小坂森林鉄道 濁河線 第5回

公開日 2014.8.22
探索日 2013.5.02
所在地 岐阜県下呂市

上部軌道の起点、岳見台停車場へ


2013/5/2 9:29 

上部軌道の路盤に到達してから40分以上が経過しているが、レール現存の興奮は一向に醒めない。
この間順調に起点方向へ進んでおり、難所であることを警戒していた一ノ谷も、路盤決壊があったり、橋が落ちていたりはしたものの、無事に渡河することに成功した。
想定外の隧道1本も収穫した。

目下の目的地は、上部軌道の起点である濁河索道の岳見台停車場である。残距離は500mくらいだろう。
ちなみに探索当時は地名を知らなかったので、「索道上部駅」と勝手に仮称していた。私の中では今で探索中何度も反芻した仮称が忘れられなかったりする。

「次は、岳見台、岳見台。 濁河索道はお乗り換えです。」

なんて車内アナウンスが林鉄にあるはず無いが、或いはふざけてそんなことを口にした運転士もいただろうか。
妙にハイソな感じの命名は、営林局(或いは帝室林野局時代かも)のお偉方のセンスかな。昭和時代の高級別荘地のような雰囲気がある。

岳見台停車場が所在した海抜960m付近の濁河川北岸山腹は、昭和14〜5年に索道が完成するまで、人跡未踏な無名の土地であったことだろう。
そこに人が関わることで初めて固有の地名が誕生したのだが、今は再び名を唱える人も、訪れる人も、とても少ない。
林業という特定の関係者にだけ知られていた地名は、再び元の無名に還ろうとしている。



9:38 《現在地》

幸いにも一ノ谷の右岸は左岸ほど地質が悪くなかったようで、身の危険を感じるような路盤決壊や大落石を見ないまま、200mほど進んで再び濁河川本谷右岸の明るい山腹に復帰することが出来た。

写真は一ノ谷と濁河川を隔てる尾根に穿たれた切り通し。
さほど深いものではないが、この右カーブの切り通しを境に、再び濁河川の雄大な谷に視界が開ける。

切り通し内部の路盤は土砂が堆積し、レールは見ることが出来ない。
レールが見えないと、忽ちに見慣れた「いつもの林鉄跡」だと感じるのが、悲しくも、懐かしくもあった。これが今までの普通だったからな…。本当に虐げられた探索人生であった(←言い過ぎ)。




さて、一ノ谷を回り込んで越えた事で、再び濁河川本流の谷を見渡せる状況になったが、
このアングルと距離ならば、もうそろそろ見えていなければおかしいはずだ。

谷を渡る、索道のケーブルが。

それは冬枯れの木々の色に混じってしまい、とても分かりづらかったが、

よ〜く目を凝らして見ていると、肉眼でも…

↓↓↓



見ることが出来た!

長さ300m、高さ170mの上空を渡る鉄索。

倉ヶ平停車場で見たケーブルは、もう少し撓んでいるような印象だったが、実際の撓みは僅かで、
ピシッ としていた。これならば、お手製の滑車を使って岳見台から倉ヶ平まで滑降が出来るかも(笑)。




岳見台まで推定200mくらいの所にあった、これまででは最大規模の切り通し。
その表と裏だ。

切り残された山がナイフの先のように尖っていて格好良かったが、これが無理のある土工だったのか、山側の法面が大崩落していた。

ここを横断するのには一ノ谷直前の高巻き以来の緊張を強いられた。
しかし、こうした難所のひとつひとつが先に眠る遺構の神秘性を保っているのだと、前向きに受け止めることが出来る。

この前後の区間も細かい落石や多発しており、しばらくは連続してレールを見られる場所が無かった。
岳見台停車場の保存状況に一抹の不安を感じさせたが、そんなことはお構いなしで、いよいよその構内へ近付く…。



9:46 《現在地》

一ノ谷から17分経過し、岳見台停車場の擬定地点まで残り100mくらいになったところで、初めて風景に変化が現れた。

うっすらとレールが露出した路盤の山側に見える、あの朽ち木とは明らかに違った質感を持った物体は!

あれは、私が愛してやまない…!!


転轍機!!!

転轍機(ポイント)とは、分岐する線路のどちらへ車輌を通すかを制御する、鉄道には欠かせない装置である。
現在の鉄道では機械制御(コンピューター制御)のものも多く用いられているが、林鉄用は全て手動制御で、この“ダルマ”と称される誤作動防止の錘円盤が付いた操作レバーを操作してポイントを切り替えた。

私はダルマが大好きだ。
まずは、線路が分岐していたという、そんな“線路たくさん”の状況を無条件でイメージさせてくれるアイテムであること。
そして単純に、鉄の操作レバーを押し倒したり、引き上げたりする操作が、とっても気持ちがいいことだ。
その林鉄用ならではの案外に小さなサイズや、操作の実際は、ぜひ動画を見てね!(→)

なお、このダルマには社名と社印が陽刻されていた。
岩崎レール商会製造 (社章マーク)」。

私はこの方面の知識はちんぷんかんぷんだが、ちょっとこの社名でググっただけでも、林鉄業界では著名な部品および車輌の製造メーカーであったことが分かる。私も過去に何度か実地で目にした憶えがあるが、それがどことは思い出せない。



そしてまた嬉しいのが、ここには操作レバー(ダルマ)だけではなく、ちゃんとポイントそのものも残っているということである。

さすがに長年の腐食によって、操作レバーとレールを繋ぐ細い金属の棒が破断しているらしく、ダルマと連動してポイントが動かせるわけではないが(残念!)、それでも“ポイント”としての一連の完成された景観を見られるのは貴重である。

また、この日の私には有り余るほどの時間はなかったので、ここにポイントがあることを写真に記録したのみで、レールの大半を覆っている落ち葉や瓦礫を除去し、本来の全体像を確かめる事もしなかった。
いま思うと勿体ないことをしたと思うが、実際問題として、この後の行程の長さを考えれば(そして時刻は既に10時近い)、やむを得ない決断だったのである。

それに、この先に本物の停車場が眠っているのなら、転轍機もこれ一つではないかも……。




ほらそうだよ!!

すぐ先にも、またダルマが見えるしッ! 

これは、マジで大変な事になったかも知れんぞ。

レールが残る林鉄の駅とか…  は、初体験だよお母さん……   じゅるり……



これはもう、停車場の構内が始まっているということなのだろうか。
少し前までは紛う事なき単線であったものが、複線になったと思えば、直後にはそれが更に分岐しようとしている。

今左に見えているのが直前で左に分岐した線路で、そのまま複線で並走するのかと思いきや、ここでまた本線(?)から左に分岐する線路が現れた。

いったいこの線路はどこへ行くのか。
レールが現存するのだから、行き先の確認は本来容易であるはずが、ここでタイミング悪く法面の土砂崩れと灌木帯が連続しており、路盤の状況が極めて不鮮明となっていた。
それでも時間をかけて路盤を発掘し、線路の断片をつなぎ合わせる作業を行えば、正確な配線図を調製できるだろうが、今日はその時間はないのだよ…。圧倒的に時間が無い!

とにかく2回連続で分岐し、この先では三線(複単線)になっているものと判断して先へ進むことに。



う〜ん。
既に2回分岐しているので、3本の線路が並行していなければならない気もするが、見えるのは複線だけである。
ただし、山側に結構な余地があるので、もしかしたら埋もれているのかもしれない。

私が画像に書き加えた補助線が無いと、レールの位置が分かりづらいと思う。
まあ、写真だから仕方ないのである。
しかし肉眼だとこんな状態でもレールはちゃんと見えていたし、これまで見た憶えがほとんど無い林鉄の(線路がある)複線に、興奮しっぱなしだった。

願わくは、この大量の落ち葉を掃き掃除して、レールの在処を写真でもあからさまに示したいが、それは本当に一人の手には余る作業だったのだ。
皆さまにはストレスを強いることになって申し訳ないが…。いずれ仲間を呼んで落ち葉を掃除する保線会を開催したいものだ。




ああっ! 奥に広い場所が見えてきた!!

遂に停車場か!

そしてその広場の入口の左右(矢印の位置)に、何か鉄の台車のようなものが見えるッ!

まっ、 ま さ か ?!




おう…。

留置された林鉄の機関車や台車だったらどうしようかとおもったが、とりあえず向かって右側(山側)のそれは、林鉄と関係する車輌では無かった。

「ナショナルアイロン」と、妙に懐かしいペイントが側面に施されたそれは、軽トラの荷台のように見える。
ナショナルアイロンと林鉄は関係なさそうなので、何かの目的があって、廃車の荷台を切り離して持ち込んだのだろう。
ここで働いていた人たちに、この光景は見せてあげたいナァ。懐かしいだろうナァ。

荷台の背面も見てみたが、そこには「高山ナショナル製品販売株式会社」の社名と、「高山市花岡町3-82」「TEL2230」の表示があった。市外局番無しの電話番号というところに、私が生まれるより前の時代を感じた。しかし、良く塗装が綺麗に残っているものだと思う。



対して、谷側に落ちそうになっているもう一台の荷台もやっぱり軽トラの荷台らしく、しかも保存状態が悪く、塗装は完全に失われていた。

何に使っていたのかはやはり不明だが、もしかしたらこれが“先代”で、この後に“ナショナルアイロン号”に役目を譲ったのだろうか。
どちらも軽トラの荷台らしいという点は共通しているが。

この荷台たちって、何のためにあったんだろうなぁ。
何か散らかりやすいもの…、例えばバラストなんかをここに入れて保管していたのかも知れないなぁ。
まさか、この荷台を索道にぶら下げて、人を運んだりはしてないよねぇ(笑)。




9:51 《現在地》

あの衝撃のガッツポーズから1時間10分。

上部軌道への初到達地点から1.5kmほど西に進み、遂にその起点、岳見台停車場に到達した!

ここは上部軌道の中で一番麓に近く標高も低いが、現在では(林道が近くを走る)終点よりも訪れにくそうだ。

もしかしたら、この路線全体の中でも一番に神秘の場所が、この起点なのかもしれない。


今朝、遙かな鉄索の向こうに見た、

拒絶の香りを漂わせていた廃屋が、遂にこの手の触れるところへ来たのである。

見えているのに辿りつきがたい場所への到達は、私のオブローディングの根源的快楽だ。

今日はこの瞬間を以て探索終了とし、満足のうちに眠りについてしまいたいくらいの充足だった。


…ただし現実は、あまり長く留まることを許さないのが悲しい。



100mほど手前から複線、ないしは三線になってきたレールだが、これまで以上に広々とした終点の構内を前に更に拡散していくのかと思いきや、実際はその反対であった。

なぜかダルマが見あたらないものの、ここに複線を単線にまとめる方向でポイントが存在しており、単線に絞られた線路は、木々が育ちつつある構内を急激に左カーブしながら、空へ向かって出っ張った部分へ突き進んでいた。

なお、この辺も落ち葉を発掘して詳しく調べてみたいところだが、このポイントの右側のレールは、どうも途切れているようだった。
ダルマが存在しない事とあわせて考えると、このポイントは末期まで機能していなかったのかも知れない。

それと、ここまで数枚の画像に書き加えてきた補助線のうち、水色の破線が何なのかを説明していなかったが、これは一ノ谷からずっと路盤上に存在しているゴムのパイプである。



ああ、本当に補助線抜きで、このレールの楽園を楽しみたいものだ。

私はここへ戻ってくるぞ、きっと。



さあ、いよいよレールの終わりが、待ったなしになってきたのを感じる。
というか、もうすぐ奥に見えている“空”が、レールの終わりを約束している。

そしてこの最後の場面で、レールは再び元の単線へ戻ろうとしているようだ。
直前のポイントに引き続き、またしても落ち葉の中から忽然と出現した別の線路が、
漫画の集中線を描くみたいに、終点を目指して集まっていくのが見えている。

ああ、なんと素敵な眺めだろう。

これぞ構内って感じがする!林鉄駅!



ああ〜 終 わ る!


線路がまるで、空中に飛び出しそうだ。

こんな刺激的な終わり方も想定外!




9:52 

END of RAIL.

線路は一度だけ索道の代わりに、谷を超えてみたいと思ったか?

そんなバカな話しがあるか。

左に見えるのは、壊れて分解したダルマだ。



本当は、この先にもう少しだけ線路が続いていたのである。

運材台車1両か、或いは何両かをまとめて積み卸し出来るくらいのスペースが、
かつてこの谷の空中に、まるで山賊の砦の如く張り出して構築されていた。

その人工的な積み卸し場が、盤台である。
本当のレールの終わりは、失われた盤台の上にあったのだ。

ただし、そこは今まさに壮絶な崩壊の最中であり、私を寄せ付けなかった。
レールを追いかける旅の一方は、ここに窮まったのである。



最後に、今回確認した岳見台停車場構内のレールの配線を、
推測を含んだ形でまとめたので、完全版ではないのだが、一応掲載。

繋がり方があやふやな部分が残っているので、再訪が必要だ。 続報を待て!



次回、
索道施設の核心部!