廃線レポート 第二次和賀計画 その8
2004.12.22



 第二次和賀計画次なるターゲットは、大荒沢ダムの取水隧道である。

この隧道は、推定総延長3kmを越える極めて長大なものである。
ただし、道路用の隧道として利用された痕跡はなく、湯田ダムによって錦秋湖に沈んで廃止された大荒沢ダムと、下流の和賀発電所とを結ぶ発電水路である。

第一次和賀計画において、全くの手探り状態ではあったが、和賀発電所から中途の当楽(あてらく)沢にあるサージタンクまでの貫通に成功している。
その距離は、おおよそ1.2km。

今回の水位低減によって、遂に大荒沢ダムの位置が正確に判明したことにより、当楽サージタンクから大荒沢ダム取水口までの残りの延長は、少なくとも2km以上あろうということも分かった。
ただし、大荒沢ダム側の坑口は発見できなかったので、恐らくはなお水中に没しているものと思われる。

当楽より入洞し、どれほどの距離で閉塞しているのかを知ることが、今回の目標と言える。



 転 戦  
2004.10.24 13:42


 cham氏達と思われる人影が、遠く大荒沢(川)を挟んだ地点7枚目の写真のあたりに目撃された。

一人は深紅のツナギを見に纏い、もう一人は鮮やかな青だ。
異常に目立っている。

我々4人は、ちょうど引き返しにかかっていた最中だったこともあり、ペースを上げて彼らの元へと戻り始める。
写真は、南側から見た仙人隧道開口部。

そしてこれが、未知を秘めたる仙人隧道との別れとなった。


 いきなり背中で申し訳ないが、この二人が助っ人である。
私にメールをくれたのが、青いcham氏。
その友人で県道マニアの、noko氏である。
我々は、のデポ地に戻る途中ひとしきり歓談し、親睦を深めた。

思えばこのcham氏、第一次和賀計画のレポート中から並みならぬ詳細な机上調査を実施され、大変に貴重な情報の数々を私に提供してくださった、いわば今回の計画の立役者である。
前回目撃した水路隧道やサージタンク、発電所遺構などについても彼により正式な名称や緒元がもたらされたし、今回浮上する以前より、水没大荒沢ダムの存在を予言されていた。

お二人は、本日午前より現地入りし、我々が遠望に留めた大荒沢駅や、駅よりも横手側に位置する旧北上線の遺構群を探索されたとのこと。
お疲れ様である。







 デポ地で車に分乗し、当楽沢のサージタンク前まで移動。

サージタンクへと至る道は、当楽林道の当楽橋(実は国道の旧橋)を渡らず、チェーンで封鎖されている支道を100mほど歩くことになる。
車は、この橋の袂に置く。

サージタンク前到着、14時27分。

そう言えば、ここにあった小屋が一つ減っているな。
しかも、タンクの亀裂からは水がバシャバシャと漏れだしている。
どうなって居るんだ?!


 闇への垂直降下 
14:28


 サージタンクというのは、発電水路の水量を調節する為に設置されたタンクであり、地上部分は全体のごく一部である。
コンクリ製のタンクの脇には、タンクの唯一の入り口へと上る階段と、内部は窺い知れないが、恐らくは操作小屋と思われるものが、現存している。
半年前には、小屋がもう一棟あって、作業員の詰め所だったようだが、今回すっかり消えていた。

その他は、依然と変わらぬ怪しげなムードのまま。
我々は、私とくじ氏を先頭にして、サージタンク上部に、まるで亀裂のようにある開口部から、内部へと進入した。
入るとそこは足元が透けている金網の足場になっており、足場が崩れれば確実に転落する恐いエリアだ。

この先サージタンクに降りるまでは、一人一人順番に行動することになる。
朽ちた足場が、どの程度の耐久性があるのか分からないのだ。


 足場から見下ろした、サージタンクの底。
この底はガランとしており、ポンプかなにかの残骸がポツンと置かれている以外はなにもない、直径10mほどの円形の床だ。
高さは15mほどあり、ここを一本の狭い梯子で底まで降りることになる。
梯子は頑丈そうでも錆が目立ち、これは以前も感じたことであるが、嫌な圧迫感がある。

私とくじ氏は、ここまで下流側から隧道を歩いて来たことがあった。
今回探索しようとするのは、あのときには「興味が持てない」と探索しなかった、この奥の水没エリアだ。

確かにあのときには興味が持てなかったが、その後、cham氏により「水没した大荒沢ダムまで繋がっていた」という情報がもたらされるに至り、その閉塞壁が見たいという衝動に駆られた。

 ある意味、第二の“仙人隧道”…

水没閉塞隧道である。




 朽ちた梯子に身を任せ、暗いタンクの底へと降りる。

規則正しい金属音が、日常から非日常へのプレリュードとなる。
不気味な水路隧道に、終わりはあるのか。


 思いの外巨大な空洞が、地下に隠されていた。

これが、サージタンクである。


 なお、私はこのタンク内へと入る前に、探索の様子を見てみたいと同行されたcham氏とnoko氏には、タンク内まで来るかどうかは任せると言っておいた。
タンク底へと下りる梯子は、いつ落ちるか分からず、ここで転落死することもあり得ると思っているので、オススメはしなかった。
だが、彼らは自分の判断で、タンクの底まで降りてきたようである。




 足元には、さらに濃い闇が、口を開けている。
激しく水を叩く音が反響し、ここは静寂とは無縁の世界になっている。
目的の水路部分は、さらに洞床から梯子を3mほど下った先にあるのだ。
そこへと降りる梯子はすでに朽ち果てており、体重を任せるにも心許ないほどに揺れる。

後から聞いた話だが、後続のふみやん氏に転落の危険を感じさせる事故がおきていたらしい。
そんなことも後から聞くほど、私とくじ氏は、自分たちの世界へ没頭してしまっていた…。




 合同調査と謳いながら、このような失態である。
しかし、ありのままを語るがレポートというのなら、公序良俗というか、ズバリ自分の逮捕を畏れどうしても語れない部分を除いては、語ろうではないか。
悪びれもせず、率直に。

ずばり、
興奮している時は後ろを見ない。

そして、それに付いてきてしまう、自分史上初めての仲間が、くじ氏である。
時には、私すら追い抜いて先へと進んでいくのが…、くじというヤツなのである。

さらにぶっちゃければ、合調にあるべき配慮や思いやりを欠いた瞬間。
欠かさせた瞬間にこそ、私は夢中になれているとも言える。
いざとなったら、人の心配よりも、自分の悦楽。

それが私の真の姿であることが、今まで敢えて晒すほどでない“恥”だったので言わなかったが、事実だ。
例えばこんな必死な写真が撮れちゃうのも、私の素の姿だ。

そういう私の姿を見た方は、これまで例外なく、山行がのなんたるかを理解したはずである。




 振り返ると、ふみやん氏がちょうど危なっかしい梯子に身を任せて、降り始めているところだった。

私とくじ氏は、前回探索しなかった水路へと、迷わず進んだ。
足元は、深いところで膝まで水中に没するが、今さら水没を気にする状況ではないし、この半年で私たちは「ネオプレーン」と言う濡れに親しむべき道具も手にしている。
確実に、その装備、覚悟共に、レベルアップしている。

他人を思いやる心だけが、ぜんぜん進歩していないのかも知れないが。

小難しいことを考えるまでもなく、我々は前進していた。

水を蹴って!

 続 廃されし水廊  
14:34

 
 以前、和賀発電所側から水廊を歩いてきた時は、頭上に光を投げかける当楽サージタンクの出現を、福音のように感じたものだった。
なにせ、あのときも同行のパタ氏を洞内に置き去りにしたまま、私とくじ氏は前進してきていたのだった。
一向に変化の訪れない洞内の様子に、いい加減引き返しのきっかけを掴めずにいたのだ。

それに、あの時点ではなにかの水路の跡だろうと言うことは分かっていても、どこへ通じているのか皆目見当も付かず、あてなく歩き続ける気力は、無かった。
水路の世界は、道路用隧道の世界とはほど遠い長大隧道の世界であり、延長5km越えなどザラであることが、地図をちょっと眺めれば分かるのである。

だが、今回はどこまでも行こうと腹をくくってきた。
だからこそ、早足だった。
時間切れによる撤退という悔しさを、味わいたくなかったからだ。


 隧道断面は、正円である。
それが、水路隧道である本隧道の構造的な特徴と言える。
昭和16年前後に導水路として建設された隧道は、全面コンクリートの施工で、崩落などはない。
ただ、地下水の浸透は著しく、場所によっては長さ1m以上のコンクリートつららが生じていたり、ご覧の写真のように、勢いよく壁から水が放物線を描いていたりもする。




 初めのうちは、激しい漏水により隧道内は喧しかったが、まもなく水は大人しく隧道の最も低い部分を流れるだけとなった。
早足気味で、私とくじ氏は真っ直ぐ闇を穿っていった。
数百メートルを進んだところで、振り返ると、
遙か遠くに、HAMAMI氏達の持つ灯りが見えたが、余り深くは考えなかった。
ただ、初めのうちの水深は深く、ネオプレーン装備ではないHAMAMI氏以外は、おそらく来ないだろうなという気はした。
もしHAMAMI氏単独で追跡してくるとしても、隧道はここまで危険な場所もない直線であるから、待つ必要もないだろうと、気楽だった。

実際には、私とくじ氏は速度を緩めず、そのまま前進を続けたことにより、HAMAMI氏は単独追跡を断念し、引き返したとのことである。

もう少し待っていればよかったと、反省している。




 隧道を囲むコンクリの外は、深い深い水の底ではないか?

いまにも、パリンと壁が弾け、圧倒的な水圧が私たちを消し去るのではないか?

至る所から、水を吹き出す異様な光景に、ありえない想像が頭の中を駆けめぐる。

そんな意味もない想像を許すほど、隧道は長いのだ。
淡々と淡々と、淡々と、円形の空洞が、まっすぐ続く。





 14時47分。
隧道内部に変化が現れた。
それはふたつ。

一つは、緩やかな左カーブが始まったこと。

もう一つは、壁という壁が、石灰分の結晶のような、キラキラで覆われ始めたこと。

風のない隧道内は、心持ちだが、気温が上がってきたようにも感じられる。
ここまで、歩いた時間(12分間)から考えると、サージタンクから1kmほど前進したはずだ。

あっけなく1キロの壁を突破する、閉塞しているはずの水路隧道…。
どこまで繋がっているのだ?
おそらくもう2kmほどで、湖底に達するだろう。

 洞床の様子も変化が現れだした。

それまでは、チョロチョロと流れたり、施工の凹凸に合わせて小さな泉を形づくったりしていた水が、何とも言えないキャラメル色の泥濘に取って代わり始めたのである。
これは、ただの泥ではありえない姿だった。

写真のくじ氏の足元を見て頂きたい。

泥の表面こそ泥色だが、グチュと足を沈ませれば、そこに現れるのは、乳白色のゲルである。
石灰分が飽和した地下水?



 鉄製の支保工が巻かれた区間が、ほんの10mほどだがあった。
これも、この長い水路隧道に於いて初めての光景だ。


なにか、とんでもない発見が近いような、そんな予感を感じた。

私とくじ氏は、どこまで続くのかという拭い去れない不安を抱えつつも、さらに歩幅を広げて歩かせるに充分な興奮を、加速度的に隧道は提供し始めていた。




 一度の緩いカーブの先は、再び長い直線であった。

いつの間にか、洞内には我々の歩く音以外は、無くなっていた。




 先ほど足元に感じられた違和感は、進むうちに決定的な光景となった。

14時51分。
入洞から17分を経過。
1400m程度は進んだに違いない。

足元には、まるで白い氷のような板が形成されていた。
板は、石灰分の結晶なのは間違いないだろう。
叩けばこつんと音がする。
触ればすべすべ。
結晶がうすい部分は、うっかり足を踏み入れるとバリッと割れて、その下のキャラメルが溢れだした。

いったい、何十年間人が足を踏み入れていないのだろうか。
私たち二人が通った後は、世にも美しい白い氷の大半が汚れ、砕けてしまった。
一番乗りにだけ与えられた、予想外の遭遇。

たとえそこが人工的に生み出された場所だとしても、人の手をひとたび離れれば、そこは地の摂理の支配下なのだ。
我々の与り知らぬ現象が展開されていても、不思議はないのだ。



 優美な天然の造形を目の当たりにした直後、今度は失われし人の所作が現れる。

それがまた、人工物探索の醍醐味ではあるまいか。

久々に、我が “MOWSON” の新商品である。

それは、見たこともない缶ビール。
飲み口がとんがっており、今流行のスタイニーボトルのようだが、特別な形だ。

鮮やかなレッドスターこそペイントもしっかりしているものの、錆は著しく、製造時期など一切が読み取れなかった。
一応商品名と思われる文字は金色の筆記体で「Lager Beer」とある。

私はビールに明るくないが、調べてみると、今や絶滅寸前の「熱処理ビール」だというではないか!
現在は、「生ビール」隆盛であり、おそらく今後もその流れは変わらないだろう。
だが、生ビール開発以前は各社とも、熱処理を施したラガービールが主体であった。

現在も継続しているこのサッポロラガービールだが、既に国内唯一の熱処理ビールとなっており、品揃えも瓶のみのようだ。
これは、なかなかのレアな発見だったようだ。




 いくらか、内壁の施工にばらつきが見え始めた。

所々、洞床に段差が生じている。

入洞から1500mは来たか。

長い。

思っていたよりも長い。

本当に、閉塞などあるのか?



 ?!


突如、洞内に現れた瓦礫の山。

い、いよいよ閉塞するのか?!

湿った廃材やら、ペンキ缶などが、山と打ち棄てられている。
洞床はあっという間に埋め尽くされ、必然的に我々もその上を歩くことになる。

だがまだ、終わりが見えない。





 


  あわわわわ!

左の内壁に、外から突き破ったかのような空洞が!

どどど 洞内分岐だ!!

ここは、遙か地底1500mではないか!
我々は、知られざる地底の迷宮の旅客となるのか!?





    絶 句







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