シェイキチ氏である。

早速だが、シェイキチ氏から頂戴した情報提供メールを転載する。
内容は、【概要】【推測】【現地確認】という3つのパートに分けられていた。彼からのメールはいつもそうだが、ふわっとした内容ではなく、かなりの突っ込んだ情報で既に読み応えがある。私も大いに心動かされ、それゆえに探索を実行した。心して読んで欲しい。


・シェイキチ氏からの情報提供メール (2008年6月受信) 1/3

【概要】 何かの軌道?(青森県十和田市 国道102号奥入瀬渓流馬門岩付近を起点とし尾根を越え惣辺川へ至る軌道)

この軌道は昭和39年1月30日発行の20万分の1の地図(弘前)にしか記載されていません(添付ファイル参照)。
(森林鉄道・軌道については、5万分の1に記載されていないが20万分の1に記載されている場合がありますが、管内図や施業案など他文献でその存在を確認することができます。しかし、この軌道については現在の所、他の文献で確認できません。)
なお、この周囲には黄瀬林道や養老沢林道等の軌道がありますが、これらは別に記載されています。
この軌道の注目すべき点は、途中の尾根部分に隧道マーク?「 )( 」があることです。

いきなり、アチチ!アチチ!な情報だ。
ある特定の版の20万分の1地勢図にしか描かれていない「軌道」で、しかも「隧道」があるという。
親切に彼は当該地勢図のスキャン画像を添付してくれていたが、私も同じ版を入手したので、皆さまにはカラーでご覧頂こう。


キター!!→→

…って、まあこれは私の手柄では無いけどね(笑)。
でも、確かにシェイキチ氏の言うとおり、昭和35年測図版同39年発行の20万分の1地勢図「弘前」には、十和田湖の近くに1本の隧道を持つ軌道のラインが描かれていた。

私もこの十和田湖界隈では十和田湖八甲田山連絡道路などの探索をしてきた経験があり、5万分の1地形図については歴代のものを入手したり、手は入れないまでも図書館で確認したりはしていた。
なので、私が見た覚えのないこの軌道は、確かに地勢図にしか描かれたことが無いようだ。こんな事もあるんだな〜。

また、これより古い昭和27年応急修正版の地勢図も見たが、そちらにこの軌道は描かれていなかった。
シェイキチ氏、グッジョブ過ぎるぜ!!

←なおこれが現在の地形図だ。

…すっごい、ワクワクするだろう?

だって、全然道が描かれてないんだぜ。
歩道さえ描かれていない、ただの山があるばかり。
当然、私だってこんな場所に意識を向けたことがなかった。
奥入瀬川沿いを走る国道102号は何度も通っているが、地勢図の隧道はそれより200mくらい高い標高500mを越える尾根に描かれていた。

隧道も、隧道を越えて辿り着く惣辺川いの軌道跡も、どちらも完全なる未知の世界!
こんなに熱い展開は、そうそうあるもんじゃない…。けど、まだまだシェイキチ氏からのメールは続いている。先を読み進めよう。



・シェイキチ氏からの情報提供メール (2008年6月受信) 2/3

【推測】 この軌道について推測

  1. 「木炭製造のため、昭和19年に菅原光珀は惣辺山に雲井林業株式会社を設立した。そこに水力自家発電を導入、延長7キロに及ぶ軌道を敷設し、ガソリン機関車2台、トロッコ5台を配置した(「ふるさとの思い出写真集 十和田」より抜粋)」この軌道の可能性が考えられます。民間であるならば営林局の資料に出てこなくても不思議ではないかと思います。ただ、場所について明確な記載がないので、断定できません。
  2. 林用以外の軌道の可能性(林業関係しか調べていないので不明)。
  3. 営林局資料から単純に落ちている(普通は地図になくても施業案等の資料で存在は確認できるので、考えにくい)。

これぞシェイキチ氏の十八番(と個人的に思っている)、机上調査の成果である。
これについて予備知識が全然無い私は、氏の言うとおり、雲井林業株式会社という民間業者が敷設した私設の林用軌道(雲井林用軌道(仮称))である可能性が高いと思った。
現地調査で、何か正体の掴めるような発見が出来ると良いが。

さて、氏のメールもいよいよ最後のパートである。


・シェイキチ氏からの情報提供メール (2008年6月受信) 3/3

【現地確認】 平成16(2004)年

スタート地点は屏風岩の向かい辺りで、入っていける道があります。しばらく進むと広場と使用されていない建物があり、養蜂農家の巣箱がありました。
左奥に小さな沢があり、その沢を登りしばらくすると右方向へ空間が…これが軌道跡と思われます。
等高線沿いに進み、途中には新しい空き缶なども落ちており、人が通っているようでした。
途中には犬釘が付いたままの枕木が埋まっている箇所があり、軌道跡と確信しました。
そして問題の隧道ですが、確認できませんでした(探す場所が違っている、堀割で改修した、などが考えられます)。
尾根から惣辺川へ下っていけるのですが、その先は怖くて進まず引き返しました。

はっきりした情報が少なくて申し訳ないですが、もし興味がありましたら現地へ行ってみてはいかがでしょうか(くれぐれもクマにはお気を付けてください)。

シェイキチ氏は情報提供の4年前に既に一度現地を探索されていた。
そして確かに軌道跡が存在した証拠である「犬釘が付いたままの枕木」を発見している。
しかし、尾根の隧道は確認が出来なかったという。

右図は、前出の旧版地勢図に描かれた軌道を現在の地形図上に再現したものだ。
私が想像で描いたのであり、隧道の位置が本当にこれで良いのかは分からない。また、シェイキチ氏が隧道を探した場所と一致しているかどうかも不明である。
それでも、地勢図に表記されていた「雲井の滝」と「隧道」の位置関係からして、大きく外れてはいないものと考えた。
それに、雲井林業軌道(仮称)は全長7kmとの情報もあるが、ここに描いた推定ラインは6kmくらいであり、数字的にもだいぶ近い。

もっとも、実際に現地を軌道跡を辿っていけば、それが土の壁に遮られる地点に隧道があったと考えても良いだろう。
氏のメールにある「確認できませんでした(探す場所が違っている、堀割で改修した、などが考えられます)」という表現からして、「隧道の跡地は確認出来るが現存はしない」というよりは、「跡地自体が未確認」ではないかと私は考えたが、敢えてこの点を確認する事はしなかった。
氏が踏み込まなかったという惣辺川沿いの奥地区間とともに、是非とも探索し自分の目で確認してみたいと思ったからだ。
無事に探索が終わったら、成果(があったらいいな)を報告することにしようっと…。(そして彼とのメールは、この後何度も交わされることに)
ともかくシェイキチさん、ありがとうございました!


そうして私の探索日は、情報を貰った2年後の2010年6月6日の六ゾロの日!
このとき秋田に長期帰省中だった私は、かつて一緒に森吉林鉄などを歩いた仲間を何人か“クマ避け”に抜擢して(冗談です)、クマがとっても多いらしい十和田の山を目ざしてみたのだった。

知らない人はおそらくいない、青森県を代表する景勝地である奥入瀬渓流。そのすぐ近くにあったとされるマイナーな軌道跡で、
我々は、驚愕の発見をすることになった!



まずはスタート前準備


2010/6/6 12:28 《現在地》

探索スタート前だが、時刻は既に正午を回っている。
今回の参加メンバーを当時の在住地と共に紹介しておくと、私(東京)、ミリンダ細田(秋田)、ちぃ(岩手)、たつき(山形)の4人だ。
計3台の車で現地近くまでやって来た我々は、この探索を円滑に進めるべく、まずは2台の車を探索のゴール地点へ予め停めておくことにした。

そして写真の地点は、国道102号(手前の道)から惣辺川上流へ通じる養老沢林道(奥の道)が分かれるところだ。
この林道に入るのは初めてのことだが、幸いにしてゲートなどは無く、普通車も問題無く通行出来そうだ。

なお、ここはまだ目指す軌道跡と直接の関係は無いと思われる場所なのだが、早速にして気になるものを発見。
それは、ここに立っているバス停である。




「雲井林業」なる、バス停名。
十和田観光電鉄とJRバスの両方のバス停が、同じ雲井林業という名称で、この林道入口に並んでいる。

なお、2016年現在ではこのバス停は名称が変更され、「雲井の流れ」となっているようだ。

雲井というのは、この近くに雲井の滝という景勝地があるから地名なのだろうが、「雲井林業」というセットになった名前は、シェイキチ氏がくれた情報に登場した、惣辺山という場所に軌道を敷設した張本人である。

バス停の左に見える白い標柱は、お馴染みの国有林林道の林道標だ。「全長5117m、昭和35年度竣工、三本木営林署」等の情報が得られたが、林道名は破損して読み取れなかった。



さらにさらに、林道に入ってすぐの地点に立っていた国有林であることを示す看板には、「惣辺山国有林」の文字が!

シェイキチ氏情報には、雲井林業の創業地として「惣辺山」という地名があって、地形図にも惣辺川があるので、その近くが惣辺山だろうと想像していたが、この看板によって想像は確信に変わった。

まとめると、惣辺川の流域に惣辺山国有林があり、その惣辺山へと分け入る林道の起点に、雲井林業という名のバス停が存在しているのである。
ここまでくれば、シェイキチ氏が指南したとおり、地勢図の軌道は、雲井林業が敷設したものだとみて間違いないであろう!



国有林に営林署(すなわち国)が敷設した森林鉄道や軌道については、数は多いが資料もほぼ出揃っていて、現状について分からなくても、存在自体が知られていないという路線はもう無さそうだ。だが、民間が敷設した林用軌道については一覧が出来る資料が存在しないことから、未だに知られざる路線はきっと存在している。林鉄調査のバイブルである「全国森林鉄道」や「国有林森林鉄道全データ東北編」においても、この路線については全く記載が無かったくらいである(後者は探索当初刊行すらされていなかったが)。

ワクワクしながら、車で林道を前進する。
雫となって垂れてくるのではないかと思えるほどの鮮烈な緑は、この奥羽山脈が全国に誇るブナ林を主体とした天然広葉樹林であり、切り尽くされても杉の植林地になってもいない貴重な森である。
道は終始未舗装だが、フラットダートの様相を呈していた。
しばらく走って小さな峠を二つばかり超えると、未知領域の惣辺川上流に入ったが、景色に変化は無い。終わりの見えない森の道が続いていた。



13:00 《現在地》

林道を6.5kmほど進んだ地点で、惣辺川に歩いて簡単に降りられそうな広場があったので、そこをデポ地と定めた。
地勢図においける軌道の終点からは600mくらい上流だが、地形図を見る限り一体の谷沿いの地形は緩やかなので、
仮にこの600mが軌道未開通の完全なる原生林であったとしても、踏破は可能であろうと予想しての、デポ地選定だった。

2台の車を我々の生命線としてここに残し、残りの1台へぎちぎちに詰まった4人は、
いよいよ軌道の起点とされる「屏風石」へ向け、来た道を引き返した。



屏風石より、探索をスタート!


13:30 《現在地》

スタート地点は屏風岩の向かい辺りで、入っていける道があります。

シェイキチ氏の情報にあったのは、おそらくこの入口だと思う。

道は国道から向かって左の山手に分かれているが、反対の右側を右を見れば…(→)
そこにはアノ有名な奥入瀬渓流と、その畔を歩く遊歩道がある。国道と渓流は本当に隣接しており、事前知識無しで訪れた観光客が大抵驚くポイントである。もっと山深い場所を想像されるからだろう。



なお、正確な「現在地」はこの場所だ。

私が推定していた起点からは少しずれているが、あくまでも20万分の1という縮尺の地図から想像したルートだったので、このくらいの誤差は全然想定の範囲内である。
国道の前後の区間には、他にシェイキチ氏が言うような道は無いので、ここが正解であるはずだ。




道の入口は車が数台が停まれる広場になっていたが、そこから奥へは簡単なロープで封鎖が施されていて、車は入ることが出来なかった。
ゆえに一行はここから徒歩での探索をスタートさせた。時刻は13時、日没までの5時間でケリをつける。

情報によれば、はっきりした軌道跡が始まるのは、この道を少し進んだ先からだという。入って間もなく九十九折りの急坂が現れたこの道自体は、軌道跡ではないようだ。



13:35 《現在地》

しばらく進むと広場と使用されていない建物があり、養蜂農家の巣箱がありました。

あったぞ。
入口から300mくらい進んでいくと、明るい大きな広場に出て、道はそこで終わっていた。
向かって左側には山を背負った建物…廃墟然としているが、今もお仕事の休憩所として使われているようだ。車が止まっていた。また反対の右側には、沢山のミツバチの養蜂箱。
ここは間違いなく情報にあった場所だ。 来てるぜ!



となれば、次は……。


左奥に小さな沢があり、その沢を登りしばらくすると右方向へ空間が…
これが軌道跡と思われます。

一見すると体の良い行き止まり。養蜂場へ来るための道だったと納得して帰るところだろう。
しかし私には“情報”があった。教えられた通りに小屋の左奥へ回り込んでみると、情報通りに小さな沢が流れていた。
そしてそのまま30mほど遡ると、水はある所から全て湧き水となって現れていた。なんとも清らかな景色であった。


だが沢はまだ終わっていない!

水が全く流れていないのにも関わらずなおも続く、沢のような地形の正体は――





軌道跡の堀割だ!!

しかも、良い感じにグネグネとカーブしながら上って行ってる!


この先に、まだ見ぬ隧道が眠っているのか〜?!